第23話 ゲオルグの誘い
「ど、どうですか!? 直りそうですか!?」
かちゃかちゃとカティアの物である【古式魔銃】をいじるゲオルグに、そんな声がかかる。
当然、声の持ち主はカティアであり、ここはゲオルグの住んでいる家だ。
「……何度目だよ。直るって言ってるだろうが」
手を動かしながら、呆れたようにそう言ったゲオルグは手馴れた様子で【古式魔銃】の部品を、側の内部に収めていく。
実のところ、修理の必要な大部分が内部機構の機能不全なのだが、それはもうほとんどが終わっている。
鬼人の巣の掃討から数日、家でずっとカティアの【古式魔銃】の修理に時間を費やしてきたためだ。
素材もすべてカティア本人から渡されているし、この間手に入った鬼魔術師の角で必要な素材はすべて手に入った。
そうなれば、ゲオルグにとって、魔道具の修理というのは慣れた作業であり、よほどのことがなければ失敗などしない。
その対象が現代の技術では作り出すことが難しいと言われる【古式魔銃】であったとしても、現代最高峰の技術者に学び、研鑽を続けてきたゲオルグにとっては、他の魔道具の修理とさして変わらなかった。
「ですけどっ、楽しみで楽しみで……」
「それで、待ち切れずついて来たってか。出来たらハリファの店に持っていくつっただろうが……大体いいのか? お前、ちょうどいいからってアインズニール冒険者組合から依頼を受けるように頼まれてただろ」
A級冒険者向けの依頼など基本的にこんな辺境にはほとんどないものだが、全くないという訳でもない。
ただ、緊急性のあるものについては他の地域から、今回の亜竜退治のようにA級冒険者が招かれて早々に片づけていくため、アインズニールのような辺境に残されているA級冒険者向けの依頼というのは大半が長い間受ける者もおらず放置された塩漬け依頼ばかりである。
そう言った依頼を、ここアインズニールにいる間にいくつか片づけてくれないかとカティアはしきりにアインズニール冒険者組合から頼まれている状態にある。
しかし、基本的に冒険者というのは自由な生き物で、依頼を強制することは滅多にできない。
冒険者組合は場合によっては強制的な指名依頼として冒険者に依頼を受けることを義務付けることも出来るのだが、それは冒険者組合の規定に定められた厳格な条件をクリアした場合だけだ。
それ以外は、依頼を受けるか受けないかは指名依頼であっても冒険者本人に決める権利がある。
ただ、カティアはそう言った意味で非常に優しいというか、人のいい冒険者で、塩漬け依頼も多少は片づけるつもりがあるらしい。
今日も、ゲオルグが足りなくなった素材を仕入れようと冒険者組合に出向くと、カティアが職員から塩漬け依頼の説明を受けている場面に出くわした。
ところが、カティアはゲオルグの顔を見ると同時に、【古式魔銃】の修理の進行状況を聞いてきて、おそらく今日中に修理は終わることだろう、ということをゲオルグが述べると、ならゲオルグの家で修理が完了するのを待っていていいか、と言い始めたのだ。
ゲオルグとしては別にダメという理由も特になかったので、頷いてしまったが、ふとカティアと今まで話していた職員の表情を見ると、悲しみに覆われていて、しまった、と思ったものである。
カティアはゲオルグの言葉に頷きながら答える。
「そうなんですけど、やっぱりこっちの方が気になるじゃないですか。亜竜探しの方も、随分と奥地の方に引っ込んでしまったのかうまくいってませんし。長丁場になるかもしれませんから急がなくともいいかなと思いまして」
「アーサーたちの話じゃ街道に出てきたってことだったから、すぐに見つかるものかと思ってたがな。元の住処だった洞窟の方はどうだったんだ?」
あの亜竜はもともと、街道近くの緑の洞窟にいたものだ。
街道から姿を消したなら、そこにいる可能性は低くない。
