第十二章 掲載された真実
最後のチャイムが鳴り、生徒は各々一目散に廊下へ出たり、黒板に落書きをしたり、集まり適当な事を喋ったり、真面目に問題集を解いていたり、とにかく教室の空気ががあちらへこちらへ散々に向かいだす。
僕はすぐに用意を済ませ、教室を出た。しなければいけないことが分かったのだ。昴に止められることもなく安堵する。
校門をでてしばらくすると例のごとく遥か後ろから声を掛けられた。
「これから、どうするの。当てはあるの」
振り返るが、視界には同じく帰宅する生徒の群れしか目に入らない。
「今日も訓練、するんだろ? その前に少し付き合ってくれないか」
返事は帰ってこない。それが、無言の了承だと僕は決め付けることにした。
「図書館ね」
「そう」
いつの間にかすぐ背後まで来ていた沓名に少しドギマギした。
僕達二人は学校から歩いて十五分ほどのところにある市立図書館に来ていた。小中学生の頃は、よくここに夏休み課題の読書感想文めのネタを探しに来たものだった。
「体調悪いのに付きあわせてごめん」
昼に比べ、若干マシにはなっているようだがまだ顔は青い。
「大丈夫。昼休みに十分睡眠をとったから。復活した」
彼女らしくないその大げさな言葉は、元気があるということを僕にアピールしてくれているのだろうか。
図書館の二階の新聞コーナーが、今回の僕の目当てとする場所である。今まで一度も立ち寄ったことのなかったのだが、主要紙は勿論、全国の地方紙もおおよそ二十年間分ほどが閲覧・コピー出来るようになっているらしい。
「こっちみたいよ」
どこを見ればよいか分からずきょろきょろしていたところ、沓名が先に見つけてくれた。
そこは僕達が住む地方の新聞が陳列されている区画だ。
母さんの事故が取り上げられているとすれば恐らくここのどこかにあるだろう。
早速、該当の記事を探そうとしてふと手が止まる。
「あれ?」
わからない、わからないのだ。
怪訝に思ったのだろう。沓名が尋ねてくる。
「どうしたの」
「変だな。事故があったのがいつか分からないんだ」
「え? そんなこと……」
そう、今まで分からないことさえ分からなかった。母さんが事故に遭った日がいつなのか。父さんからも聞いたことはない。
沓名は信じられないという顔をした。
「こう言ってはなんだけど、あなたのお母さんは事故に遭ってそう遠くない内に亡くなったのでしょう? 命日の日のお参りとか、法事とかあったんじゃないの?」
「記憶に無い。いや、今まで母さんの事故関係で何かをするなんてことは絶対に無かったはずだよ。一体どうして……」
「あなたのお父さん、そして親戚一同グルになって隠していた……そう仮定できるわね」
グルになって隠す? 何でそんなことを父さんだけでなく親戚の皆がするんだ?
真相を目の前にして、またもや悩みこんでしまう。
「ごめん。そんなこといっても悪戯に悩ませてしまうだけね。日にちがわからないのなら、手当たり次第に探すしかない。何か手がかりみたいなのはない?」
そうだ。また癖が出てしまった。大切なのは『今』だ。『今何をするか』だ。当然だ。
範囲を絞るのに心当たりはあった。
「確か父さんの話の中に、『曇り空で蒸し暑かった』ってのがあったはず。さっきのノートにも書いたよな? だから多分……」
「夏。つまり、六月から八月辺りってことね。もう少し範囲を広く取って五月から九月を探したほうがいいかも」
それ以上手がかりのようなものは思い当たらなかったので、沓名は五月、僕は九月を手分けして調べ始めた。
「これね」
そう時間も経たない内に沓名が見つけた。新聞のページを閉じ、僕に手渡す。
「見出しだけで分かったからまだ詳しくは読んでいない。最初は私よりあなたが知るべきでしょう」
僕はとりあえず日付欄に目を通した。
六月十四日。土曜日。学校は休みだった日のことだな。
「よし……」
思わず声が出た。万が一、先ほどの僕の思いつきが正しければ〈闇〉の根幹に手を突っ込むことになるんだ。
その時、沓名の言う通り僕の心は壊れてしまうのか。
沓名から聞いたページを開く。母さんの事故であろう記事は思ったよりも小さく、見出しはこうあった。
『◯◯町で人身事故 二人死傷』
動悸が激しくなる。呆気無く、父さんの話の矛盾が見つかった。母さん以外に誰か怪我をした人がいる。それは……。
本文を読み進める。事故が起こった時間、場所、状況などは父や祖母が目撃者から聞いて教えてくれたのと変わらない。しかし……。
『この事故により◯◯市在住の主婦日野弓枝さんは頭を強く打ち、その後病院に運ばれたが間もなく死亡した。息子の朝登君(七)は腕に打撲を負うなどの軽傷を負った』
その文を見た瞬間、僕はなんとも言えない奇妙な感覚に陥った。
怒り? 悲しみ? 戸惑い? 不安? 違う。全く違う。
納得、納得していたのだ。僕は。何故一番最初に納得、なのか。僕自身も全くわからない。
そう。昼間、僕が感じた違和感の類はやはりこれだったのだ。父は確かにこう言った。
『母さんは一人で買い物に出かけ、お前と真昼は家で二人で留守番していたらしい』
僕は小学一年生で真昼は五歳――幼稚園の年中だ。そんな幼い二人を家に置いて一人で買い物に出かけることなんてあるだろうか?
