猫
「お前のこと、好きなんだ。そういう冷めたとこも好きだ。でも、俺はもっとお前の笑顔が見たい。俺じゃだめ?」
いきなり、告白された。同じクラスで、いつも絡んでくるやつだった。
「ごめん。私は好きじゃない。じゃあ」
私のことなんにも知らないくせに、どうして好きになれるんだろう。私には親がいない。10年前、私を置いて出て行った。私はその後、親戚に引き取られ、中学を卒業するまであの家で過ごした。私はあの家が好きではなかった。たまたま子供が居なかっただけで、親に捨てられた子なんて引き取りたいわけがない。私はいい子にした。なんでも言うことを聞いたし、親の話もしなかった。その代り一つだけお願いをした。高校に入学したら一人暮らしをさせて欲しいと言ったらすんなりさせてくれた。これでやっと一人になれる、そう思った。
「栞。一緒に帰ろう」
話しかけてきたのは友達のマナだった。私の唯一の友達だ。
「さっき、告白されてたよね。どうだった?」
マナには隠し事はできない。
「断ったよ。好きじゃないって」
私は恋愛になんて興味がない。そんなのは、幸せな人たちのすることだ。
「ひどいなぁ、そこまで言わなくても。栞のクールビューティな感じあたしも好きなんだけどなぁ。」
「もう、いいって。仕事あるから。じゃね」
私は足早に家に帰り、仕事に行くため化粧を始めた。私はキャバクラで働いている。理由は簡単、手っ取り早くお金が稼げるからだ。私にとって、大切なものはなにもなかった。いつも通りお客の機嫌とって仕事した。帰り道、猫を見つけた。段ボール箱に入れられて、空になった缶詰が一つ、置いてあった。
「お前も捨てられたの」
猫を撫でていると、なんだか無性にさみしくなった。私は猫を抱きかかえて、そのまま家に連れて帰った。猫はずっと、大人しかった。私は猫に寝床とトイレを作り寝た。
次の日の朝、私はいつものように洗面台まで行こうと起き上がって立とうとした。しかし、できない。なぜだか、四本足でしか立てないのだ。自分の体を見て驚いた。なんと私は猫になつていたのだ。なんてことだ。とにかく私は、起きたばかりでおなかが空いていた。しかし、その短い前足では冷蔵庫は開けられない。仕方なく、外に出ることにした。幸い部屋は一階だったので、ベランダから外に出た。知ってる道をふらふら歩いていると、いつのまにか近所のスーパーについた。私はでてきたお客さんからなにか食べ物をもらおうと、座って待っていた。しばらく待っていたら、この近くに住む私を引き取った叔母さんが出てきた。なんとなく眺めていると、目が合ってしまった。私が捨てられた猫だと思ったのか、近づいてきた。
「あなた、野良猫ちゃん?お腹空いてるの?」
そう言って、買い物袋の中からシーチキンを一缶取り出した。蓋を開けて私の目の前に置くと、頭を撫でた。頭を撫でられた記憶なんてない私は、優しい手つきに胸が苦しくなった。そして目の前の食料に飛びついた。猫には少ししょっぱいシーチキンだが、腹ペコの私には関係なかった。叔母さんは、がつがつと食べる私を見ながら微笑んでいた。こんなに近くで叔母さんの顔を見たのはいつぶりだろう。家ではいつも部屋で過ごしていたし会話することもあまりなかった。久しぶりに見た叔母さんの顔には、深いしわがいくつも刻み込まれていた。
「すごくお腹空いてたのね、あっという間になくなっちゃった。のど乾いたでしょう。お水あげるから、おいで」
塩分たっぷりのシーチキンのおかげで、お腹は満たされたがものすごく水が飲みたかった。叔母さんは立ち上がり、ゆっくり歩きだした。背に腹は代えられない。私も後を追った。家に着くと、懐かしい雰囲気がした。家具も部屋も、私がいた時のまんまだ。大人しく座って待っていると、水の入ったお皿が置かれた。私はそれも、あっという間に飲み干した。お腹がいっぱいになったことで、眠くなってきた。そんな私を見て、叔母さんが毛布を持ってきて、寝床を作ってくれた。私はその中で意識を手放した。目が覚めた時にはもう夕方で、叔父さんも帰宅していた。
「あら、野良猫ちゃん起きたのね。ねぇ見て、あなた。今日スーパーの前でこの子拾ったの。なんだか栞ちゃんに似てない?栞ちゃん最近顔見てないけど、元気でやってるのかしらね」
叔母さんは私をひざにのせて、ずっと撫でてくれていた。
「栞ちゃんはね、両親がいなくなってしまって、私たちが引き取ったの。あの頃の栞ちゃんはね、ぜんぜん話してくれなくて、私たちのこともずっと警戒してたんだと思うわ。でもね、私たち二人でちゃんと育てていこうって決めたの。栞ちゃん、なんにも欲しがらないしなんにもしたいって言わなかったの。だけど、一つだけ、自分でしたいって言ったことがあるの。高校からは、一人暮らししたいって。私たちが栞ちゃんがいることで迷惑してるって思ってたのかしらね。そんなことぜんぜんないのに。むしろ、さみしかったのよ。でも、栞ちゃんが望んだことは叶えてあげたかった。ちゃんとご飯食べてるかしら。風邪とか引いてなかったらいいけど。」
叔母さんは、ずっと私の話をしていた。まるで、私が大事みたいに。私は、自分がなんにも見えていなかったことに気が付いた。私はちゃんと愛されていた。私は泣きたくなって、苦しくなって、叔母さんの家を飛び出した。自分の部屋まで走って帰って、泣いた。猫だから、泣けているのか分からなかったけど、感情のあふれるままに泣いた。
気付いたら、朝になっていた。泣き疲れて寝てしまったんだ。ふと、起き上がれることに気付いた。二本足で立てる。私は人間に戻っていた。気付いたら、足は叔母さんの家に向かっていた。
「叔母さん、叔父さん。ただいま。」
突然帰ってきた私に、二人は驚きながらも歓迎してくれた。
「栞ちゃん。おかえり。どうしたの?びっくりした」
「叔母さん、叔父さん、いままで育ててくれてありがとう。私、なんにも気付いてなかった。二人がちゃんと私を愛してくれていたことも。ごめんなさい。これからは、一緒に仲良く暮らしたい」
こうして、私は二人とちゃんと家族になれた。きっと私が拾ったあの猫は、私と叔父さん叔母さんをつなぐために私の前に現れたんだと思う。あの猫のおかげで、これからは家族三人幸せに暮らせる気がする。ありがとう。