11.近づく最後のとき
本日2話目となります。
次回が最終話で、本日完結です
「あぁ、目が覚めたか」
気がつけば、宿のベッドにいた。
私が起きたのを見て、デルタが読みかけの本を伏せて窓際に置く。
むすっとして腕を組み、壁に寄りかかっているゲイルと、ベッドの横に椅子を置いて座っているデルタ。
そして、デルタの後ろに隠れるかのように、ジュレイルが立っていた。
「リディも起きたんだ。そろそろ、隠し書庫で見つけた手記の内容について、教えてもらおうか。あと、俺やリディ抜きで勝手に行動したことに関して、弁明があったらしろよ」
ゲイルの口調には棘がある。
デルタを慕っている普段の彼なら、ありえない言い方だ。
相当に腹が立っているのだろう。
「特に弁明することはない。私は任務を遂行しただけだ。手記の内容も、事実だな」
淡々というデルタの胸ぐらを、ゲイルが掴む。
「じゃああんたは、最初からリディを魔王の器にするつもりで……一緒に旅してきたのかよ!」
「そうだ」
ゲイルの怒りにもひるまず、デルタは即答する。
「あんたのこと、尊敬してたのに! こんな奴だとは思わなかった!!」
「私にしかできないことだ。他の者に……こんな辛いことを強いることはできない」
変わらなかったデルタの表情が、苦しそうに歪んだ。
彼は責任感の強い人だ。
実をいうとはじめは人間味がない人だと思っていたけれど、そうじゃないことを今の私は知っていた。
隠しきれなかったというデルタの様子に、ゲイルは服から手を離す。
「最後の仕上げだ」
デルタは剣を抜き、ジュレイルに突きつけた。
切っ先を向けられたのに、ジュレイルは微動だにしなかった。
「何か言い残すことはあるか、ジュレイル。必要ならば、時間も与えよう」
「我を殺すのは、魔王と対峙する直前にしてくれ。これ以上は辛くなるだけだから、時間はいらない。明日には魔王を倒しに行こう」
まるで世間話のような軽さで、デルタとジュレイルは会話する。
わかったとデルタは剣を納めた。
「ならば私とゲイルは、今から魔王戦の作戦会議に移る。最後の戦いだ。熱中するあまり、お前達がどこか遠くへ行ってしまっても、気づかないこともあるだろう」
説明的なデルタの言葉。
私には逃げろと言っているようにしか、聞こえなかった。
「……デルタ、ありがとう」
「お礼を言われる筋合いはない。結局……時間の先延ばしでしかないからな。行くぞ、ゲイル」
感謝の気持ちを伝えれば、デルタがゲイルを伴って部屋を出ていった。
◆◇◆
「ジュレイル、私と一緒に逃げて」
「前にも言ったが、それはできない」
2度目の逃避行の誘いは、あっさりと断られてしまう。
ジュレイルは頑なだ。
ベッドの横にジュレイルが腰を下ろし、私の頬にそっと触れてくる。
やっぱりジュレイルからは、出会ったときと変わらない、新緑のいい香りがした。
「それにデルタはあぁ言ったが、我がリディを魔王の器にしたりしない。ちゃんと秘策があるのだ。言っただろう? 最後のときに、我はお前の力となる……と」
ジュレイルの手が、頬から髪へと移っていく。
その指先が、精霊の涙でできた花飾りをそっと撫でた。
「何も心配せずともよい。我がリディを殺させない」
「でも、ジュレイル! 私は……うっ!?」
言いかけた言葉は、ジュレイルのキスに阻まれた。
「リディは我のことだけ、考えていればいい。面倒なことは全て忘れて、今は我に構え。我は最後のときまで、お前に愛されたい」
私の膝に乗せられた、ジュレイルの手は震えていた。
そっとその手に、自分の手を重ねる。
「ジュレイルも……怖いの?」
「怖くはない。死は我にとって救いで、それは変わらない悲願だ。だが……お前と離れるのが、辛い」
その言葉を聞けただけで、十分だった。
ジュレイルも私と同じ気持ちなんだと思えば、涙が溢れてくる。
「泣くな、リディ」
「ジュレイルも泣いてるじゃない……」
精霊が泣くと、やはりその涙は宝石になるらしい。
ぽろぽろとこぼれるジュレイルの涙は、シーツに辿りつくころには、白く丸い宝石になっていく。
