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「そんなところに突っ立てたら、じゃまだからッ……!」



 ドシュッ、と音を立てて、リューンの横を雷魔法が通り過ぎる。

 イオルドが魔物の脳天に剣を突き刺すのを横目で見つつ、ひきつった笑みで「すみませーん!」と答えるリューン。

 マリベルの魔法がリューンを狙うのはこれで五回目であった。

  さすがにマズいと思ったのだろう、青年がマリベルの肩を引く。


「ま、マリベル様! イオルド様に加勢しましょうよ!」

「触るな……!」


 パン! とその手を振り払ったマリベルは「お前が加勢してこい……!」と青年の脚を蹴りつけた。オロオロとこちらを見る彼に、リューンは『行ってください』と口パクで伝える。

 彼はマリベルとリューンを見比べて、困ったように口角を下げた。



 挨拶からきっかり半刻後に出発しようと天幕を出たリューンとイオルドは、基地の出口で待ち構えていたマリベルにしっかりと捕獲され、結局四人でドラゴン討伐へと向かうことになった。そうして道中、大型の魔物の気配を察知しての討伐中であるのだが……マリベルは、リューンに対する威嚇行為を連発していた。


「でも、こ、これでリューンさんに何かあったら」

「大丈夫ですから、イオのところへ行ってください」


 ぐぉぉぉぉ、とイオルドと対峙する魔物の咆哮が響き、地鳴りのように大型の魔物が暴れ回る。振動が皆の足元を揺らした。イオルドは順調に魔物の命を削り取ってはいるが、人数が居るほうがより早く終わるだろう。


「分かりました! ぼ、僕行きますけど、マリベルさんも来てくださいよ⁈」

「あとでね……。わたしは、この女に話がある……」


 こうして魔物の咆哮とドシュドシュとかドスドスとかいう攻撃音を背景音楽として、リューンはマリベルと二人きりになった。

 イオルドも遠くからこちらを気にしているようで、うまく魔物をいなしつつ、距離が離れないようにしてくれているのが分かった。何かあれば飛んできてくれるだろうと、一応の安全を確認して、リューンはマリベルと対峙する。

 マリベルは当然、リューンを睨みつけていた。



「よくもまぁぬけぬけと、戻ってきたね……」



 辞めさせたのはアナタでしょう、という攻撃的な回答は飲み込んで、リューンは「すみません」と心にもない謝罪を口にした。


「……あのあと、イオルド様はお可哀そうだった……。まるで命をかえりみない戦いっぷりで、どんどん昇進したけど、あのままじゃ、いつ死んでもおかしくなかった……! わたしは同じ魔道部隊にはいって、彼を支えてきた……‼ なのに、なんで、なんで、今更戻ってくるの……⁈」


 一人でしゃべり倒して激高し、最後には泣き出すマリベル。

 気になる言葉がいくつか出てきたためリューンも神妙な顔をしていたのだが、マリベルは「なにその顔ッ……⁈」と、怒りをさらに爆発させた。


「……私のほうが、イオルド様にふさわしい……!!!」


 マリベルの手に魔力が集まるのを察知して、リューンは身を固くした。

 イオルドが戦闘前に手厚くかけてきた物理障壁魔法(シールド)があるとはいえ、この近距離で攻撃されれば体が吹っ飛ぶくらいはする。前からの衝撃に備えていたリューンは、突然、地面がドォンと揺れたことでよろめいた。


「リューン!」


 大型の魔物を無事に屠れたのだろう、イオルドが土煙の中から飛ぶように飛び出してきて、リューンをその背にかばう。


「おいマリベル、いいかげんにしろ!」


 叱られたマリベルは、目玉が飛び出るのではと思うほどに目を見開いて、強いショックを受けた様子だ。


「……わたし、まだ、何もしてない……! なんでそんなこと言うの……⁈ なんでその女の味方なの……⁈」

「さっきからリューンの方に魔法を飛ばしてただろ! ふざけるなよ!」

「わたしが本当に当てようとしてたら、もうとっくに当たってるよ……! ちょっと脅かしてただけじゃん……! ひどい、どうして私ばっかり……?」


 しゃがみこんで「なんで、なんでぇ……何も悪いことしてないのに……!」と、哀れっぽく泣き始めたマリベルに、イオルドは大きく舌打ちした。

 ガシガシと頭を掻きまわして「リューン、俺は今からマリベルに話がある。このままじゃ一緒に作戦行動するなんて無理だ」と、オロオロしている青年の方を指さして、そちらに退避するようにと示された。


