図書館まで100m
「うぁぁぁぁ!」
突然、飛び起きてしまった。呼吸も荒いし心臓の拍動は激しいし滝のような汗をかいている。
まるで一キロを全速力で駆け抜けたみたいだ。そこで時計を見遣る。
「くそ、まだ午前二時じゃねぇか。三時間しか寝てねーよ」
仕方ないので水を飲んでから寝直すか。最近こんなんばっかだ。
*
「なんだまた寝不足か、マイフレンドシュンゼイ。いい心療内科、紹介しようか?」
「いらねーよ。つーか『しゅんぜい』じゃない。『としなり』だ」
時間は昼、場所は学食。つまり有象無象に混じって昼食中だ。
「まあまあ、固いこと言いなさんな。俺とお前の仲じゃないか」
「ならそのにへらにへらした面をどうにかしてこい。蹴り飛ばしたくなる」
「またまたー。つれないこと言っちゃってー。このこのー」
「…」
「ちょっ、ちょい待て!フォークを目に突き刺そうとするな!オーケイホーケイボーケイ、俺が悪かった!」
「当たり前だ」
「ま、まあ落ち着け。それより、例の夢の話だ」
ち、話を反らしやがった。…まあいい。
「かくかくしかじかで…」
*
「成程。つまりここ一カ月くらい毎晩同じ夢を見ている、と」
「ああそうだ。しかも段々鮮明になっている」
「しかしまあ、なんとも複雑だな。黒髪ストレートの和服美人が死ぬなんてよ。しかも自分の腕の中で。」
「お陰で寝不足だ。講義もバイトも集中できん」
昼食後、腹ごなしにキャンパス脇の桜並木を散歩してみる。不本意ながら藤孝のアホも一緒だ。
「んで、お前はその美人から『そうじろう』と呼ばれてたってか。お前は美人を『さくや』と呼んでいた」
「ああそうだ。相違ない」
「ふーん。難儀なこったねぇ」
「バカにしてんのかコラ」
「おいこらふざけコラ半島。まあまあ、んなことより聞いたか?国文学科の佐保、また我が大学が誇るイケメン君を振ったらしいぞ」
「佐保?佐保って同じ三年の佐保遥か?」
「ああ。非モテの俺達からしたら胸のすく思いだぜ」
「お前のイケメン嫌いは相当だな。しかし俺まで混ぜるな」
「全く自分に素直になれよなー。俺も付き合うならあんな別嬪さんがいいわー」
「無理だな。生まれ出づるところからやり直せ」
「ああ、ぼくちん傷付いた!シュンゼイがいぢめるー」
藤孝にはかなりイラッとしたが、なんとか抑える。眠いな。図書館行こう。
「どこ行くのよシュンゼイ?」
「眠い。図書館」
「ほう。じゃ途中まで付いてくわ」
二人揃ってキャンパスに戻る。…次の講義棟を左に曲がれば図書館だ。と、その時。
「あが」
角のところで出会い頭に人とぶつかってしまった。相手の女性は尻餅をついてしまったようだ。
「すみません。だいじょ…」
「どこ見てんのよ!痛いじゃ、な…い……」
同時に互いを見遣り、同時に言葉を紡ぎ、同時に言葉を失った。
「大丈夫、遥?」
「どうしたんだ、シュンゼイ?」
互いの連れが声を掛けてきたが、それどころじゃない。
思い出した。全てを。
仕えていたこと、落城したこと、互いに惹かれ合っていたこと、彼女の最期。
ようやく繋がった。そして一歩踏み出してみる。
「大丈夫ですか?」
そう言って、手を差しのべる。
「ええ」
彼女は手をとって立ち上がる。そしてスカートを少し払う。
「俺は史学科三年、龍田俊成」
「私は国文学科三年の佐保遥」