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第31話 ゲオルグの将来

「……まだ、でしょうか?」


 大きな蛇が近づいている。

 しゅるしゅると静かに、けれど確かに少しずつ。

 周囲は崩れ落ちた古代の遺跡に囲まれていて、その石垣の間や、倒木の間を器用に進んでいくのが見える。

 その蛇の目的は明らかで、向かう先には縛られた一匹の土鼠がいた。

 先ほどカティアとは別にゲオルグが捕まえたものである。

 それを狙って進んでいるのだ。

 蛇の表面は銀色の輝きを纏った鱗に覆われており、ひどく目立つように思えるが、どちらかというと鈍色に近く、この森の中にうまく溶け込んでいるように見える。

 それだけではなく、かの蛇は魔物だ。

 魔物というものは人とは異なる体系の魔術を身につけていることが多く、この蛇もまた、例に漏れない。

 つまりは、ゲオルグやカティアが首飾りでもってその効果を実現した認識阻害の魔術を、本能的に使用することが出来るため、B級冒険者のゲオルグ、A級冒険者のカティアであっても気を抜くとすぐに見失いそうになる。

 幸い、ゲオルグ手製の魔道具ほどの完全隠蔽性能まではなく、恐ろしく保護色のうまい蛇、くらいの感じだが、それだって相当のものだ。

 こと自然界においては動物や魔物の方が、人類より遙かに優位なのはいうまでもない。

 人は、自らの領域に引きずり出してやっとそれらと相対できるに過ぎない。

 そのことを忘れた者は、森の中で亡者と成り果てる。

 ゲオルグとカティアはそこまで愚かではなく、細心の注意を払ってその蛇を見つめていた。

 蛇はそして、土鼠の直前へとたどり着く。

 近づいても逃げない土鼠を見て、少し怪しむように周囲をきょろきょろと観察した。

 けれど、認識阻害の実力については、道具を使ってのものだとはいえ、今のゲオルグとカティアも負けてはいない。

 蛇の目に二人の姿は映らず……安心したらしい蛇はそして、やっと土鼠に飛びかかった。

 土鼠も通常の動物の鼠と比べると大柄な存在だが、この蛇も負けず劣らず大きなもので、その口を開くと土鼠を咀嚼することなく、ばくり、と一呑みにしてしまった。

 カティアは蛇が土鼠に飛びかかろうとする瞬間に腰を浮かしかけたが、ゲオルグはそれを止めた。

 なぜか、といえば蛇が獲物を飲み込んだ後の方が動きが鈍り、捕まえやすいことを知っているからだ。

 カティアは捕食の瞬間こそもっとも油断している、と考えて行動しようとしたわけで、それもある意味間違いではない。

 特にこの蛇は身を隠すことが上手であるわけだから、そういった一瞬を見逃さず素早く倒す、という戦法もありうるだろう。

 しかし、ゲオルグとしてはその方法だと、この蛇の素材としての価値を落とす可能性があるため、とりたくはなかった。

 可能な限り、一撃で首を落とすことが最もこの蛇の体を有用な素材として得られる方法であり、それを望むのであれば一瞬でも気づかれる可能性のないやり方を選びたい。

 そしてその方法は……。

 蛇は土鼠を腹に収め、満足してしゅるしゅるとまた、行動を始めた。

 進む方向はこちら、ゲオルグの足下に向かってだ。

 そこに人がいるとは気づかず、悠然と進む蛇。

 そんな蛇が、ゲオルグの足下にたどり着いた瞬間、


 ――ヒュン!


