第34話 ゲオルグの寄り道
「さて、最後に残ってるのが……」
「香木亀の香木、ですね!?」
精霊玉をしまいつつ、呟いたゲオルグの言葉を明るい声で継いだのは、A級冒険者カティアである。
その表情は今すぐ行きましょう、ぜひ行きましょう、とでも言わんばかりに輝いていて、ちょっとゲオルグも引くくらいだ。
しかし、そういう表情になるのは十分に理解できたので、ゲオルグは引き切らずにカティアに言う。
「……カティア。興味津々なことは理解するけどよ。これから行く場所については、今まで以上に……」
「分かってます。誰にも決して言いません。何なら契約魔術をしても構いませんよ!」
言うが早いか、自らの拡張袋から契約魔術用の特殊加工されたインクの充填されている万年筆と羊皮紙を取り出しすカティア。
冗談かと思いきや、本気も本気らしかった。
しかしこれにゲオルグは首を横に振る。
「別にそこまでする必要はねぇよ。それに、カティアと契約魔術で契約したところで……あんたには解呪師の伝手があるってことだったからな。意味がないだろう?」
「いえ、そんなことは……ないとは言い切れないですが、けれどそこのところも縛れば問題ないのでは? 解呪師と接触することを禁ずる、もし禁を破った場合には……というような形で」
「本気で条文を考えるなって。そもそも、俺はあんたを信じることにしたから、ここに連れてきてるんだ。さっきのはただの念押しだよ。だからいいんだ」
「おぉ……これは。ありがとうございます。ゲオルグ。知り合ってそれほどでもない私のことをそこまで信じてくれて。でも、どうして」
「俺はこれでそこそこ人を見る目があるつもりなんだ。それに……信じた奴に裏切られたら、諦めもつく。それだけの話よ」
「そうですか……では、私も貴方の信頼を裏切らないよう、努力しましょう」
「そうしてくれ。あぁ、でも何か命の危険がある場合には破っても構わないからな?」
「むしろそういうときこそ、破ってはならないのだと思いますが……ゲオルグがそう言った、ということは心に留めておきましょう。それで、香木亀なのですが……一体どこに?」
「あぁ。それはこっから移動する。まぁ、移動先も湖なんだけどな」
「ほう?」
「こっちだ」
そして俺たちは精霊たちを呼んだ湖を離れ、森の中に再度入る。
今度向かう場所は結構な奥地であり、生半可な腕のものでは付き添いですらも厳しいだろうが、カティアはA級、ゲオルグもB級だ。
当然、何の問題もなくその場所へと辿り着いた。
「うーん。ついでだったのにこれだけ沢山の剣闘豚鬼の素材が手に入るとは。防具は流石に人間には使えそうもありませんが、剣の方は中々、いい値段で売れそうですね。それにお肉! 滅多に手に入らない上物です」
カティアがそう言って喜ばしげに微笑んだ。
ゲオルグたちはあれから、森を突っ切り、目的地の湖……ウェイン湖に到着したのだが、そこまでの道のりで豚鬼たちの集落を発見したのだ。
豚鬼は魔物と言えど、社会性のある生き物で、必ずしも全て邪悪というわけではない。
この辺りはゴブリンなども同様なのだが、しかし、ゲオルグたちが発見した集落は明らかに邪悪な……言い方を変えると、人間に害を及ぼすタイプの豚鬼たちのものだった。
どうやって判別したか、というと、豚鬼たちの中に一匹、豚鬼侍僧がいたのだが、唱えている祝詞が聞いたことのあるもので、特に人間に敵対する邪神を祀るそれだったのだ。
豚鬼侍僧は他の豚鬼たちを集め、祈りを捧げさせ、そして反対に補助呪文を唱えることで彼らの能力を上げさせて、周囲の魔物たちを狩らせ、能力を上げさせているようだった。
今の段階では明確に人間に被害が出ているわけではなかったが、こういったものを放置するとあっという間に巨大な豚鬼の大群となって人に襲いかかってくることは目に見えている。
実際、そういうことは良くある。
鬼人でもそうだったように、魔物たちの大群による襲撃というのは伝説のみの中にある話ではなく、むしろありふれた危機なのだ。
とはいえ、最近、大規模な討伐作戦となった、あの迷宮での出来事のような危険はまだなく、B級とA級の冒険者が一人ずついれば十分に倒しきれるほどの規模でしかなかったため、これもついでだと思い、ゲオルグはカティアと一緒に襲撃したのだ。
豚鬼もこれくらいの規模の集落を作るほどとなると馬鹿ではなくなるから、集落の周囲にはしっかりと物見などがあって、周囲を見回して警戒していたが、ゲオルグもカティアも豚鬼程度に見つかるようなへまはしない。
特にカティアはそういった遠くの魔物に対する一撃必殺の武器である《魔銃》をメインウェポンにしているため、一匹ずつ確実に、静かに倒していき、そして全ての見張りを倒しきったところで集落の中に突入した。
幸い、というべきか、集落は粗末ながらも丸太の壁で囲まれた、小規模な要塞と化しており、入り口をしっかりと押さえておけば中の豚鬼たちは逃げられないようになっていた。
本来であれば周囲からの攻撃を防ぎきる心強い壁になっただろうが、ゲオルグとカティアで見張りを完全に無力化してから襲いかかったために、その壁は牢獄のそれと変わらないものとなった。
戦いは三十分ほどかかった。
最も強力だったのは、剣闘豚鬼であり、これが五匹ほどいて、その全員を豚鬼侍僧が神術でもって強化していたのでかなりの耐久力と攻撃力を持っていた。
しかし、ゲオルグにとっては力だけで挑んでくる敵はむしろやりやすい方で、残念ながらゲオルグの力よりも下回る力しか持っていなかったので、容易に倒すことが出来た。
カティアは筋力で対抗は出来なかったが、剣闘豚鬼といってもそこまで上位の豚鬼というわけではない。
豚鬼特有の鈍さ、判断能力の遅さというのを克服し切れていない種であり、したがって高い回避力と素早い連射の可能な《魔銃使い》であるカティアにとってはいい的にしかならなかった。
その結果、豚鬼の集落を三十分で攻め落とすことに成功し、今後ここを拠点とした他の魔物が現れないように崩壊させて、周囲に延焼しない程度に燃やし尽くした。
もちろん、魔石などの素材は十分に確保した。
カティアが特に喜んだのは豚鬼たちの肉で、上位のものほど美味であることで知られているため、剣闘豚鬼のそれを神からの恵みのように思っているようだった。
「ちなみに、どんな風に料理するんだ?」
ゲオルグが尋ねると、カティアは何を馬鹿なことを聞いているのか、という顔つきで、
「え? 直火で焼きますよ」
と阿呆なことを言ったので、ゲオルグは呆れて、
「……俺が料理してやるから、帰ったら俺の家に来い……」
そう言うしかなかった。