第28話 ゲオルグの計画
「それで、どうしてあんなに依頼を?」
運ばれてきたケーキすべてをあらかた食べ終え、あとは食後の紅茶を残すのみとなってから、改めて、と言った様子でカティアがゲオルグに尋ねる。
口元にケーキがついているのはご愛敬だろう。
無言で口元を指し示すと、あわててナプキンで拭いたカティアに、ゲオルグは苦笑しつつ言う。
「あぁ……それなんだが、レインズが結婚するんだってよ」
「……ははぁ、レインズさんがご結婚……なるほど、おめでたいですね。……って、えぇ!? だ、誰とですか!?」
紅茶を飲みながら、まだ口元にケーキがついているかも、と心配してか一生懸命ごしごしと拭いていたカティアはゲオルグの台詞にぼんやり答え、それから頭に内容が浸透した段になって目を見開きながらそう叫ぶ。
これにゲオルグは、
「驚いたか? 俺も驚いた……相手は……秘密に出来るよな?」
こくこくと頷くカティアの様子はまるで秘密になど出来なさそうだが、これで王都でA級を張っている超一流である。
信用して問題ない。
「聞いて驚くな。ニコールの奴だってよ」
「……ニコールさん、ですか……。意外……というわけでもないのでしょうね」
名前を聞いて、カティアはすとん、と納得したような顔でそう言う。
これに首を傾げたのはゲオルグだ。
「ほう、なぜだ?」
そう尋ねると、カティアは、
「だって、この間の鬼人退治の時もニコールさんはレインズさんのことを頼っているようでしたし、距離もなんだか近かったですから。あぁ、きっと好きなんだろうなって。でも、レインズさんはどうも大分おモテになるという話でしたし、これは片思いなのかな、って思っていたとので……ご結婚されるとは意外でした」
「本当かよ……まるで気づかなかったぜ」
ゲオルグとて、別に鈍い、というわけでもない。
それはつい先日、レインズに驚かれたことからも明らかだ。
しかし、そんなゲオルグから見ても、レインズとニコールの距離とか雰囲気について、そういう意味での違和感を感じたことはなかった。
……いや、それはもしかしたら、長く一緒にいすぎたからかもしれない。
何度となく一緒に依頼を受けているし、小さな頃から知っているニコールだ。そしてその頃はもっと距離が近かった。
今でも頭のどこかで、そのときの感覚で見ているから、レインズとニコールの関係がどこかのタイミングで変わったことにも気づかなかった。
そういうことなのだろう。
考えてみれば、ニコールは昔、ゲオルグやレインズの背中に躊躇なく飛び乗って遊んだりしていた。
しかし、大人になるに連れ、そういうこともなくなっていった。
慎みを身につけたのだろう、というのと、体が大きくなって、武具も重くなったから気遣いも身につけたのだろう、と思っていたが、普通に考えれば女性としての自覚が芽生えたからだろうというのが正解だったのかもしれない。
にもかかわらず、レインズとニコールの距離は確かに、考えてみればあまり変わってはいなかった。
それはつまり、ニコールはレインズのことを……ということだったのだろう。
一応、ゲオルグともそれほど変わってはいなかったが、昔ほどくっつかれることはなくなっていた。
その辺りのことを深く考えなかったから、気づくことが出来なかったわけだ。
そんなことをカティアに言えば、彼女も頷く。
「周りの人の変化は、近くにいればいるほど、それがゆえに気づきにくいと言いますからね。仕方がないでしょう。それに、私がそう思ったのは戦闘時の距離の取り方を見たからです。普段の様子だけを見ていたら、たぶん分からなかったと思います」
つまり、冒険者として戦闘時の振る舞いにわずかな違和感を覚えた、ということだ。
ああいうせっぱ詰まった状況でこそ、人の潜在意識が表にちらりと出てきてしまう。
普段は気をつけて距離を開けるとか、親しすぎるように見えないようにしよう、と心がけていても、戦いの場では本当の心の距離感というのもが見える。
もちろん、命がけの戦闘時にそういうものを見て、理解することが出来るのは、一握りの一流どころだけだ。
