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噛ませ犬な中年冒険者は今日も頑張って生きてます。  作者: 丘/丘野 優


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第11話 ゲオルグの食事

「ここの食事は誰が作るんだ?」


 ゲオルグがそう尋ねる。

 何度となくここに来ているゲオルグであるが、それはすべて寄付のためであった。

 しかも必ず子供も寝静まる夜中のことであり、そのため、食事をここで取ったことなど一度もない。

 必然、誰が食事を作って提供しているかなど、知りようがなかった。

 もちろん、専属料理人などいるはずがなく、孤児院の誰かが作っているのだろうが……。

 これにはセシルが答えた。


「いつもは孤児院の子供たちの中でも年長者が手分けして作っているな。孤児院の台所事情的にあまり高い材料は買えないから、嵩を稼げるものになることが多いが」


 と世知辛いことを言う。

 ゲオルグがいくら寄付しているとはいっても、全額この孤児院に使われているわけではない。

 他の街や村にも孤児院はあるし、あの修道女はそういうところ、しっかりとやる人だ。

 教会の孤児院運営事業は、地域ごとに分けられた教区ごとに行われているため、寄付もその教区内で得たものは教区全体で平等に分けられることになると聞く。

 その結果としてこの孤児院の取り分はそれほど多くなくなっているのだろう。

 けれど、それでも、他の地域の孤児院と比べれば、恵まれた方だ。

 少なくとも飢えることはないし、子供たちが身に付けているものを見ても、継ぎはぎは目立つが、どうしようもない襤褸切れというわけではないのだから。


「……ん? いつもはってことは、今日は違うのか」


 セシルの台詞をよくよく考えてみると、そういうことになる。

 これにはアーサーが、


「今日はセシルが作るんだってさ。冒険者になって、依頼で忙しくなってきたから、たまに時間があるときくらいは作ってやりたいとかで」


「ほう。料理が出来るのか」


 とても出来そうには見えない、とまでは言わないが、雰囲気からして、さばさばしているタイプの人間に見える。

 言葉遣いも男寄りであり、職業も色々ある中でわざわざ腕っぷし勝負の冒険者を選ぶあたり、料理などからっきし、という感じなのかと勝手に思っていた。

 これにセシルは心外そうな顔をして、


「私だって女の端くれだぞ。そもそも、この孤児院で生まれ育ったと言っただろう? 料理当番に例外などないんだ。飛び抜けてうまいわけじゃないが、それなりに出来る」


 と主張した。

 ゲオルグは、


「悪いな。別に馬鹿にしたかったわけじゃねえんだ。さっき、ここの管理人の修道女が教会に行くって言ってたからよ。誰も料理する人間がいないなら、俺がやろうかと思ったんだ」


 と、思ったことを正直に言う。

 すると、アーサーもセシルも目を見開いて、


「……あんた、料理できるのか? その顔で?」


「アーサー、顔は関係ないだろう。しかし、恐ろしく意外なのは確かだ……。冒険者ゲオルグは生肉を好むという噂なら聞いたことはあるが……?」


 とそれこそ心外なことを言われた。

 セシルが言う生肉がどうこうは、まぁ、必ずしも間違いではなく、狩ったばかりの新鮮な、寄生虫も見られない獲物の内臓なら普通に生で食べることもある。

 そして、血だらけで狩ったばかりの獲物の生肉を食べているゲオルグ――そういう場面を目撃された結果、言われるようになった話だ。

 あれはあれでうまいんだがな、と思うゲオルグだが、もちろん常識はある。

 街中で生肉を食え、うまいから、とはすすめられないのは分かっていた。


「子供に生肉なんて食わせたりはしねぇよ。そもそも、あれはよほど新鮮じゃないと無理だからな」


 それに、内臓なんかに寄生虫がいるかいないかは、特殊な魔術で見分けなければ難しい。

 この世に魔術師は多くいるが、得物の内臓に寄生虫がいるかどうか見分ける魔術、などというニッチなものを収めている魔術師など、滅多にいない。

 通常の狩人はそこまで魔術に造詣が深くないし、本職の魔術師はそんな魔術に興味を抱かないためだ。

 しかしゲオルグは、食に対する追求のために、料理関係の魔術は貪欲に学んできた。

 それだけで一冊の本が書けそうなくらいに。

 いずれ引退したら、書いてみようかなと思っているくらいだが、そんな冒険者はかなり珍しいのは間違いない。


 そんなゲオルグの言葉に、セシルは、


「……やはり食べるのか。狩人ですら生は怖いと言っていたが、貴方くらいになると覚悟が違うのだな……」


 としみじみ言っている。

 別に覚悟ではなく、身に付けた技術によって安心感があるからに過ぎないのだが、今それを説明してもしょうがない。

 

