第16話 ゲオルグの誤解
「……本日お前らに集まってもらったのは他でもねぇ。迷宮【風王の墳墓】において確認された鬼人の幼生体と思しき個体の件で、事態に進展があったからだ」
冒険者組合の中で、そう説明しているのは、アインズニール冒険者組合の組合長、ゾルタン・ラツヴァイト。
集まっている冒険者たちの中で、ゲオルグを除けば最も冒険者らしい容姿をしている彼は、しかしその頭はつるりとしたものだ。
さらに片目を潰していて、刀傷が縦に走っている。
もともとはB級冒険者だった彼だが、かなり強力な魔物、というか魔族と戦い、その際に潰れた右目の他にも足をやられて冒険者として再起不能とされた。
今でも彼はその足を引きずって歩いている。
回復薬や治癒魔術で治癒できる限界を超えた傷だったのだ。
あくまでも本人の体力や魔力を活性化させて治癒するという原理上、本人の生命力が酷く弱っている状態だと、治癒できない場合も少なくない。
大きな欠損の治癒にはただでさえ体力や魔力を消費するうえ、術式も複雑で難しく使える者は中々いない。
それに加えて、欠損を抱えたまま長時間放置すると、もはや通常の回復薬や治癒術で治すことは出来なくなってしまうのだ。
それでも、教会の聖女の手によれば治る可能性もあるのだが、これには多大なるコネと寄付が必要である。
いくら組合長と言えど、アインズニール程度の規模の街の組合長ではそこまでの権力も富も持てない。
結果として、あの姿で三十年間、組合長としてアインズニールの街を荒くれの冒険者たちを率いて守り続けている。
そんな彼を慕っている者は少なくなく、粗野で大雑把な冒険者たちも、彼には一目置いているという訳だ。
ゾルタンは続ける。
「俺たちアインズニール冒険者組合は、鬼人の幼生体が出現したとの報告を受け、鬼人が迷宮内で繁殖している可能性を考えた。その後、しばらくの調査を続けた結果、その推測が事実であることも確認した。まだ、巣、それ自体については発見出来てねぇが、迷宮内部の鬼人の数や分布からある程度、巣のあるだろう区画は絞ってある。後は、人海戦術で鬼人をひたすら叩き潰すだけだ」
迷宮は広く、その全てを数日間で調査する、というのはほとんど不可能に近い。
けれど、鬼人の数の増加の仕方や、分布を調べれば巣の存在やその方角については、冒険者組合の持つノウハウを活かして確定することが可能なのだ。
「みんなも知っての通り、鬼人の巣はその中心に鬼姫か鬼妃がいるもんだ。こいつらを倒せさえすれば、他は大した問題にならねぇ。時間をかけて地道に潰していけばそれで終了だ。ただ、こいつらを潰さなければ、いつまでも増え続ける……それどころか、いずれ、鬼将軍や鬼王が生まれて、鬼人共を統率し、一軍となって迷宮から溢れだすことになるだろう。そうなったとき、どうなるか。それくらいは知っているな?」
あまり学のない者が少なくない冒険者たち、そのため、あまり資料を読んだりしない者が多いが、このことについてはそれこそ子供ですら知っているような話だ。
自分の親兄弟に寝物語に必ず聞かせられるような類の話だからだ。
曰く、群れとなった鬼人は村を滅ぼし、街を滅ぼし、そして国を滅ぼすことになる、と。
これは歴史的に本当にあったことを童話としたもので、その大体のものが最後には英雄が鬼王と鬼妃を討ち滅ぼして終わる。
変わったところでは世界は鬼人のものになりました、という悲劇的な結末で終わるものもないではないが、捻くれた作者が作ったブラックジョークみたいなものである。
つまり、歴史的に鬼人が人類の脅威となったことがあり、巣があるというのはその危険性があるということだ。
だからこそ、鬼人の巣は見つかり次第、早く、確実に潰さなければならない。
冒険者たちの顔が真剣な色に染まる。
「ま、今回は比較的早く見つかった方だ。そこまで心配することはねぇが、少なくとも鬼魔術師や鬼騎士くらいはいると思っておいた方がいい。特に、巣の中心部近くには確実にこいつらが守ってるはずだ。注意しろよ」
おう!
