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噛ませ犬な中年冒険者は今日も頑張って生きてます。  作者: 丘/丘野 優


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第3話 ゲオルグの日常業務

 ゲオルグの日常は、本人の見た目からは考えられないほど、ある意味で、規則正しい。


 彼は毎朝、目が覚めると、まず一通りの身だしなみを整え、朝食を食べて、武具を身に纏って冒険者組合ギルドに向かう。

 そして冒険者組合ギルドで依頼票の張られたボードをぼんやりと眺めて、良さそうな依頼を手に取り、受注受付に手渡す。

 それから依頼をこなして、報酬をもらい、適当な酒場を選んで酒を飲んで、千鳥足で家に帰り、寝て、また次の日も同じことをする。

 たまに【作品】が完成するとあの宝飾品街に足を向けることもあるが、イレギュラーな用事はそれくらいである。


 一般的に、冒険者と言えば、腕っぷしにものを言わせて、大雑把に問題を片づけようとする性格の者が少なくない。

 当然、そんな集団の中にあって、ゲオルグの性格は本来かなり異彩を放っているはずである。

 しかし、誰もそのことに気づかないのは、彼の見た目がまさに、その腕っぷしと大雑把さを顔面と腕の太さで表現しているようなものだからだ。

 まさか、彼の武骨な指の先から繊細な細工物が生まれるとは誰も想像しないし、また彼の頭の中には今すぐにでも店を開けるだけの料理レシピが存在しているなどとは誰も夢にも思わない。

 B級冒険者ゲオルグは、荒くれの、粗野な、分かりやすい冒険者なのだと、皆が思っているのだ。


 ゲオルグは、今日もそんな自分の容姿から醸し出されるパブリックイメージに合致した一日を過ごそうと、依頼票の張られたボードを無精ひげを摩りながら難しい顔で眺めていた。

