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追いかけ(Hunt down)

キーワードは角っ子とセカイ系である、灰鉄杯参加小説です。一番気を使ったのは「どうやって灰さんを虐めるのか」と「絶対<この世界を出よう>と言わない事」でした。それは達成したはずなんから満足。


日本語から小説を書くのは初めてで、その辺に理解を求めます。

昔々大昔。まだ世界がスッポン様の上に存在した頃、山の奥に若い巫女さんが住んでいました。巫女さんは普通の女の子でしたけど、他の人とは違う、特別な所が一つありました。角です。巫女さんの額の上には、角が一本生えていました。


まるで釣り針を半分思いっきり分けてるような、緩やかな曲線を描いている、優雅で綺麗な角でした。いつも小さい木の前でその角を一所懸命手入れして、その角でスッポン様の囁きを感じて、これからの様相を覚える事が、巫女さんの毎日でした。


庭の小さい木の前で、角を小さなナイフで削る姿は、まるで誰かに祈るような、そして誰かを待っているような、どこか寂しい姿でした。正式に巫女さんになった十六歳以来、時には面倒を見てくれる町人が、時にはスッポン様の様相を聞きたい王様のため働いている獅子が、巫女さんの小さな家を訪れたんですが、それ以外に特別な事はありませんでした。


* * *


その冬の夜も、いつものように巫女さんは小さいナイフを手にして、角を手入れしていました。カサカサ。カサカサ。角を削る音と、雪が降ってくる音だけが、巫女さんの小さい家の小さい庭に響くだけでした。なのに、その平和を潰す音が突然響きました。コンコン。コンコン。巫女さんの家に、誰かが来ました。


「おい、ユーナ。ユーナ。開けてくれ」


コンコン。コンコン。自分の名前を聞いた巫女さんはナイフを小さい木のそばに置いて、点火を手にして、扉の向へ聴きました


「誰ですか」

「ユーナ、僕だ、もう忘れたのか」

「こんなよるに一体誰ですか」

「俺は俺だ。他に誰がいるもんか」


巫女さんは少しだけ、ほんの少しだけ扉を開けてみました。そこには大きく黒い銃砲を持った、紙のように白い男がありました。白い男は、長い間日を見ていないか、暗い暗い夜でも白い顔をしていました。かっと言って、白い男は学者のような人ではありませんでした。その背も高く、がっしりとした肩と、顔に出来ている何個の傷は、白い男が険しい生活をしてきたのを示すようでした。開けた扉の小さい間を透かして白い男は巫女さんにその傷だらけの顔で笑って見せました。巫女さんは驚いて問いました。


「お兄さま? イーガお兄さま?」

「そうだ。僕はイーガだ、さあ、その扉を開けてくれ」


短い間、巫女さんが錠前を外して扉を開けました。そして白い男の胸に飛び込みました。白い男は巫女さんを抱きしめようとしたんですが、手に持っている銃砲のせいでやめました。巫女さんは嬉しいように話しました。


「今度は長かったんですね!ユーナ、寂しかったんですよ」

「ごめんごめん」


困ったような白い男。巫女さんがにこりと微笑んで見せました。巫女さんの角に刺されないように、白い男は巫女さんをそっとせり出しました。巫女さんは点火を前にして、部屋に戻ろうとしました。その時、巫女さんは何か思い出したように聞きました。


「でも、お兄さま、鍵を与えてくれたんじゃなかったんですか」

「確かにもらった覚えはあるが」


白い男は着るものにある懐を裏返して全部見せました。そこには何もなかったんです。どこに置いたのかは全然覚えてないんだ、と白い男は言いました。もう、これだから心配ですよ、と巫女さんが返しました。巫女さんは先立て歩き始めました。白い男はその後ろを追いかけました。巫女さんは背が白い男より低いせいで、その脳天が白い男の目に入りました。黒く長く伸びている髪。それに合わせてちょっとだけ見える角。白い男の同じく白い肌をした首。そこから続く小さい肩。その小さい肩は、巫女さんが 呼吸するたびに上がったり下がったりしていました。白い男はその後ろ姿をずっと見ながら、いつの間にか庭を歩いて、家にはいろうとしたんですが。そこで、突然巫女さんが振り向いてみました。白い男はそのまま突っ立ちました。まるで悪い事がばれたように。その白い男をみて、巫女さんが言いました。


