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噛ませ犬な中年冒険者は今日も頑張って生きてます。  作者: 丘/丘野 優


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第14話 ゲオルグの別名

「もしかして、貴方は職人さんなのでしょうか……?」


 その見た目はとてもそうであるようには見えません、とでも言いたいかのような顔つきでゲオルグにそう尋ねる女性。

 その気持ちはわからないでもない。

 今日は冒険者組合ギルドに行く予定はなかったので普段着であり、武具は身に付けていないがそれでも武人としての迫力と雰囲気を隠すことなどできない。

 体中、どこを見ても刀傷や矢傷がこれでもかというくらいに見つかり、かつその体は筋骨隆々で、丸太くらいならその身体能力のみでへし折れそうにすら思える見た目。

 顔立ちは悪鬼羅刹のごとくであり、笑っても威嚇しているようにしか思えないゲオルグを見て、とても手先が器用な職人さんなんですね、などと初見で看破できる人間がいるとしたらそいつは人材発掘業だけで食べていくことが出来るだろう。


「――まぁ、一応な。あんたのご期待に沿えるほどの腕かどうかは分からないが……」


 謙遜しつつそう言ったゲオルグに、女性の後ろ、カウンターの中で頬杖をついていたハリファが笑って言う。


「ははっ。ゲオルグ以上の腕の細工師は少なくともこのアインズニールにはいないね。もっと言うならクレアードでだって怪しいもんだ。ただ、大半の人がその正体を知らないってだけで、ね……細工師ジョルジュの名前を知らないかい?」


 と、一見まるで関係のないような名前を出したハリファに、女性は頷いて、


「ええ、知っておりますけど……女性なら誰でも憧れる宝飾職人の名前です。最近ですと、ジュスト侯爵の奥方がお買い求めになり、パーティーに身に付けていって酷く羨ましがられたと聞いておりますが……」


「そう、それ。そこにいるんだよね」


 と、ハリファがゲオルグの顔を指さした。

 その行動の意味を、女性はしばらく考えたようで、ハリファの指と、ゲオルグの顔を交互に見ながら、口元に手を当てる。

 そして、はっとすると、


「細工師ジョルジュ……ゲオルグ!? まさか」


 と、やっと理解したように叫んだ。

 それを聞いてハリファが、


「ほんとまさかだよね。ゲオルグだからジョルジュって。帝国読みから聖国読みにしただけじゃないか。手抜きにもほどがある。ゲオルグ、隠す気あるの?」


 と馬鹿にしたように言った。

 ゲオルグは、


「へっ。今のところ気づいた奴なんてほぼ皆無だぜ。イマーゴの婆さんと、お前、それにレインズくらいなもんだ」


 実際、この店の先代であるイマーゴはそれなりの規模の街とはいえ、辺境に近いこのアインズニールにいるのが不思議なほど、見識優れた人だった。

 見かけはただの意地悪婆さんなのだが、たまに恐ろしくなってくるほどに物事の本質を見ていた。

 彼女を知る者は、千里眼ババアと愛情込めて呼んで頼りにしていたくらいである。

 そして、今ゲオルグの目の前にいるイマーゴの孫は、その千里眼すらも継いでいた。

 イマーゴはあれで口の固い人で、孫にすらゲオルグが何者か詳しいことは教えなかったようで、ただ馴染みの冒険者であることだけ教えていたようだが、ある日、ハリファはゲオルグに言ったのだ。


「手先、器用なんだね。意外だったよ、ゲオルグ――いや、ジョルジュ」


 と。

 イマーゴが死んでから、ここへは足が遠くなっていたが、そう言われたその時から、この店はまた、ゲオルグの馴染みの店に戻った。

 以来、イマーゴがいた時と同じように、お互いに頼りにし、頼りにされる、そんな関係を続けている。

 今回のこの女性のことは、その一つになるだろう。

 知らない人間から見れば、ハリファの言動はすべて適当で信用ないものに映るが、この男もまた、口は意外なほどに固い。

 そんな彼がこの女性にゲオルグのもう一つの名前を言ったということは、そうしても問題ない、問題があったとしたら彼の方でしっかりと対応する・・・・ということだろう。


「僕はまだまだおばあちゃんには及ばないさ……レインズさんにもね。ただ、錚々たる顔ぶれに並べてもらえたことには感謝しておこう。それで、どうかな、ゲオルグ。この人からの頼み、受けてくれない?」


