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噛ませ犬な中年冒険者は今日も頑張って生きてます。  作者: 丘/丘野 優


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第20話 ゲオルグの硬直

 首を失い、轟音と共に倒れる鬼将軍(オーガ・ジェネラル)

 その体は高位の武具の素材として珍重され、冒険者であれば真っ先に確保に動きたくなる宝の山だ。

 しかし、今、ゲオルグたちはそれをしようとはしない。

 なぜなら、まだ戦いは終わっていないからだ。

 むしろ、本当に最後の仕上げが残っている。


「……鬼妃(オーガ・クイーン)。ここまで近づくのは初めてだな」


 ゲオルグがそう言った。

 彼の前には、通常個体よりも遥かに腹部が巨大化し、自力で移動するのも難しくなった鬼人オーガがいる。

 それこそが鬼妃(オーガ・クイーン)――鬼人オーガたちの母体であり、放っておけば一国を落とすほどの勢力を自らの肉体でもって作り上げることの出来る、恐るべき魔物だ。


 かつて、鬼人オーガの巣の掃討にゲオルグは参加したことがあるが、そのときはまだ冒険者としてのランクも低く、最前線で、という訳にはいかなかった。

 そのため、そのときに鬼妃(オーガ・クイーン)を討伐したのは別の高位冒険者だったのだが、巣が今回ほどの規模ではなく、鬼妃(オーガ・クイーン)を何とか視認できるくらいの位置にまでは近づけたのだ。

 そのときに見た鬼妃(オーガ・クイーン)と、今ゲオルグたちの目の前にいるそれは、全く同じものであった。

 ただ、大きさが異なっており、今回のものの方がずっと巨大だった。

 本体部分はあまり変わっていないが、腹の大きさが段違いである。

 怪しげな光を宿し、鼓動のように明滅するその芋虫のように形成された腹の中には、数体の鬼人オーガの影が見える。

 大きさはまちまちだが、一番大きな影は先ほど戦った鬼将軍(オーガ・ジェネラル)に匹敵するものもあった。

 それはつまり、恐ろしいことに、もうゲオルグたちの到着が少し遅ければ、あの強力な魔物がもう一体生まれていた可能性があったということだ。


「……ぐるあぁぁぁ! ぐるるるるあぁぁぁ!!!」


 ゲオルグたちが近づくにつれ、鬼妃(オーガ・クイーン)は威嚇するように耳障りな高音の叫び声をあげ始める。

 しかし、それでもその場から動くことはない。

 あまりにも巨大な腹が、彼女に移動を禁じているのだ。

 だからこそ、鬼妃(オーガ・クイーン)は強力な魔物を生み出し、自分を守らせるのである。

 そんな生態をしているため、鬼妃(オーガ・クイーン)自身に戦闘能力はほとんどない。

 もちろん、ただの一般人が挑んでも勝てるわけもないのだが、ゲオルグたちのような戦闘を生業とする人間にとっては、問題にならない。

 ましてや、ゲオルグたちはB級を超える実力者。

 それが四人もいて、しくじるような相手ではなかった。


「……さて、やるか」


 ゲオルグが黙って剣を掲げ、それから暴れる鬼妃(オーガ・クイーン)を見た。

 その姿は、恐ろしげな魔物の首魁のようにも、また、ただ必死に我が子を守る母親のようにも見え、ゲオルグは何とも言えない感情が自分の胸に芽生えているのを感じる。

 しかし、これを放っておくわけには行かない。

 そもそも、子供を抱えている魔物を倒したことが今までないわけでもない。

 躊躇するのも今更の話だ。

 だから、ゲオルグとしては特に誰かに何か悟らせるような動きをしたつもりもなく、いつも通りに剣を振り下ろすべく、そのよく鍛えられた腕に力を入れようとした、つもりだった。

 けれど、


「……いえ、ゲオルグ。とどめは私が刺しましょう」


 いつの間にかゲオルグの背後に来ていたらしいカティアがゲオルグの腕にそっと手をのせて、そう言った。

 ゲオルグはカティアの行動に驚く。

 なにせ、冒険者は通常、こういうことを他人に譲ることは無い。

 今回のような大規模な戦いでは、最も大きな功績をあげたものが幕を下ろす最後のひと振りを任されるもので、今回については鬼将軍オーガ・ジェネラルのとどめを刺したゲオルグが任されるのが自然な流れだった。