「お帰りなさい、お兄さま。」

「あ、ああ。ただいま」

「変なお兄さま」


そう笑いながら、巫女さんは白い男を小さい家の中に誘いました。巫女さんの手を握って、白い男は家に上がりました。その夜、白い男は眠れなかったんです。巫女さんがしつこく白い男が家に戻る前に何をしてたのか訊ねて来たんだからです。白い男は昔からいい腕の猟人でした。その噂を聞いた王様は、ちょうど三年前から白い男を雇い、王様のための魔物を狩ることを命じました。白い男は命令がある時には家を出て魔物を追いかけました。その期間は誰も知らず、頭が三本もある狼を狩ってた時には三ヶ月も家に帰ってこなかったんです。そして帰ってくる度に白い男は巫女さんに狩りのことを教えてくれました。でも、この夜にはちょっと違いました。白い男は今度は何をやってたのか、話してくれようとしなかったんです。「それは王様と俺の間の秘密だ」と言いながら。その夜の後にも、何度か巫女さんは白い男が何をしてたのか聞こうとしてたんですが、白いお男は黙っていたままでした。


白い男はいつものような優しい白い男だったけど、それでもどこかおかしいところがありました。白い男はなぜか3年前のことばっかり覚えていたのです。例えば、巫女さんと別れた日に一緒に手植えた小さい木にも、「これはいつ出来たんだ」と聞いたり、一年前になくなったわんちゃんを探したりしたのです。


それに、普通の時なら部屋にいる日が多いはずなのに、白い男は毎日山奥に狩りに行くと言い、朝早く家を出て夜遅く家に帰りました。巫女さんの胸がなぜかどきどきしました。


* * *


時は流れ、春の初の満月の日になりました。その朝には、巫女さんは普通の時より角の手入れを早く終えて、家の扉を開けて、庭の掃除をしていました。そうです、今日は王様の獅子がやって来る日なんです。獅子はいつもならたてがみを威張って歩いてきます。なぜなら、獅子は王様のお使いだからなんです。獅子は王様の代わりに王様の威厳を見せなきゃダメでした。だから、ゆっくり歩いて街に来て、様子を聞いて、帰っていくのです。でもその日は、ちょっと違いました。あげていた扉に、獅子が走って来たのです。獅子は喘ぎながら巫女さんに問いました。


「猟人はどこだ」

「猟人って、イーガお兄さまのことでしょうか」

「そうだ、そいつのことだ」

「お兄さまなら山奥に狩りに行きました」

「そうか、ありがとう」


そう言って獅子は走り出しました。巫女さんが掃除を終え、お茶を淹れ、夕暮になる頃になってまでも獅子は現れなかったのです。夜になって巫女さんが扉を閉じようとした頃、獅子がまた現れました。獅子は脚に小さな怪我をしていました。それを見て驚いた巫女さんが問いました。


「どんな事があったんですか」

「あいつは戻って来なかったか」

「そうなんでしょうけど、今日は遅くなりそうですね」

「あいつが見えたから追いかけたら、罠に捕まってた」

「あら大変。怪我は… 」

「どうでもいい。あいつに俺が探したと言っておけ」

「うちに住まっていくのはどうでしょうか」

「王様の用事はここだけじゃないんだ。来月この日にまたくるから」


そうやって獅子は走って去りました。巫女さんは「あらら、スッポン様の様子は」とつぶやいたんですが、それを聞いた人は誰も居ませんでした。白い男は次の朝になって帰って来ました。白い男はウサギ三匹を手にしていました。白い男は朝ごはんに巫女さんが大好きなウサギ焼きをしました。巫女さんは喜んできゅっと白い男を抱いていました。食事の時、巫女さんが獅子の話をすると、白い男は「そうか」、と言って他には何も言わなかったんでした。巫女さんはちょっと変だなと思いました。