という威勢の良い返事が冒険者組合の中に響く。
「……じゃあ、最後に、パーティ分けと担当区域の割り当てだ。基本的に普段からパーティ組んでる奴はそのままだ。あくまでソロの奴の話だな。その中でも、ゲオルグ、レインズ、ニコール、それにカティア。こいつらが巣の中心部に突入する奴らだから、援護しろ。実力については知ってるな? カティアは知らねぇだろうが、亜竜のために呼んだ王都で新進気鋭のA級冒険者だから、実力的に何の申し分もねぇ。分かったな?」
ゲオルグとレインズはB級であるし、ニコールは女性であるが、これもまたB級の冒険者だ。
そのため、ここに集う冒険者たちは何の不満もなかったが、知らない名前、カティアと言われたときには少し空気が悪くなった。
けれど、ゾルタンの説明を聞いてほとんど全員が納得する。
というのも、A級などになれるのはそれこそ爪の上の砂よりも少ないということを誰もが分かっているからだ。
一部、低ランク冒険者が納得しかねる顔をしていたが、彼らはこれから上位冒険者になるのがどれだけ難しいか知っていく過程で、自分の考えがいかに浅はかだったか知ることだろう。
今回、鬼人の掃討に参加するのは鬼人討伐の適正ランクであるC級やそれに比肩するD級冒険者ばかりではなく、E級とF級も一部参加している。
それは、今後、同じようなことがあった時のために後進にも経験を積ませておく必要があるためだ。
鬼人相手の戦闘には参加させないが、それ以外の迷宮の魔物で倒せるものは彼らが担当し、魔力や体力の節約を狙うという面もある。
もちろん、そうは言ってもあまり弱い者、また人の指示を聞けない者は参加させない。
むしろ将来有望か、十分に経験を積んできて、上のランクにそろそろ上がっていけそうな者だけが選抜されている。
その中には驚いたことにアーサーとセシルもいた。
どうやら、亜竜を倒しはしなかったとは言え、退けたらしいことが評価されてのことらしい。
詳しくは秘密だと言われてしまったが、冒険者組合にはある程度、その事情を詳しく説明しているようだから、ゲオルグとしては構わない。
それに、今回の依頼では彼らとは完全に別行動になる。
彼らの実力や何が出来るかについて、ゲオルグが事細かに知る必要はない。
知りたがり屋は、あまり好まれないものだ。
「じゃあ、連絡は以上だ。これ以上の細かいことは同行する冒険者組合職員に馬車の中で聞け。武運を祈る」
そう言って組合長腕を掲げた。
その場にいた冒険者たちはゾルタンに向かって、
「おう!」
と怒号にも似た声で返事をし、そしてそれぞれ馬車乗り場へと向かっていく。
かなりの数の冒険者が【風王の墳墓】に向かうため、馬車の数は多いが、どの馬車に乗るかは冒険者組合から班ごとに指示されている。
担当する冒険者組合職員も決まっていて、ゲオルグたちの担当もまた、決まっていた。
すでに馬車に乗って待っていることだろう。
「さて、俺たちもそろそろ行くか。レインズ」
横で組合長の話を一緒に聞いていたレインズにそう言ったゲオルグ。
レインズは頷いて、
「そうだな……その前に、淑女を二人誘いに行かねぇと。ニコールと……それから、なんてったか?」
カティアだが、レインズはまだ会ったことがないようだ。
ゲオルグが言う。
「……カティアだ」
その言い方に何か感じたらしいレインズが、胡乱な顔でゲオルグを見、それから怪しげな笑いを浮かべて、
「……ははーん、ゲオルグ。その女と何かあったな? おい、何したんだ? まさか昔の女とかか?」
どうやら、とんでもない方向に勘違いしたらしいレインズである。
そんなレインズにゲオルグは即座に反論しようとした。
しかし、
「……あぁ、ゲオルグ。ここにいらっしゃいましたか。今回は一緒に依頼を受けるということで、楽しみにしていますわ。よろしくお願いします……レインズさんも」