隣の家に回覧板を渡しに行く、程度ならまだ分かる。
だが事故に遭った道から察するに、母さんは家から片道十分程歩いた先にあるスーパーに行ったのだ。
往復で二十分、買い物も考慮すれば四十分以上にはなるであろう時間を、幼い僕ら二人きりにする……。僕らの母さんが果たしてそんなことをするか?
……。結果的に、やはり僕の勘は当たっていた。父は嘘を言っており、僕(と恐らくは真昼も)は母さんと買い物に出かけていた。そして僕も事故に巻き込まれたというわけだ。
では、何故父さんは嘘を……? そこが最大の鍵となるところだ。やはり今夜、直接聞かなければならない。証拠を示せば、今度はちゃんと答えてくれるだろう。
新聞のコピーをとり僕と沓名は図書館を後にした。彼女は僕に手渡してから、一度も記事を読もうとしなかった。もしかしたら、既に組織とやらによって調べはついていたのだろうか……などという陰謀論めいた考えが僕の脳裏を一瞬掠めた。
夕暮れの太陽は、僕らの影を黒く濃く際立たせる。道には僕ら二人しかおらず、異世界へ誘わせるような、そんな謎の焦燥を感じた。
そういえば今は事故のあった時刻とおおよそ同じぐらいだ。
僕は母さんの死にゆく顔を見たのだろうか。恐らくは朝の沓名よりも真っ青で苦悶に歪む顔を。もしかしたら夕日に照らされ、偽りの赤みを帯びさせられていたかもしれない顔を。
記憶の扉、とでも形容するのだろうか。とにかく、僕の記憶の中の母さんに関する部分は、新事実によって少しずつ蘇り始めていた。
しかしそれは決して懐かしいとはいうことはできず、切なく虚しい記憶の端々だった。
「これで俺の〈闇〉は消えたのかな」
何とか紛らわせようと沓名に尋ねる。彼女はやはり表情を変えない。
「分からない。あなたの目の前で、お母さんが跳ねられたというショックが〈闇〉を形成したのかもしれない。もしそうなら、今ので解消されたと見ていいわね。でも……」
その割には僕の精神的ショックが少なすぎる。パンドラの匣を開くほどではない。恐らく沓名はそう言いたいのだろう。
「とりあえず予定通り訓練は行う。大変かもしれないけれど、同時並行にどちらも進めなければいけない状況なの。いいわね」
沓名は今は僕の隣にいた。通学路を離れたから、知り合いに会う危険も少ないというわけだ。少なくとも、積極的に近くにいることを拒絶されているわけではないのだと少し安心した。
十分ほど歩くと、通学路に近いいつもの風景が現れた。地図的には僕の家、通りすぎて真っすぐ行き、5分程あるいた所で左に反れる分かれ道を行くと沓名のアパート、戻ってまた更に真っ直ぐ行くと昴の家、そして学校、となっている。
「僕が母さんの事故に一緒に遭ったこと。それが、『お前が殺した』に繋がるのかな。そもそも、操夢が見せる夢なんて気にしないほうがいいのかな」
僕はあの記事を読んでからずっと気になっていたことを思い切って沓名にぶつけてみた。
「なにそれ……。ああ、昨夜の夢のことね」
聡明な沓名はすぐに察してくれる。
「難しいところだけど……。でもこれだけは言える。操夢にはそれが見せる夢の内容という意味で二種類に分けられるの。まったくでたらめで、宿主の困惑する姿をただ楽しむ操夢が一つ。〈闇〉に関する、封印された記憶の奥底を、婉曲的に夢に表す操夢がもう一つ。
アノニムがどちらの種類なのか……。私よりもあなたのほうが判断できるでしょう」
でたらめな夢と真に迫る夢。その二つなら間違いなく後者だ。言い方を考えると恐らく沓名も同じ考えなのだろう。
「正直に言うとあなたの〈闇〉が今ので解消されたとはやっぱり思えない。気休めをいうのは楽だけど、実際のところはね」
やはりそうなのだ。〈闇〉はその程度のものではないのか。では一体どうすれば……。真実に迫るように見えていたが、また行き詰まってしまったというわけか。
「一つある。あまり使いたくない手だけど」
僕の家の前を通り過ぎた直後、意を決したかのような勢いで彼女は言った。
沓名のそのいつにない思いつめた顔に少し嫌な予感を抱く。
「それっていった……」
その時だった。