* * *


時は流れ、満月の日がやってきました。その朝には、巫女さんは普通の時より角の手入れを早く終えて、家の扉を開けて、庭の掃除をしていました。あげていた扉に、獅子が走って来ました。獅子は喘ぎながら巫女さんに問いました。


「猟人はどこだ」

「猟人って、イーガお兄さまのことでしょうか」

「そうだ、そいつのことだ」

「お兄さまなら山奥に狩りに行きました」

「そうか、ありがとう」


そう言って獅子は走り出しました。巫女さんが掃除を終え、お茶を淹れ、夕暮になる頃になってまでも獅子は現れなかったのです。夜になって巫女さんが扉を閉じようとした頃、獅子がまた現れました。獅子はそのたてがみがドロドロになっていました。それを見て驚いた巫女さんが問いました。


「どんな事があったんですか」

「あいつは戻って来なかったか」

「そうなんでしょうけど、今日も遅くなりそうですね」

「あいつ、崖のうえで何か見てたんだよ。それで走りだしたらこうなった」

「あら大変。怪我は… 」

「見りゃわかるだろう。あいつに俺が探したと言っておけ」

「うちに住まっていくのはどうでしょうか」

「王様の用事はここだけじゃないんだ。来月この日にまたくるから」


そうやって獅子は走って去りきました。巫女さんは「あらら、スッポン様の様子は」とつぶやいたんですが、それを聞いた人は誰も居ませんでした。白い男は次の朝になって帰って来ました。白い男はキジ二匹を手にしていました。白い男は朝ごはんに巫女さんが大好きなキジスープをしました。巫女さんは喜んできゅっと白い男を抱いていました。食事の時、巫女さんが獅子の話をすると、白い男は「そうか」、と言って他には何も言わなかったんでした。巫女さんは不安になりました。


* * *


時は流れ、満月の日がやってきました。その朝には、巫女さんは普通の時より角の手入れを早く終えて、庭の掃除をしていました。あげていた扉に、獅子が走って来ました。獅子は喘ぎながら巫女さんに問いました。


「猟人はまた山奥か」

「猟人って、イーガお兄さまの… あ、はい、そうなんです」

「あのやろう」


そう言って獅子は走り出しました。巫女さんが掃除を終え、お茶を淹れ、夕暮になる頃になってまでも獅子は現れなかったのです。夜になって巫女さんが扉を閉じようとした頃、獅子がまた現れました。獅子は体から血を流していました。それを見て驚いた巫女さんが問いました。


「どんな事があったんですか」

「あいつが、この俺を、王様の使いである俺を殺そうとしてたんだ!」

「それは誤解です」


獅子の後ろに白い男が現れました。白い男は手に大きな銃砲を持っていました。それを見た獅子はもっと大きな声で叫びました。


「その銃砲だ!その銃砲で俺を撃ったんだろう!」

「そうですけど、いや、違います、これにはわけがあって」

「うるさい。王様とした取引を忘れたのか」

「その取引は、王様とイーガお兄様の間の秘密ですか」


巫女さんがそう訊ねると、獅子と白い男はいきなり口を閉じました。巫女さんはもう何が何か分かりなくなりました。でも巫女さんが困っているままで悩む暇などありませんでした。獅子が大きな声で唸ってたからです。


「おめえ、まさか取引のことを」

「違う、言ってない」


白い男がそう言っても、もう聞くことはない、という風に獅子は歯を剥きました。仕方なく、白い男もゆっくりと銃砲を上げました。大きく、黒い銃砲が光り、白い男と獅子はまるで踊りを踊るように、お互いをみながら回り始めました。お互いの睨む視線の真ん中に立っていた巫女さんは叫びました。


