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第7話 ゲオルグの違和感

「ありがとうございました!」


 迷宮の入り口から外に出ると同時にそう言ったのは、ゲオルグが助けた魔術師の少女のパーティの面々である。

 あれから、気絶している彼らが目覚めるまで、少しの間少女と話し込み、彼女たちが冒険者になった経緯などを聞いたのだが、幼馴染同士で作ったパーティらしい。

 村人が食い詰めて、破れかぶれに冒険者になる例は少なくないのでそれほど不思議には思わなかったが、詳しく聞いているうち、彼女たちはかなり恵まれている方なのだと分かった。

 実家である村は特に困窮しているわけではなく、また彼女たちははっきり明言されてはいなかったとは言え、親から認められて出てきたに等しいらしいからだ。

 自分の身の上を思い、少しうらやましいな、と思わないではなかったゲオルグである。

 けれど、そんなゲオルグですら、あそこで師匠に拾ってもらっただけ、恵まれているのだ。

 他人を羨んでばかりいるのはよろしくないなとそのことについては考えないことにした。


 彼らが全員気絶から目覚めると、これからどうするか尋ねたが、このまま探索を続けたいと言ったので、やんわりと今日のところは戻る様に忠告した。

 体力も魔力も回復して、体自体は問題ないだろうが、あれだけのことがあったのだ。

 精神的にはまだショックから抜けられていないようにゲオルグには思え、そんな状態で迷宮探索などしてもいい結果は望めないと思った。

 しかし、そう言いながらも、もしかしたら、うるさい先輩の小言のように聞こえているかもしれないな、と思ったのだが、彼らはかなり素直に忠告を受け入れた。

 魔術師の少女が、いかに危機的状況にある自分たちをゲオルグが救ったのか、かなり華々しく語ってくれたのが功を奏したらしい。

 途中、「いや、流石にもっと地味だったと思うぜ」とか言おうと思ったゲオルグだったが、少女のあまりの熱の入りように、止めどころを見失った。


 結果として、妙に慕われてしまい、今度稽古をつけてくれ、と頼まれるまでになってしまった。


「お前が新人に話しかけたら速攻泣かれるぞ」


 と言われて十数年にして、初めての出来事に戸惑いきりだったが、悪い気はしない。

 暇なときならいいぜ、と言っておいた。


 ちなみに、彼らがどうして鬼人オーガなどと相対する羽目になったのか、その経緯も尋ねた。

 彼らの話によると、迷宮探索中、赤みがかった緑小鬼ゴブリンを見つけたので、いい獲物を見つけたと思い、それを追いかけたら鬼人オーガがいた、ということだった。

 赤みがかった緑小鬼ゴブリンというと、赤小鬼レッドキャップと呼ばれる上位種がまず、ゲオルグの頭に思い浮かぶ。

 これは、緑小鬼ゴブリンよりも強力な魔物で、全体的な印象はよく似ているが、その体色が大きく異なることで知られた魔物だ。

 名前の通り、かなり赤く、可能性は低いが、これに出会ったのではないか、と思った。

 しかし、詳しく聞いていくと、彼らが会った個体は、赤みがかった、と言ってもオレンジに近い色をしていたらしい。

 これは赤小鬼レッドキャップの体色とは異なる。

 そもそも、この【風王の迷宮】において、赤小鬼レッドキャップは確認されておらず、見つけたとすればこれは珍しい発見になる。

 その可能性は、そもそも低いと思っていて、やはり違ったか、という感じだった。

 では、彼らが出会ったのは何なのか。

 これは、彼らが話してくれたことからおそらくはこうではないか、という答えが出た。

 その赤みがかった緑小鬼ゴブリンは、彼らの追跡から逃亡し、最終的に鬼人オーガの足に抱き着いた、ということであったからだ。

 こういう行動に出るのは、魔物に限らず、生き物であれば大体が同じだ。


 つまりは、鬼人オーガの幼生体ではないか、ということだ。

 魔物とは言え、その基本的な生態は通常生物のそれと変わらず、繁殖も普通に行われる。

 だから魔物の幼生体というのも普通に存在している。

 ただ、迷宮内部においては、そうではないことが多い。

 迷宮では、魔物はそのほとんどが成体であり、それは、迷宮がどこかから召喚しているとか、迷宮それ自体が魔物を作り出しているからだとか色々な説が唱えられているが、正解が何なのかはまだ分かっていない。

