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第30話 ゲオルグの秘密

 小さな、土気色の鼠がどんぐりを手にしながら周囲を警戒している。

 むしゃむしゃと食べる姿は中々に可愛らしく、大人しく過ごしてくれるのなら家で飼っても良いかもしれない。

 そうカティアが思ってしまうくらいには、愛らしい姿だった。

 ただ、この土鼠、という生き物は魔物だ。

 持つ牙は鋭く、小規模な魔術まで扱う存在であり、魔物使いでもないのに飼育しようとするのは流石に無理がある。

 いずれ魔物使いの技能でも学ぼうかな……。

 そう思いながら、そろりそろりと後ろから近づき、そして、ばっと飛びかかって、その脇部分を持ち上げるように捕らえた。


「……よしっ! 捕まえました!」


 カティアが後ろに控えて見ていたゲオルグに捕まえた土鼠を示すと、ゲオルグは満足そうに頷く。


「良い感じだな。まるまると太ってていい餌になりそう……ってそんな顔するなよ」


 見れば、カティアの表情はなんとも言えない色に染まっていた。

 

「だって、こんなに可愛いのに……餌にしてしまう、と考えるとなんだかかわいそうで」


 つまりはそういうことらしい。

 しかし、こればかりは仕方がない。

 そもそも、土鼠は魔物だ。

 増えすぎると危険な存在でもあるため、定期的に駆除される。

 街中にも入り込むことが出来るサイズであるため、森の中でも増えることは可能な限り避けたいものだ。

 でなければいつのまにか森で大繁殖し、群れを分けたものが町に大挙して押し寄せてくる、なんてことにもなりかねない。

 そういう意味でも、土鼠の一匹や二匹、他の魔物の餌にすることはなんでもないことだ……。

 とはいえ。


「まぁ、気持ちは分からんでもないがな。面白尽くでどうこうってわけでもないんだ。ここは割り切るしかねぇよ」


「ですよね……ごめんね、鼠さん……おぉ」


 カティアが土鼠の向きを変えてその目をのぞき込むように見ると、途端に土鼠は牙をむいて、


 ――シャー!


 と威嚇音を出してきた。

 その様子を見てカティアは、


「……餌にしましょう。未練はありません」


 と途端に意見を変える。

 確かに、今の土鼠の様子は、可愛い愛玩動物ではなくまるきり魔物のそれである。

 愛情も吹っ飛んだというわけだ。


「手のひら返しすぎだろ……」


 そんなことを言って呆れつつも、ゲオルグはその土鼠をカティアから受け取り、逃げられないように紐で手足を縛ったのだった。


 ◆◇◆◇◆


 それから、ゲオルグはカティアに森の中を案内する。

 この辺りの森はゲオルグが長年狩り場にしてきただけあって、ほとんど彼の庭と言って良いくらいに詳しい。

 どこに何があり、どんなものが生息していて、どのような素材がとれるのか。

 一つ一つ説明していくと、カティアは感心したように頷く。


「自らの拠点やその周辺についてよく知っておくことは冒険者として必須の技能でしょうが……ここまで詳細に把握している人は少ないですよ、ゲオルグ」


「そうか? まぁ、俺の場合、細工の材料に使いたい素材探しをすることも多いから、他の冒険者より色々なところを詳しく見てるというのも大きいな。普通の冒険者は森に生えてる木の種類なんてそこまで詳しく見ねぇし、魔力的精霊力的に素材に向いてるかとか、そういうことも見たりはしねぇ。ただ、そういうところも見ながら森を歩いてると、目印になるものが多くてな……記憶しやすいのよ」


「細工師としての技能が冒険者としても役に立っている、というわけですか」


「まぁ、そういうこった」


 ゲオルグが頷いてそう答えると、ふと、カティアが尋ねてくる。


「細工師といえば……」


「なんだ?」


「ゲオルグは色々なアクセサリーを作りますけど、あまり使われていないですよね? この間の鬼人オーガ退治のときも、筋力強化や魔力強化のそれは使っていなかった記憶があります。ご自分で作れるのですから、もっと色々使っても良いですのに」


