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1.自殺志願の精霊

「我を飼いならせ、聖女よ」

 ふてぶてしいその精霊は、少年の姿をしていた。

 つややかな銀の髪に、金の瞳。

 人とは思えない美しい姿で、額には精霊の証である精霊石が埋まっていた。


 まだ産まれたてなんだろう。

 存在はとても清らかで、柔らかな新緑のごとき香りがする。

 力は弱いのに、こんなにも自我がはっきりとしている精霊は珍しかった。

 魔物に襲われているところを助けたのだが、どうやら懐かれてしまったらしい。


「仲間にして下さい、聖女様だろうが」

 私付きの騎士の1人であるゲイルが、警戒して精霊へと剣を突きつける。

 精霊は私を見つめたまま、少しも動かなかった。


 ゲイルは教会から派遣された、私の騎士だ。

 20代前半の青年で、腕は立つ。

 しかし、少々攻撃的なところがあった。


 私達は、魔王を倒す旅の途中だった。

 魔王の復活により、各地を守護していた精霊の多くが魔に堕ちてしまい、世界は今絶望の中にある。

 平和だった地には魔物がはびこり、人々の生活は脅かされていた。


 私は聖女として、騎士を連れて各地の要であった守護精霊……現在は魔物となってしまった、成れの果てを倒してまわっている。


「弱い精霊の分際で、聖女の力を欲するか。契約騎士になるならば、それ相応の器が必要だというのに」

 もう1人の私の騎士であるデルタが、くだらないというように精霊へ冷たい目を向ける。

 私の契約騎士である2人は、教会によって選び抜かれた最強の2人であり、その力と自らに与えられた使命に誇りを持っていた。


 聖女である私は、契約した騎士が倒した魔物の力を奪うことができる。

 そしてその奪った力を、自らの契約騎士に分け与えることが可能だった。


 魔に堕ちた精霊を倒し、その力をこの身に蓄え。

 契約騎士を強くして、いずれ魔王を倒すのが私の役目だ。


 私は、力を溜め込む器のようなもの。

 自分で力を使うことはできないが、魔物を倒せば倒すほど、私の騎士達は強化されていく。


 契約騎士の数は、理論上何人でも増やすことができたが、私の力は有限だ。

 人数が増えればその分、1人の騎士に与えられる力が減ってしまうので、さらに魔物を狩らなければならなかった。

 

「で、どうする聖女様。もう切っていいか?」

 ゲイルが剣を抜く。

 私がこの精霊を騎士にするわけがないと思っているんだろう。


「精霊は殺しちゃダメ」

「いずれ、魔物になる可能性があるだろ。それにこいつ自我がある。そういう奴は強く手強くなるからな。育つ前に倒しておいたほうが賢明だ」

 災いの芽は先に摘むべきだと、ゲイルは言う。

 各地の要である守護精霊が堕ちてから、その下にいる精霊達の魔物化が止まらなかった。


「何の罪もない精霊を、いずれ危険になるからって消すのはおかしいでしょ。私達は今まで、精霊様達の加護で平和に過ごしてきたんだよ?」

「お優しい聖女様。魔王を倒すために、どうせ精霊を何体か倒さなきゃいけないんだぜ? 今のうちに慣れといたほうがいいと思うけどな」


 ゲイルが肩をすくめる。

 彼の言うとおりなのが悔しい。

 魔王を倒すには、魔に堕ちた守護精霊の力を全て回収するだけでは足りない。

 いずれは、精霊をこの手にかけなくてはならなかった。


「早まるな騎士よ。我は契約騎士にならない。そして殺すべきときは、今このときではない」

 精霊はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 その端正な顔立ちは、無表情で美しい分作り物めいて見えた。


「我を飼いならせ、聖女よ。最後のときに、我はお前の力となろうぞ」

「つまり、育てて強くなったところで、殺せということか?」

 黙ってやり取りを見ていたデルタが呟けば、左様と古めかしい言葉遣いで精霊はうなづいた。


「大方、それで当たっている」

「なるほどな。救われた礼をしたいといったところか。どうせ堕ちる前だったものだ。育てれば強くなるだろうし、それから力を奪うのもありだと私は思う」

「デルタ様がそういうなら……」


 デルタの意見に、渋々といった様子でゲイルが剣を収める。

 教会で騎士のトップに立っていたデルタを、ゲイルは心から崇拝していた。


「精霊という生き物は、人に寄り添う。心をかけた分だけ、力を得る。私の見立てでは、こいつは強い精霊となるだろう。犠牲は少ないほうがいい」

「この子を……生贄にするため、可愛がれということですか。そんな残酷なこと、できるわけが」

「死の対価は、聖女の愛情と世界の平和。人を愛する精霊らしい、見上げた志だ」


 世界の平和を第一に考えるデルタは、そのための犠牲なら仕方ないと思っている。

 そこには同情のかけらも、何もない。


「生きたいと望む精霊を10体殺すより、死にたいと望む精霊を1体殺したほうがいいと思うぞ」

 ゲイルもゲイルで、そんなことを囁いてくる。


「……っ、あなたはそれでいいの?」

「それが我の望み」

 精霊に問えば、頷く。

 その瞳は曇りなく、迷いもない。

 生まれたての彼には、死に対する恐怖がわからないのかもしれなかった。


 精霊は、人間に寄り添うもの。

 純粋でどこまでも、疑うことを知らない。


 この世界では、現在大多数の人間が、精霊を見ることができなかった。

 子供の頃は見ることができるのだが、大人になると精霊を見れなくなる者がほとんどなのだ。


 姿が見えなくても、彼らの力を借りて行使することはできる。

 人間達はその力を魔法として行使し、精霊を使い潰して、そして魔物になったら聖女を頼り、彼らを殺すのだ。


 私は聖女として旅をして……それを嫌というほどに見てきた。

 けれど、誰もそのことに心を痛めはしない。

 魔物に襲われてしまう自分達のことが一番で、精霊達のことを考えはしないのだ。

 

 力の源である彼らを労わずに、その益だけを求めるから、精霊は魔物へと堕ちている。

 魔法を使うことを控え、精霊への感謝を忘れずに手作りのお菓子やお花を添えるだけでよいのに、誰もそれをしようとしない。


 一度得た便利な力を手放すのは、難しい。

 目に見えない者に対する、感謝の気持ちを持つのも……また難しいことのようだった。精霊に対し、古い伝統と貸したお礼をする者は、もはや一握りなのだ。



「お前のその憂いが、我や精霊ためのものならば。我は嬉しい」


 悩む私の手をとって、精霊が微笑む。

 世界を救うなんていう大義名分の元に、人間の都合で、彼らを滅ぼそうとしている私なのに。


 本当に、本当に幸せそうに――精霊は笑った。

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