第15話 ゲオルグの喜び
「アインズニール冒険者組から呼ばれただと? だとしたら、あんたは……」
ここ数日の出来事、その全てがゲオルグの頭の中を行き過ぎる。
その結果、出た答えは、目の前の女性、カティア・コラールこそが、亜竜討伐のために呼ばれたA級冒険者である、ということだった。
そんなゲオルグの予測を、カティアは肯定する。
「どうやら、これだけでご理解いただけたようですわね。貴方は細工師ジョルジュということですが、もしや副業が?」
言われて、言ってなかったか、と思ったゲオルグは改めて説明する。
「あぁ。細工師の方はどっちかというと副業だな。本業は冒険者をしてる。B級冒険者、ゲオルグ・カイリーこそがこの街での俺の呼び名だ」
その言葉にカティアは納得したように頷き、
「その腕の太さと傷だらけの体でただの細工師と言われても困惑しかなかったですわ。なるほど、冒険者でいらっしゃったのですね。納得です。それにしてもB級ですか。ご立派ですね」
と嫌味でなく称賛する。
これにゲオルグは首を振り、
「……A級に言われても、おぉ、立派だぜ俺は、とは言えねぇけどな」
と冗談めかして言った。
しかしカティアの方はそんな風に茶化すことなく、真正面から、
「いいえ。そんなことはありません。B級冒険者であり、かつ超一流の細工師でもある……そんな人物など滅多にいませんよ。それに、その体……腕にも多くの傷があります。私の見立てが正しければ、その傷は油断からついたものではなく、誰かを庇ったがためについたもの。細工師にとって最も重要な両腕、それに指の近くにまでそのような古傷があるあなたは、自分の身に付けてきた技術よりも、人の命こそを大事にされてきたのでしょう。私は、誰がどういうとも、貴方を尊敬しますわ」
と称賛してくれる。
その内容に間違ったところは確かに何一つとしてない。
ゲオルグは、たとえ自分の腕が、指先が動かなくなる危険があったとしても、目の前の救える命をこそ、重視してきた。
肉の盾になることを躊躇したことなどない。
だからこそ、腕のみならず、細工のときの重要な指先にすらもいくつかの古傷がある。
しかし、そんなことまで一目で看破し、指摘したうえで称賛までしてくる者など、冒険者になってから皆無だった。
ゲオルグの勇猛さを褒める者ならいたし、救われたことを感謝しくてくれた者もたくさんいた。
けれど、こんな風に、生き方そのものを称賛されたことは無かったのだ。
今まで一度もなかったそんな出来事に、ゲオルグは少し気恥ずかしくなり、
「そんな……大した事ねぇ。俺は、俺のやりたいようにやってきただけだぜ」
とぶっきらぼうに言い放つ。
しかしカティアの視線は柔らかく、暖かい。
居心地が悪くなりそうで、ゲオルグはそんな空気を払拭すべくことさらに明るく言う。
「まぁ、そんなことはいいんだ。それより、この【魔銃】の方の修理についてだ」
言われて、カティアも思い出したように言う。
「そうでした……直りますでしょうか? 流石に白金貨三百枚も出せないのですが……」
不安そうな顔をしているあたり、ハリファの冗談だか何だかわからない台詞を本気にしているらしかった。
A級冒険者ということだが、少し抜けている人物なのかもしれない。
ゲオルグはそんなカティアに言う。
「……ハリファの言った白金貨三百枚ってのは流石に冗談だ。本当にクレアードに行ってもそんなに取られることはねぇ」
その言葉にカティアは表情をぱあっと明るくする。
長く、冷たい氷のような髪色が、その見た目をかなり落ち着いた者に見せていたカティアであるが、そうやっていると随分と幼く見えた。
二十代後半かな、と思っていたがもっと若いかもしれない。
「本当でしょうか!? でも……それでも、私が出せるのは白金貨五枚程度で……もし、もし足りなければこれから働いて返しますので、どうか分割になりませんでしょうか……!?」
