第17話 ゲオルグの理解者
「面白そうって、お前、人の失敗談を面白い話扱いすんなよ」
レインズがニコールに抗議するようにそう言うと、
「面白いものは面白いんだから仕方ないじゃないか。――そうだ、今度、スエルテ伯爵家主催の夜会があるんだけど、そこで令嬢たちにあんたのその話をしよう。きっと人気者になれるだろうよ、私は」
と返って来た。
スエルテ伯爵はこのアインズニール周辺を治めている貴族であり、代々辺境を治めてきた家であるからか、冒険者という存在に対する敬意がある。
そのため、それなりのランクに至った冒険者については、夜会への招待状を送ったりすることも多い。
他の貴族がそういうことをすることは全くない、というわけではないが、するとすればよほど名前が知れていたり、特別な事情を持っているようなもの――たとえば、その冒険者が恐ろしく美人であるとか――に限られる。
スエルテ伯爵は、B級冒険者も頻繁に誘い、夜会でも厚遇してくれる比較的珍しい貴族だった。
まぁ、ニコールについては珍しい女性のB級冒険者であるし、その容姿もいささか勝気なところが見えすぎるところはあるが、美人なのは間違いない。
スエルテ伯爵でなくとも彼女をパーティーに呼びたいと考えるのはおかしくない。
そして、レインズも割と夜会に呼ばれる方だ。
彼は若い時からその容姿が騒がれていたし、B級まで昇れるだけの才気を見せていたから、貴族からも注目されていたのだ。
そんな彼が夜会に出れば、結構な数の貴婦人たちが寄ってきてダンスを強請ったり、しなだれかかったりしてくるらしい。
ニコールの台詞は、そう言った貴婦人たちを幻滅させてやるからな、という一種の脅しのようなものであった。
ちなみにゲオルグもまた、夜会に呼ばれることはある。
しかし、それはゲオルグとしてではなく、細工師ジョルジュとしてだ。
出来ることなら勘弁してもらいたいところなのだが、宝飾品店店主ジョイアに、頼むから自分の顔を立てると思って、と言われたら断ることは出来ない。
ジョイアには昔から作り上げた細工物を引き取ってもらってきた恩があるし、彼はゲオルグがジョルジュであるということについて、今まで一度たりともどこにも漏らしていないのだ。
これほどに信用できる商人はおらず、今後、そのような人物と知己を得られるとも思えない。
だから、いつも仕方なく出席している。
ちなみに出席する際は、出来る限り服装も選び、目立たないようにして行く。
ゲオルグと言えば無精髭を生やした大剣を背負った大男、というイメージであり、夜会においては綺麗に髭は剃り、服装も落ち着いたきっちりとしたものを纏っているためか、全く誰にも気づかれることは無い。
それでもやっぱり、レインズだけは気づくのだが、彼もその場でどうこう言うことは無い。
貴婦人たちの相手で精いっぱい、というところもあるかもしれないが。
「おい、やめてくれって……」
懇願するようにレインズが言うが、ニコールは一顧だにしなかった。
ニコールもまた、古い付き合いで、だいぶ前からレインズとはこんな関係である。
初めて会った時はまだニコールが十代、冒険者になる前であり、そのときにはすでにレインズもゲオルグも一端の冒険者になっていた。
その時から二十年近く経って、まさか彼女が自分たちと同じランクまで昇ってくるとは思ってもみなかった二人である。
なにせ、B級冒険者になるのはそれほど簡単なことではないのだ。
しかも女性の身で、である。
これはほとんど快挙と言ってよく、やはり父親の血が彼女の中に流れていることを深く理解させるものである。
そんな彼女であるから、女性がA級になるということがどれほどのことかも分かっていた。
ふっと視線をカティアの方に向け、レインズに向けていたものとは異なる、女性的な微笑みで手を差し出した。
「あんたが王都から来たA級冒険者だね? ニコール・ラツヴァイトだ。今回は男二人と同道ということだけど、パーティーの手綱はしっかり私たちで取ろう」
と、完全に尻に敷く発言である。