 しかし、それだけに迷宮に魔物の幼生体が現れるのは稀だ。

 これは、それなりに問題であるので、しっかりと冒険者組合ギルドに報告しなければならないな、と思ったゲオルグであった。


 幸い、依頼で指定された時間ももうそろそろ過ぎる。

 魔術師の少女、カレンたちのパーティを迷宮入り口まで送って、それで今日の仕事は終わりだ、と決めた。


 実際、迷宮入り口に到着すると、ちょうどいい時間になっていて、遠くに沈む夕日が見えた。

 出てきたゲオルグたちを、冒険者組合ギルドの職員が出迎えて、無事に帰ってきたことを喜んでくれた。

 ゲオルグは、職員に依頼の報告を行う。


「……今日のところはここまで、ってことでいいか? まだ迷宮内に誰か残ってるなら探してくるが」


 別に制限があるわけではないが、低ランク冒険者が迷宮探索をするときは、夕方、日が沈むまでには迷宮外に出るように勧められる。

 それは、日が落ちると魔物が普段よりも強力なものになるため、危険であるからこそだった。

 これを破っても特に罰則はないのだが、死にたくないなら従うべきとされているし、多くの低ランク冒険者はこれに従う。

 それでも迷宮内部に残っている者は、自主的にならともかく、出てこられなくなっている可能性もあり、ゲオルグの言葉は、そういうことを危惧してのものだった。

 これに職員は首を振り、


「いえ、大丈夫です。確認している限り、今日ここに入った低ランク冒険者は彼らが最後ですよ」


 と、ゲオルグにあいさつした後、先に馬車乗り場まで歩いているカレンたちのパーティの後姿を見ながら言った。

 朝から晩まで、こうやって見張りをして大変だな、と思うが、彼ら職員がこういうことをやり始めてから新人の死亡率はかなり下がっており、重要な仕事である。

 

「なら、俺も戻ろうと思うが……」


「ええ、構いません。今日は一日本当にありがとうございます。先に出てきた冒険者たちからも、ゲオルグさん、評判がいいですよ。危ないところを助けてもらった、とか、よいアドバイスをもらえた、とか、そんなことを話す新人がいつもより多くて。できればまたこの依頼を受けていただけると助かります」


 ゲオルグも、別にカレンたちだけに時間を割いていたわけではない。

 彼女たちを助けたのは、最後の方であり、それまでは迷宮の中を徘徊しつつ、低ランク冒険者を見つけると近付いて、挨拶したりを繰り返していたのだ。

 その際、もちろん、危険なことがあれば助けたし、困っていれば適切な助言を行ったりもした。

 それが仕事なのだから。

 しかし、ゲオルグが近づくと、遠目にはやはり魔物か何かに見えるらしく、身構えられることが多かった。

 ただ、話しかけると皆、緊張しつつも普通に対応してくれたので、自分の顔もそれほど怖くないのかもしれないという、妙な自信がつきつつあるゲオルグである。


「俺で役に立てるなら、また受けるぜ。今までこの手の依頼をあんまり受けなかったのは、怖がられるに決まってるだろうってみんなが言うからだったからなぁ」


 しみじみと言うゲオルグに職員は少し吹き出し、


「その気持ちはすごくよく分かりますけど……ゲオルグさん、実際に話してみるとそれほどでもないですから。やっぱりぱっと見の見た目で損してますよね? ベテラン冒険者らしくて迫力はあるんですが」


「顔だけは取り換えるってわけにはいかねぇからなぁ……」 


 レインズのような顔立ちならもっと怖がられないんだろうか。

 ゲオルグがたまにそんな風に考えていることは、誰にも責めることが出来ないだろう。


 ◇◆◇◆◇


 アインズニールの街へは行きと同様、馬車で戻った。

 帰りの馬車は何台かあった、残念ながらカレンたちとは別の馬車で戻ることになったが、カレンから酔い止めをもらっていたので、必要ないのは分かっていたが、それを飲んだ。

 彼女なりのお礼なのだろう。

 迷宮を出るまで、助けてもらったこと、それにそこそこ値の張りそうな回復薬を惜しげもなく使ったことにひたすらお礼を言ってくれ、回復薬については実費を請求してほしいとまで言っていたが、正直言ってその必要は全くない。

