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第35話 ゲオルグの演奏

 ウェイン湖は、先ほど精霊たちを呼んだ湖よりもずっと巨大な湖だったが……。


「……恐ろしいほどに静かですね。これほどの規模の湖でしたら、魔物や動物たちが水を飲みにやってくるのが普通なのですが……」


 カティアが首を傾げつつそう言った。

 これにゲオルグは、


「まぁ、そいつには理由があるんだ。それよりカティア。あんた、何か演奏の技術とか持ってたりしねぇか?」


「え? 演奏ですか……それって、ギターとかフルートとかの?」


「まぁ、そういうことだ」


 平民であればそういった者にはほとんど縁がないことが普通で、せいぜい旅芸人の奏でる楽器を街の広場や酒場などで聞く、くらいのことしかない。

 けれどカティアはA級冒険者である。

 そこまでランクの高い冒険者となると、貴族との付き合いも多い。

 それに加えてカティアは女性なのであるから、貴族令嬢や貴婦人たちとの付き合いもあるはずだ。

 そういった身分の高い女性たちは教養として楽器演奏技術を身につけるもので、そんな人々と付き合いのあるであろうカティアも一応、身につけていてもおかしくはないだろう、と思っての質問だった。

 これにカティアは、


「少し、フルートが吹けますが……ですけど、習い始めたのが最近でして。まだほとんど……」


 と少し恥ずかしそうに言った。

 ある程度の必要性は理解していたが、練習する余裕がなかった、ということだろうとゲオルグは思う。

 ただそうなると……。


「困ったな。出来れば協力して欲しかったんだが……まぁ、俺一人でもいいか」


 ゲオルグはそう呟きながら、拡張袋(ヘルフ・ポーチ)から精緻な文様の施された、芸術品のようなギターを引き出す。


「……ゲオルグ。それはまさか貴方が……?」


「あぁ。俺が作ったもんだ」


「魔道具やアクセサリーのみならず、楽器まで……。冒険者をやっているなんて何かの間違いではないかと思ってしまいます」


「まぁ、長年やってB級で燻ってるくらいだしな。確かに天職というほどじゃねぇんだろうが……」


 ゲオルグが苦笑しながらそう言うと、カティアは慌てて、


「いやいや! そういう意味じゃないですよ! 言い方を間違えました……そもそも大抵の冒険者は引退までにC級まで上がれれば良い方なのですから。B級まで辿り着いている時点で十分に天職です。ただ、細工師としての才能が明らかに逸脱しているだけで……」


「才能というより、かけた時間と執念が違うからな。教師も恐ろしく良かった。まぁ、それは冒険者としての師匠の方もそうだったが……まぁ、それはいいか。とりあえず、これから俺はここでギターを演奏する」


「そうだろうとはなんとなく推測がついてましたが……重大な疑問があります」


「何だ?」


「なんでいきなりここで演奏会を開く必要があるのか、ということですよ」


 呆れた顔で言ったカティア。

 もちろん、そう帰ってくるだろうということが分かっていてゲオルグは尋ねている。

 ゲオルグは言う。


「まぁ、そういう疑問が出てくるのは当然の話だな。答えは簡単だ。ここにいる香木亀が音楽が好きだからだ。良い曲であればあるほど、早く出てきてくれる」


「……香木亀が、音楽好き?」


「まぁ、直接会話して尋ねたわけじゃねぇから絶対そうだとは言えねぇけどな。ただ楽器演奏の振動が伝わって心地良いだけ、とかかもしれねぇし。ただ、これ以外に方法がなくてな……」


「うーん……にわかには信じがたいですが、ゲオルグが嘘をついても仕方ないですもんね……。しかし、そうなると私に手伝えることは……一応、歌なら歌えますけど」


「おっ! いいじゃねぇか。歌は俺も歌ったことがあるが、そのときは割と早めに出てくれたしな。今日はカティアの歌でいこう」


「……言っておきますが、そこそこですからね? 本職の歌手のような美声を期待されても困りますからね?」


「分かってるよ。じゃあ、曲は何にする?」


「何をリクエストしても?」


「全く知らねぇ曲だと困るが、酒場で吟遊詩人が歌っているようなもんなら大抵弾けるぜ」


「そうですか……では、『水面の精霊の調べ』を」


「いいだろう。じゃあ、るぜ」


 二人で拍を取り、そしてゲオルグがギターの弦を指で弾き始める。

 穏やかで低いアルペジオから始まるその曲は、この国でも有名な曲の一つ。

 酒場において吟遊詩人がいれば、必ず日に数回はリクエストが入るバラードだ。


『水面に揺蕩う花 その中に棲まうは水の精か 鏡のごとく湖面の向こう たったひととき結ぶ世界 手を伸ばしても届かない 美しの君は夢と消える』


 カティアの声が、美しい旋律を伸びやかに歌う。

 自信がないようなことを言っておいて、本職の歌手も裸足で逃げ出すような美声だった。

 その歌声は広い湖の全体に、風に溶け込むように広がっていき、湖面を撫でていく。

 また、そんな彼女の歌声を支えるゲオルグの演奏も素晴らしかった。

 明らかに冒険者の無骨な指先が奏でるとは思えない繊細な演奏であり、薄いガラスのようにギリギリの高音を歌うカティアに上手に寄り添っている。

 彼らが酒場でこれを披露すれば、間違いなく盛り上がるだろうが、同時にアインズニールの吟遊詩人は失業を覚悟しなければならないほどだった。

 

 そんな演奏を理解したのか、最後まで歌いきる前に、湖の湖面が揺れた。


「……来たか」


 弾きながらゲオルグがそう言う。

 カティアもそれは察知していたが、歌声は止めなかった。

 ゲオルグがまだ弾いているため、必要だと考えてのことだ。

 ただし、武器はいつでも抜けるように気は張っている。


 そして、それは現れた。


 湖の底から、それはせり上がってくる。

 まず見えたのは、その大きな背中であった。

 甲羅だ。

 そこには背が低いが、かなり太い幹を持つ樹木が一本生えている。

 さらに全体像が見えていくにつれ、それが亀以外の何物でもないことが分かってくる。

 ただし、湖に浮いているため、足は見えないが……。

 しかも相当に巨大だ。

 流石にこの巨大湖と比べればそこまでではないにしろ、先ほどまでいた精霊のいた湖であれば、これ一匹で埋め尽くしてしまえるほどだった。

 

「……香木亀。こんな大きなものが、狩られずに残っているなんて……!」


 カティアが驚きと共にそう口にしたのも、無理からぬ話だった。

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