 そして、


「……今日はしょっぱい依頼しかないな」


 ぼそりとため息を吐きながらそんなことを呟く。

 張られている依頼のどれも、別に報酬には文句がない。

 十分に適正な報酬が約束された、悪くない依頼ばかりだ。


 しかし、依頼は報酬よりも内容で決めるタイプのゲオルグである。

 気に入った依頼がないときは、諦めて自宅に帰ることも少なくないほどだ。

 別に怠け者というわけではなく、他の同ランクの冒険者と比べてむしろ勤勉な方なのだが、それだけに依頼は選ぶのである。

 どうしようもなく食い詰めれば、気にくわない依頼でも受けるだろうが、幸い、今のゲオルグの懐はそれほど寒くない。

 そんなゲオルグの感覚からすると、今日、ボードに並んでいるBランク向けの依頼の中には、食指の動くものがなかった。


 Bランク未満の依頼を見れば、それなりに良さそうなのはある。

 アインズニール冒険者組合ギルドの規則上、自分のランクより下の依頼を受けることは特に禁止されていないため、受けても別に構わない。

 ただ、今日はいつもより依頼の数が少ないようで、Bランクのゲオルグがそれらの依頼を取ってしまうと、Cランク以下の冒険者が困るだろう。

 そのような場合、ランクが上の冒険者は気を遣って受けないものだ。

 これは決まりという訳ではなく、配慮とか、暗黙の了解とか、そういう領分に属することであった。

 しかし、その結果として、受ける依頼が何もない、という状態であるのは目も当てられない。

 妥協すればいいということは分かっているが、それもな……、と、そう思うゲオルグであった。


「やれやれ……困った」


 心の底からそう思ってそんなことを呟いていると、


「ゲオルグさん。何がお困りなのでしょうか?」


 と、冒険者組合職員である、受付の女性が後ろから近寄ってきて話しかけてきた。

 昨日、ゲオルグが持ってきた討伐証明部位を鑑定した若い女性職員だ。

 短めに切りそろえられた金髪がよく生える顔立ちの、控えめに言って美人である。

 確か名前は……。


「あんたは……マリナ、だったか」


 そう言うと、マリナはその水色の瞳を驚いたように開いて、


「覚えていらしたのですか? まだ勤め始めて間もないですのに」


 そう言った。

 この場合の勤め始めて間もない、というのは当然ゲオルグではなくマリナの方である。

 ゲオルグはもうほとんど生き字引と言っていいくらいに、このアインズニールの冒険者組合ギルドで過ごしてきているのだから当たり前だ。

 マリナの方は、それと比べると、まだ二週間くらいだろうか。

 その割には堂に入った接客ぶりに加え、その容姿もあって、冒険者たちの目を引き、すでに固定ファンがついているようである。

 冒険者組合ギルドの受付嬢というのは、男が多い冒険者にとって唯一仕事場で仕事にかこつけて会話ができる存在である関係で、冒険者たちの注目度が恐ろしいほど高い。

 つまり、酒の席で、どの冒険者が彼女をものにするかという、恐ろしく下らない賭けが何度も行われていて、だからこそゲオルグは彼女の名前を知っていたという訳だ。

 ちなみに、ゲオルグはそう言うのにはほとんど興味がなく、さらに言えばマリナのような正統派の美人は好みではないため、賭けには参加していない。


 そんな事情など全く知らないらしいマリナは、純粋にベテラン冒険者に名前を覚えてもらって嬉しそうな表情を浮かべていた。

 組合職員の最初の仕事は、荒くれだらけの冒険者たちにいかに受け入れてもらうかだという言葉もあるくらいだ。

 自分がそんな越えがたい関門の一つをすでに抜けられている、という気がしているのだろう。

 実際のところ、彼女に対して親しみを感じている冒険者というのはすでに述べたような理由で大勢いる。

 ただ、その親しみ、というのはお近づきになりたい、という阿呆な理由であるだけだ。

 まぁ、理由を考えなければ馴染めていると言えば馴染めていると言えなくもないか……。


 そんな諸々の考えを特に顔に出さずに、ゲオルグはマリナに言う。


「まぁ、新人職員の名前くらいは覚えておくもんだぜ。その方が仕事もうまくいく」


 それっぽいことを言って誤魔化したゲオルグに、マリナは、


「なるほど、やっぱりゲオルグさんほどの冒険者となると心がけから違うのですね。感心します」


 と心から言ってくれた。

 ゲオルグはその余りにも邪気のない視線に少し心が痛くなり、話をずらす。


「……まぁ、それは、な。で、どうした? あんたの指定席はあそこだろう」


 そう言って、ゲオルグは受注受付を指さす。

 そこは今、空席であった。

 主であるはずのマリナがここにいるのだから当然である。

 とはいえ、誰かが依頼の受注を告げるために待っているという様子もない。

 それもそのはずで、今は冒険者組合ギルドが混み始める時間帯を少し外れている。

 冒険者たちの多くがここにやって来始めるのは、あと三十分ほどしてからだろう。

 なぜこんな時間にゲオルグがきているかと言えば、ゲオルグは割と優柔不断で、いくつもの依頼を悩んで見ていることが多いので、早めに来ているというだけだ。

 まぁ、今日は、悩むことすら出来ていないわけだが。


「そうなんですけど、何かお困りのようなので」


 マリナは頷きながら、ゲオルグにそう答える。

 彼女の言葉に、そう言えば、自分が困った、などと独り言を呟いたのだったかと思い出し、ゲオルグはちょうどいいかとマリナに言ってみることにした。


「確かに、困ってはいる。ちょっと受ける依頼がな……好みのものがないんだ。かと言ってランクが下の依頼をとるにもな」


 事情を説明すると、マリナは納得したようで、


「……なるほど、ゲオルグさん好みの依頼は今日はなさそうですね。低ランク向けの依頼は……フリーデ街道のことが影響して少なめになっていますから」


 言われて、亜竜がフリーデ街道辺りを彷徨っていることを思い出す。

 もしかしたら、もうすでに巣穴があるであろう洞窟に戻っているのかもしれないが、それを期待してあのあたりをうろつくのは命をチップにした賭けのようなものだ。

 低ランク冒険者向けの依頼を出して、大量に人死にを出すというのも冒険者組合ギルドとしては気が引けるのだろう。

 

