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第六章 僕に巣食う〈闇〉

 翌朝六時に、轟音響かせる目覚まし時計に起こされた僕達は(耳がおかしくなるほどの大音量だったが、それでも彼女は僕が揺するまで決して目覚めなかった)、近くのコンビニで購入したおにぎりやサンドウィッチを頬張りながら、これからの展望について話をした。

 その後、今日の学校の準備をするために僕は自宅へと一旦戻る。

 恐らく三日ほど襲撃のインターバルは空くだろうとのことだったが、『今回の操夢は何をするかわからない』と想定外の出来事を恐れ、彼女がずっと僕の側に居て、すぐに対処してくれるとのことだった。

 なので当然僕の家にもついてきてくれる。

 幸いやはり家には誰もおらず、もしかしたら昨日戻らなかったことさえバレていないかもしれない。まあ、携帯に着信がなかったということはそういうことなのだろうが。

 今日(確かに水曜日だ)の科目の準備をし、そのまま家をでる。

 水曜日はまた体育がある。できることなら昨日でなく今日休みたかったものだ。

 沓名は随分距離を開けて後ろからついてくる。


『噂なんかになったりすると面倒臭い』

 

 とのことだ。

 ……。

 ともかく僕らの間に会話は全く発生しなかった。

 のどかな朝の快晴。鳥達がチュンチュンとさえずりながら空を西へ東へ飛び回る。それが、何故か物悲しい効果音に聞こえてしまう。

 何となく、いつもと違って落ち着かない学校への道を、僕はさっきの沓名の話を思い出す作業に没頭することにした。


※※※


「ほわ~あ。……。じゃあ話し始めるわね。あ、ハムサンド取って」


 沓名は僕からサンドウィッチを受け取ると、まだ半分何処かの世界に旅だったままのような虚ろな表情をしている。


「大丈夫? そんな状態で話せるのか?」

 

 寝ボケにしては異様なほどに調子が悪く見える彼女が心配になり、思わず尋ねた。


「大丈夫。朝はいつもこうだから慣れっこなの」


 サンドウィッチをもぐもぐと噛みながらそう応える。


「あ、袋からコーヒー取って」

「はい」


 言われるがままに渡す。何やらアニメや漫画に出てくるわがままなお嬢様と仕える執事が思い出された。

 顔を九十度傾けて豪快に紙パックのコーヒーを飲む。

 彼女の話を食べながら気楽に聞くことができなかった僕は、何もせず黙って飲み切るのを待つ。

 ほっそりとした首の中を元気に上下運動する喉仏。僕はそれを……。

 は! 僕は何に見とれてるんだ。そんな変態じみたフェチなんて持ってないぞ。

 一気に飲みきってしまったのだろう。カップを部屋の隅に備えられているゴミ箱に放り投げた。


「ふー。よし、完全に醒めた」

 

 大きく溜め息をつくと、彼女はいつもの凛々しさを感じさせる切れ長の眼を取り戻した。


「わかっているとは思うけれど、先の戦いは完全に私が敗北した。とはいえ、正直に言うと私は絶対的に勝てる自信があったの。これまでもあなたのような『夢迷病』患者には何人も出会い、救うことができていたから。

 言い訳ではないけれど今回の戦いには明確な敗因があった」


「僕の中にいる操夢が強すぎた……から?」

 

 昨日の沓名と操夢の戦いがフラッシュバックする。

 運動音痴だったはずの沓名が空を駆け、どこからともなく銃火器を取り出し反動をもろともせず撃つことができるのは恐らく夢の中だからなのだろう。僕がサッカーをプロのようにできたのと同じ理屈に相違ない。『夢の中では想像力が大事』というのはつまりそういうことだろうな。

 しかし僕の操夢の能力がそれを上回った。無数の触手から放たれるレーザー光線のごとき攻撃。どう見ても避けるのに必死で攻撃に転じる余裕も無いように見えた。


「まあそれもあるわね。だけどあなたの病気を治す一番の障壁になっているのは――」

 サンドイッチの残りの一切れを口の中に放り込む。


「あなた自身のここの中よ」


 彼女は昨日そうしたように、僕の額にまた指をつけた。


※※※


 彼女によると『僕の心のなかに存在している闇』が僕の操夢を強大化たらしめているらしい。

〈闇〉。つまり彼女に言わせると僕は今何らかの困難やら苦しみやらを抱えているらしい。

 理屈はよくわからないものの、それを解消しない限り操夢はほとんど無敵の存在として僕の脳内を蝕んでいくことになるらしい。

 しかし、その〈闇〉について僕には全く思い当たる節がなかった。といってもそれも当然のことらしく、〈闇〉とは人間の決して自我では届かない深い深いところにしか存在せず、過去によっぽどのことがなければあり得ないものらしい。

 沓名は『闇』を三日以内に取り除かねば間に合わないと強く宣言した。

 だが〈闇〉には更に厄介な性質があるという。それは沓名が家を出る前に、迷いながらも教えてくれた最後の言葉だ。


『〈闇〉は私達人間の決して思い出したくない忌まわしい記憶を無意識に封印することでできた代物なの。それを無理矢理思い出そうとする。まさしくパンドラの匣を開けるようなものね』

 

 彼女が何を言わんとしているのか。分かるようで、微妙に届かなかった。


『何か……起きるのか?』

『匣から出てきた絶望に押しつぶされ、廃人同然になった人もいるという。幸い組織の人から聞いただけで私が直接目撃したわけではないけれど』

『廃人に……。て、それじゃあ』

 

 沓名は頷いた。


『進むも地獄退くも地獄。そうなりかねないわね』

『そんなあ』

『ただ結局何もしなければ捕食されるのは確定する。それなら少しでも足掻く。でしょ』

 

 彼女は僕を真っ直ぐと見つめた。目には強い意志の光が見える、ような気がした。


『心を強く持ち続けるのよ。パンドラの匣からは〈災厄〉が飛び出してくるけれど、後に残るのは〈希望〉かもしれないから。さあ、そろそろ学校へ行きましょう』


〈希望〉……。〈闇〉の正体が解らない僕には、それもまた、想像することさえできなかった。


「そういえば」


 遥か遠くから沓名が声を張り上げる。


「ついでに今日中にあなたの飼っている操夢の名前を考えておいて。今日からの訓練のため、紛らわしいから」


 訓練? 彼女は一体何をするつもりなのだろうか。まだ手はあるのか?

いや、それより操夢に名前をつけろ、だって。あなたの飼っている、だって。そんな、ペットか何かみたいに。

 確かに『操夢』は『犬』とか『猫』みたいに種族の名前なのだろう。呼び名がそのままなのはおかしいのかもしれない。

 それでも自分を殺そうとする存在に名前をつけろだなんて。一体どうしたものか。

 いつの間にやら僕達は学校へと到着していた。ご丁寧に、沓名は僕が下駄箱で靴を履き替えるまで後方で待機してくれている。そんなに嫌か。

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