3.花の冠と精霊の涙
本日3話目です。
絆が深まるほどに、ジュレイルの力は高まっていく。
戦いにおいても、ジュレイルは活躍を見せるようになった。
元は同じ精霊だから、魔物にとどめこそ刺さないが、私を守り側に寄りそう。
それを目の当たりにした契約騎士達は、ジュレイルを仲間として認めるようになっていた。
◆◇◆
「はい、ジュレイル。花の冠よ」
「うむ。どうだ、似合うかデルタ」
戦いが終わり、つかの間の休息。
ジュレイルが皆で原っぱにいこうと提案し、私達はピクニックをしていた。
「ああ、似合っているんじゃないか?」
私からもらった花冠を、ジュレイルがデルタに自慢する。
どうでもよさそうに答えながら、デルタは読んでいた本へと目を戻した。
「なんで俺がピクニックなんて……」
ゲイルはぶつくさ言いながら、サンドイッチを食べている。
それぞれがバラバラなことをしているけれど、落ち着く空気がそこにあった。
ジュレイルが来てから、旅の雰囲気はガラリと変わった。
辛さは変わらないはずなのに、前よりもずっと過ごしやすい。
「では、我からもこれをリディに」
ジュレイルが右手を差し出した。
その手のひらに、魔力が収束する。
シュルシュルと光が紡がれる。
やがてそこに、宝石でできた花が出現した。
白くつややかな、真珠のごとき花びらの宝石。
角度によって色んな色が見える。
「精霊の涙、か」
その花を見て、デルタが呟く。
彼にしては珍しく、動揺しているようだった。
普段にも増して、眉間のシワが濃い。
精霊の作り出す宝石。
愛する人間の為にしか作られないというその宝石は、その美しさから精霊の涙と呼ばれていた。
「ようやく作れるようになったのだ。今日渡そうと思っていた。我の思いを受け取ってくれ」
ポケットから取り出した金具とくっつけ、ジュレイルが私の髪に挿してくれる。
「……おい、ジュレイル。お前、命が惜しくなったとか今更なしだからな」
「我の願いは、リディに殺されることまで含まれている。何も心配はいらない」
ゲイルが釘をさせば、ジュレイルは真顔で答える。
「我が育つことは、お前達騎士にとっても喜ばしいことのはずだ。なのになぜそのような顔をしている?」
ジュレイルの言葉には強がりも、生への未練も感じられない。
デルタやゲイルが面食らい、何も言えなくなるくらいだった。
ジュレイルとの時間は、私が私でいられる大切な時間だ。
けれど、ジュレイルとの距離が縮まるたび、絆が深まるたび。
私の中にある悲しみも――同じくらい強くなっていった。
◆◇◆
アヌラの街は、栄えた場所だ。
商人達が多く住んでいて、一際聖女の歓迎も厚い。
この領土の守護精霊であり、領土の名前の由来になったアヌラが魔に墜ちたのは、つい最近のこと。
そのおかげで魔物が増え、魔法も少ししか使えないのだと、領主が涙ながらに訴えてくる。
領土で使える魔法は、その土地の守護精霊やその下に仕える精霊の力によるものだ。
今すぐ魔法を使ったこの街灯や馬車をやめて、精霊への感謝を捧げるべきでは?と思った。
けれど、言ったところで彼らは聞き入れないだろう。
私はただ、わかりましたと聖女らしく微笑んだ。
◆◇◆
「リディ。魔に墜ちた守護精霊も、このアヌラを含めてあと2体だ。アヌラを倒したら、俺達からご褒美をやるよ」
宿への帰り道。馬車の中で守護騎士のゲイルが、にやにやとしていた。
横にいるデルタも、心なしか得意げな顔だ。
「お前の妹が、この街にいる。話はつけたから、会わせてやる」
「本当ですか!?」
思わず身を乗り出せば、ゲイルはおうよと請け負った。
「リディの妹が引き取られているソザンヌ家は、この屋敷だ」
馬車がゆっくりと止まる。
窓から見えるのは、庭もある大きなお屋敷だった。
私の妹であるカロリナは、こんな立派なところに引き取られたらしい。
私には親がいない。
物心ついたときには、孤児院にいた。
私が10歳、カロリナが9歳になったとき、身なりのよい男の人が孤児院にやってきた。
彼とその妻の間には子供がおらず、私を引き取るという話になった。
私はカロリナと離れるのが嫌だった。
だからお話を断ろうとしたのだけれど、ソザンヌ家が孤児院を訪れた日、倉庫の鍵が壊れていて閉じこめられてしまった。
発見されて外にでれば、妹であるカロリナはもういなかった。
カロリナは私の代わりに、引き取られてしまったのだ。
さよならができなかったことが、何よりも心残りだった。
またカロリナに会えると思えば、喜びがこみあげてくる。
「会いたいです!」
「あぁ、楽しみにしとけ」
ニッとゲイルが笑い、デルタが大きな箱をくれた。
なんだろうと思って開ければ、そこには空色のドレスが入っていた。
「妹と会うのに必要だろうと思ってな。靴もアクセサリーも一式用意しておいた」
聖女の仕事には厳しい2人だけれど、こういう優しいところもある。
ずっと一緒に旅をしてきて、最初は分からなかった面も見えてきていた。
聖女のお勤めは、常に死と隣り合わせ。だから、カロリナとは、会うことはもうないだろうと諦めていた。
聖女になってしまった私に、カロリナはなんというだろうか。
「ちゃんと幸せに、暮らしていますかね……?」
「ソザンヌ家は名家だ。最高の環境なのはまちがいない」
だから大丈夫だと、デルタは言う。
「よかったな、リディ」
隣に座っていたジュレイルが、頭を撫でてくれる。
あれから成長著しいジュレイルは、私の年も追い越して二十代前半の青年になっていた。
以前よりも少し手が骨ばり、顔立ちもぐっと大人っぽい。
ジュレイルに触れられると、落ち着く。
飼いならせと、ジュレイルは言ったけれど。
すっかり飼いならされてしまったのは……私のほうかもしれなかった。
★2017/12/30 誤字修正しました