第18話 ゲオルグの危惧
迷宮【風王の墳墓】の入り口に沢山の冒険者が並んでいる。
全員、今回、鬼人の掃討依頼を受けた冒険者たちである。
入る順番は決まっていて、最初にそれなりに経験を積んだベテランのC級冒険者が、次にまだC級になったばかりの冒険者が、そのあとにDEF級が続き、最後にゲオルグたちが入ることになる。
これは、先にある程度、鬼人の数を減らして、ゲオルグたちが巣の中心部に向かうのを楽にするために考えられた方法である。
先に向かって、すべての鬼人の注目を浴び、体力や魔力を削られては本末転倒だからだ。
しかし、それだけの配慮をされたからには、何が何でもゲオルグたちは鬼姫もしくは鬼妃を滅ぼさなければならず、そのプレッシャーは軽いものではない。
けれど……。
「へぇ、それが【魔銃】かい? 王都の方じゃ、非力な令嬢相手にってことで結構売っているらしいけど、アインズニールじゃ滅多に見ないからねぇ……ちょっと見せてくれたりしないかい?」
ニコールがカティアにそう言った。
他の冒険者たちが全員中に入って、しばらくしてから迷宮内部に突入する手はずとなっているとはいえ、かなり緊張感に欠ける会話である。
【魔銃】についての話でなければ、まるで女学生同士の会話のようにすら感じられるほどだ。
ちなみにカティアの持っている【魔銃】は二丁あって、彼女曰く片方は予備なのだという。
本来は、ゲオルグに修理を依頼した一丁と、今持っている二丁のうちの片方を持って戦うのが彼女のスタイルらしい。
カティアは腰に下げられた魔銃嚢から取り出して、ニコールに差し出しながら、
「ええ、構いませんわ。ただ安全装置を外すと暴発の危険がありますので注意を。撃ってみたいのでしたら……この辺りの弾ですと怪我はしませんけれど、どうされます?」
と、こちらも腰に下がった皮袋から術莢を取り出してニコールに見せた。
色々と種類があるようだが、外側から見ても種類は素人目にはあまりわからない。
ゲオルグには発せられる魔力から、なんとなく分かるが、職人か【魔銃】の使い手でもなければそれほど正確にはわからないだろう。
「怪我をしない? 【魔銃】ってのは攻撃魔術を放つものだと聞いていたけど、そうじゃないのかい?」
「それは誤解……というと語弊がありますが、現代の【魔銃】のほとんどはそうですね。ただ、私の遣っているものはどれも古代の――【古式魔銃】と呼ばれるものですので、攻撃魔術以外にも放つことが出来るのです。たとえば……」
そう言って、カティアは術莢のうちの一つ、集中すると黄色い魔力光を放つものを取り、【魔銃】に込め、自分に向けて放った。
あまり【魔銃】という存在を目にすることがないとはいえ、流石に銃口を向けて撃つのが危険な行為だという知識くらいはある。
ニコールは慌ててカティアを止めようとしたが、流石にA級冒険者というべきか、弾込めから発砲までのインターバルが恐ろしく短く、止める暇などなかった。
そもそも、止める必要などなかったのだが。
カティアの撃った【魔銃】からは黄色い光弾が発射され、カティア自身に命中する。
すると、カティアの体を黄色い光が包み、吸収された。
「……これは、なるほどね。身体強化だね?」
ニコールがそう確認すると、カティアは頷いた。
「ええ。その通りです。このように、色々な魔術を術莢に込めて放つことが出来るのが、【魔銃】の利点ですわ。すべて事前に魔力も含めて装填しておくので、弾が尽きない限りは魔力切れの心配がなく、離れた位置にいる仲間に適切な支援魔術をかけることもでき、もちろん攻撃魔術も敵に撃ち込むことが出来る。詠唱も当然要りません。非常に使いやすい武器であると思っています」
その説明を額面通り受け取るなら、まさにその通りである。
ただし、問題はそれが出来るのは【古式魔銃】だけであるということだ。
現代の魔銃はそこまで使い勝手が良くない。
そもそも、攻撃魔術しか放てないのが基本であり、ある程度、魔術を放てば調整が必要になったりし、弾道も不安定であることが少なくないのだ。
カティアの持つ、【古式魔銃】のようなものが大量生産できるのであれば、多くの冒険者がそれを選択するだろうが、それは未だ出来ていないのである。
今後もその可能性は低いとも言われている。
【魔銃】使いが、冒険者の大多数を占める日は来ないだろう。
ただ、【魔銃】使いが大量にいるところもないではない。
カティアの持つもののように小型のものではなく、もっと巨大なものを船や飛空艇に取りつけることは割と普通に行われているからだ。
こちらも命中率などを初めとした問題を色々と抱えているが、小型にしなくていいだけ、性能は上げやすい。
専属として魔術師を雇うよりも安上がりで済むことも多いため、そういうところでは活用されている、というわけである。
まぁ、こちらは【魔銃】使いというよりも、【魔砲】使いということになるかもしれないが、原理としては同じだ。
とはいえ、それにしても【古式魔銃】の性能が良すぎるような気もするが、ニコールもその点が気になったらしい。
「デメリットは全くないのかい?」
そう尋ねた。
これにカティアは、
「ありますよ」
と率直に言う。
ニコールはさらに、
「どんな?」
と尋ねる。
冒険者同士とはいえ、普通、基本的に自分の情報というのは伏せておきたいものだ。
いや、冒険者同士であるからこそ、というべきか。
今回の依頼ではたまたま同じパーティとして挑むことになったが、場合によっては敵対する可能性がないではない。
そのような場合に、手の内を知られているというのは命取りになりうる。