 だからこそ、心の奥底では気が進まないまでも、ゲオルグは自らやろうとしたのだ。

 つまり、それは名誉ある任務であって、他人がそれを奪おうとすれば抗議されても仕方のないような性質のものである。

 それを、カティアが知らないはずがなく、また、人からそれを奪うような性格の人間でないことも短い付き合いで分かっていた。

 だからこそ、ゲオルグは驚いたのだ。


 どういう意味があって、そんなことをしようとしているのか判断しようと、ゲオルグはカティアの目を見つめる。

 やはり、というべきか、当然と言うべきか、実際に目にしたカティアの瞳は澄んでいて、別に何かの名誉のために濁っていたりなどしなかった。

 ただ、何かを雄弁に語っていた。

 それが何なのか、言葉にすることは出来なくはなかったが、ゲオルグはそれを心の中でも形にすることはせず、ただ、構えていた剣を下して、


「……悪い。任せる」


 そう一言言って、自らその役目を降りた。

 そんな二人を遠巻きに見ていたニコールが、隣に立つレインズに言う。


「男ってやつは、肝心な時に非情になりきれないのかねぇ……」


「……男が、じゃないな。あいつが……ゲオルグが優しすぎるんだろうよ、顔の割に、な」


「まったく……」


 二人そろって呆れたような口調だったが、別にゲオルグがそれを出来ない人間だと思っているわけではない。

 それどころか、むしろ、こんな職業に身を置き続け、B級という一流に辿り着いているにも関わらず、未だに生命に対する尊敬の気持ちを抱き続け、魔物にすらそれを感じることの出来る感性のやさしさに感心しているくらいだった。

 ニコールも、レインズも、そういったものが全くない、とは言わないが、それでも昔に比べれば明らかに心が擦り減り、他人からは冷徹と見られても仕方がないような感覚が普通になってしまっている。

 それは冒険者として悪いことではないが、ただ、人として、失いたくないものがあったはずなのに、無意識のうちにそれを削り続けていた自分が見えたような気がして、何か悲しくなると同時に、ゲオルグはそうではないことに、不思議な温かさを感じたのだ。