「まぁな」


 と頷いておいた。

 それから、セシルは、


「……まぁ、生肉についてはいい。それよりも、本当に料理できるのか?」


 と尋ねてきたので、ゲオルグは、


「あぁ。一通り出来るぜ。護衛依頼なんかで他の奴らと一緒になるときは、俺が振る舞ったりすることも多いからな。獲物は各自、狩ってきてもらうわけだが」


 そういうときは、大雑把に見える料理を作ることが多い。

 ごった煮とか、丸焼きとか。

 しかし、実際にはゲオルグの繊細な技術が使われているのだ。

 ごった煮に見えるそれには、ゲオルグの手持ちの数多くの香辛料や調味料が絶妙な加減で入れられていたり、丸焼きにしても中に香草を詰めたり皮に軽く蜂蜜を塗っておいたりなど、芸が細かい。

 けれど、冒険者たちはどちらかと言えば皆、性格がアバウトで、そういう手間がかかっているということにはまず、気づかない。

 ただ、


「……今日はいつもより格段に美味いな? 運がいいぜ」とか「たまにこういう風に焼けることってあるよなぁ……うめぇうめぇ」と言った評価しかしない。


 偶然、作り上げられた美味さだと思っているのだ。

 よくよく考えてみれば、ゲオルグがいるときだけ、そういうことが起こっていて、しかもその確率はほぼ百パーセントだということに思いを馳せれば、なぜそれほどに美味いのか、分かりそうなものだが、そもそもゲオルグがソロでない依頼を受けること自体、稀なため、やはり誰も気づかない。

 例によって、レインズだけは気づいていて、美味い酒の肴がほしい、というときはゲオルグの家の扉を叩いて料理を作れと言ってくるくらいだ。

 遠慮がまるでない男だが、だからこそ、楽に付き合える。

 レインズは、ゲオルグにとって、親友と言っていい男だった。


 そんなゲオルグに、セシルは少し考えて、言う。


「……そうだな、では、手伝ってもらおうか」


「いいのか? 邪魔すると悪いから、遠慮してもいいんだが」


 ゲオルグがそう言えば、セシルは、


「いや、貴方の料理にも興味があるしな。分担すればそれだけ早いし、孤児院の子供たちは食べ盛りだ。作る大半は簡単な料理とは言え、量を作るのは一人では手間なのだ」


 そう言ったので、ゲオルグは喜んで手伝わせてもらうことにした。

 アーサーはそんなゲオルグを見て、


「……おっさんの手料理か。ぞっとするな……」


 そんなことを呟いていた。


 ◇◆◇◆◇


「神よ、今日もまた、我々に食事をお与えくださったことを感謝します……では、いただきましょう、みなさん」


「いただきます!」


 静かな祈りの言葉のあと、孤児院の食堂に、子供たちのそんな声が響いた。

 長テーブルに全員がつき、夕食が所狭しと置かれている。

 一番上座に、この孤児院の最高責任者である修道女カタリナが座り、その横にセシルとアーサー、それにゲオルグ、という席次で座っていた。

 子供たちは恐ろしい勢いで大皿から自分の皿に食べ物を移していき、自分の口の中に放り込むように入れていく。

 もっと咀嚼したらどうか、と思わずにはいられない光景である。


「……のどに詰まらせねぇのか、こいつら」


 ゲオルグがつい、そんなことを言うと、子供たちとは対照的に静かにゆっくりと食べているカタリナが笑って言う。


「成長期ですからね。仕方ありませんよ。それにゲオルグ、今日の献立は貴方の手によるものと聞きましたよ。いつもより豪華に見えるだけに、子供たちも自分の分を確保しようと必死なのでしょう……あら、この香草焼き、美味しいわ」


