第37話 ゲオルグと納品
「それでは、これで材料は全部集まったと言うことでいいですね?」
香木を採取し、香木亀が湖にずずずず、と沈んでいって完全に姿が見えなくなった後、カティアがゲオルグにそう尋ねた。
ゲオルグは頷いて答える。
「あぁ。これで問題ない。後は、余分な分を冒険者組合に納めてきて、そっから製作に入る感じになるな……。あぁ、カティア。あんたにも分け前はやるからな」
もちろん、今回の依頼の報酬についてだ。
一応、今回のような場合は勝手についてきて手伝った、ということになるため、ゲオルグがカティアに一銭も報酬を支払わずとも誰に責められることもない。
ただ、そんなことをするつもりはないし、カティアにもしっかりその旨は話してある。
けれどカティアは、
「私としては特に報酬を分けたりしなくても構わないのですが……。本当にただ手伝いに来ただけですし、そもそも今回の依頼で最も困難なのはそれぞれの魔物や精霊の生息地を見つけること、ですが……全てゲオルグが行ったわけですから。私は見てただけに等しいのでは……楽をしすぎで、これで報酬をというのはちょっと……」
「途中、豚鬼共の群れを潰したりしだろう。他の魔物だってカティアが見つけ次第倒してくれたこともあった。一人だともっと時間がかかってただろうし、楽をし過ぎたのは俺も同じだぜ? いいから気にしないで受け取れよ」
この二人の会話を聞いている他の冒険者がここにいれば、どこが楽をしていたのかと首を大きく傾げることだろう。
発見すら困難な魔物を半日も経たずに三種も見つけ、しっかりと素材を得た上に、ついでにかなりの規模のオークの群れをすら潰しているのだ。
その上に深い森の奥にいる強力な魔物たちも軽く倒している。
C級冒険者程度であれば、おそらく往路だけで疲労困憊になっているか、命を落としているような厳しい道のりだ。
しかし、ゲオルグとカティアにとっては、大したものではなかった。
カティアはゲオルグの言葉に少し悩んだ顔を見せ、
「うーん……ですが、ゲオルグはこれからレインズさんとニコールさんに指輪を作られるわけでしょう? 今回得た素材以外にも、それなりに製作コストがかかるのでは?」
「それは……まぁ、そうだが」
今回得た素材だけで指輪が作れるわけではない。
接合に使うロウ材を作るための細々とした素材とか、いくつもの器具を稼働させるための魔石とか、そこそこのコストはかかる。
だが、B級冒険者であるゲオルグにとってその程度の金額は大したものではない。
一番仕入れに金がかかる部分は、それこそ今回自分で集めた訳なのだから。
だが、カティアはそれでも気になるらしい。
どうしたものか……と思ったところで、ゲオルグは思いつく。
「そうだな。じゃあ……こうするか」
「と言いますと?」
「今回、良い素材が色々手に入ったが、確実に余るって話をしただろう?」
「ええ。そうでしたね。指輪二つに使い切るのには多いって」
「そういうことだ。だから、その余りを使って、あんたに何か装飾品を作ってやる。それを報酬にってことでどうだ?」
「えっ! い、いいんですか!? 前にも言いましたけど……細工師ジョルジュの装飾品は白金貨が必要なくらいなのですけど……!?」
「それは俺にとっては過分な評価だからなぁ……あんまり実感がねぇんだが。まぁ、でもそういうことなら、十分に礼になるってことで良いよな?」
「勿論ですよ! でも私の方が恐縮してしまいますけど……」
「気にすんなよ。俺にとっては大したものじゃねぇんだから……それに、いずれ近いうち、亜竜と戦うことになるんだ。そのためにそれなりの効果のついた奴は渡しておきてぇって思ってた。水の精霊が言ってたことも気になるからな……」
「あぁ、魂に穢れが、と言ってましたものね……」
「そういうことだ。まぁ、カティアがそうそう亜竜にやられるなんて思ってはいねぇんだが、それでも万が一ってこともあるからな。穢れ対策になりそうな効果を込めたものを何か作ってやる……指輪……は、魔銃を扱うあんたには向いてなさそうだな。腕輪とかでいいか?」
「えっ? あ、はい……そう、ですね……。それで大丈夫です」