と必死にいうカティアである。
白金貨三百枚は流石にないとしても、百枚二百枚なら人生を賭して払いそうな雰囲気だ。
まぁ、A級冒険者なのだから、四、五年かければ問題なく払いきれる額だが、しかしそれでもかなりの高額なのは間違いないにも関わらずだ。
よほど大切なもの、ということらしい。
祖母の形見ということだが、それ以上に大切そうである。
これを仕事で使っている、ということだから主武器が魔銃、ということなのだろうか。
珍しいことだな、と思いつつ、ゲオルグはカティアに言う。
「金は実費プラス技術料ってことになる。流石に白金貨五枚あれば足りると思うが、古代の品となるともっと見てみねぇと断言は出来ねぇな……おい、分解してもいいか?」
片眼鏡でもって魔導回路を見る限り、そう言えるのだが、本当に細かい内部構造は実際に肉眼で見てみないと何とも言えない。
だからこその質問で、カティアはこれに頷く。
「直していただけるのならば、もちろん構いませんわ」
「よし、それなら…ハリファ。工房を貸してくれ」
ハリファもあまり腕が良くないとはいえ、一応は魔道具職人の端くれである。
必要な設備や道具を備えた工房くらいは持っている。
ハリファは
「もちろん、もちろん。まぁ、ゲオルグの工房と比べたら道具類はしょぼいけどそれでもよければ」
「分解できりゃあいいんだ。そこまで拘らねぇぜ」
ゲオルグは意外なほどに道具に拘る。
それを皮肉ってのハリファの台詞だったが、ゲオルグには通じなかった。
肩をすくめながら案内されたハリファの工房は、その語りようとは異なり、十分な設備と道具が揃っているものだった。
確かに、ゲオルグからしてみればあれが足りないとかあれがあればもっといいのに、とか思うところはないではないが、そこまで卑下したものでもない。
ハリファもいろいろ言うわりに、真面目に職人として修業を積んでいるらしい。
「じゃ、遠慮なくお借りして、と……」
勝手知ったるなんとやら、ではないが、本来ハリファが座っている椅子にゲオルグは無造作に腰かけ、そして工具類を慣れた手つきで手に取って、カティアの【魔銃】を分解していく。
その様子は、カティアも手入れくらいは自分で出来るように学んできたが、とてもではないが真似できるようなものではない。
速度も正確性も段違いなのだ。
ほとんど神業と言ってもいいようなもので、なるほど国中の淑女が憧れる細工師の腕とはこのようなものなのかと納得せざるを得ない。
そんな風に感心されているとは露知らず、口笛を吹きながら軽い様子で【魔銃】を分解していくゲオルグ。
ゲオルグは、ただ、分解しているだけでなく、分解しながら内部構造を観察し、また修復手順を頭に入れつつ、さらに使用されている理論や、魔導回路の構造を現代のそれと比較しながら、どうすればこれが修復できるかを並列的に考えていく。
それは論理的な思考であるのは間違いないが、一つ一つなぞって出来ることではない。
幾度も同じような作業をし、意識しないでもそれが出来るようになったうえで、作業のすべてを鳥瞰視出来るようになった一握りの職人のみが可能にする作業だった。
それをゲオルグは鼻歌交じりにこなしていくのである。
「……真面目に修行するのが馬鹿らしくなってくるね」
後ろで勉強がてら覗いていたハリファがため息を吐きながら言った。
本職である彼から見ても、ゲオルグのそれは超絶技巧に他ならなかった。
自分に職人としての才能がそれほどない、と自覚しているとはいえ、その腕を磨くについて怠惰という訳ではないハリファ。
当然、細工師として頂点に立つゲオルグのそれを盗もうと考えないはずがなかった。
しかし、運よくその機会を得て、実際に見てみれば分かってしまった。
これは容易にまねできるものではない、と。
何か、特殊な思い付きとか、新しい理論に基づいて構築された作業手順だというのなら、ハリファには真似することが出来ただろう。