そしてカティアはまさにその一流どころだった、というわけだ。
ゲオルグもまた、その一流どころに入れなくもないが、あの戦いのときは基本的に最前衛に立っていたし、ニコールが多少、ゲオルグやレインズに頼った立ち振る舞いをするのはいつものことだから気にも留めなかった。
これは、カティアが言ったとおり、長く一緒にいすぎたが故の弊害、というやつだろう。
「……ですけど、その事と依頼がどんな風に繋がるのですか?」
さすがのカティアも、そこまでは分からないようだ。
ゲオルグはこれに頷いて説明する。
「それは話すと長くなるんだが……まずレインズの野郎、結婚するって決めたのはいいが、まだプロポーズしてないらしいんだよな」
「……でしたら、結婚のお話はまだ、本決まりではないのですね」
「そうだ。だが、プロポーズする予定はあったみたいなんだが……」
「そうなんですか。いつです?」
「こないだの、鬼人退治のときにするはずだったらしい」
この言葉にカティアは目を見開いて、それからおずおずと言った様子で、
「……流石にあのグロテスクな空間でプロポーズするのはどうかと思いますよ。冒険者らしいと言えばらしいのでしょうけど、お止めになって正解かと……」
と明後日の方向で納得する。
ゲオルグはこれを首を横に振って否定する。
「流石にレインズもそんなことはしねぇって。そうじゃなくて、あの日、あいつは本当ならアーズ渓谷にニコールと一緒に行って、そこでプロポーズするつもりだったんだよ」
「あぁ、なるほど……。そうですよね。いくらレインズさんでも、お互い血塗れ状態でプロポーズなんてしませんよね。あれ……でも、あの日、お二人とも普通に依頼に参加されていましたよね?」
首を傾げるカティアに、ゲオルグは言う。
「レインズの方は俺が無理矢理誘ったからあの場にいたんだ。ニコールの方は、まだレインズがアーズ渓谷に誘う前だったんだろうよ。誘ったあとだったらと思うとぞっとするぜ。俺は今頃二人に恨まれてたんだからな」
この言葉にカティアは笑って首を横に振った。
「あはは。もしそんなことになってもお二人とも、そんなに怒らないと思いますけど……。でもそうですか。タイミングを外してしまったわけですね」
「そういうことなんだ。それで、改めてプロポーズをするつもりみたいなんだが、俺がそのために協力することになった。贖罪も込めてな」
「協力、ですか……あぁ、ですから副業の方を……」
流石にここまで話せば勘のいいカティアである。
ゲオルグが何をするつもりなのか、理解したらしい。
少し考えてから、こう言った。
「何か宝飾品を作って差し上げるつもりなのですね。となると……王都では最近、結婚の際には指輪を贈り合うのが流行ですよ。伝統に従うのなら、奥様になる方へ、ネックレスを贈るものですが……どういったものになさるおつもりですか?」
「俺も何がいいか考えたんだがな。ネックレスを贈るのは、妻になる人に対して、あんたは自分のものだ、と主張するところがあるものだろう?」
「そうですね。同時に自分はあなたに首ったけです、なんていう意味もあると言いますが……」
「もちろん、それはそれで悪くはねぇと思うんだが……レインズとニコールはなんというかな。どっちも腕利きの冒険者だ。そういう、どっちかがどっちかに首ったけ、なんて感じってより、お互いに背中を任せ合う関係なわけだろう?」
「素敵ですね。まさにそんな感じかと思います」
「それなら、お互いに対等な……パートナーとしての誓い、みたいな意味合いがあるものの方がいいと思ってな。王都での流行に乗ろうと思ってるんだ」
つまりは、指輪を二人に作る、ということだ。
結婚のために贈るネックレスとなるとかなり華やかに作るものなので、冒険者であればずっとつけているわけにもいかない、というのもそれを選択しない理由の一つにあげられる。
指輪であれば、細かな彫刻に拘っても目立つわけではない。
じっと見つめればその価値が分かっても、ぱっと見では中々わからないものだ。
加えて、ずっとつけているのであれば何かしらの付与効果もつければ冒険者として活動するときに役立つ。
