第24話 ゲオルグの失敗
「……これでいいな。あとは組み立てて……と」
ぶつぶつとつぶやきながら、複雑に分解されていた古式魔銃の部品を手早く組み立てていくゲオルグ。
その様子をカティアは百面相をしながら見つめていた。
ゲオルグの手つきは確かで、危ういところなど何一つ見られなかった。
自分の愛銃である。
当然、その手入れの必要のため、簡単な修理や分解掃除は数え切れないほどしてきたカティアだったが、そんな彼女であってもゲオルグの分解・組立の速度は目を見張るものがある。
もちろん、何十、何百、何千と繰り返してきた作業であるから、まだカティアの方が早い、とは思う。
けれど、ゲオルグはこの古式魔銃をついこの間、初めて触れたのだ。
にもかかわらず、ということを考えると、やはり驚異的だった。
それに加え、内部の基盤や配線などのことになると、もはやカティアにもさっぱりだ。
古代の道具である。
その全容は早々簡単に理解することは出来ず、修理出来るものなのどほんの一握りだ。
ましてや、今回の故障は他の古式魔銃から部品を拝借して、とかそういった騙し騙しのの方法ではどうにもならなかったもの。
それをゲオルグは……。
そんなことを考えつつ、カティアはふと、途中で気づいて尋ねる。
「あ、あれっ。そこの配線ってこっちじゃなかったですか?」
その指摘にゲオルグは頷くが、しかしそれに続けて説明した。
「……もともとはな。ただ、そのままにしておくと熱がこもって故障しやすくなるから位置をずらしたんだ。勝手にやって悪かったが、後で分解・組立の方法についても説明するから許してくれや」
少し申し訳なさそうなのは、まさにカティアに相談することなく勝手に改造してしまったからだろう。
しかし、そもそもカティアはどのように改造しようと構わないから、元通りに稼働するようにしてほしい、という依頼をしたつもりだった。
だからカティアは首を横に振って、
「いえ……そんな、全く構いませんわ! むしろ、故障しにくくなるのならその方が……確かに、言われてみるとその辺りが焼け付くことが少なくなかったですね……部品も集めて交換したりはしていたのですが、もしかして今回も?」
心当たりがいくつもあったカティアが、今後のために尋ねると、ゲオルグは、
「故障の原因か? 確かに根本的なのはここの故障だっただろうな。予想になるが、ここが焼け付いているのに無理に使ったことがあっただろ? そのときに術莢に込められた魔術が銃全体に漏れ出て壊れた、というのが正確なところだと思う。だからこそ、いろいろな素材が必要だったんだ。全体的に修理する必要があったからな……まぁ、素材はほとんど持っていたようだけどな」
普段、簡単な故障の場合は自分で修理しているからこそ、必要な素材は初めからおおむね持っていたのだろう。
カティアはゲオルグの説明を聞き、がっくりとして、
「……私が酷使しすぎたのですね……。これからはもっと大切に扱いたいと思います」
そう答えるも、ゲオルグはこれに首を横に振って、
「いや……大切に扱っていたのはわかるぜ。そうじゃなけりゃ、その故障の原因となった酷使すら出来なかったはずだ……それに、全体的に壊れてた、って言ってもしっかりと原型が残った形だったからな。さすがにゼロからどうにかするのは俺には無理だ。理論が失われてしまって、仕組みがわからないところもそれなりにある……配線やら魔力の流れだけは再現できるってだけでな。ちなみにだが、なんでそんなに酷使したんだ? かなり貴重で、一度失われたら手に入れがたい品だってことはあんたが一番わかっているだろうに」
そう尋ねてくる。
その言葉には、カティアが適当に扱った結果こうなった、とは少しも思っていないゲオルグの気持ちが伝わってくる。
それは道具を大切にする人に、志を同じくする者として扱われたような気がして、カティアは少し嬉しくなった。
だから、というわけではないが、カティアは愛用の銃が故障した原因について語り始める。
それには必ずしも、ただ経緯を説明したいというだけではなく、ある一つのカティアの思惑が込められていた。
「……少し前になりますが、王都で魔族が出たのです。その際に、王都冒険者組合の上位冒険者で協力して魔族を追いつめたのですが、最後はかなりの激戦になり……あと一歩、というところで魔銃の調子が悪くなりまして……しかし、撃たなければ私は死ぬ、と思ったもので仕方なく、そのようにしました。結果として、その魔銃は壊れてしまったわけですが、おかげで命拾いしましたので、今でも判断は間違っていなかったと思っています」