しかし、ゲオルグのそれはそんなものではない。
ひどく単純な、修練に基づくものだ。
同じ作業を、何千、何万と正確に繰り返し、体が完全に覚えきっている。
そんな基本の上に築かれた強固な城のような技術体系が、ゲオルグの中で結実している。
ただそれだけなのだ。
果てしない修行を、めげることなく繰り返せば、どんな人間にだってたどり着ける。
しかし、だからこそ、その途上でほとんどの人間が力尽きて倒れ落ちる。
その先にあるのが、ゲオルグの技術なのだ。
これを真似する、というのは無理だ。
要領のよさとか、才能とか、そういうものではない。
必要なのは、根気。
ただそれだけであるからこそ、どうしようもない。
人間は努力を続ければこれだけのことが出来るのだ。
そういう可能性の先を見せてもらったような、そんな気分になったハリファだった。
あらかた分解し終わったゲオルグは、言う。
「……これなら、何とかなりそうだ」
その言葉に、カティアは笑顔を浮かべて言う。
「ほ、本当でしょうか?」
「あぁ……ただ、技術的には可能でも、素材の方がな。月鶏の羽だろ、水馬の吐息、それにヒュドラの三番首の血に……鬼人魔術師の角が必要だ。どれも入手困難な素材だし、こうなってくると金の方が……」
とゲオルグが言いかけたところで、カティアが腰に下げた皮袋を漁り、そして机の上にごとりごとりと色々な素材を出し始めた。
「月鶏の羽、水馬の吐息、ヒュドラの三番首の血! すべてここにあります。鬼人魔術師の角は……残念ながら手元にないですが、どうにか手に入れますので、お願いします!」
そう言い切った。
ゲオルグからしてみれば、素材があればそれでいい、というわけではなく、鮮度や大きさ、それに保存状態など色々言いたいことはあった。
しかし、矯めつ眇めつ、カティアの出した素材の品質を確かめる限り、問題ありそうなものはない。
非常によい保存状態に、ゲオルグはカティアにその理由を尋ねれば、しっかりと納品できる状態に素材を保つのは冒険者としての常識であると言われてしまった。
それは全くその通りで、ゲオルグもそう心がけて素材を収めてきたが、同じ意識で仕事をしている人間はあまりいなかった。
皆、もって来ればそれでいいんだろう、とどこかで思っているようで、冒険者組合の方もどこか諦めている節がある。
もちろん、よい保存状態で素材を持ってくれば依頼料にも色がつくのだが、細かいことを気にしないのが冒険者である、という昔からの感覚もあり、丁寧に素材を扱う冒険者は少ないのだ。
ランクが上がるにつれて増えてはいくのだが、C級まではその辺り、分かっていない者が多いくらいだ。
ゲオルグは感心して言う
「職人からしてみれば、これほどしっかり素材を保存しておいてくれるとありがたいな。最近の奴らはこういうこともしないから……」
言いながら、確かに手間がかかるから仕方ないかもな、とも思うゲオルグ。
月鶏の羽は狩猟したら即座に抜いて水につけなければならないし、水馬の吐息は生きて捕獲した上で採取するのが良いとされている。
ヒュドラの三番首の血にしても、焼いたものは品質が落ちるとも。
それらすべてを求められる水準で採取しているカティアは優秀な冒険者なのだろう。
「ここまで拘らない方が効率がいいのは分かっているのだけど、いいものを作ってほしいものですから。鬼人魔術師の角だけは手持ちがないのでいつになるかわかりませんが……お願いできますか?」
ゲオルグはここまで聞いて、この女性に力を貸したいなと強く思うようになっていた。
職人として、こんな風に言ってくれる人物になら、ぜひにも力を貸したいからだ。
そして、彼女が必要としている素材の入手先に、ゲオルグは心当たりがある。
「カティア。それについてはこんな話があるんだぜ」
そして、ゲオルグは、カティアに【風王の迷宮】について、教えた。