 話しながら口に運んだ鳥の香草焼きが口にあったらしい。

 カタリナは顔を綻ばせて幸せそうな顔をした。


「自分でそれなりというからそこそこの腕前なのだろうと思っていたが……貴方は店を出せるだろう。それも繁盛店になるほどだぞ。美味い」


 セシルもそう言い、さらにアーサーも、


「……正直、おっさんの料理なんてって思ってたけど、セシルのよりずっと美味い……あたっ!?」


 途中でセシルが隣に座るアーサーの頭にげんこつを落とす。

 この二人が一体どういう関係なのかはよくわからないところだが、仲が良さそうで何よりであった。

 

「……婆さん、今日は来てよかったぜ」


 ゲオルグが、食堂全体を見渡しながらそう言う。

 ここにはあたたかな雰囲気が満ちていた。

 それがカタリナの手腕によるものなのか、子供たちの性格が良いからなのかはわからない。

 ただ、ここがいい孤児院なのは疑いようがなかった。


 ゲオルグの言葉に、カタリナは優しく微笑んで、


「そう。そう思うのなら、いつでも来なさいな。ここにいるみんなの笑顔は、貴方が作ったものでもあるのですからね、ゲオルグ」


「……俺は気が向いた時に金を出してるだけだ。無責任な野郎だぜ、本当によ。ここにいるやつらの笑顔を作ってるのは、金じゃなくて、あんたや、セシルたちみたいな奴らさ」


 本当にそう思って言った。

 人の幸せは、金では買えない。

 一人一人が努力して、初めて手に入るもので、その努力をしているのはゲオルグではない。

 カタリナたちや、子供たちに他ならない。


 しかし、カタリナは、


「そうやって自分を卑下するのはおやめなさいな、ゲオルグ。お金のこともそうですけど、この街の平和を冒険者として守っているのも貴方なのですから。それに今日は……こんなに美味しい食事まで作ってくれました。貴方はすでに、お金を出しているだけの人ではないのですよ」


 と言ってくれた。

 ありがたい話だ。

 もともと、この孤児院にこんな風にかかわる資格を、ゲオルグは持たない。

 それなのに、カタリナは昔からゲオルグの我儘に付き合い、良くしてくれるのだ。

 少し目頭が熱くなるが、まさか泣くわけにも行かず、無理に涙腺を閉じて、ただカタリナに礼を言った。


「……へっ。ありがとうよ。気が向いたら、また来るぜ」


「ええ。その方がみんなも喜びますよ。特に、トリスタンは」


 と、言ったので、ゲオルグは首を傾げる。


「あのガキか。なんだか子供にしては珍しく、最初から妙に俺に好意的だったな……」


 そんなゲオルグに、カタリナは、


「あら? 聞いていないのですか?」


「何をだ」


 ゲオルグの言葉に、カタリナは声を潜めて言う。


「……トリスタンは、貴方が亜竜を倒したときに発見した冒険者の子供ですよ。両親を二人ともそのときに失ったのです。だから、ここに……」


 それは、初めて聞く話だった。

 あのときに命を落とした冒険者は数人いて、全員の組合員証を探し、冒険者組合ギルドに提出したが、確かに言われてみると夫婦がいた記憶がある。

 剣士と魔術師だった。

 まさか、子供がいたとは……。

 後処理はすべて冒険者組合ギルドが行ったし、冒険者たちの詳細も特に尋ねることは無かったから知らなかったのだ。

 そういうことなら、もっと詳しく聞いておけばよかった、と後悔するゲオルグ。

 もしかしたら、何か出来たかもしれない……。

 そう思ったのだ。


 しかしそんなゲオルグの表情から何かを読んだらしいカタリナは、


「……ゲオルグ。貴方が気に病むことではありませんよ。冒険者はそういうものですし、トリスタンもたくましく生きているのですから。いずれ冒険者になる、とそのために勉強もしているようですし……」


 親が命を奪われた職業を目指す。

 そこにどれだけの想いがあるのかは、ゲオルグにはわからない。

 ただ、相当な葛藤を乗り越えた上でのことだろうとは想像がつく。


「……強い、奴だな」


 ゲオルグがそう言うと。カタリナは頷いた。


「ええ。ですから、あの子はきっと大丈夫なのです」


 そう言ったカタリナに、ゲオルグは深く頷いて、同意を示した。


 きっと、あいつはいつか亜竜を倒すのだろう。


 そう、思って。


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