第9話 ゲオルグの質問
「どうやって手に入れた、とは……どういう意味だ?」
流石に、ゲオルグの視線に込められたものに、剣呑なものが含まれていることに気づいたようである
セシルは困惑した様子で首を傾げた。
この反応が、無知の故のものか、それとも、亜竜騒動に直接かかわりがないためのものか、ゲオルグには判別しかねた。
しかし、セシルとは知り合って浅く、大したやり取りをしたわけではないが、それでも誠実な性格をしていることはここまでで十分に分かっていた。
大きな迷惑を他人にかけておいて、知らんぷりできるタイプではないだろう。
そう思ったゲオルグは、遠まわしな聞き方をやめ、質問の意味を説明することにした。
「分かってそう尋ねてるんならよっぽどだけどよ、あんたはそんなタイプじゃなさそうだもんなぁ……」
「だから、どういう意味だ?」
「ここ数日の話だが、最近問題になってるんだよ。亜竜がフリーデ街道の方で暴れていてな。通行が難しくなってて、新人冒険者や商人が困ってるんだ。聞いたことないか?」
ゲオルグの言葉に、セシルは目を見開いて、
「……全く知らなかった」
そう言った。
しかし、冒険者なら知らないということはないはずだが、とゲオルグが不思議に思って尋ねる。
「冒険者組合で依頼を受ければ気づくと思うんだが」
実際そうだ。
その話題でもちきり、とまではいわないが、依頼を探してボードを見つめていれば、フリーデ街道の依頼が軒並み高ランク依頼になっていることが分かる。
受付でもフリーデ街道の現在の危険については説明される。
これに対してセシルは、
「いや……実のところ、私は貴方と出会った日から依頼は受けていないんだ。だから本当に全く気づかなかった。今日の朝は貴方を探しに行っただけだしな」
なるほど、依頼を全く受けていないというのであれば、耳に入らないのもうなずける。
冒険者界隈ではかなり広まった話とは言え、まだ一般市民にはそれほど広がっている話ではないのだから。
ただ、食物など、フリーデ街道を通ってくる商品は徐々に在庫がなくなり、価格が上がりつつある。
今はまだその程度でも、ずっとこの状態が続けば、そのうちもっと大きな問題になってくるはずで、そうなればみんな気づくことだろう。
そうなれば、街をすべて巻き込んだ混乱が始まる可能性もある。
そのときが恐ろしいな……と思いつつ、ゲオルグはセシルに言う。
「そうか……ま、そういうことなら仕方ねぇ。でもよ、これで、俺が何を言いたいか、分かっただろう? 亜竜のせいで街道が通行止めに近い状態になってる、そしてあんたはあの日、亜竜の鱗を売りに来た……」
「なるほどな、私が今回の騒動の原因だと言いたいわけか。……もしかしてあの日話しかけたのは?」
察しがかなりいいらしく、セシルはふと思いついたように尋ねる。
ゲオルグは頷き、答えた。
「あぁ。あんたが亜竜の鱗を売ろうとしてたからだな。もし、あんたが亜竜にちょっかいをかけて問題を引き起こしたなら……忠告をしようと思った」
ゲオルグの言葉に、セシルは深く納得したようで、
「貴方は、皆のことをよく考えているのだな……」
としみじみ言った。
見かけでかなり誤解されがちなゲオルグは、こんな風に言われることがあまりなく、少し恥ずかしくなってくる。
「いや……そんなことはねぇよ」
そう言って首を振ったが、そんなゲオルグに、セシルは言う。
「人は見かけによらないとはこのことなのだろう……ただ、今回のことについては少し当てが外れたようだ。亜竜については私がちょっかいをかけたわけではない」
と、今回の騒動の原因ではないと否定する台詞だ。
となると、犯人はあちらの少年の方か、と思って、ゲオルグが子供たちにまとわりつかれている少年に目線を向けると、セシルはこれも首を振って否定する。
「……あいつでもない。いや、それは微妙か。あの亜竜の鱗を手に入れるにあたっては、少し話が長くなるんだ。あいつも一緒に話してもらう必要があるな……おい! アーサー! こっちに来てくれ」
セシルがそう少年に向かって叫ぶと、少年はこちらを向いて頷いた後、周囲の子供たちに向かって慌てた様子で言った。
