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第33話 ゲオルグの予感

「……あの、ゲオルグ。何してるんですか……?」


 カティアがつい、そう言いたくなったのも無理からぬ話だ。

 何故と言って、ゲオルグが今していることは極めつきに奇妙なのである。

 

「……何って、見りゃ分かるだろう。細工品に、酒と菓子を供えてるんじゃねぇか」


 そう、ゲオルグは彼手製と思しき小さな祠を模した木造の工作物の供え台の上に、同じく彼の手からなると思しき細工品とお菓子を置き、祈りを捧げているのだ。

 湖に浮いた小さな浮島の上でやる行動にして奇妙なことこの上ないが、どうやら大真面目らしい。


「……それは確かに分かりますけど……一体なぜ……?」


「もちろん、精霊玉のためだ……ほら、見えないか?」


 ゲオルグがふとそう言って、周囲を示す。

 するとそこには……。


「……え、うそ……これってもしかして、水精霊、ですか……?」


 気づけば水色の光がいくつも周囲を舞っている。

 いずれも楽しげで、徐々に距離を詰めて祠の方へと近づいて来る。

 そして、ついにそれらはふっと祠の上や供え台の上に降り立った。

 光の中には様々な形の生き物がいて、それは蜥蜴だったり魚だったりする。

 精霊は本来、明確な形を持たず、現れるときには色々な生き物を模して自らの姿とすると言われていて、その通りにしているのだろう。

 カティアも全く精霊を見たことがない、というわけではないが、ここまで近くではっきりと目にすることが出来たのは初めてだった。

 精霊は、容易に人間には近づかない。

 その理由は人が汚れているからだ、とか、金属を嫌うからだ、とか色々と言われているが、はっきりしたことは分かっていない。

 しかし、ほとんど近づいてこないのは事実なのだ。

 それなのに……こんなにたくさんの精霊が、これほどまで近くに来てくれている。

 驚くなと言う方が無理な話だ。

 ゲオルグはそんなカティアに微笑みつつ、言う。


「こいつらは住む場所を乱さなければ会うのはそんなに難しくはない。ただ、こいつらを求める奴は率先してそれをやろうとする奴が多いからな……だから会えねぇのさ。まぁ、ちょっとした供え物も必要になってくるから、それも問題ではあるが」


 気づけば、水精霊たちは供え台のお菓子を少しずつちぎって食べていた。

 非常に美味しそうであり……それがゲオルグの言う彼らに対する供え物、なのだということは分かる。

 確かに精霊を奉る祭りなどでは、精霊に対して供え物をし、その加護を願うことが多いし、その際に彼らは姿を現してくれることはある。

 あれは……つまり、その供え物がほしいから来ていたというだけで、人間がどうこうとか関係ないのかもしれない。 

 現金な存在なのだな、と少しロマンが減じたカティアであった。

 そして、そんな精霊たちの中でも一際大きな光を放つものが、ゲオルグの作った細工品……精巧な水色のガラス細工で飾られたピアスを手に取り、自らに身につけた。

 その精霊は、他の精霊たちとは違い、人型をしていたのだ。


『……ゲオルグ。これは私への捧げ物ということで構わないのよね?』 


 精霊がそう言った。

 不思議な響きの、しかし耳心地のいい声である。

 声を発した精霊自身も美しく、流れるような形の衣服を身に纏っているように見える。

 髪は水のようにうねり、まるで生きているかのようで、人には体現できない美を存在で表現していた。

 ゲオルグはそんな相手に対しても一切動揺することなく答える。


「あぁ、もちろんだ。あんたのために作ってきた。お代は、精霊玉ってことで頼む。別にあんたのじゃなくても構わねぇからな」


『またつれないことを。こんなものをもらって、他の者に精霊玉を出させたら私って酷い精霊じゃない。もちろん、私から出すわ……ちょっとお待ちなさい」


 そう言って精霊は両手の平を合わせ、祈るように目をつぶった。

 すると、彼女の体中に宿った力がその両手の平の間にぎゅっと凝縮し、光り輝く。

 その光すらも徐々に押し込まれていき……そして、最後に上に乗せられた手をどけると、残った手の上には水色をした小さな宝玉が出現していた。

 精霊がその手をゲオルグの方に伸ばし、


『どうぞ、受け取って』


 と言うと、宝玉はふわりと浮かんでゲオルグの方に飛んできて……最後にはゲオルグの手のひらの上に収まった。

 

「……ありがとうよ。しかし、本当にあんたがくれるとは……いいのか?」


『いいのよ。ゲオルグが精霊玉を頼むなんて珍しいから。それに、女の人を連れてくるのも、ね。ねぇ貴女、もしかしてゲオルグの奥様?』


 精霊にそう聞かれて、カティアは喉がつまり、咳き込む。


「げほっ、げほっ! い、いえ。違いますよ……あの、なんというか、冒険者仲間で……」


「そうそう、カティアは腕のいい冒険者なんだ。これでA級だぜ。この辺りに亜竜が出現したからってんで、王都から呼ばれてきたのよ」


 ゲオルグがそう答えると、精霊はなるほど、と頷く。


『確かにかなり強そうに見えるわ。魔力も安定してる……それにしても亜竜とは、厄介なことね。あれは私も早く退治して欲しいわ』


「……なんだと?」


 ゲオルグが精霊の言葉に表情を変えた。

 それに気づいてか気づかずか、精霊は続ける。


『あのように魂に穢れを差し込まれてしまっては、もはや死以外に救いはあり得ないわ。あの亜竜はこの辺りの主として、長く頑張ってくれた。その役割はもう、担うことは出来ないけれど、どうか安らかに眠って欲しい。本当は私たちがやらなければならないことだけど、近づけないのよ。黒い霧が、あの子を覆っているから……ゲオルグ。あの子を、お願い。カティアも……』


 話しながら、精霊の体はどんどん薄くなっていく。

 そして、最後まで言ったところで、完全に姿を消した。


「おい、もっとちゃんと説明を……!!」


 ゲオルグがそう叫んだが、そのときにはもう影も形もなくなってしまっていた。

 周囲にたくさんいたはずの他の小さな水精霊たちも、もうどこにもいない。

 

「ゲオルグ……今のは……」


「この辺りの水場を治める水の中位精霊でな。昔、色々あって……顔なじみというか、たまに会いに来るんだよ。菓子を土産にな。必要なときには下位精霊の精霊玉を融通してもらったりしてきたんだが……あいつがあんなことを言うのは初めてだ」


「今回の亜竜に、何か異変があったようなお話でしたけど……」


「ああ。カティア、今回の亜竜退治、一筋縄にはいかないのかもしれないぜ」

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