10.聖女の器
私は、聖女の職務を放棄した。
魔に墜ちた最後の守護精霊を、倒すのを拒んだのだ。
「おい、リディ。お前の気持ちはわからなくもないが……あがいてもムダだと思うぜ」
現在、私はゲイルと教会の誇る大図書館に来ていた。
読みあさっているのは、聖女と魔王、そして精霊に関する書物だ。
ジュレイルを犠牲にせずにすむ方法はないか。
それを私は探していた。
◆◇◆
「ジュレイルの代わりに、守護精霊レベルを10体そろえるのも、現実的じゃない。わざわざ自分達の領土の、魔力の源を差し出す奴らがいると思うか?」
護衛として着いてきたゲイルが、小声で耳打ちしてくる。
それくらい、お前にもわかっているだろというように。
「でもそれなら、他の聖女達はどうしてきたの?」
「……簡単なことだよ。わざと守護精霊を魔に堕とすよう、教会が仕組むんだ。そして聖女に指示を出す。ムリなときは、聖女にそのまま世界平和の名目でってやつだ」
やっぱりそうなのかと、驚きはしない。
教会に対する不信感が、どんどんと募るばかりだ。
「ゲイルは教会のしていることが正しいと思っているの?」
「完全にそう思ってるわけじゃねーよ。今はな。それでも魔王をどうにかしないといけないから、俺は……俺にできることをするだけだ」
悩んでいるのは、私だけじゃなかったみたいだ。
ゲイルの顔には葛藤が見えた。
「そもそも、ここに大した書物はねぇよ。あるとしたら……地下の隠し書庫だ」
「隠し書庫?」
興味を持った私に、ゲイルが着いてこいというように歩き出す。
「本来、隠し書庫は一部の人のみしか入れないんだ。デルタ様と役職持ち数人ってところか。俺は聖騎士ではあっても、そっちの方面はさっぱりだから、資格がないんだけどな」
ゲイルが聖騎士になったのは、精霊が見えるのと腕が立つから。
幼い頃に教会へ引き取られ、何も考えず剣の腕だけを磨いてきたらしい。
神父の服を失敬して、隠し書庫へと潜入する。
透明な箱に入った、見るからに怪しい本があった。
「この本、歴代の聖女の契約騎士が書いた手記みたいだな。薄いけどやけに厳重だし、何かヒントがあるかもしれない」
鍵がかけられていたので、ゲイルが剣でそれを叩き割り、中の本を取り出す。
「そんなことして、怒られない?」
「俺も契約騎士なんだ。先輩方がどうしてきたのか知るのは大切だろ」
しれっとそんなことをいい、ゲイルは本のページをめくった。
「魔物を倒し、聖女の器を魔王と同等、それ以上にする。決戦のとき聖女の中の力を、我ら契約騎士に全て完全に移し、器を空にする。なんだ、これなら騎士になったときに習ったことだな」
期待外れだと、ゲイルは肩をすくめる。
さらにページをめくり、ゲイルは固まってしまった。
「聖女の器は、魔王を封印するために大きくしてきたもの。その器に魔王を封じるのが、真の我らの使命。世界の平和のため、1人の少女を我らは犠牲にする。幾度となく繰り返されてきた、悪しき儀式……なんだこれは?」
ゲイルの声は震えていた。
そこに綴られていたのは、聖女の契約騎士の懺悔。
聖女が力を蓄えるのは、魔王を倒すためじゃない。
その器となって、魔王を封印するためなのだ――そう書かれていた。
「健気で、優しいよい少女だった。私は彼女のよき友であったのに、最後まで騙し、その命を奪った。良心の呵責に耐えられない……」
そこで手記は終わっていた。
読み終わったゲイルは、それを床に叩きつける。
「ふざけるなよ。俺はそんなの聞いてない! 魔王を倒せばそれでいいって……デルタ様もこれ、知ってたのかよ!?」
狭い部屋に、ゲイルの叫びが反響した。
「……戻ろう、ゲイル」
「お前、それでいいのか? ジュレイルだけじゃなくて、お前もいずれ殺されるってことなんだぞ!?」
いいわけがない。
でも、それをしなければ、世界は救われないのだ。
魔物が人を襲い、人が魔物を恨み、その恨みがさらに魔物を増やす。
一回どこかでリセットしなくちゃいけない。
それと同時に、人間はもう滅んでもいいのではと思う。
何故こんな私に優しくない世界を、私は守っているのだろう。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
とにかくいったんここを出ようと、ゲイルと一緒に表の図書館まで辿りつく。
「おい、あれ何だ!?」
図書館の中がざわめいていた。
教会の関係者が皆、天井を見上げている。
図書館の天井をすり抜けるようにして、黒い光の粒が降ってきていた。
「あれは……」
見覚えのある光の粒は、私の体に吸い込まれていく。
体の中をかき回されるような痛みに、その場で膝をついた。
「うっ……ぐっ……!」
内側で暴れる魔力。
これは、魔に墜ちた精霊の力だ。
「まさか、デルタとジュレイルの奴、俺とリディ抜きで守護精霊を倒したのか!?」
ゲイルも私と同じ考えに至ったようだった。
その様子からするに、知らされていなかったんだろう。
「やだ、嫌だ……っ!」
床をかきむしる。
絶対にこの力を受け入れたくない。
抵抗するのに、私の体はその力に馴染んでいく。
教会の人達が集まってくるなか、私は意識を失った。