「みんなやめなさい」


誰も答えませんでした。


「ちゃんと話をしましょう。誰も死ぬ必要はないでしょう」


獅子が妙な踊りをするまま、答えました。


「違うんだ、お嬢さん。誰も話す必要がないんだ」

「そんな、お兄さまもそう思いますか」


白い男も何も言っていませんでした。


「莫迦!男はみんな莫迦だよ!」


そう言って巫女さんは座ってしまいました。巫女さんが泣き出すような瞬間、巫女さんの角が、巫女さん自身だけに分かるようにすごく小さく揺らぎ始めました。囁きでした。スッポン様の囁きでした。巫女さんが急に立ち上がって、獅子と白い男が踊りを止まりました。


「お嬢さん、気持ちは分かるがいい加減」

「王の物よ、聞きなさい」


その瞬間、獅子も白い男も表情が変わりました。獅子は歯と爪を隠し巫女さんの方に顔を向けました。白い男もそうしました。


「もうすぐスッポン様が潜ります。多分次の満月までです。その日まで皆待避しなきゃ」

「でも今までそんな話は一言も」

「スッポン様の事を聞くのは忘れたのはあなたでしょう」


と、今度は巫女さんが獅子を睨みました。獅子はそれでも確信がないようだったんですが、巫女さんの言う通りだったので黙りました。白い男ももう銃砲を下げました。そういう白い男を見て、獅子が言いました。


「王様の用事はお前だけじゃないんだ。でも忘れるな。お前も王様のお使いで過ぎないことを」


そうやって獅子は走って去りきました。巫女さんは「スッポン様のお陰ですね、よかった」とつぶやいたんですが、それを聞いた白い男はただ銃砲をみながら、「そうか」、と言って他には何も言わなかったんでした。巫女さんはもう何も言わなくなりました。


* * *


時は流れ、もはや夏になりました。明日は、夏の初の満月の日です。まるで巫女さんの言った事が嘘じゃないことを証明するように、山の下には水が上がって来て、もう町がなくなった人も出てきました。巫女さんの家も山にはあるんですが、もっと深いところにある待避場に行くのが安全なはずです。巫女さんが分かるのはスッポン様がもうすぐ潜るかどうかであって、どんなに深く潜るのかは分からないんだからです。それは、多分、スッポン様だけ知っていることでしょう。それに多分これから外では獲物がすくなくなるはずです。


巫女さんの家にあるのは、少ない所帯道具と白い男の狩り道具ぐらいなんですが、それでもいくつかの包みになって二人で持っていくことになりました。でもこの日も、もう昼ごはんの時間が過ぎたのにも関わらず、狩りをしに行った山奥に入った白い男は帰ってきませんでした。日が長い夏ですが、それでも一刻も早く待避した方が良いのは違いません。そう思った巫女さんは、最後に家を回してちゃんと準備を終わりにしようと思いました。


庭にある小さい木は、それでも木であることで、夏になって緑色を放っていました。セミの鳴き声と涼しし風。巫女さんは、その光景に取り巻かれているこの家が、結構懐かしく感じるようになりました。もう別れの時間が近づいてきたせいでしょう。巫女さんはまず一番大切な台所を回しました。もうそこには何もいませんでした。次に巫女さんは自分の部屋を回りました。もうそこにも何もいませんでした。そして巫女さんは白い男の部屋に入ることにしました。


白い男の部屋にも何もいませんでした。夏の日差しに踊る小さい土煙以外に何もいませんでした。でも、巫女さんには、それがどこか変なような気はしました。その小さい土煙が落ちるまで手を伸びて、巫女さんは待ちました。巫女さんは自分の手にある小さいものが何か覗き込みました。舌を伸びて味わいもしました。それは、土じゃありませんでした。それは、紙でした。紙って一体どこから来たんでしょう。白い男は猟人であって学者ではありませんでした。こんなに紙がバラ撒いている理由がありません。


