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うがぁ夢中

「うへぇ」


 レイチェルは、最悪な目覚めを迎えていた。


 今日は大切なミッションがあると言うのに……永久ネバーランド居住権を有するアンリエッタに、あんな俗っぽい夢も希望もない絵本を買い与えた本人を駆逐すると言うミッションがっ‼


 昨日、歯磨きの時に「そういやマザーグースをくれたのは誰なの?お姉ちゃんアン買ってあげた記憶がないんだけど」と言うと、アンリエッタは「シェランおじさまがプレゼントしてくれたっ‼」と歯磨き粉満載の口元で元気に答えてくれた。


「(あんのタコオヤジっ‼なんて物をアンに与えてくれたんだっ‼)」


 むぅ。検閲を強化せねば。


 金と時間を持て余しているシェラン・・バーナードは、ひょっこり、遊びに来ては、持参した玩具やお菓子でアンリエッタに取り入ろうとする。いつも、レイチェルの分のお菓子を置いて行ってくれるので大目に見ていたが……どうしてくれようか……そうだ、バーナード叔母様に、叔父のあることないことを吹き込んでやろう。うむ。メイド辺りにでも吹聴して回れば叔母様の耳にはいるだろう。


 レイチェルはそんなネバーランドから強制退去させられそうな悪だくみを巡らせてから、


「アン。シェラン叔父様からもらった、玩具と絵本は開けないでお姉ちゃんに見せてね。お礼言わないといけないから」と笑顔で言った。


「はーい。お姉ちゃん。お菓子は食べても良い?アンね、我慢できないと思うの」


 レイチェルに抱っこされる腕の中でアンリエッタは唇を尖らせて言う。上目遣いがたまらなく可愛い。


 あぁ、なんて愛らしいのだろう。このまま食べてしまいたい。


「うん。お菓子はいいよぉ。でも食べ過ぎちゃめよ。ご飯が食べられなくなっちゃうからぁ」


 レイチェルがなんとか一握りの理性でもって現実へ戻ってきて姉らしいことを言うと、


「うんっ!」とアンリエッタは眩いばかりの笑顔をレイチェルに向けたのであった。


 なのに、ベッドに入ってからいつも通り、今日の出来事を面白おかしくアンリエッタに聞かせていると、不意にアンリエッタが「お姉ちゃんが持って帰ってきたご本書いた人ってすごいね」と言い出して、「どうしてそう思うの?」と聞くと「だって、みんな死んじゃったのに、ご本に書いているのだものっ!」と言うのだ。


 レイチェルは、はっとなったがとりあえずは「あれは作り話だからねぇ。誰でも書こうと思えば書けるんだよ~」と誤魔化しておいた。


 最後の1人が自殺をして生存者がいなくなった島での出来事。ファイルに書かれていることが全てであったとしたなら、自殺をした最後の1人が犯人であることは明白だ。なら、犯人であるはずの最後の一人が死んだ後の話がどうして綴られているのだろうか。

 

 本来なら誰も記せるはずがない。


 そうだ、この投書を初めて読んだ時感じた違和感……それは、大き過ぎる矛盾だったのだ。

あまりにも堂々と当然と書かれていたのですっかり、ピンポイントに迫れなかった。


「(燻製にしん)」


 これも、引っかかる……『燻製されたニシン』以外に別の意味があったような……


 気になってしまったレイチェルはすっかり眼が冴えてしまった。仕方がないので、寝室の窓側に据えてある本棚から辞書を取り出して、窓から差し込む月明かりの下で調べてみることにした。


「うへぁ。調べるんじゃなかった」


 思わず、辞書を床に落としてしまった。絨毯が敷いてあるので、音はさほどしなかったが、そのかわり、舞い上がった埃が月明かりに照らされてキラキラと光って綺麗だった。 


 明らかにピースの足りないパズルは、はなから手を付けようと思わない。だが、足りるか足りないか不明な場合は、ついやり始めてしまう。


 レイチェルは、リビングに戻って、悶々とパズルに手を出してしまったことを激しく後悔した。


 元々強い好奇心がそれをさせるわけだが、レイチェル自身でもそれは時と場合を選んでほしいと思う。

 

「あっキャシー?やっぱり、まだいた~働き者だねぇ」


 時刻はすでに深夜に突入していたが、特集記事をいくつも抱えているキャシーならまだ残業しているだろう。レイチェルはそう思って、本社に電話を掛けた。


「嫌みの電話なら切るわよっ!」


「違う違う。実はちょっと頼みたいことがあってさ」


「あら、やけに素直ね。どうしたの?もしかして拾い食いでもした⁉」 


 深夜残業突入でキャシーも変なスイッチが入ってしまっているようだ。


 キャシーはリアクションが面白いから、いつもからかうのだが、今夜に関してはキャシーの機嫌を損ねると、ごねられて面倒くさいことになりそうだったので、素直に話を切り出した。


 レイチェルはその辺の聞き分けはある子なのである。


「あのさ、随分前にエマが投書のことで調べもの頼んだと思うんだけどさ」


「投書についての調べもの?色々と頼まれてるから、エマには随分と頼られてるから、もっと具体的に言ってくれないとわからないわ」


 エマの名前が出ると、親しいアピールが酷いなぁ。レイチェルは電話口で頬を掻いた。


「んーと。無人島で7人が殺されるやつ。これで思い出す?」


「あー、30年前の事件ね。それなら、夕方頃にヴェラさんからも問い合わせがあったわよ」


「えっヴェラが?何聞いたの」


「事件の犯人は誰か。と被害者の殺害のされ方だけど……どうしたの?今頃になって……」


「えっとね。ヴェラがその事件を小説にネタにしたいって。ほじくり返した」


「なるほどねっ。でもこんな猟奇的で未解決事件には触れない方が良いと思うけどね、私は」


「えっ⁉未解決なの‼」


 レイチェルは、背筋に冷たい何かが走るのを感じた。


「なんだ知らなかったの?スコットランドヤードでもコールドケース案件扱いよ」


「うへぇ。てっきり解決してると思ってたよぉ」


「大体、無人島に居た7人中7人が死んでるんだから、犯人が捕まるわけないじゃないよ」


 受話器の向こうからキャシーの笑い声が聞こえている。


「でもさ、だったら、通報したのは誰なのさ」


 むぅ。レイチェルは、少し意地悪をすることにした。


「通報って?」 


「無人島で人が死んでるって警察に通報した人のこと」


「さぁ、そんなこと記事には書かれてなかったけど……んーちょっと待ってて、当時の取材記録、調べてみるから」


 なんだかんだ言って、付き合いが良いなぁ。忙しいだろうに、レイチェルはニヤニヤしていた。


「時間かかりそうだからまた掛けなおすわね」


 数分後にキャシーがそう言って電話を切ってしまった。


「あっ、いや、別に、」


 ツーツーツー


 しまった。ただの意地悪のつもりだったのに、悪戯半分だったのに……


「寝れないじゃないかーっ‼」


 ツーツーを繰り返す受話器に、そう大声で言ってから、乱暴に受話器を戻したレイチェルは、


「うん。寝よう」


 ベッドに戻ることにした。



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