と、水色の長い髪をまとめて流している、見覚えのある女性がこちらに歩いてきてそう言った。
カティアである。
ハリファの怪しげな店の暗い中で会った時と比べると、その顔の整っていることがよくわかり、少し動揺するゲオルグ。
思っていた以上に美しく、どこか芯の通った表情をその眉が表していた。
声から漂う品から、もっと嫋やかな容姿だと考えていたが、そうではなく、むしろ野に咲く花のようですらある。
つまりは、改めてしっかり見てみると、ゲオルグの好みにかなり近くて焦った。
そういう話だった。
そんな親友の心の動揺を、見逃すレインズではない。
さらにレインズは、カティアのゲオルグに対する呼び名からも違和感を感じたようだ。
魔銃の修理についての話のあと、若干の雑談もした際に、別に、『さん』付けなんてしなくていいぜ、とゲオルグが言った結果、呼び捨てになったのだが、そんな説明をするまでもなくレインズは、積極的に誤解する。
「へぇ……ゲオルグ、ねぇ。なるほど。こいつぁ面白そうだ。それで、カティア嬢。俺はレインズ・カット。B級冒険者をやらせてもらってる……ついでに、こいつの親友だ。今回の依頼は俺も一緒だから、よろしく頼むぜ」
笑いかけるとその辺の女が十人は引っかかりそうな甘やかな表情をレインズはカティアに向け、握手を求めた。
カティアはそれに対し、穏やかに笑いかけ、手を取る。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。カティア・コラールと申します。組合長の方からもお話がありましたが、王都でA級冒険者をしておりますわ。――そして、あなたが、レインズさんですか。ハリファさんと、ゲオルグから色々と聞いております」
と、不穏な台詞を言いながら。
思いもよらない言葉に、ぎぎぎ、と首を傾げ、視線で「お前、一体何を話したんだ? 場合によっちゃただじゃおかねぇ」と雄弁に語るレインズ。
それにゲオルグは、顎を摩りながら、
「……そういや、色々話したな。お前の十年前の悪行とか。病気の令嬢を救うために貴族に切りかかった話とか、素材欲しさのために無理をして崖から滑り落ちて、尻の部分の布だけ破れた状態で街に帰って来た話とかな」
これにレインズは思い切り顔をゆがめて、
「……おい、ゲオルグ。お前なんて話を人に教えてんだよっ!」
と、殴りかかってくる。
ゲオルグは慌てて、
「悪いって! そもそも、俺から始めたんじゃないぞ? ハリファがイマーゴの婆さんから聞いた話をし始めたんだから。なぁ?」
そうカティアに水を向ける。
カティアは上品にほほ笑みながら、
「ええ。そうでしたわ。とても楽しいお話で……」
「いや、あの、カティア嬢。ハリファとゲオルグの言ってる話は大体誇張されてるからな? 二割とか三割くらい、割り引いて聞いてくれよ。ほんと、頼む」
レインズはそう、言い訳のように言った。
実際のところ、ハリファもゲオルグも二割から三割、抑えて話していたので、むしろ割り増しして捉えるのが正解である。
しかしそこまで言うほどゲオルグは冷血ではなかった。
カティアは素直で、
「ええ、でしたらそのように」
と微笑む。
色々と察しはついているだろうにあえてそのように振る舞うカティアは出来た女性であるらしかった。
そこに、
「なんだかおもしろそうな話をしてるじゃないか。私も混ぜてくれないかい?」
そう言って、一人の女性が近づいてくる。
カティアとは正反対の髪色、燃えるような色の髪を肩の辺りでざっくりと切った、潔い雰囲気の女性が、そこにはいた。
彼女の名前は、ニコールと言った。
ニコール・ラツヴァイト。
つまり、組合長の実の娘である。