巫女さんは部屋から飛び出して、白い男の包みを開けました。そこには、三年前のものしかいませんでした。コンコン。冬に作った首巻きも、皮で作った手袋も、この三年の間に巫女さんが作ってあげたはずのものが何もいませんでした。コンコン。巫女さんは今度は自分の包を開けました。幸いにもここには巫女さんが作ったものがちゃんと居ました。準備をするため働いたせいで疲れてたようです。扉の外で重い足音が聞こえてきました。まるで王様のように。


「この扉を開けてくれ」


でも、その瞬間ひとつの疑問が巫女さんの頭に浮かびました。


「また来たのか。俺にも鍵はないんだ」


なら、巫女さんに白い男は三年の間、何をあげたんでしょうか。


「ああ。王様の用事があるんだから。お前こそまだ何もしていないのではないか」


どうしても巫女さんには思い浮かべなかったんです。


「どうしてあそこまで彼女をかばうのか」


巫女さんは開けた包みからナイフを手にしました。


「彼女にも悪い話ではないだろう。もう残った角の一族は彼女一人なんだ」


そしてそのまま小さい木の前で立ちました。


「王様の側にいるのが、彼女にも世界にも良い。そうじゃないか」


巫女さんは小石をナイフで裏返し始めました。


「鳥籠のなかで生きることがいいことか」


ナイフの刃がどうなっても構わないように探りました


「まさか今更お兄さま気取りか? そんな馬鹿な」


そこにはしっかりしていた四角な石版がありました。


「お前は王様が紙で作った式神じゃないか」


猟人イーガ、ここに眠る


悲鳴が上がりました。銃声が響きました。巫女さんはナイフを手に握ったまま家の扉を開けました。そこには倒れた獅子と白い男がありました。獅子の体から流されている血が巫女さんの足にまで伸びました。巫女さんは家の方に後じさりをしました。


「落ち着け。ここには理由がある、聞いてくれ、お前のためなんだ」

「黙って」

「聞いてくれ、ユーナ、俺には考えが」

「黙ってよ、この偽物」


巫女さんは手にしたナイフを向きました。ぶれている手にナイフが 夕暮を反射しました。その輝きさに白い男は手を上げました。 握っていた銃砲と一緒に。


「私を殺しに、私を殺しに来たんでしょう、この偽物」

「違う、聞いていくれ。俺は」

「偽物」

「・・・お兄様が死んだのを忘れたがってたのはお前だ」


その一言に、巫女さんの顔が変わりました。巫女さんは口を開けたんですが、なんの言葉も出てこなかったんです。白い男は何も握っていない手を、扉の向こうにある巫女さんに伸びました。


「もうこんなのやめよう。俺に考えがある。一緒に来ないか」

「いやだよ」

「ユーナ」

「もう沢山なんだよ」


そういって、ナイフを持ったまま巫女さんが走り始めました。白い男も獅子の血を踏みながらその後ろを追い始めました。巫女さんは何度も何度も倒れるように、倒れないまま走り出しました。だから白い男がもうすぐ捕まえるように見えました。巫女さんだけを見ていた白い男が悲鳴あげました。山奥にあった罠にかかったのです。銃砲で罠を撃って抜け出してた時、巫女さんはもう遠くまで行ってしまったのです。黒く長く伸びている髪。それに合わせてちょっとだけ見える角。白い男はまた走り始めました。


巫女さんは何度も何度も倒れるように、倒れないまま走り出しました。白い男ももうそこまで早くはなかったんです。びっこになってはどうしても巫女さんとの距離が遠ざかる一方でした。白い男は立ち止まり、歯を食いしばって、その肩を銃砲で狙いました。そのスコープの向こう方に巫女さんが見えました。白い男の同じく白い肌をした脚。そこから続く小さい足。その小さい足は、巫女さんの動きに従って激しく上がったり下がったりしていました。精神が戻ったらその足から赤い血が流して巫女さんを染まっていてたのです。