「リディ……我は、お前が好きだ」
「私も、ジュレイルが好き」
一緒にいられる、最後の夜だというのに。
私達は抱き合って、朝までずっと泣いてすごした。
◆◇◆
魔王が封じられている塔へ、半日かけて辿り着く。
扉を開ければ、その向こう側に魔王がいる。
その緊張感の中、ジュレイルが私の髪に触れてきた。
「リディ、そろそろ約束を果たすときだ」
「……っ」
唇をかんで、涙をこらえる。
そんな私に、ジュレイルはふっと笑った。
精霊の涙でできた髪飾りを、私の髪から外す。
真珠のような輝きを放つ、白い花の宝石。
ジュレイルがキスをすると、それは剣の形になった。
どこかで、私はこれと同じものを見た。
記憶の中を探る。
妹のカロリナが見せてくれた、守護精霊・ソザンヌの像。
その胸に刺さっていた剣と、全く同じものだ。
「この剣があれば、リディが魔王の器にならずとも、魔王を倒せる」
「これは……精霊の剣か」
ジュレイルが私に差し出した剣を見て、博識なデルタが呟く。
「精霊の剣? なんですかそれは」
「精霊に、本当の意味で死を与えることができる剣だ。聖女に倒された精霊も、まっさらな新しい存在として、生まれ変わることができるだろう? この剣はその連鎖すらも断ち切り、精霊をこの世界から消せる唯一の剣だ」
首を傾げたゲイルに、デルタが説明をする。
前に見た守護精霊・ソザンヌも、この剣で命を落としたのだろう。
「魔王を封印せずに、倒せるってことですか? 俺、ずっと教会にいましたけど、そんなものがあるなんて知りませんでしたよ」
「当然だ。教会は精霊の剣の存在を隠している。精霊を殺されると、その精霊が持っていた魔力が、二度と使えなくなるからな。例え魔物になっても聖女を使って倒し、再生させて、繰り返し魔力を使いたい。それが教会の考え方だ」
ゲイルは何か言いたそうにして、それを止める。
憤りをデルタにぶつけたところで、仕方ないと思ったのだろう。
「まぁ、でもよかったです。教会の意向なんて、もう知ったことじゃありませんし。これでサクッと魔王を倒せば、それで解決ってことですよね?」
希望を見いだしたゲイルに、それは違うとデルタが首を横に振る。
「精霊の剣は使う者が限定される。作り出した精霊が愛した者しか、扱うことができない。そして――作り出した精霊本人しか、その剣で殺すことはできなかったはずだ」
「つまり、ジュレイルの精霊の剣で倒せるのは、ジュレイルだけってことですか」
ゲイルは落胆を隠せないようだった。
「これが魔王の作り出した精霊の剣だったら、魔王を倒せただろうな」
「それなら問題はない」
ジュレイルは私の手に精霊の剣を握らせ、デルタに答える。
魔王が待つ扉を開け、走り出した。
「「「ジュレイル!?」」」
突然の行動に慌てて、3人でジュレイルを追う。
塔の最上階、色あせた絨毯を踏みつけて、奥へと進んでいく。
そこには一段高くなった場所があり、王様が座るような椅子があった。
「よく来たな、リディ。ずっと待っていた」
玉座には男が座っていた。
私の名前を呼んで、立ち上がる。
綺麗な金色の瞳。
思わず息を飲んでしまうような、整った顔立ち。
髪の色こそ黒ではあったけれど、男はジュレイルとよく似ている。
「ジュレイル……? いや、でも……」
どういうことなんだろう。
戸惑う私の目の前、男の側にはジュレイルが控えている。
双子のように、うり二つだ。
「我は魔王と呼ばれる者。そして、ジュレイルは我の一部だ」
彼が魔王?
目を見開く私の前で、ジュレイルの姿がぼやけ光の粒となる。
そしてその粒は、魔王の体へと吸収されてしまった。
魔王の黒髪に、一房白い色が混じる。
「ずっと、お前を待っていた。我の聖女よ」
私のよく知る声に、まなざし。
魔王が、私の側へ歩いてくる。
それは間違いなく、ジュレイルのものだった。
2016/12/29 誤字等、文書を微修正しました。内容に変更はありません。
2017/1/3 誤字修正しました