しかし、カティアはこれにも首を振る。
「すでに当たってみたのですが、何もいませんでした。亜竜の鱗が何枚か落ちていたのを拾ってきたのでいい稼ぎにはなりましたけど、それくらいですね」
と、ちゃっかり儲けていたようである。
もともと住処にしていただけあって、生え変わった鱗が結構な数、落ちていたらしい。
生え変わりは亜竜それ自体から直接剥がしたものよりも強度は弱いが、それでも亜竜の鱗は亜竜の鱗である。
そんじょそこらの素材とは比べ物にならない強度を持ち、鍛冶屋には垂涎の品であることは変わりない。
つまり、高く売れる。
それに加えて、ゲオルグも細工師としてちょっとほしいと思わないでもなかった。
「……ほう。ところで、まだ、余ってたりなんかしないか?」
ゲオルグがそう言うと、カティアは微笑んで、
「そう言うのではないかと思いまして、三枚ほど売らずに確保してあります。欲しいですか?」
と尋ねてきた。
ゲオルグはその言葉に、即座に欲しい、と言いかけたが、何か危機感を感じて口を閉じた。
それから少し感が手から、改めて口を開き、
「……何か条件があるんだろう? 言ってみろ」
と注意深く尋ねる。
これにカティアは悪戯っぽく笑い、
「おっと、流石に勘が鋭くていらっしゃいますね……」
と企みを隠さずに言った。
ゲオルグは呆れた顔で、
「悪だくみしてる奴の顔は見ればわかる……って言っても、お前が悪い奴じゃねぇことは分かってるけどな。それでなんだ? 何か頼みたいことでもあんのか?」
要は、ちょっとしたお遊びのようなものだったわけで、ゲオルグとしても何かカティアが頼みたいことがあるというのなら、受けてやっても構わないと考えている。
カティアはそれに頷いて、
「ええ。お願いというか、質問なのですけど……まずこちらを見てください」
そう言って、じゃらじゃらと机のゲオルグの作業台の隅に、【古式魔銃】の術莢を皮袋から出した。
鬼人の巣の掃討のとき、大量に使っていたのでゲオルグにも十分見覚えがある。
それがどうかしたのか、とカティアの顔を見ていると、カティアは言った。
「何か、改良の余地があったら意見がほしいな、と思いまして。私も本業の細工師ではありませんが、【古式魔銃】関係の技術についてはしっかり学んで収めました。その上で、自分なりに工夫して作っているものなので、悪くはないと思っているのですが……やはり、ゲオルグの技術を見ると、まだまだ先があるのではないかと思いまして……どうでしょうか?」
「なんだ……何を言うかと思ってびくびくしていたら、そんなことか。俺も術莢については作ったことがないわけじゃねぇ。多少は見れるが……」
と言うと、カティアは、
「本当ですかっ!?」
とあからさまに笑顔になって、喜びを示す。
そのあまりの剣幕にゲオルグは驚き、狼狽する。
「な、なんだよ……落ち着けって」
そう言うと、カティアは、はっとし、それから、
「あぁ、すみません……珍しく術莢について話せそうな人を見つけたので、ちょっと興奮してしまって」
と言った。
ゲオルグはそんなカティアを怪訝な目で見て言う。
「……王都ならそれなりに魔銃使いはいるだろう? そいつらじゃダメなのか?」
魔銃使いの絶対数はかなり少ないとはいえ、都会に行けばそれなりにいるものだ。
それに、王都においては、魔銃は自衛の手段として主に貴族令嬢に普及していると言われている。
それならば、それなりに話し相手はいそうなものだが……。
そう思っての質問だった。
けれどカティアは首を振る。
「ダメです! いえ、例外はいなくもないのですが……大半が自分では魔銃の整備も出来ない箱入り娘ばかりで。それが悪いという訳じゃないのですけど……」
「なるほど、話し相手としては不足という訳だ」
「そういうことです!」