「あぁ……よく気づいたな」


 確かに、ゲオルグは普段、あまり自作のアクセサリーの類を使わない。

 特に、強力な効果がついていればいるほど、滅多に使わないと言って良いだろう。

 そしてそれには理由がある。


「どうしてなんですか?」


「それはな……いくつか理由があるが、一つは、感覚が狂うからだな」


「それは……分かりますが、普段からなれておけばそれほど問題にならないでしょう。むしろ、そういった点についてはゲオルグは器用にこなしそうですが」


「確かにな。それだけなら、俺も普通に使うだろうさ。だからもう一つの方の理由が本命だ。俺は自作のアクセサリーの類を使わないんじゃねぇ。滅多に使えねぇのさ」


「それは一体……?」


「……こいつを見てみろ」


 そう言って、ゲオルグが首元から出してきたのは、一つの首飾りだ。

 ペンダントトップの部分には金属製と思しきキューブ状の物体がそっけなく取り付けられており、装飾性は皆無で、ゲオルグが作ったものではなさそうに見える。

 ただ、無骨な作りの中に、じっと見ていると目を離せなくなるような、妙な魅力が感じられるのも確かだ。

 カティアは首を傾げつつ、


「……これは……?」


「これは呪いの品さ。外そうとしても外れねぇ。そして、こいつをつけたまま、他のアクセサリーの類をつけると、壊れやすくなる」


「えっ……! そ、それならすぐに解呪を……!」


「とりあえず、無理だ。アインズニールに以前、高名な解呪師が来たことがあって、そのときに頼んでみたんだが、《重すぎて自分には無理だ》って言われちまった。どうしても解呪したいなら《聖都》とか《魔術都市》で解呪を探すことだ、とさ」


「そこまでの……でも、呪いの効果は、そのアクセサリーの類が壊れやすくなる、というだけなのですか? 武器や防具については……」


「この場合のアクセサリーっていうのは、つまり人工的な魔術付与品に限られるみたいでな。迷宮で得たそれについては効果は出ねぇんだ。だから、武具は基本的に迷宮取得品なんだよ。それか、何の効果もついてない品かだな」


「それはまた、不便というか……もったいないですね。でも、アクセサリーを制作した後、効果なんかは自分で身につけて調べなければならないのでは?」


「大抵のものは見れば効果は分かる、が身につけて調べなきゃなんないときもあるな。だが、それくらいは出来るのさ。あまり長く身につけていると、壊れるってくらいだからな。まぁ、十分程度なら大丈夫だ。二十分つけてると……危険だな。そしてよく出来たなってもんになればなるほど、壊れる危険を負いたくねぇからなるべく短時間で確認を終わらせるか、人に頼むことにしてる……」


 といっても、大抵がレインズの仕事だ。

 レインズも暇ではないから、よほど大事な品だけであり、他はやはりゲオルグ自身で試しているが、いつも壊れないか怖い。

 

「俺もこんな呪いなんてさっさと外したいんだがな。解呪の専門家なんて中々見つからねぇからな。長いことこのまんまさ。カティア、解呪の専門家に心当たりがあったりしねぇか?」


「そうですね……何人か浮かばないこともないのですが、そう簡単に会えるかは……」


「だよな。まぁ、不便っていってもこれで今までやってきたんだ。大きな問題があるわけじゃねぇが……」


 しかし、外れればもっと良い細工が出来る可能性はある。

 細工をしていても、不自然に手元が狂ったり、素材が壊れたり、ということもあるからだ。

 自分の不注意を疑ったが、それが理由とはとてもではないが思えない場合が無視できない数ある。

 おそらく、この首飾りのせいなのだろう、と今では確信している。

 

「いいえ、ゲオルグ。そういうことでしたら、私の方でも探してみることにします。王都に戻れば、連絡はとれると思いますから、どうにか……」


「ありがてぇ。こいつが外れた暁には、それこそ誕生日プレゼントでも何でも作ってやるからな。期待してるぜ」


「おぉ……! これは特大の人参が目の前にぶら下げられた気分です。俄然やる気が出てきましたよ!」

 

 カティアはそう言って笑った。

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