 仕事だったからやったことだ、というのはもちろんあるが、回復薬については錬金術の基本である。

 つまりは、ゲオルグ手製のものだ。

 実費というと、自ら採取した薬草と、詰めた瓶の価格ということになるだろうが、新人冒険者からわざわざ回収するのは悲しくなってくるほど安い。

 具体的にいうと、エール一杯にも満たないだろう。

 だから、かっこつけて、


「どうしても払いたいってんだったら、お前らが一人前の冒険者になったと胸を張れるときが来たとき、俺に一杯奢ってくれ。それでいい」


 と言っておいた。

 流石にかっこつけすぎたか、この顔で、と思ったが、カレンたちは何か感動したような顔で、近いうちに必ず、と言ってくれたので大丈夫だったはずだ。


 それに、そんな日もそれほど遠くはなさそうだ。

 ゲオルグが見る限り、彼らには才能がありそうだし、一年の間、こつこつと修行を続けられた根気もある。

 飽きっぽく、いきなり冒険者になって迷宮に突っ込んでいくような奴らではなかった。

 いずれ頭角を現す日が来るだろう。


 ゲオルグはアインズニールの街に辿り着くと、まず、冒険者組合ギルドに向かった。

 依頼完遂の報告と、カレンたちの出会った鬼人オーガの幼生体と思しき存在についての報告である。

 ゲオルグの報告を受けたのは、新人冒険者組合ギルド職員マリナであった。

 朝は受注受付の方に座ってたはずだが……?

 ゲオルグがそんな顔をしていたのをマリナは読み取ったらしい。


「新人ですから。朝は受注受付、夜は報告受付の方に座って、万遍なく業務を担当するようにしてるんですよ……それで、ゲオルグさん、依頼の方はやっぱり問題なかったでしょう?」


 言われて、そう言えば今回の依頼をすすめたのはマリナだったなと思い出し、ゲオルグは言う。


「あぁ。あんたの言ったとおりだったな。中々いい依頼を紹介してもらった」


「やっぱり」


 ゲオルグの言葉に、胸を張るマリナ。

 新人らしからぬ膨らみが主張しており、その瞬間周囲の冒険者がざわめくが、ゲオルグは無反応だった。

 流石に、それくらいで盛り上がれるほど若くない。


「依頼自体はな。ただ、ちょっと気になることがあった。新人が迷宮で鬼人オーガの幼生体らしきものに出会ったようでな。もしかしたら、浅層で鬼人オーガが繁殖してる可能性がある。そもそも、あれくらいのところに鬼人オーガが出るなんて珍しい話だ」


 全くあり得ないことではないが、鬼人オーガは【風王の墳墓】に出るのであれば、もう少し奥の層で出現するはずである。

 それなのに、主に低ランク冒険者が探索するような区域に現れたというのは看過できないことだ。

 全くのイレギュラーで、あれが特別な場合だったというのならいいが、あの鬼人オーガは幼生体を連れていた。

 浅層でそのような事実があり、そして鬼人オーガの巣がある可能性が考えられるというのは、冒険者組合ギルドとしても知っておくべき情報だ。

 マリナも新人であってもそのことは分かっているようで、真剣な表情で、


「……それが事実であれば、あの迷宮は封鎖する必要がありますね……。その新人は?」


「カレンっていう若い魔術師のいるパーティだ。鬼人オーガに襲われていたが、俺が助けた。五体満足にしてる。一応、俺が大まかな話を聞いておいたが、もっと詳しく聞きたいなら直接聞け」


「そうさせていただきます。ただ、明日は【風王の墳墓】は封鎖するほかなさそうですね。調査が必要ですし……実際に鬼人オーガの巣が見つかった時は、その掃討のために依頼が出ることになると思います。そのときは、協力していただけますか?」


 鬼人オーガはC級の魔物であるが、その中でも比較的強力なものだ。

 B級のゲオルグだからこそ、たやすく倒すことが出来たのであって、C級冒険者にはあれほどあざやかに倒すことは出来ない。

 そして、アインズニールの街にいる冒険者の中で、B級というのは最上位。

 それほど数がおらず、受けられる依頼にも限りがある。

 仮に鬼人オーガの巣が迷宮にあり、それを駆除することが重要であっても、C級冒険者で対応できることであり、強制依頼には出来ない。

 さらに、これは新人のために、という色彩の濃い依頼であり、報酬もおそらくB級にとって魅力的なものにはならない。

 そんな中、この依頼を受けるように強制するのは不可能だ。

 だからこそ、マリナはこういう言い方をしたのだった。

 

 普通のB級冒険者なら、こういうとき、即断を避けた言い方をする。

 気が向いたら、とか、どうしようもないときには、とかそういう言い方を。

 しかし、ゲオルグは違った。

 ゲオルグはマリナに言う。


「あぁ。もちろんだぜ。もし依頼が出たら言ってくれ。レインズでも引っ張ってきて一緒に受けることにするからよ」


 ここにいないのに、勝手に受けることにされた同僚はたまったものではないだろうが、逆にゲオルグがよくわからない依頼にいきなり付き合わされたことも何度もあるのだ。

 これくらいは許されてしかるべきである、とゲオルグは思った。

 そして、このゲオルグの言葉に、マリナは感謝の表情を浮かべ、


「ぜひ、よろしくお願いします。レインズさんにもよろしく言っておいてください」


 そう言って笑った。


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