 最初からそのつもりでハリファはゲオルグに話を振ったのは間違いない。

 そもそも、この店は客を選ぶ・・・・

 これは比喩ではなく、本当に客を選ぶのだ。

 この店の存在に、通りを歩く人間が気づかないのは、この店にある魔道具のせいである。

 イマーゴが持っていた古い魔道具で、こういった建物の中限定であるが、特定の人間しか店を意識できないように出来るものだ。

 つまり、ゲオルグがここに入れたのは、ハリファに入れる意思があったからだということになる。

 ゲオルグをこの女性と初めから関わらせるつもりだったのだ。

 もしかしたら、魔石の消耗すらも読んでいたのではないかとすら思ってしまうが、流石にそれはないだろう。

 そう思ってハリファの顔を見ると、その瞳はきらりと輝いていた。

 ……たぶん、ないだろう。


「頼みを受けるも何も、一体どんな頼みなんだ? それを聞かなければ判断できねぇぜ。まさかドレスを着て夜会に出ろなんて言わねぇだろうな?」


 冗談めかしてそう言ったゲオルグに、ハリファは吹きだす。


「いいねぇ! どっかから夜会の招待状が来てたと思うから、そうしよう。もちろん、僕がエスコートしてあげるよ、ゲオルグちゃん?」


「……自分で言っといてなんだが、勘弁してくれ。で、本当の依頼はなんだ? お嬢ちゃん」


 と、顔を女性に向けたゲオルグ。

 女性はハリファとゲオルグのやり取りに唖然としていた表情を改め、自己紹介から始めた。


「え、ええと……流石にお嬢ちゃんという年ではありませんので、まず、私の名前から……カティア・コラールと申します。よろしくお願いします」


「ゲオルグ・カイリ―だ。ゲオルグと呼んでくれ。ジョルジュとは呼ぶなよ?」


 無理に隠したいと思っているわけではないのだが、広めたいと積極的に思っているわけでもない。

 あまり知られると冒険者稼業がしにくくなるので、口止めしておく必要があった。

 流石にハリファが見込んだ女性だということなのか、カティアはゲオルグの言葉に頷いて、


「もちろんです、ゲオルグさん。細工師ジョルジュと言えば……社交界の淑女たちがそれこそ血眼になって探している方です。その正体が明らかになれば……ちょっと想像がつかない混乱がこのアインズニールに訪れることは想像に難くありませんもの」


 そう言った。

 流石にそこまでとは思っていなかったゲオルグは、カティアの言葉に表情が引きつる。

 せいぜい、細工師としての仕事の依頼が増えるくらいだと思っていたのだ。

 しかしカティアはそんなゲオルグの想像に首を振った。


「ゲオルグさん……それは淑女の身に付けるものに対する情熱を軽視していますわ。細工師ジョルジュの作った宝飾品が関わってくるとなると……場合によっては、暗殺者が派遣される可能性もあります」


「……なぜだ……?」


「それはもちろん、先に手に入れた者から奪い取るため、ですわ。数に限りがあるものですから、手に入れるためにはそうするほかないと考える者がいないとは言えません。それくらいに細工師ジョルジュの宝飾品は社交界においてステータスなのです」