 と、短剣の一撃がその首筋へとたたき込まれた。

 蛇は切られたことに気づく間もなく、その首を落とされる。

 体の方は魔物らしく、その強い生命力でもってしばらくのたうち回っていたが、身に宿る魔力が霧散していくと徐々にその動きは鈍くなっていき、最終的には停止した。

 魔物の生命力は種類によるが、魔力に大きく依存するものとそうでないものがいる。

 この蛇はどちらかといえば魔力に対する依存が大きかった、というわけだ。

 もちろん、首を落とされてもかなりの時間、体だけで動けるだけでも通常の生命力も他の動物の比ではないが……。


「よし、一旦、認識阻害を解除していいぞ」


 ゲオルグがそう言って実際に魔道具の効果を解除すると、それに続いてカティアもそのようにした。

 それから、たった今仕留めた蛇に近づく。


「……一撃ですね。銀鱗蛇ぎんりんだ。こんなに簡単に討伐してしまった人を始めて見ましたよ……」


 カティアは感心と呆れがない交ぜになったような表情で、蛇とゲオルグを交互に見た。

 これにゲオルグは首を横に振って言う。


「今回は色々とかなり楽だったからな。依頼票には概ねどの辺りで銀鱗蛇を見たのか、書いてあったわけだし……」


 今回の銀鱗蛇、金鱗蛇きんりんだの討伐依頼は、それに襲われた低級冒険者が何人かいたがゆえに安全確保のために出されたと依頼票には記載してあった。

 だからこそ、大体どの辺りで襲われたのかについては記載してあったのだ。

 しかしそうは言っても……。


「かなりの広範囲に散らばっていたと思いますけど……あれだけの情報から生息地を絞るのは私には出来ません」


「そこはこの辺りを拠点にしてる冒険者の面目躍如ってもんだな。そもそも、俺は銀鱗蛇も金鱗蛇も素材が必要になることが少なくないから、よく狩るんだ。どの辺りにいるかは、手に取るように……とまでは言わんが、大体分かる」


「それを狩ってるだけでも生活できそうですね……」


 どちらも高額な素材として売れるものだ。

 これだけ安全にかつ簡単に狩れて、しかも居場所もすぐに分かるとくればそれ専門の狩人として働けば安定収入が得られる。


「ま、普通の冒険者が出来なくなったらそれもいいかもな。多少衰えてもこれくらいなら出来る……」


「ゲオルグなら老人になっても最前線で冒険者をしてそうな気がしますけどね」


「そう出来たらいいんだがなぁ……年には勝てねぇんじゃねぇか?」


「やっぱり今でも若いときよりも衰えを感じますか? 私はそろそろお肌の張りが心配になってきてますけど」


「……肌の張りどうこうは分からねぇが、体自体は特に何も衰えは感じねぇな。また十年だってやれそうだが……引退していった先輩たちを見るとこの先どうなるかはなんとも言えねぇぜ」


「確かにそれはそうですね……でも王都には還暦を過ぎても冒険者を続けられる矍鑠とした人たちがいますよ。数は多くないですけど……」


「その人らはちょっとした化け物なんじゃねぇのか……? 流石にそこまでなったら引退して田舎に引っ込んでのんびりしたいぜ……」


「おや、意外ですね。死ぬまで冒険者を、というタイプかと思っていましたが……」


「それも悪くねぇが、静かな生活もそれはそれで憧れるものがあるからな……ま、今から決めちまうこともねぇか。還暦までには考えておくとするぜ……そうそう、話はずれたが、やり方は分かったか?」


 ゲオルグが尋ねたのは、つまり、銀鱗蛇の狩り方についてだ。

 それをカティアに説明し、次は彼女自身にやってもらうために。

 もちろん、銀鱗蛇の方はもう狩ってしまった訳だから必要ないが、金鱗蛇もやり方はほぼ同じである。

 見つけ次第、カティアにやらせるつもりだった。

 もしくは、もう一匹銀鱗蛇を狩ってもいい。

 素材は多くあって損はない。

 ゲオルグの言葉にカティアは頷き、答える。


「ええ、大体分かりました。といっても、あれほど鮮やかに出来るとは思えませんが……首さえ落とせばいいのですよね?」


「そうだな。ただ、《魔銃》で吹き飛ばさないように注意しろよ。頭は討伐証明部位だからよ。眼も素材になるし……」


「討伐証明部位なのは知っていますが……素材になるのは初耳ですね。売れた覚えがないですよ」


「特殊な加工が必要だからな。この辺りは俺が師匠たちから学んだことだから、あんまり一般的じゃねぇ」


「ゲオルグの細工のお師匠ですか……。とんでもない腕をしてそうですね」


「俺なんか足下にも寄れねぇな……」


「細工の神か何かを師にしていたんですか?」


 勿論冗談であるが、ゲオルグからすれば似たようなものだ。


「まぁ、そんなとこだ。さて、そろそろ移動するぞ。金鱗蛇は銀鱗蛇より水場が近い方がお好みだからな」


「……それも初耳……」


 先んじて森の中を進んでいくゲオルグの背中を小走りで追いかけながら、彼といると全く退屈しない。

 カティアは改めてそう思ったのだった。

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