5.妹
本日2話目です。
もうすぐジュレイルを、私は――殺さなくちゃいけない。
聖女として必要なことで、世界を救うために大切なこと。
割り切らなきゃいけない。
頭ではわかっていても、心が納得をしてくれなかった。
雨が降ってくる。
そういえば、裸足のままだった。
服だって家着だ。
途中泥に足を取られてこけて、かなりみずぼらしい格好になっていた。
街の人達は、私が見えているだろうに知らん顔をして通り過ぎていく。
聖女として街に入ったときは、大歓迎を受けたというのに、このありさまだった。
私を1人にすることは、契約騎士の2人にとってありえないことだ。
おそらくはどこかで見張っているんだろうなというのが、気配で感じ取れた。
2人に力を与えている関係で、なんとなくそれがわかる。
危険が及ばない限り、そっとしておいてくれるつもりらしい。
普段なら駆けつけてくるであろうジュレイルも、拒絶したからか姿を見せない。
とてもありがたいことだなと、道につばを吐きかけるような行儀の悪さで思った。
聖女なんてやめてしまいたい。
どこか遠くへ行きたい。
何もかも捨てて――そしたら私に何が残るんだろう。
ジュレイルは、私についてきてくれるかな。
いやでも、結局私が魔王を倒さないと世界は滅びるんだっけ。
それも――いいかもしれない。
気づけば、ソザンヌ家の屋敷に来ていた。
カロリナに会いたくなったのだ。
幼い頃は聖女の使命なんて考えなくてよかった。
あぁ、自分はダメな子だから親に捨てられたのか。
それならば努力してよい子になろう。
きっと、真面目に生きれば神様が見ていて、親も自分を迎えに来てくれるはずだ。
そんなことを考えながら……毎日を生きていた。
孤児院の先生は優しくて、妹のカロリナは私を必要としてくれた。
お姉ちゃんと呼ばれるたび、この子は私が守ってあげなきゃと思った。
けれど――もう、カロリナも姉を必要としてない。
だってこんな立派なお屋敷の、お嬢様になったのだから。
あぁ、居場所がないなぁ。
そう思えば、苦しくなる。
カロリナがいなくなって、私には何もなくなってしまった。
貴方が聖女ですとお迎えがきて、それから私は聖女であることを自分の中心にして生きてきた。
カロリナの姉、次は聖女。
誰かから与えられた役割を取り除けば、真っ白な空間に1人立たされているような気分になる。
大切なのは役割であって、私自身に価値はない。
それが虚しいと思うのに、嫌だと思うのに。
いつだって1人になるのが怖くて、私はすがりついてきた。
「おい、お前。ソザンヌ家に何か用があるのか」
ぼーっと屋敷を眺めていたら、門番が声をかけてくる。
こんな身なりで雨の中、不審なやつだと思われたんだろう。
「……いえ、大丈夫です」
その場を立ち去ろうとすれば、背後で馬車が止まった。
門番が門を開け、馬車が中へと入っていく。
馬車の中には女の子がいて、目があった。
カロリナだ。
一瞬だったけれど、わかった。
綺麗なドレスに、髪飾り。
大切にされていることがわかっただけで、十分だった。
「お姉ちゃん!!」
今度こそ立ち去ろうとすれば、馬車を降りて、カロリナが駆け寄ってくる。
「あぁ、やっぱりお姉ちゃんだ! どうしてこんな汚れた格好をしているの!?」
「それは……」
言い淀む私の手を掴み、カロリナは昔と同じ笑顔を私に向けてくる。
「手もこんなに冷たくなって。ドーク、すぐにお風呂を用意して!」
「カロリナ様、この方は?」
ドークと呼ばれた執事服の男性が、カロリナに尋ねる。
白髪まじりの壮年の男は、目つきが鋭い。いくつもの修羅場をくぐったものがする目だ。
その服の下の体も、鍛え上げられていることがわかる。執事より、騎士のほうが似合いそうだった。
「私の姉のリディよ。丁寧に扱ってね」
「姉妹……?」
ドークさんのいぶかしむような視線。
私とカロリナは血が繋がっていないから、似てなくて当然だった。
金の髪に、同じ緑色の瞳。
けれど、その顔立ちはまるで違っていた。
主張のない地味な私の顔立ちに対して、カロリナは瞳が大きく、そばかすがかわいい。
愛嬌たっぷりで、コロコロと変わる表情が魅力的な女の子だ。
「血は繋がっていないの。それでもお姉ちゃんはお姉ちゃんだから」
カロリナの言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
ドークさんは、じっと私を見つめていた。
睨んでいるといったほうが、よいかもしれない。
その視線が、私の頭に向かっている気がした。
「この髪飾りが、何か?」
「あれお姉ちゃん。それ、精霊の涙? 珍しいものを持っているのね。うちにも大きな精霊の涙があるのよ! 我が家の家宝なの!」
「カロリナ様、それは誰にも言ってはいけないことだと、申し上げたはずですが」
「いいじゃない、お姉ちゃんなんだから。それにどうして秘密にしなくちゃいけないのか、私には全くわからないわ!」
渋い顔をするドークさんに、カロリナは不満気だ。
「精霊と人間の恋物語なんて、素敵じゃないの!」
「我が家にとっては不名誉なことなのです。先祖のしたことで、ソザンヌ家は守護精霊を失い、領主の座を追われた」
精霊と人間の恋物語。
興味をひかれれば、ドークさんが咳払いをする。
「その姿では風邪をひきます。こちらへ」
この話は終わりだ。
そう態度で示して、ドークさんは私を屋敷へと招き入れてくれた。