 これにゲオルグは驚く。

 自分の細工師としての腕に自信がないわけではない。

 師匠たちと比べるとどうか、とは思うが、それでも一般的な細工師のそれよりはずっと優れている。

 名前もそれなりに知られているのは分かっていたし、売ればいい値がつくことからも需要がかなりあるのもわかってはいた。

 しかし、まさか自分の作ったもの欲しさに暗殺者が暗躍するほどだとは流石に思っていなかった。

 ゲオルグはその鬼のような顔を少し青くして、改めてカティアに頼むように言う。


「……ほんと、ジョルジュってのは黙っておいてくれ」


 それに対し、カティアは、


「私も命は惜しいですから。何があろうと口外は致しません」


 と確約してくれたのだった。


 それからカティアは遠慮がちに言う。


「……ですが、そうなってくるとお願いしづらいのですが、これを、どうにか直してはいただけませんでしょうか」


 と本題についてである。

 カティアがそう言って差し出したのは、一つの古びた武器だった。

 ゲオルグは言う。


「……こいつは、【魔銃】だな?」


 【魔銃】とは、魔術を固定化し、術莢じゅつきょうと呼ばれる弾丸に込めて、それを特殊な魔導回路を通した器具でもって放つ、という設計思想の武器である。

 古代遺跡から出土したのが始まりで、それをまねて新しい魔銃が百年ほど前に再発明された。

 魔術を使うことが出来なくてもこれを使えば魔術師と同じことが可能になるため、開発された当初は持て囃されたのだが、最終的にはそれほど重宝されない武器として、その熱は冷めていった。

 と言うのも、装填出来る魔術に限界があり、初級魔術程度しか弾丸に込めることが出来なかったためだ。

 古代のものはそう言った制限はなかったのだが、それと同じものをどうしても作ることが出来ずに終わってしまった。

 結果として、今では見捨てられた武器に近い。

 全く存在しない、というわけではなく、街や村に一応の護身用に置いてあることは少なくないが、弾丸に魔術を籠めなければならず、それは魔術師しかできないため、実用性が高くないのだ。

 魔術師の魔力節約用に使うことは出来なくはないが、初級魔術しか装填できないというのがそこで効いてくる。

 強力な魔物に対抗するにはいささか力不足なのだ。

 さらに言うなら、銃撃を放つ方向の操作も魔術を放つ場合と比べると難しい。

 そのため新人冒険者くらいにしか使いどころがないが、新人が購入するにはいささかお高いものなのだ。

 結果として、うまく活用がされずに歴史の波間に消えようとしている武器、それこそが【魔銃】である、と言えるだろう。


 そんなものを後生大事に持っている人間は今の時代、少数派なのだが、この女性はその少数派に属するらしかった。

 

「ええ。祖母の形見で……ただ、ついこの間まで、実際に使っていたのです」


 と女性は言う。

 その言葉が意外だったゲオルグは尋ねる。


「今時、魔銃なんて使う奴がいたとは……護身用か?」


 それならまだ、使い出がある。

 若い女性が自らの護身のためにというのであれば、十分に強力な武器だからだ。

 しかし女性は、


「いえ……それは、現代のものではなく、古代のものですから。護身用としてでなくとも使えますわ。私は主に、仕事でそれを使っておりました」


 言われて、ゲオルグは改めて魔銃を見た。

 確かに、素材からして最近のものとは異なる。

 懐から、内部の回路を見るために片眼鏡モノクルを取り出して見てみると、その複雑さは現代のものとは雲泥の差だった。

 確かに、これを直すのは相当に困難だ。

 それを一目で分かってしまったハリファは特殊な目をしていて、こういった魔道具の回路を特別な道具なくしてみることが出来てしまうからだ。

 ゲオルグには流石にそれは出来ない。

 ただ、その割に、ハリファは手先はあまり器用ではなく、細工師としては三流もいいところだ。

 特別な才能があるのだから、修行すればものになりそうだと思うのだが、ハリファは自分には向いていないとそれで満足している。

 まぁ、ハリファは細工師としてより、商売人として魔道具を仕入れる方がよほどうまいので、自分の向き不向きをよくわかっているとも言える。


「仕事で……ね。あんた、何者なんだ?」


 別に警戒したわけではなく、単純に気になったゲオルグである。

 女性もまた、なんでもないことのように答えた。


「あぁ、職業ですか? 普段は王都で冒険者をしておりますわ。今こちらにいるのは、亜竜の被害が出ているということでアインズニール冒険者組合ギルドから呼ばれまして」


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