「セシル! わかった。ちょっとお前ら、頼むから離してくれって。これからあそこの二人と大事な話があるんだから」
しかし、子供たちは不満そうな表情である。
「今日は一日あそんでくれるって言った!」「大事な話って何? 私たちより大事?」「……あのオニさんとお話しするの?」
などと言い募って、少年を離さないのである。
ちなみに子供たちのうちの一人から、非常に酷いことを言われたような気がしたゲオルグだが、聞かなかったことにして精神の平衡を保った。
少年――アーサーは、子供たちに言う。
「みんなも大事だけど、お話も大事なんだよ……また明日も来るからさ、今日のところは頼むって」
そんな風に一生懸命頼み、さらにゲオルグを最初に応対してくれたトリスタン少年が、
「ほらほら、みんな、僕とかくれんぼして遊ぼうよ。今日はシスター先生がいないからどこにでも隠れ放題だぜ」
と、悪い顔をして子供たちを悪の道に誘ったところで、やっと離してもらえていた。
それから子供たちはトリスタン少年に誘われるように礼拝堂から外に向かって走り出していく。
かなり鮮やかな手腕であり、ゲオルグは感心した。
ゲオルグが礼拝堂を出るときに横を通ったトリスタン少年に、「悪いな」と言うとトリスタンは、「一つ貸しておくよ」と笑った。
将来、うまく社会を渡っていきそうな少年であるなと深く思う。
それから、三人、礼拝堂に取り残されたわけで、少し気まずい空気が流れる。
しかし、反対にむしろ、静かになって真面目に会話が出来る空気が出来たとも言えなくもない。
しばらく沈黙が続いたが、アーサーは、ゲオルグと改めて顔を合わせると、一瞬バツの悪そうな顔を浮かべたが、すぐに首を振って、
「……おっさん、冒険者組合でのことは本当に悪かった。俺の早とちりだったって、あとでセシルに聞いた。どうか、許してくれないか。何なら、一発殴ってもらっても構わない……もちろん、本気でだ」
と深く頭を下げた。
これに、ゲオルグはアーサーの評価を上げる。
潔く自らの過ちを認めて謝ったのはもちろん、ゲオルグの顔と、そして腕の太さを見て、一発殴れ、と言える度胸はふつう、中々持てないからだ。
ゲオルグは立ち上がり、少年に近づく。
そして、ばっ、と腕を上げた。
少年はそれにびくり、と肩をすくませたが、直後、少年に襲い掛かったのはゲオルグの拳ではなく、頭をがしがしと撫でる大きな掌だった。
「……馬鹿なこと言うなよ。俺がお前を本気で殴ったら、天までそのまま吹っ飛んでいくぜ? 大体、俺だって悪かったんだ。聞かなかったのか? お前がいきりたって俺に向かってくるとき、俺が何も言うなとこの娘に視線を送ってたってことをよ」
セシルを示しながら、そう言ったゲオルグだった。
一瞬、あっけにとられたような顔でゲオルグを見たアーサーである。
それから、ゲオルグの話を改めて頭の中で咀嚼してから、じとっとした視線をセシルに向けた。
「……なぁ、本当か?」
セシルはその恨みがましいような声に、平然と返答する。
腕を組んでふんぞり返っているような様子は、ものすごく堂々としていて悪びれない。
「本当だな」
アーサーはその言葉に、がっくりと来たようで、
「なんで初めからちゃんと説明しないんだよ……」
そう言ってセシルを責める。
しかしセシルは、
「そもそも、あの状況だけで殴りかかるような短慮の方が悪いだろう。普通は事情をちゃんと聞くぞ」
と正論を言ったので、アーサーは何も言えなくなってしまった。
二人の間の空気が、妙な具合になり始めたので、ゲオルグはそれを敏感に察知し、ことさらに明るく言う。
「ま、まぁ、二人とも。いいじゃねぇか。誤解が解けたってことでよ……。みんな悪かった、それで、な?」
しかし、これは藪蛇だったらしい。
どうにか空気を良くしようとしたゲオルグにも、睨むような視線が二人から飛んできたからだ。
実際、全容を知れば分かることだが、ゲオルグも、もちろん悪いのだ。
だからこその反応であり、ゲオルグは、そんな時間が数秒続いたので、ううっ、と何とも言えないうめき声が喉から出た。
