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けむんぱす日和

作者: 豊洲 太郎

ケムンパスが活躍していた時代の空気を書いてみました。

 けむんぱす日和

          豊洲 太郎

 一 いれぐい 

 黒の背広にネクタイ、革靴という格好の男がやって来ます。

 居合わせた釣場の常連諸氏はド素人が来たといぶかります。

 背広のド素人氏がその常連諸氏の魚籠ビクをのぞき込みながら話しかけます。

 「どうですか、今日は釣れますかねぇ?、サカナはうじゃうじゃいるけどね。」

 「あんたわかってないね、『見えるサカナは釣れない』というんだよ、オモリを重くして底の方を狙うといいよ。」


 「そうですか、ご親切にどうも、それでは見えている分は全部私が頂戴いたしましょう。」


 またまた、派手にはじめちゃった。

 「ふん。」

 「じゃぁ、これから釣り始めます、十数える間に最初の一匹がかかります、いーち、にーい、ほらね。」

 「あ、魚籠ビクを忘れちゃった、オジサン魚いらない?」

 こんなとき常連諸氏は無視します、当然だけどね。

 「じゃ、そこのボクにあげる。」

 ここで大抵は女子供に登場してもらう事になっています。

 「今日は何匹釣ったの、まだ?」

 「おじさんがそこのオジイチャンよりも沢山釣らせてあげよう、どれ餌を付けてあげる。」

 どういう訳だかバタバタと入れ喰い状態になります、しかも女子供ですから釣れるたびに騒ぎます。

 「また釣れた、釣りって簡単だねぇ。」


 「どうしてみんな釣れないんだろう。」


 こうなってくると諸氏の中でも進歩的な人たちがそろそろと近寄って来ます。

 「あ、そんなに近づくとお祭りするよ、子どもの邪魔をしちゃいけない、さかなだったらあんたの足もとにいくらでもいる。」

 指導しながらも常に入れ喰い、魚籠ビクがパンパンに張りつめて二百匹のさかなが窒息状態になる頃には煽られていたほうもだんだんに萎えてくる。

 「あの、その餌をわけてもらえないでしょうか?」

 「実は私、餌屋なんですよ。」

 「え、お幾らですか?」

 「釣場に断りなく商売は出来ません、ひとつまみだけあげますが、あなたからもお店に頼んでみて下さい。」という塩梅でビール付きの昼飯を進歩的な諸氏におごってもらったうえに、その釣場に餌を卸す契約も無事成立。