我が意を得たり、という感じでゲオルグを指さしたカティア。
しかしゲオルグは、
「そう言う意味なら俺も微妙だろう。細工師だが、魔銃使いってわけじゃないぞ」
実際、頻繁に魔銃に触れている人間の方がよほど楽しく話せるのではないか。
ゲオルグはそう思って言ったが、カティアは、
「私はどっちかというと技術的な話の方が面白く感じる人間なのですよね。でも、王都の魔銃使いはその多くが年頃の女性ですから、どうもそういう話をすると……」
途中で言葉を切ったが、ゲオルグにはその先に続く台詞がなんとなく想像がついた。
「――引かれたのか。それはまた……ぷぷっ」
偏見かもしれないが、ゲオルグは経験的に魔道具やら魔術やらの詳しい理論的な説明を好む女性が極めて少ないことを知っていた。
本業が魔術師とか、その研究者とかなら問題ないのだが、一般的な趣味しか持たない普通の女性にそういう話をするとまず間違いなく引かれる。
多少なら興味深く聞いてくれる優しい女性もいるが、熱が入り始めるとダメだ。
相手の顔色が変わっているのを察知できなくなってしまって、最終的には気づかない内に引かれていた、という状況になることも少なくない。
これは、ゲオルグ自身の経験ではなく、ゲオルグの錬金術と彫金の師匠たちが酔っぱらうとよくしていた話だ。ゲオルグは悲しいことに顔の問題があるため、そんな機会すらない。
二人とも、仕事に熱中しやすく、それが女性に対しても出てしまうタイプで、だからこそよく振られていたのだ。
今では二人とも結婚して幸せな家庭を築いているようだが、あの難解かつ長大な二人の話をにこやかに聞いてくれる女性を見つけたのだとしたら、それはほとんど奇跡に近い。
一度会ってみたいと思っているが、住んでいる場所も遠く、二人が結婚してから一度も会いに行ったことないので、今更、という気もしていた。
ゲオルグの言葉に、カティアは頬を膨らませて、
「笑うことないじゃありませんか……。私もあそこまで引かれるとは思わなかったのです。私はただ、術莢に込める魔術の規模と、暴発率の関係について詳細に語っただけですのに」
と言ったが、それを聞いてゲオルグはいくらなんでも話題の選択下手すぎだろ、と思った。
よりにもよって、魔銃の暴発の話を、それを使って護身しているのだろう貴族令嬢に語るのは悪い。
まぁ、それくらいならまだいいかもしれないが、問題はどの程度語ったかだ。
ゲオルグは気になって尋ねる。
「ちなみに、どんな風に話したんだ?」
「内容ですか? それは、魔銃の暴発は、弱いものでは魔銃が壊れる程度で済みますが、場合によっては指が飛び、もしくは腕が破裂し、酷ければ半身が爆発する可能性もあるのでよくよく注意しなければならないというところから初めまして……」
「……おい、お前、実は馬鹿なんじゃないのか?」
「はて……?」
ゲオルグのツッコミに、真剣に、よくわからない、という顔つきをするカティアに、ゲオルグは自分の師匠たちのことを再度、思い出す。
あの人たちにもこういうところがあった。
自分の夢中になっている分野についての話をし始めると、止まらない上、グロいこととか怖いこととかについての他人に対する配慮がどんどん欠けていくのだ。
普通、成人していない子供にかつて行われた古い王国の人体実験において非業の死を遂げた人々の死に方について、詳細な描写込みで話したりするか?
自分の性格がさほど歪まなかったことが奇跡的であると思わずにはいられないゲオルグである。
カティアにもそういうところがあるようで、これはどうにかして矯正しなければいずれは師匠たちのようなマッドサイエンティスト化するぞと感じ、言った。
「カティア、俺が今度常識と言うものをお前に教えてやる。今度酒に付き合え」
珍しいゲオルグの誘いに、カティアは、
「は、はい……?」
と困惑しながらも頷いたのだった。