「そうなると、亜竜騒動が落ち着くまでは、ずっとこんな感じか。新人たちも困ってるだろうな」


 ゲオルグは貼られた依頼の少ない依頼票ボードをちらりと見て、ため息をついた。


 フリーデ街道はこの辺りで最も重要な交通路だ。

 アインズニールの冒険者は、多くがここを通って各地の狩場に行く。

 そんなところを、強大な魔物によって通行止めにされては、たまったものではない。

 ランクが高い冒険者なら、亜竜と出遭っても逃げるくらいは可能だろうと遠出することもできるだろう。

 けれど、低ランク冒険者にそこまでのことは出来ない。

 結果として、ただでさえ少ない依頼を取り合いすることになると思われ、ゲオルグはそれを考えて気の毒に思ったのだった。

 これはマリナも同感のようで、


冒険者組合ギルドとしても困っています。誰かがあの亜竜を退治してくれれば、と思っているのですが……」


 そう言いつつ、ゲオルグを見た。

 その視線が何を言いたいのか、すぐに理解したゲオルグであるが、しかし慌てて首を振る。


「おいおい、亜竜っていやぁ、Aランク冒険者が必要な相手だぜ。俺のランク、知ってるだろう?」


「ええ……もちろんです。けれど、以前一度、亜竜を討伐なさってますよね?」


 この言葉に、ゲオルグは驚いた。

 まさか、そんなことまで知っているとは思っていなかったからだ。

 確かに、マリナの言う通り、ゲオルグは一度、亜竜を討伐している。

 しかも、パーティを組まずに、単独で、である。

 ただ、それも相当昔の話で、組合職員になって二週間くらいしか経っていないマリナが、そこまで自分の経歴を調べているとは考えなかったのだ。


「よくそんなことを知っているな」


 思わずそう言ったゲオルグに、マリナは、


「誰か亜竜を倒せる方はいないかと調べたので……そうしたら、ゲオルグさんが」


 なるほど、冒険者組合ギルドに登録している冒険者の経歴は、その倒した魔物の数や種類まで、冒険者組合ギルドの魔道具に記録されている。

 マリナは、その魔道具を使い、亜竜を倒せる実力者を調べたのだろう。

 しかし、この膨大な情報を記録できる魔道具を使った割に、その調査は完全ではなかったようだ。

 ゲオルグはマリナに言う。


「……確かに俺は亜竜を倒したことがある」


 これは、事実だ。

 だからそう言うしかない。

 ゲオルグの言葉に、マリナの表情が明るくなる。


「でしたら……!」


 しかし、ゲオルグは首をゆっくりと振って、


「だが、それは別に無傷の亜竜を単身で倒したってわけじゃない。俺は運が良かったんだよ……俺があの亜竜を見つけたとき、すでにかなりの傷が刻まれていたんだ」


 この言葉に、マリナは怪訝そうな顔で首を傾げた。


「……それは、どういう?」


「周囲に冒険者の死体が転がっていたっていえば分かるか?」


「あっ……」


 俺の言い方に、マリナも察したようだ。

 つまり、亜竜と戦ったのは俺だけじゃなかった。

 たまたま、そいつらがそうなった後にその場に俺がたどり着いた。

 それだけのことだ。


「ま、そういうことだ。俺が倒したんじゃない。強いて言うなら、そいつらがほとんどやっておいてくれたんだ。俺がやったのは……せいぜい、とどめを刺したくらいだな」


「そういうことでしたか……申し訳ないです。思い出したくないことを……」


「いや、別に構わない。ただ、調べるならもっと念入りに調べておけよ。聞かれたくないことがある冒険者はたくさんいるからな」


 ゲオルグは本当に何とも思ってはいないが、脛に傷がある奴らがたくさんいるのが冒険者だ。

 あまり不用意なことを言ってしまって、この若い組合職員に落ち込んでは欲しくない。