これにカティアは吹きだすように笑って、
「ふふ、そういたしましょうか。カティア・コラールです。よろしくお願いします」
手を差し出し、ニコールの手を握った。
ニコールはそれに、
「……随分ほっそりした指だね? A級なのに……意外だよ」
と驚いたように言う。
ニコールの手は女性にしてはかなり固く、それは彼女が剣を持って戦う剣士であるからだが、冒険者などやっているとどんな戦い方をするにしろ、徐々に手は固くなり、女性的なしなやかさを失っていくものだ。
しかし、カティアの手は、そんな一般論からは外れたところにある。
見た感じ、ほっそりとして美しく、しなやかだ。
肌も白く滑らかで、まるで貴婦人のようですらある。
これにカティアは、
「そうですか? それほどでもないと思うのですが……」
と、不思議そうな顔で言う。
嫌味や謙遜で言っているわけではなく、真実、そう思っているようであった。
ニコールはそんな彼女を見て、
「なるほど、こういうタイプか……仲良くなれそうだね」
そう言って笑う。
ニコールはその容姿通り、かなりさっぱりとした人間だが、女性的な振る舞いが出来ないという訳ではない。
夜会に出た時は、目を疑いたくなるほど華やかな貴婦人のように振る舞うのである。
言葉遣いも、今のような冒険者風ではなく、貴婦人のものに変わる。
つまり、女の世界の怨念渦巻く海の中を泳ぐことが出来る人でもある。
ただ、好き嫌いの話を言うのなら、そういうものがないところの方がいいらしい。
そのためか、ニコールの友人は大体が、彼女自身のような一見明け透けに見えるタイプか、色々な物事にあまり頓着しない、天然っぽい人物ばかりである。
カティアは、後者の方に分類されたようだ、とゲオルグは思った。
「……? よくわかりませんけれど、仲良くしていただけるのなら良かったですわ。今日は頑張りましょう」
カティアはそう言って微笑み、その様子にゲオルグとレインズも今日の依頼はうまく進みそうだと思ったのだった。
◇◆◇◆◇
「……着いたか」
【風王の墳墓】を目指して、ガタガタと進んでいた馬車が止まり、ゲオルグがそう呟いた。
それと同時に、真っ先に馬車を飛び出したのはレインズである。
乗物が苦手という訳ではないが、馬車の沈んだ空気を一掃したいらしかった。
馬車にはゲオルグたちの他、C級のパーティも一つ乗っていたのだが、その彼らが随分と後ろ向きというか、今回の依頼内容に怯えていたので、しっかり気を付けてやれば大丈夫だということを昏々と説明してきたのだ。
鬼人の巣の掃討など、十年に一度あるかないかで、そんな経験などしたことがなかったことが彼らの不安に拍車をかけていたようで、一度は経験しているゲオルグとレインズが、そのときのことを教えた。
そのお陰か、だいぶ彼らも明るくはなったのだが、目的地が近づくにつれて少しずつ気分が陰に傾いてしまったのだ。
流石にもういられないと、レインズはそう言う気分だったのだろう。
わからないでもない。
カティアとニコールは、馬車を出るとき、彼らに「何かあればすぐに逃げるか、周りの冒険者に助けを求めることです」とか「そんなに怖いんならやめちまいな」とか言って出ていった。
ゲオルグは、
「……お前らの気持ちは分かる。どうしても怖いときってのはあるからな……依頼を放棄するってのも、たまには勇気だ」
と言う。
すると、C級のパーティの一人、二十代前半と思しき青年が、
「今になってそんなことをしたら、冒険者組合の評価が下がるだろ? 出来ない……それに、俺は……どうしても今回の依頼は成功させないとならないんだ……」
そう言った。
それは確かに彼の言う通りだ。
一度受けた依頼を途中で放棄する。
評価が下がり、場合によってはペナルティが科され、ランクが下がったり、罰金を取られたりする。
けれど、
「その状態で戦ったら死ぬぞ。命と評価、どっちをとる?」
「……」
ゲオルグの言葉が図星だったのか、青年は何も返せないようだった。
けれど、それに同じパーティの者たちが、