魔族。
その存在は、大まかには遙か昔から歴史上にあり、幾度となく人類と対立してきたものたちのことを言う。
しかし、実のところその定義ははっきりとはしていない。
それには様々な理由があるが、主に歴史上、異なった使い方を何度もされてきていろいろな概念が混じり合い、混同されてきた言葉であるからだろう。
たとえば、一つの使い方として、それは魔王に率いられるものすべてのことを言う。
その場合、魔王の率いている種族すべてが魔族と言われた。
また、別の使い方として、人型の魔物を指した。
この場合は、ゴブリンやオークなども含めて使われた。
また、非常に限定的な使い方としては、魔人、と呼ばれる種族のみを指す場合もある。
今回、カティアが言っているのはこの最後の用法。
つまりは、魔人のことを言っているのだろう。
魔人は非常に強力な力と知能とを合わせ持った種族であり、ヒューマンやエルフ、ドワーフなどと並んで人類種の一つとして数えられることもあれば、魔物の一種としても数えられることもある特殊な者たちだ。
吸血鬼種や人狼種などが代表的だが、他にも様々な者がいる。
「魔族か。王都の話はあんまりこっちじゃ聞かねぇから知らなかったな。王都に魔族なんて、相当な大事件だっただろうに」
それにも関わらず、噂すら聞かないことに首を傾げるゲオルグ。
いくらアインズニールの街が辺境と言ってもいい位置にあるとは言え、そこまでのことなら誰かしら商人などが噂していてもいいはずだと思ったからだ。
カティアはその理由を説明する。
「確かにおっしゃるとおりです。そして、だからこそ、その事実は一般には伏せられました。このことを知っているのは、先ほど申し上げた、魔族の討伐に参加した上位冒険者と、冒険者組合の上層部、それに国王陛下と、王都の高位貴族数人のみです……今は、もう少し多いかもしれませんが」
最後に付け加えられた一言の意味がよくわからなかったが、ゲオルグはカティアの説明に眉をしかめる。
「……おい、それを俺に言っちゃまずいんじゃねぇのか?」
冒険者にもある程度の守秘義務はある。
冒険者として、ランクが下がるにつれて意識しない者、守らない者が多くなってくるという事実はあるが、基本的には依頼者の秘密は守るべきとされる。
カティアはA級冒険者であり、そのような意識の薄い二流、三流どころではないため、そのあたりは十分認識しているはずだが……。
そう思っての言葉だったが、これにカティアは、
「王都内で一般人にことさらに語ることは禁じられましたが、これと認めた冒険者に対して説明することはむしろ積極的に推奨されたので大丈夫ですよ」
と意外なことを言う。
さっき、カティアが最後に付け加えた、今は知っている者はもう少し多い、とはそういう意味かと理解は出来た。
しかし、その理由がわからない。
ゲオルグは首を傾げ、
「……どういうことだ?」
そう尋ねる。
するとカティアは、
「王都冒険者組合は魔族の大規模な侵攻が遠からず起こると予想しているようです。先日王都で確認された魔族は、その斥候ではないか、と。だからこそ、実力のある冒険者にはその事実を伝え、いざというときのために準備をしておいてもらうこと、そして魔族について何かしらの情報を得た場合には積極的に組合に報告をしてほしい、とのことです。あまりランクの低い者たちにこういった予測も含めて告げますと、余計な混乱を招き、また、確度の低い情報が大量に出回ることになる可能性がありますので、比較的上位の……おおむね、B級以上の冒険者、それもそれなりの信用できる者に対してに限られましたが。その点、ゲオルグはB級ですし、この事実について伝えても問題ないと思いました」
「信用してくれるのはありがたいが……俺なんて田舎のB級冒険者に過ぎないんだがな。それにしても、それだけの事態を予測していながら、随分と消極的な対応のような気もするが……」
顎をこすりながら、謙遜と、そして事実を含めて言ったゲオルグである。
確かに、ゲオルグとしてはこれを聞いたからと言って誰かに言いふらしたりするつもりはないし、それこそ魔族に関して何か情報を得たら即座に組合に報告しようと心に刻んだのだが、まだカティアとあってそれほどの時間は経っていないのだ。
そこまで信用されるようなことはしたつもりはなかった。