なんだか少し残念そうな表情を一瞬したカティアにゲオルグは首を傾げたが、問題はなさそうなので頷く。
「よし。じゃあアインズニールに戻るか。製作は明日からだな……しばらくは家に籠もるから、冒険者組合に依頼はその間無理だって伝えておかねぇと……」
◆◇◆◇◆
「……こ、これは……!?」
冒険者組合受付で豚鬼の討伐証明部位をカティアと共に提出すると、女性職員が引き気味の表情でそう呟いた。
確かにそういう反応になるだろう、というのは分かっていたが、出さないわけにはいかない。
ゲオルグは彼女に経緯を説明する。
「ちょっと依頼の関係で森の深いところに入ってな。偶然、豚鬼の群れを見つけたからカティアと二人で潰しておいた。かなり規模の大きな砦まで作ってやがったから、放置しておくのも危険かと思ってよ。完全に破壊しておいたから、後々、他の魔物が拠点として扱うということもねぇ。ただ、あいつらがいなくなって多少、森の生態に影響が出る可能性があるから……一応そこについては注意喚起をしておいてくれ」
「は、はいっ……。剣闘豚鬼の証明部位が五匹も……相当な規模だったんですね。お二人に気付いていただけて助かりました……。ですが、報酬の方はまだ依頼が出ていなかったのでお安めになってしまうのですが……もちろん、こちらとしても可能な限り、この功績に報いたいとは思っているのですが……!」
申し訳なさそうに言った職員だが、ゲオルグもカティアもそこまで金には困っていない。
それに魔物の群れについては冒険者組合が確認した後、一定の決まりに沿った形で依頼を出さない限り、報酬についての助成が国から出ないという規則がある関係で、こういう偶然倒してしまったという場合には意外に報酬が安いというのは高位冒険者の間では自明だ。
あまり文句を言う者はいない。
それは、大した労力ではないというのと、こういう、他の低位冒険者が危険になりそうな状況を発見した場合は、半ばボランティア精神で討伐しているからだ。
報酬が欲しい場合は確認だけして一旦戻り、冒険者組合に依頼を出して貰ってから討伐する、という方法もとれるし。
それをしないという時点で高い報酬を求めるつもりはないとういことだ。
ただ、それでも職員がこんな風に言ってくれるのは、冒険者組合にとって有益な行動をした冒険者に対する感謝があるからだ。
ときにはうまく手続きをして報酬を上げてくれることもある。
今回もそうしてくれるつもりだ、というわけだ。
しかし、ゲオルグはカティアと顔を見合わせてから、首を横に振った。
「いや、今回のはたまたまだったから、別に無理に報酬を上げてくれなくてもいい。それより、豚鬼共の肉が大量に手に入ったから、良い値で引き取ってくれ。それで十分だ。あとは……他の依頼の納品だな。よろしく頼む」
とりあえず納めるのは、銀鱗蛇と金鱗蛇の鱗、それに水精霊の精霊玉だけである。
香木亀の香木についてはその生息地を推測させないため、しばらくしてからにするからだ。
また、火精霊の精霊玉についてはストックがあるので、後でそれを納品する予定である。
あれはこの辺りでは取れず、以前、アーズ渓谷の火山で確保したものを納めるしかない。
レインズたちに贈る指輪に嵌めるのも、その時のものになる。
偶然ではあるが、そちらも中位精霊の作ってくれたものなので、対の指輪として十分な品質になるはずだ。
ちなみに、納品する品の量は、いずれも今回確保した十分の一ほどになる。
水精霊の精霊玉については実のところ一つだけだと思っていたのだが、気付いたらポケットに十個ほど入っていた。
そちらは下位精霊が作ったもので、中位精霊のものと比べると籠もっている力も小さかったが、納品するには十分な品なのでそちらを納品する。
「……はい、確かに。いずれも傷一つなく、素晴らしいですね。豚鬼のお肉については今はかなり高騰していますし、剣闘豚鬼のものは珍しいので……これくらいでいかがでしょう?」
計算器具を弾きながら職員が押し出してきた金貨の枚数に満足し、ゲオルグが頷くと、
「では、依頼は達成と言うことで。今後ともよろしくお願いしますね」
職員がそう言ったので、ゲオルグは金貨を袋にしまい、カティアと共に冒険者組合を出たのだった。