白い男は歩きました。巫女さんは這いました。二人は、崖のうえまで来ました。巫女さんは下を覗きました。その向うにある場所は、スッポン様が潜り始めたせいで、海になっていました。白い男が手を伸びました。


「さあ、ユーナ、戻ってくれ」


巫女さんが白い男を見ないまま言いました。


「もう戻っても無駄でしょう。待避場にいる限り王は私を探しだすはずなんだから」

「お前はどうしたいんだい」

「私はイーガお兄様がいない世界なんて要らない」

「俺も、お前がいない世界なんて要らないんだ」

「偽物なのに」


巫女さんがそう言うと白い男は何も言えなかったんです。


「いままでありがとうございました」


巫女さんが手からナイフを離しました。それを見て白い男がもう一歩歩きました。


「さよなら」


巫女さんはそう言って崖から身を投げました。巫女さんにとっての最後の夏が永遠の夏になろうとしていました。夜になって夏の大三角が巫女さんの上で閃いてました。その瞬間、巫女さんの視野が遮られました。潮の香りに、血なまぐさい香りが混ぜてきました。巫女さんが片目で瞬ぎました。白い男が、角で胸を刺されたまま彼女を抱いていました


「あなたも死にたいんですか」

「違う、そうじゃない」


白い男は苦しむ表情のまま手を上げました。その手にはナイフがいました。


「私を殺したいんですか」

「違う、そうじゃない」


白い男はナイフで角を刺しました。巫女さんが悲鳴を上げました。


「いたいかもしれない。でも、もう王はお前の探すのは出来ん」


巫女さんは泣き声で問いました


「なぜ、そんな」


どぶん。二人は海に落ちました。巫女さんは、最後に、巫女さんだけに囁いた白い男の声を聞きました。


「お前がもっと良い世界に住んでほしいんだから。

俺はお前が夢見たお兄様なんだから」


* * *


残された話はここまでです。その後については色々な話はありはあります。そのまま二人が死んだと言う人もありますし、そのまま巫女さんが人魚になった人もあります。普通に家に戻って一生を木のまえで祈るように、誰かを待つようにする姿で終えたという話もあります。でも、確かなのは、どこのだれかのせいで王様の側に戻った話はいない、それだけのことなのでしょう。

灰鉄杯が終わったので、3月10日1300頃に一部修正をしました。


小説を人体で例えるなら、「骨」、「肉」、「肌」があるとも言えます。「肌」は世界観・設定・ガジェットなどの「外見」。「肉」は表現・演出・文体と言ったその「媒体の特性」。「骨」は「物語構造」。今回の狙いは骨だけあるスケルトン兵士を動いて見せたかった、というところです。


(ちなみに、どっちか重要なんかではありません。3つがちゃんと揃えなきゃダメなだけです)


だから小説(novel)の「肉」である文体を抑えて童話風(誰か物語ってくれる)にしてたし、「肌」は全部抜いて神話風にしましたーんだけど、結果としては … そうですね、僕はネクロマンサーじゃなかったことで。「二度とこういうのはやらない」と決めたんです(笑) だとしても、スケルトン兵士ならスケルトン兵士だけの美学があるんだろうから、そこは頑張ったと思います。


色んなイメージが混じってありますが、押井守(特に天使の卵)や幾原邦彦、奈須きのこなどの作家の影響が強いんです。誰かが「これは小説というより君の心相風景だね」と言ってたんですが、全くそうだと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昔話、民話の読み聞かせのような文体。それに伴うノスタルジーを感じる雰囲気。 [一言] だいぶ変わり種で飛ばしてますね! 先に書いたとおり、全体的に民話を思わせる雰囲気作りが徹底していてよか…
[一言] 初めまして、大本営と言います。 末席ながら灰鉄杯に参加させてもらっていますので、皆様の作品を拝見しています。 どちらかと言えば童話的作品であり、安易な結論をあえて提示しない点は印象的でした…
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