また、冒険者組合の対応に積極性があまり見られないというのも事実である。
大規模な侵攻が予測されているのなら、むしろ大々的に公表してしまった方がいいようにも思える。
これにカティアは、
「あくまで予測であるというのと、今日明日、というよりかは数年間隔での話のようです。本格的な公表はいよいよ差し迫ってから、ということなのでしょう。そうでなければ、経済活動にも影響が出るでしょうから。といっても、王都でも耳の早い商人などは高位冒険者の護衛の囲い込みなども始めているところもあるようなので、漏れるところからは漏れているのでしょうけど」
「なんだか王都は物騒なんだな……」
ゲオルグはそういいながら、アインズニールは田舎だから関係ないだろう、とも言えないと思っていた。
どこから魔族がやってくるかによるが、王都を攻めるというのならその途上にある都市もまた侵攻されるだろうし、アインズニールがそうなってもおかしくはない。
軍事的にアインズニールを押さえたところで大きなうまみがあるとも思えないが、魔族の思考は常人には理解しがたいところがたくさんある。
絶対に大丈夫、とはとてもではないが言えないのだ。
「ええ、そうなのです。ですから、王都では高位冒険者を集めておりまして……」
「ん?」
「他の地域より依頼料や待遇を高くして、拠点をしばらくの間、王都に移すように積極的に他の地域の冒険者組合に勧誘をかけているのです。先ほど言った理由は言えませんから、表向きの名目としては、王都で経験を積んでもらい、それによって得た知識や技能を地方都市へと還元してもらうため、としていますが……」
「なるほど、たまにやってることだな」
長くアインズニールで活動しているゲオルグも、そういう勧誘はたまに聞いたことがある。
数年に一度、地方都市から中央へ高位冒険者が見込みのある新人などを派遣して、経験を積ませ、技能を身につけてもらい、それを地方都市へと持ち帰ってもらい、後進の指導などに役立ててもらう、ということが行われているからだ。
この場合、旅費や滞在費は冒険者組合持ちになったり、何か特別な報償が出されたりとそこそこ旨みがある。
今回は、本来の理由を言えない代わりに、これをそれを理由に高位冒険者を集中して集め、魔族対策としようということだろう。
しかしそれをしてしまうと地方都市の戦力が心許なくなる。
それについてはどうなのか、とゲオルグがカティアに尋ねると、
「集めている、と言っても地方都市の冒険者すべて引き抜く、というよりかは一つの都市から一人か二人、というくらいなのでそこまで深刻な戦力低下は起こらないと考えられているようです。それに、戦力を集めたいと言うほかに、様々な冒険者組合の冒険者たちを王都で顔合わせさせることによって、情報網を強化したい考えのようで……」
「なるほどな。となると、やっぱり本当に今日明日の話じゃなくて、もっと気長な感じなんだろうな……」
まぁ、魔族はともかく、この話はあまり自分には関係なさそうだ、とゲオルグが思ったところで、カティアが口を開く。
ゲオルグは手元に夢中で気づかなかったが、カティアのその口調には少しばかり、緊張と不安の色が混じっていた。
「それで、ですね……おそらく、アインズニール冒険者組合にも高位冒険者を派遣するよう、王都から要請が来ていると思います」
「まぁ、そうだろうな……」
組み立てた銃に不具合がなさそうか、矯めつ眇めつ見ながら、ゲオルグがぼんやりと答えた。
カティアはさらに続ける。
「……ゲオルグ、それに参加しませんか?」
「あぁ、そうだな……ん?」
「そうですか! 良かった! では組合長のゾルタンさんにその方向でお話をしておきますね!」
喜びのこもった返事を聞いたあたりで、ゲオルグはふっと我に返り、今の質問と返答の意味が頭にしみこんでから、慌てた。
「……あ、お、おい、ちょっと待った……!」
しかし、ゲオルグが振り返ってそう言うが早いか、カティアの姿はいつの間にかゲオルグの部屋から消えていて……。
おそらくは、まさに今、冒険者組合に走ったのだろう。
古式魔銃が直るまでここにいる、と言っていたのに、随分と気が急いたのか……いや、ゾルタンに話したあと、引き取りに戻ってくるのだろう。
それにしても、ゲオルグは改めて自分の返答を思い出し、
「……しまった。上の空だった……あとで、カティアとゾルタンの親父に謝っておくしかねぇか……」
そう後悔したのだった。