 こういうところはまだ、新人だ、ということなのかもしれなかった。


 マリナはゲオルグの言葉に頷き、今度からは気を付ける、と言った。

 あまりどんよりとされても困るので、俺は話を変える。


「ま、俺が討伐に出れないにしても、冒険者組合ギルドの方で高ランク冒険者はすでに手配してるんだろ?」


 亜竜を倒すにはAランク冒険者が必要、というのは一般的な常識であるが、そうそうAランクなんていないものだ。

 アインズニールの街もそれなり大きな街だが、それでもAランク冒険者はいない。

 Bランクが最高位であり、他の場所から呼ぶ必要がある。

 亜竜とはそれほどの魔物なのだ。

 

 マリナは俺の質問に頷き、


「ええ、王都からAランク冒険者をお呼びしているところです。ただ、到着にはまだ数日かかる見通しですので、それまでになんとかできたらと思ったのですが……あまりにも浅慮でしたね。申し訳なく存じます」


 またもやがっくりとした様子でそう言われてしまったので、ゲオルグは、マリナの肩をたたいて、


「だから気にすんじゃねぇ。なんだって駆け出しは失敗してなんぼだからな……そうだな、じゃあ、お詫びってわけじゃねぇが、何か俺に良さそうな依頼でも見繕ってくれよ。このままじゃ何も選べそうもねぇからな」


 と大きく話をずらした。

 これにマリナは感謝するような視線を向け、それからボードを眺めて、一枚の依頼票を取り、ゲオルグに手渡してきた。


「こちらはいかがですか?」


 それは、たしかにBランク向けの依頼であり、先ほどからずっとボードに張られていて、ゲオルグも目を通していたものだったが、取る気にならなかったものだ。

 

「……こいつはなぁ。俺でいいと思うか?」


 微妙な顔で、ゲオルグはマリナにそう、尋ねる。

 その依頼を選ぼうとしなかった理由は、別に依頼内容が嫌だったからではない。

 そうではなく、単純に向いていない気がしたのだ。


 依頼票には、こう書かれている。


『迷宮【風王の墳墓】を探索する低ランク冒険者の補助』


 と。

 内容としては、迷宮を歩きながら、困っている低ランク冒険者がいたら助っ人よろしく助けに入る、とそういうものだ。

 低ランク冒険者の死亡率を低下させるため、冒険者組合ギルドが依頼主になって高ランク冒険者向けに出している、いわばボランティアに近い仕事である。

 当然、報酬は少ないが、こういった依頼は高ランク冒険者の一種の義務として、率先して行うべきとされているので文句は余り出ない。

 それに、ただひたすらに迷宮の浅い層を歩き回って、低ランク冒険者に出会ったときに助けに入ればいいだけなので、労力も少なく、それほどの負担はない。

 

 ただ、こういう依頼は、後輩の面倒見のいいものが基本的に受けるもので、ゲオルグのような見るからに恐れられる風体の者が受けることは少ない。

 それは、義務を拒否しているから、というわけではなく、単純に、迷宮の暗闇の中からゲオルグのような男が現れればオーガなどと見誤り、低ランク冒険者を驚かせるのでは、という危惧があるからだ。

 冒険者ならそれくらいのことで驚くなという話だが、低ランクのうちは、皆、常に緊張しているものだ。

 わざわざそんな危険性を増やすことをする理由などない。


 そんな理由があり、ゲオルグはマリナに、自分がこれを受けるのはどうか、と尋ねたのだが、マリナは笑顔で、


「いえ、ゲオルグさん、話してみると何だか優しいですし……問題ないと思いますよ?」


 と言ったので、本当か?とは思いつつも、一応彼女のお勧めであるし、物は試しにと受けてみることにしたゲオルグだった。


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