そのため、冒険者同士であっても、自分の情報はあまり出さないことが多い。
固定パーティのメンバーとか、そういうものになるとまた別の話になるが、ゲオルグたちは全くそうではないのだ。
しかしカティアはあっけらかんと説明する。
「たとえば、術莢ですね。これは事前に魔術を込めておけば魔力も詠唱もいらず即座に発動させることが可能な訳ですけど、事前に魔術を込めておかなければならない、というところがデメリットです。準備にはそれなりに時間がかかるのが普通なのです。そして、手持ちの弾を使い切れば、【魔銃】使いが【魔銃】使いとして戦う手段はなくなってしまうわけですね」
それは、分かりやすく、想像しやすい弱点だった。
これを解決するには、事前に大量の術莢を作っておく必要があるが、これについてもカティアは言う。
「術莢は通常魔術を使うのと同じだけ、魔力を使います。特殊な技術も必要で……魔術込めに失敗すると、暴発したりすることもあり得るのです」
「暴発……」
ニコールは唖然として、さらに気になったのか尋ねる。
「ちなみに、暴発すると、どうなるんだい?」
カティアはこれに、
「場合によりますけど、腕がなくなったり、命を落としたりしますね」
特に気負いなく、普通の様子で答える。
ニコールは、恐怖をあおるわけでも、怯えているわけでもなく至って当然のこととして話すカティアに戦慄したようだ。
ゆっくりと首を振って、
「……私は剣でいいよ……」
そう言ったのだった。
◇◆◇◆◇
「――では、そろそろですね。ゲオルグさん、レインズさん、ニコールさん、カティアさん。よろしくお願いします」
迷宮【風王の墳墓】の入り口で時間を測っていた冒険者組合職員がそう言った。
【風王の墳墓】がゲオルグたち以外の冒険者を飲み込んで、一刻ほどが経過している。
そろそろ、中にいる鬼人も三分の一程度は減らされている、と思われた。
突入するにはちょうどいいころ合いと思われ、ゲオルグたちは顔を見合わせ頷き合う。
「じゃあ、行こうぜ」
ゲオルグがそう言って進み始める。
レインズはゲオルグの横に、ニコールとカティアは二人の後ろについて、迷宮に入っていく。
この並びは、ゲオルグとレインズが主に自らの体を武器として叩く剣士であり、ニコールが剣の他、魔術を駆使する魔法剣士であること、それにカティアが【魔銃】使いであることから決まった陣形だった。
体力の多寡から考えても、中年男二人が最も体力が有り余っており、ニコールがたまに二人の代わりを務めるために前に出る、というのが良いと思われるからだ。
相手が鬼人という体の頑強さを武器に戦う魔物であることからも、搦め手を得意とするニコールよりかは、真正面からぶつかって力負けすることのないゲオルグ、それにゲオルグの戦い方を知り尽くし、適切なフォローを即座にすることが出来るレインズが前に出るのが望ましい。
実際、その方法はうまく機能していた。
周囲を苔むした石壁に囲まれた迷宮の中、鬼人がゲオルグたちを次々に襲う。
その数は平時の【風王の迷宮】ではとてもではないが考えられない数であったが、ゲオルグたちは危なげなく次々に鬼人を屠っていく。
ゲオルグの大剣の一撃は鬼人を易々と一刀両断し、レインズの華麗な片手剣術は鬼人の固いはずの表皮を軽々と切り裂き、骨すらも断ち、その首を落とす。
剣を振ったあとの二人の隙を狙ってかかってきた鬼人は、ニコールの魔法剣の前に消し炭にされ、またはカティアの魔銃により胸部と頭部に球状の穴を開けられていく。
ゲオルグたちが進んでいった道にはもちろん、先に入った冒険者たちもいたが、そんな彼らから見てもゲオルグたちの戦いぶりはまさに鬼神のようだった。
先に迷宮内部に入った冒険者たちも決して弱くはない。
むしろ、鬼人はC級相当の魔物であり、頻繁に戦っているという意味ではC級冒険者たちの方が慣れているくらいである。
それに比べてゲオルグたちはB級になって久しく、鬼人の集団などを積極的に狩るようなことはあまりなかったはずだ。
効率よく倒す手段について、むしろC級冒険者たちの方が詳しいはずだ、そう思っていたのに、そんな想像とはまるで異なるものが目の前で繰り広げられているのだ。
慣れとか方法とか、そういうものが馬鹿らしくなるくらいの蹂躙がそこにあった。
彼らに対し、憧れの視線を向ける者たちも少なくない。
そして、パーティリーダーの「見惚れてんじゃねぇ! 集中しろ!」という声にはっと我に返るのだ。
それくらいに美しく、見惚れるような戦いぶりだったのだ。
しかし、ゲオルグたち本人はと言えば、深刻な表情をしていた。
「……鬼人が、弱いな。これはまずいかもしれねぇぜ」
なぜ、弱いとまずいのか。
強い方が危険ではないか、と思われるが、数が多い場合にはそうも言えない。
弱い鬼人がこれほどまで大量に闊歩しているということは、同時期にそれだけの鬼人が生み出されたということに他ならない。
鬼姫や鬼妃の生産能力の高さを示しているのだ。
それに加えて、それを前線に出してきている。
本来、鬼人は人間のように、自らの子供を成熟するまでは手元に置いておく性質があるのだ。
それなのに、まだ成熟しきっていない、弱い状態で前に出すというのは……。
手元に置いておけないほどに増えているか、他にもっと重要なものを育てている、という可能性がある。
他の重要なもの――つまりは、鬼将軍や鬼王の誕生が近いということかもしれない。
「早く、中心につかなきゃやばいな」
レインズがそう言い、これにニコールとカティアも頷いて足を速めた。