 ただ、二人とも、それをゲオルグに直接言うことは無い。

 少なくとも冒険者にとってそれが褒め言葉にならないことを知っているからだ。

 ただ、ゲオルグがそういう人間であることを自分たちが知っていればそれでいい。

 そう言う話だ、とお互いが心の中で達したことに、お互いの目を見て気づく、くつくつと笑い合った。


「……恨みはありませんが、放置しておけば貴女は我々にとって、災いにしかなりません……さようなら。次は、もっと別の出会いが出来ますように」


 カティアがぼそりとそう口にして、魔銃を構え、そして何の躊躇いもなく引き金を引く。

 高い銃声が響き、銃口から火炎が噴き出す。

 そして、鬼妃(オーガ・クイーン)の脳天を銃弾が貫き、鬼妃(オーガ・クイーン)はさしたる叫び声を上げることなく、絶命する。

 目から光が消え、かくりと首が折れた。

 けれど、これでもまだ、終わりではない。

 鬼妃(オーガ・クイーン)の腹部をぼんやりと照らしていた光は徐々に消えていくが、しかしそこに蠢く影は未だに生きていた。

 人であれば、母体が命を失えば、ほとんどの場合は胎児も命を永らえることは出来ない。

 しかしながら、流石に魔物と言えばいいのか、鬼妃(オーガ・クイーン)の腹に宿った未来の災いの種たちは、母親の命に人ほど頼ることはない。

 このまま放置していけば、いずれ自ら腹を食い破り、そして外に出てきて、他の生き物を糧にし、紛うことなき災いそのものになるのだ。

 それを理解しているカティアは、鬼妃(オーガ・クイーン)に続けて、その腹部にも銃弾を撃ち込もうと魔銃を構えたが、ゲオルグはそんなカティアに言う。


「……ここからは俺がやるぜ。嫌な役目を押し付けたみたいで悪かったな」


「いえ、そんな……」


 驚いたように目を見開くカティアに頷き、ゲオルグは剣を構え、鬼妃(オーガ・クイーン)の腹部に宿った影の一つ一つに突き刺していく。


「ぎぎぃぃぃ!」「ぎゃぁぁぁぁ!!」「キィ……キィ……」


 そんな断末魔が、一匹ごとに聞こえてくるが、これで心が乱れるほどゲオルグの冒険者としての覚悟は弱くなかった。

 母体についてのときもそうだったのだが、なぜだろう。

 魔物とはいえ、女と母親には若干弱い、という自覚がある。

 かつての師匠を思い出すかもしれないな……。

 と、古い記憶を頭に思い浮かべながら、ゲオルグは最後の“作業”のために、剣を振り上げた。


 しかし、その瞬間――


「……!?」


 かきり、と妙な感覚がし、そしてゲオルグの体の動きが止まった。

 いろいろ考えすぎて、無意識のうちに躊躇してしまったのだろうか。

 ふと、そう思ったゲオルグだが、冷静に体の感覚を確かめてそうではない、ということを理解する。

 そもそも、おかしいのは、止まっているのはゲオルグだけではない。

 視界に入っているすべてが静止しているのだ。

 ゲオルグ、斜め前からゲオルグを見るカティア、少し遠くでゲオルグを見守っているレインズとニコール。

 すべてが止まっている。

 

 ――これは、なんだ?


 そう思うと同時に、後ろから誰かがやってくる音が聞こえた。

 もしかしたらまだ討伐しきれていない鬼人オーガか、そうでなくとも何かの魔物か、と思った。

 そうであるとすれば、この状態は非常にまずい。

 全員、完全な無防備であり、襲われれば一たまりもないからだ。

 どうにかしなければ、とゲオルグは必死で体を動かそうとするが、やはりまるで動かない。

 まずい……。


 そして、どうにもならずにその何かが広間に辿り着いたらしい。

 後ろから風が吹いていて、こちらに近づいてきているのが分かる。

 しかし、それがかなり近くに来て、ゲオルグはむしろほっとした。

 なにせ、どうやら会話している様子だったからだ。

 しかも、聞き覚えのある声だ。


「……恐ろしいことだな……これが、その方の力だと言うのか? アーサー」


 若い女性の声がそう言った。

 たしか、セシル、と言ったか。

 あの少女の声だ。


「俺に聞かれてもよくわからない……けど、本人がそう言ってるんだからそうなんだろうさ。こっちでいいんだよな?」


 セシルの声に答えたのは、聞き覚えのある、少年の声だ。

 アーサー、冒険者組合ギルドでゲオルグを殴ったあの少年だ。


「はい。間違いありません。こちらに力を感じます……」


 アーサーの声に答えた声には聞き覚えがなかった。

 どうも、不思議な印象を感じる清冽な声で、なにかエコーがかかっているような妙な響きだった。

 

「力、か……俺みたいなのが、ここに……?」


「ええ……この世界が危機に陥った時、それを救うべくこの世に生まれてくる特別な力の持ち主がいます。貴方と同じように。アーサー。そしてそれは……」


 三人が、ゲオルグの視界に入る位置にまでやってくる。

 やはり、一人はセシル、一人はアーサーで間違いないようだった。

 そして、聞き覚えのない声の持ち主もやはりいた。

 けれど、それは奇妙な存在だった。

 

 真っ白いローブのようなものを身に纏った、金色の髪の少女だった。

 それ自体はいいのだが、不思議なことに、彼女は空中に浮かんでいるのだ。

 しかも、体が不自然に透けている。

 向こう側が見えているのだ。

 幽体アストラル系の魔物なのだろうか?

 いや、それにしては邪悪な感じがしない。

 ただの幽霊というのも考えられるが、ああいったものは存在が難しく、迷宮の中に入って来れるほどの耐久力はない。

 とすると、一体……。

 いや、考えてもわからない。

 そもそも、アーサーたちの会話の内容も分からない。


 世界を救うとか、そんな話をしているが……。


「……うおっ!? 誰かと思えばゲオルグのおっさんじゃないか! なぁ、おい、本当に大丈夫なんだろうな……?」


 アーサーがゲオルグの顔を確認して驚きの声をあげ、透ける少女にそんなことを尋ねる。

 少女は、


「ええ、問題は……ッ!? この方は……まさか、意識が? しかしそんなことが出来るわけが……」


 頷こうとした少女だったが、ゲオルグの目を見た途端、そんなことを言いながら慌てだした。

 さらに、


「……少し呼びかけてみましょう。『……聞こえますか?』」


 ――あぁ。全く動けないけどな。


「……やはり。『貴方はなぜ意識を保っていられるのです?』」


 ――この状況がまるでわかんねぇのに、理由なんて分かるかよ……強いて言うなら、何か胸の辺りが焼けるように熱いんだが、これは理由になるのか?