どうしたらいいものか、わからなかったからだ。
ずっと、こんな状況が続けば、詳しい話も何もできなかっただろう。
けれど、妙な空気にそのうち誰ともなく耐えきれなくなり、
「くっくっく……」
「ふふふ……」
「あはは……」
と、笑い出した。
それは徐々に大きくなり、そして最後には全員が目に涙を浮かべるほど大笑いしていた。
真面目な空気も何もあったものではないが、わだかまりはそれで完全になくなった、と言っていいだろう。
「はぁあ……全く。なんだかな。全部馬鹿馬鹿しくなってしまったぞ」
セシルがそう言えば、
「俺もだ……まぁ、冒険者組合でのことも冷静に考えると馬鹿馬鹿しい話だったぜ」
ゲオルグもそれに頷く。
「おい、俺は真剣にセシルを心配してあんなことしたんだ。馬鹿馬鹿しいなんて言うなよな……でも、まぁ……馬鹿馬鹿しいか。ははっ」
少し抗議したアーサー。
しかしすぐに首を振ってそう言った。
それからは、先ほどまでの気まずい空気は霧散し、和やかに会話が出来るようになった。
ゲオルグは、改めて、亜竜について尋ねる。
「……それで、本題なんだけどよ、いいか?」
「あぁ。私は構わない。アーサーもいいな?」
セシルが尋ねたのでアーサーも頷く。
「いいけど……なんだ、亜竜がどうしたんだ?」
と首を傾げた。
そういえば、アーサーには詳しい説明は何もしていない。
二度手間になったが、ゲオルグは面倒くさがらず、最初からすべて説明した。
すべてを聞き終わったアーサーは、
「おいおい……全部俺のせいって疑ってたのか? それは酷い話だ。むしろ俺は頑張った方だと思うけどな」
と、言った。
これにゲオルグは、
「そうなのか? 詳しいことを聞かないと何とも言えないが、俺はずっと、お前ら二人が亜竜の巣をつついて今回のことが起こったと疑っていた。そういうわけじゃあ、ないんだな?」
と素直に尋ねる。
これにアーサーは心外そうな顔で、
「そんな人に迷惑かけそうなことしたりはしないって……そもそも、亜竜なんかとまともに戦って勝てるわけないんだからそんなことしないさ」
妙に、まとも、という部分に力がこもっていたが、深い意味はないだろうとゲオルグは流す。
アーサーは続けた。
「ただ、確かに亜竜と出くわしたのは本当のことだよ。俺は冒険者になろうと思って今まで住んでいた家から出て来て、アインズニールに行こうとしてたんだけど、その途中で色々あってさ。セシルともそのとき会ったんだ」
てっきり、アーサーは駆け出しの新人冒険者かと思っていたが、まだ冒険者ですらないらしい。
だからあのときセシルが亜竜の鱗を売却していたわけだ。
しかし、それにしても不思議な話だった。
アーサーは、亜竜を倒そう、などという頭の悪い新人のようなことは考えていなかったにしろ、実際に亜竜と相対はしているようである。
それなのに、五体満足でここにいる。
「……よく生きてたな。やっぱりお前は……何か武術か魔術でも身に付けているのか?」
もしアーサーがただの村人だというのならそれはあまりない話だろうが、騎士や貴族の家の出ならばその可能性もある。
十分な修行を積んだ上でなら、直接亜竜と戦って勝利を収めるのは難しいとしても、逃げるくらいは可能だ。
そう思っての質問だった。
アーサーはこれに、
「まぁ、ちょっとは。でも大したことない」
と答えたので、ゲオルグは、
「おいおい、俺はその大したことない奴にあんなに鮮やかに吹っ飛ばされたのか?」
と返す。
あれは確実に何かされたからこその出来事だった。
油断は、ゲオルグには一切なかったのだから。
実際、アーサーはこのゲオルグの台詞に少し焦ったように、
「いや、あの、それは……なんていうかな、偶然、みたいなもんなんだよ……」
と酷く歯切れの悪い台詞を言う。
これは何か隠しているな、と感じたゲオルグだった。
もっと詳しく聞きたい衝動に駆られたが、今は亜竜の話の方が大事だ。
あのときのことはとりあえず置いておき、とりあえずは亜竜のことをもっと詳しく聞こうと尋ねる。
「まぁ、それはいいか。それで? 亜竜とはどうやって出会った?」
これにアーサーは、少し考えて話し始める。