どのような付与効果をつくかは意図的につけられる場合と、偶然つく場合があるが、とりあえず意図的につけるものについては耐毒などの耐性効果を主につけるつもりでいる。
筋力増強や魔力増加などもつけられるが、レインズやニコールくらいの腕になってくると、ずっとつけているものにそういう効果をつけると勘が鈍ったりすることもあるので、やめておいた方がいい、という判断だった。
状態異常耐性であれば、体の感覚がおかしくなる、ということはない。
「その指輪を作るための材料集めが、あのたくさんの依頼、ということでいいですか?」
カティアが尋ねてきたので、ゲオルグは頷く。
「ああ。金鱗蛇と銀鱗蛇は指輪の地金にその鱗から抽出した魔金・魔銀を混ぜるつもりだ。精霊玉は指輪の主石に使う。香木亀の香木は指輪の加工をする際の焼き鈍し用だな。普通に魔導バーナーを使ってもいいんだが、それだと魔金・魔銀とうまく混ざらねぇことがある。特に魔物の魔力の残ってる素材だとな……。そういうわけで、どれも必要なのよ」
「かなり手間がかかりそうですね。素材から自分で狩りにいく細工師なんて滅多にいませんよ」
「確かにな。だが、そうじゃねぇと質に信用が置けねぇんだから仕方がねぇ。もちろん、全部の素材を自分で採りに行くことは出来ねぇが、主要なものくらいはな」
細々とした、蝋とか、地金用の金属とかそういったものは購入することで賄うので、全部が自分の手で、とはとてもではないが言えない。
ただ、信用できる商人というのは確かにいて、そういう者から買い入れているのでそのあたりは問題ない。
ただ、今回必要としているような素材についてはそもそもが希少なので、手に入るだけでも珍しいということもあり、品質まで確保するのは難しい。
どうしてもそうしたいというのなら、自分で採ってくるしかない、というわけだ。
彫金と錬金術の師匠たちはその辺りについていつも文句を言っていたが、どうしてもいいものが欲しいときはゲオルグの冒険者としての師匠に頼んでいたようであった。
今は彼女はいないため、素材入手に苦労していることだろう。
たまに、ゲオルグにあれを採ってきて送れ、みたいな手紙が来ることはあり、そのときは送ったりもしていたりする。
そういうことを考えると、自分で採りにいける、というのは細工師として恵まれているな、と思うゲオルグであった。
「しかしわざわざ依頼を受けずに採りに行ってもいいような気がしますが……期限が厳しくないでしょうか?」
カティアがそう尋ねるが、ゲオルグは言う。
「少し大変だとは思うが、いずれも指輪づくりに使う程度なら、確実に余るからな。ついでに片づけておいた方が酒代稼ぎになるかと思ってよ」
「そうですか……」
頷いたカティアである。
一応、答えには納得したのだろう。
しかし、彼女はそれから少し考え始めた。
そして、こくりと頷き、ゲオルグに提案する。
「でしたら、私にもその依頼、協力させてもらえませんか?」
「あ?」
「いえ、私もニコールさんとはこの間、お友達になったのです。ご結婚されるのでしたら、何か贈りたいと思っていました。今回、ゲオルグさんが指輪を贈られるのでしたら……そのお手伝いもしたく思います。もちろん、すべてが公になったら、私個人としても何か贈ろうとは思いますが、今、出来ることはゲオルグさんのお手伝いかなと思うので……」
「別に俺は構わねぇが……亜竜の方はいいのか? 街にいなくて」
「そこまで遠出するつもりもないのでしょう? あの依頼の期限では近場ですべて済ませなければ間に合いません。この辺りで全部手に入れることが出来るとは寡聞にして知りませんでしたが……それが気になるというのもあります」
若干、強かな本音も漏れたが、他の冒険者ならともかく、カティアになら教えてもいい、とゲオルグは思った。
だから……。
「仕方ねぇな……。俺の秘密の狩り場なんだが、あんたになら教えてやってもいい。そのかわり、きりきり働けよ?」
そう言うと、カティアは瞳を輝かせ、
「もちろんです!」
そう言って頷いたのだった。