 いつのまにやらド素人氏は名人という肩書きになっていて弟子もできたから帰りの車も全然心配ありません。

 二百匹近い虹鱒は魚屋に並んで飲み代に化けます。


 二 ひっさくり

 水面がギラギラと輝いていた。

 冷たい水の中で髪を漂わせながら流れ下っていた男が起き上がると、ざざっと水がしたたり、銛の先には痙攣した鮎が付いていた。

 耳もとにする泡音や頭皮を刺しながらぬめっていく冷たい清流、鼻から背に抜けるような水中メガネのゴムの匂いのことを思うとそれだけでうらやましかった。

 秋川に伝わる「ひっさくり」と呼ぶ漁だと後から知った。昔は木製の箱メガネを使っていたらしい。


 三 ぴんちょろむし

 足を水につけてせせらぎを耳にしながら水中を見つめていると川に潜っているような気がしてしまう。

 浅瀬に3畳ほどもある大きな水草の茂みを見つけることができた。

 そこに群れているかげろうの幼虫は2千匹くらいだろうか、ここでの仕事はこの茂みを一回だけ攻略すれば終わりになる。

 あのひとは渓流用のバカ長靴をはいて向こう側から水草を踏みつける。

 こちら側で金網を構えているとピンチョロ虫が煙の流れとなって押し寄せてくる。


 四 むじんえき

 無人駅の近くにラーメン屋を見つけて、油のべたついた格子戸を開けると厨房のおやじが

「しゃい」

 といった。

 日なたに慣れきっていた瞳が薄暗い店内を洞窟のように感じさせた。

 入り口にあった三輪車をよけながら奥のテーブルにつく。

 先ずはビールを冷水庫から取り出して油で曇ったグラスに注ぐ、チリチリと細かな泡が乾いた舌を滑って喉を焼きながら腹に落ちてゆく、最初の一杯は子供にだってうまい。

 蝿とり紙が首振り扇風機に揺らいでいて、その向こうで高校野球をモノクロで映していた。

 冷やし中華を喰う。

 胡麻油の浮いたつゆまで飲んでしまう、意外とさっぱりしているなと思いながら水を飲んでいると、

 「暑いから急ぐぞ。」

 といわれて慌てて汗のしみた麦わら帽子をかぶる。


 五 うか

 かげろうの幼虫は輸送中の温度上昇で羽化してしまう。

 羽化して成虫になってしまうと餌としての価値は無くなる。

 渓流釣で川虫は究極の餌、未明の第一投で活きた川虫が使えるとしたら、それは釣り人にとって最高の贅沢だった。

 駅からはタクシーを使って家路を急ぐ。

 「運転手さん、いま川で3万円拾ったんですよ。」

 「それはすごいですね。」

 「でもね急がないと羽が生えてどこかへ飛んで行っちゃう。」

 効きすぎる車の冷房を我慢しているとやがて眠気がやってくる。

 

 六 もみがら

 網戸に止まっていた蝉が鳴き止んで雨風が部屋を抜けていった。

 革のショルダーケースに包まれたトランンジスターラジオが相撲中継を雷の雑音混じりで流していた。

 氷水ともみ殻を混ぜる。

 透明なセルロイドのカップにスプーンでもみ殻と川虫を一杯ずつ入れて、蓋をする。

 手提げ袋に製品を100個と3万円の領収書を折って入れた。

 これから都心の釣り具店に川虫を配達すればこの仕事は完成する。

 もう夕立は止んでいた。


 七 もろこしむし

 私鉄の小さな木造駅舎を降りるとあのひとは三角パックの牛乳とアンパンを買ってくれた。

 茶色い紙袋は虫入れ用に使う。

 線路に沿って車窓から目星を付けていた畑を目指す。

 収穫済のトウモロコシ畑は秋の夕陽を浴びて立ち枯れていた。

 朽ちて乾燥した幹は触れただけで節から崩れ落ちる。その一節を縦に裂くと綿の様な繊維の中に蛾の幼虫が住んでいる。

 暫く仕事をしていると農家のおばさんが不審な所作を嗅ぎつけてやってくる。

 それは先刻、予想通りだった。

 「あんたら、何やってる。」

 「あーおばさん、こっちこっち。」

 「なに?」

 「これこれ。」

 「うわ、気色悪い、どうするの?」

 「貴重品なんですよ、釣りの餌になります。1匹5円で買うよ。」

 「えっ。」

 あのひとは数えながらとりかたを実演してみせる。

 「はい、ごえん、じゅうえん、じゅうごえん、、、、、と数えます。」

 「へぇ。」

 「ほらもう倅のアンパン代かせいじゃった。」

 「ふぅーん。」

 「こうやって茶袋で持って帰って、釘で空気穴を開けた粉ミルクの缶で保存する。」

 「近所の奥さんにも手伝ってもらえばお小遣いになるよ、あなたは3円で買えばいい。」


 八 くりむし

 もろこし虫の季節が終わって息が白くなりはじめると栗虫採り。

 あの頃はいたる所に武蔵野の風情を残した雑木林があった。

 石油缶に赤土を4分の1ほど入れた上にドングリの実を拾って半分まで入れておく。

 木漏れ日を感じながらのドングリ拾いは気持ちのいい仕事だった。

 あのひとはいつもの事だったが二日酔いだといって切り株にこしかけたきり何もしない。

 何日か放っておいてから実の方は捨てて缶底の土を穿ると純白の幼虫が無数に涌いている。

 泥と一緒に20匹ずつ小袋に詰め替えるとそれだけで立派な商品になる。

 あのひとはいとも簡単にむしたちを拾い集めて酒にかえてしまう。


(別タイトルの続編を予定しています)

続編で昭和の国分寺を書く予定です。

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