「……リーダーは、今回の依頼が失敗したら実家に戻れって言われてるんです。だから無理して……」
と説明する。
詳しく聞けば、彼は本来、故郷にある店を継がなければならない立場にあったのに、親の反対を押し切って冒険者をしてきたのだという。
しかしそれでも、親は親だ。
最近、C級になれたので、流石に親も分かってくれるだろう、と実家にのこのこ話し合いにいったら、些細なことで喧嘩になり、最終的に売り言葉に買い言葉で、C級なら鬼人の皮くらい自力で取ってこれるんだろうな、ああ取って来れるさ、山のようにな、ということになってしまったらしい。
出来なかったら冒険者を辞めて、実家を継ぐようにという約束付きで、である。
「……また、馬鹿なことをしたもんだな」
呆れてしまったゲオルグに、青年も力なく笑って、
「その通りだ……でも、俺はどうしても認めてほしくて……」
まぁ、全く気持ちが分からないという訳でもない。
若いのだし、そういうこともあるだろう。
そして、そういうことなら、彼としても引けないということも分かる。
「……しかしなぁ。それならもう、腹を決めろよ。やるしかないだろ?」
ゲオルグはそう言った。
青年もそれは分かっているのだろう。
けれど、
「俺たちはまだ、C級になったばかりなんだ。鬼人はC級でも上位の魔物で……不安なんだよ」
そう言いながら、下を向く。
これはどうしたものか。
励ましてもどうにもならなそうだし、深く沈んでいて手の付けようがなさそうだ……。
もう諦めて迷宮に行ってしまおうか、と少しゲオルグが考え始めたところで、
「リーダー。大丈夫だよ。私たち、今まで頑張って来たじゃない」
「そうだぜ、リーダー。上位の魔物だろうと、頑張れば何とかなる……っていうとあれだが、鬼人については調べてきたし、さっきレインズさんたちにも戦い方も聞いただろ? いけるって」
他のパーティメンバーが、リーダーである青年をそう言って励ます。
ゲオルグはそれを見て、これなら大丈夫だろう、と思った。
確かにまだまだ経験は不足しているようだが、いい仲間に恵まれている。
リーダーの青年にしても、自分のことが不安というよりは、自分の事情で危険なところに仲間を連れて行かなければならないのが不安、という感じである。
後は、少し背中を押してやれば……。
「おい」
ゲオルグが言ったので、青年が顔を上げる。
「……なんだ?」
「一つだけ教えてやる。どうしても厳しい時は、仲間の顔を見ろ。仲間と戦っていることを思い出せ。お前は、お前のために戦うんじゃない。仲間のために戦っている……そう、思えばいい。お前はそれが一番いいだろう」
言われて、青年はあっけにとられたような顔をしたが、少し考えて、表情に血の気が差してきた。
「……自分のためじゃなく、仲間のために、か」
ぽつり、とそう呟いた時には、わずかな微笑みが顔に浮かんでいた。
そして青年は、他のパーティメンバーを見て、
「うじうじして悪かったな。そうだよ、俺にはお前たちがいるんだ……一緒に、親父たちに鬼人たちの素材、突き付けるの手伝ってくれるか?」
そう言い、パーティメンバーたちも、
「いつものリーダーに戻って来たな。その意気だぜ」
「ダメでも説得は手伝ってあげるよ」
と言い始めた。
空気も変わって、問題なさそうだ、と思ったところでゲオルグは馬車を出る。
するとそこにはレインズ、ニコール、カティアがいて、妙な表情でゲオルグを見ていた。
そしてそれぞれが言う。
「……お節介だな、お前」
「顔に似合わずいい男だよね、あんた。私は面食いだけど」
「ゲオルグは、そういうところが、素敵だと思います」
と、三者三様だが、その声には称賛の色があった。
ゲオルグはすべて聞かれていたらしいことに気づき、気恥ずかしくなって彼らをおいて先に進む。
「……なんだよ、ほら、早く行くぞ」
そう言ったはいいが、後ろから感じる視線から、優しさが消えることは無く、それは迷宮【風王の墳墓】に辿り着くまで続いたのだった。