 先ほどからずっと、その辺りに火傷しそうなほどの熱さを感じていたゲオルグ。

 しかし、叫ぶことも何もできないし、これくらいの痛みは日常茶飯事である。

 特に問題はないな、と思っていたが、動けない意外に何か変なところがあるとすればそれくらいだ。

 この答えに、透ける少女は、ゲオルグに近づき、そしてゲオルグの胸元に触れ、鎧の隙間から手を突っ込んでまさぐった。


 ――おいおい、そう言うのははしたないぜ、嬢ちゃん。


 冗談めかして心の中でそう言ったゲオルグである。

 抵抗しようもないのでどうしようもないがゆえの皮肉のつもりでもあった。

 しかし少女はこれに返答せず、しばらくまさぐって、それから、何かを取り出した。


「……『これを、一体どこで』……」


 何が、と思って少女の手元を見てみると、そこにあったのは、ゲオルグの首にかけてあった古ぼけたペンダントだ。

 ゲオルグの首から外したわけではなく、ペンダントトップ部分を掌に置いている形だ。

 それが熱を放つように赤く妖しく輝いているのも見え、なるほど、これが何かしてくれた結果こうなったのか、と理解する。

 それからゲオルグは少女に言う。


 ――そいつは、俺の師匠の形見だ。どこでと言われると俺は知らないんで困るが……腕のいい冒険者だったからな。何か特別な来歴があっても不思議じゃないぜ。


 少女はそれを聞いて、納得したように頷き、


「これがあるから、貴方は……いえ。そういうことでしたら、もう仕方がないです。『先ほどの会話、聞きましたね?』」


 ――世界を救うとかそんな話か? いやぁ……。


 信じてないな、と顎を摩りながら言おうとしたところで、ゲオルグは自分の体が動くようになっていることに気づいた。


「おっ……?」


 声も普通に出せた。

 なんだか分からないが、拘束は解けたらしい。

 ただ、カティアとレインズとニコールは相も変わらず彫像と化しているが。

 少女はゲオルグに行った。


「聞いてしまった以上、仕方がありません。それに、貴方からそのペンダントを外せない以上、他に方法もありません……」


「よく、これが外せないって知っているな?」


 師匠の形見であり、ずっと身に付けているそれであるが、一度首にかけて以来まったく外せなくなってしまったことをゲオルグは誰にも言ったことがなかった。

 それなのに、この少女はそれを看破しているようだ。

 普通の存在ではない、とはっきりと分かる。

 まぁ、そんなことは最初から分かっていたことかもしれないが。


「これは我々が作ったものですから……さて、アーサー、セシル。この方に色々と説明することになりますが、よろしいですか? それとも……」


 と、中途半端なところで言葉を切った少女であるが、これに二人が慌てて、


「ちょ、ちょっと待った! その人は問題ない! 普通に話しても大丈夫だ!」


「その通り! だから、その、お前の力を使ってどうこうするのはよせ! 頼む!」


 と、言い出した。

 どうやら、少女の切った言葉の先に続いていたのは、ゲオルグを害する方向での台詞だったようだ。

 まぁ、何かよくわからないが、事情を知られて、それを秘密にできないような存在なら消してしまった方がいい、とかそういう判断をしようとしていたのかもしれない。

 それは非常に合理的な判断だが、ゲオルグとしてはもちろんやめてほしかった。

 心の底からそう思った。

 人の指図はあまり聞きたくないから、抵抗しようかとも一瞬考えたが、この少女は少なくともゲオルグの動きを完全に拘束できる力を持っているらしい。

 その時点で、もうどうしようもないだろう。

 いくらB級とはいえ、まったく動けない状態でならナイフ一本あれば子供でも殺せる。

 抵抗は無駄だった。

 だから、ゲオルグは降参、という風に手をあげて、言った。


「なんだかよくわからねぇが……何か内緒話があるなら聞かせてくれてもいいぜ? 俺はこれでも口が固いんだ」


 掛け値なしの本音だったが、どこかで面白そうだな、と思ってしまったためか、口の端が上がってしまったらしい。

 少女は胡散臭そうな目でゲオルグを見てからため息を吐き、


「……そうであることを祈ります。と言っても、これからお話しすることを言い触らしたところであなたの頭の方が疑われます。黙っておくことをお勧めしますよ」


 と無表情に言ったのだった。


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