 素直に二人から距離をとったリューンは、オロオロを通り越して顔面が蒼白になっている青年の肩をちょんちょんとつついて「大丈夫ですか?」と声をかけた。

 青年は力なく首を振ると、胸を押さえて地面に膝をつく。


「……マリベル様はイオルド様のことが本気で好きなんですけど……イオルド様にまっっったくその気がないのは僕でも分かります……そして冷たくされると、僕ら周りの人間にひどい八つ当たりをかますんです……」


 そして「この後絶対機嫌が悪いじゃないですか! もういやです!」と、地面に土下座の姿勢で伏してしまった。

 マリベルは静かそうに見えて、実は苛烈な性格だ。リューンも身をもってよく知っている。

 気に食わない人間にはスレスレに攻撃魔法を打ち、しかし少将の娘という立場から周囲が注意もできない危険人物。軍に入ってすぐの時から、女王様のように人々を顎でこき使っていたマリベル。

 しかし信者は後を絶たず、彼女には常に取り巻きが存在していた。そしてその取り巻きは、男が多かった。


 この青年もそうなのだろうと、リューンは少し冷めた口調で「おイヤなら、マリベル様とかかわらないのも手ですよ」とアドバイスしてみた。すると青年はガバッと顔を上げると、首をブンブンと横に振る。


「できないんですよ! 僕は、彼女のお父上から直々に『娘を頼む』って言われてるんです……!」


 頭をグシャグシャにかき乱しながら「マリベル様から見限られるならともかく、僕から離れたら、もう今後二度と昇進できませんッ」と叫ぶ青年。

 魔道部隊は花形だが、危険な部隊だ。

 入隊するにあたり、娘の身を不安に思った父親が『いざとなれば娘を守れ』と、同部隊の人間に圧をかけて回ったらしい。


「少将は一人ひとりのところに、直接来たんですよ……⁈ ペーペーの兵士が、少将と言葉を交わすことがあるとは思いませんでしたよ……! 夢であってほしかった!!」

「うーん、もういっそ、軍をおやめになったらいかがでしょうか」


 あまりにも悲痛な声を上げる青年を哀れに思ったリューンは、本気でアドバイスしたのだが、彼は「むりです、僕は実家に仕送りしてるんです。妹が双子で、まだ十歳なんです。軍やめてどこで金を稼げっていうんですか!」と、早口でそれを切って捨てた。

 流石にもう何も言うことはできず、二人の間には沈黙が落ちる。



 するとイオルドとマリベルの会話が、うっすらと聞こえてきた。



『どうして……⁈』

『~~~、だろ』

『だってッ! ~~、わたしなら!』



 感情的な甲高いマリベルの声は何を言っているのかうっすらとわかる程度、イオルドの低い声はモゴモゴと聞き取りづらく、リューンは思わず耳をすませて聞いてしまった。





『俺は誰も愛さない。誰もだ』





 それは、イオルドの声だった。

 そしてつまり、イオルドはリューンのことも好きではない、ということである。




 瞬間、リューンは耳をふさいだ。

 



 ドッドッドッと、心臓の音が頭に響く。なんだか視界がグラグラとした。

 どうして自分はショックを受けているんだろうと、リューンは息を詰める。

 



「リューンさん? どうしました? 具合悪いんですか?」

「いえ、ちょっとその……めまいが」

「ああ、僕もたまにあります。ストレスですよね、ほら座ってください」


 地面にしゃがみこんでいた青年にすすめられるがまま、リューンはその場に腰を下ろした。そして目をつぶって、気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと息を吸う。



 イオルドの言葉にショックを受けている自分自身を見つめて、リューンは自分の中の気持ちをハッキリと自覚した。

 『自分はイオルドのことが、未だ好きだったのだ』と。




 そして、同時に失恋していた。




 とんだ思い上がり女である。

 『熱心に誘ってくれたから』『二年越しに会いに来てくれたから』『あんなにやさしくしてくれたから』……理由は次々に浮かぶ。いつの間にか、リューンはイオルドが、自分を好いてくれていると思っていたのだ。しかも、女として。

 あんな何でも持っているような男が、どうして自分を好きだと思えたのだろうか。自分で自分が恥ずかしくなり、リューンはその場から逃げ出したい気持ちに、たまらなくなって「ああああ」と低い声を出す。


 しかしすぐに逃げ出すなんてことはできないし、この後はイオルドと共に行動をする必要がある。落ち着け落ち着け……と、自身に言い聞かせるリューン。


 イオルドは誰が愛さないと語る以上、その思いは永遠に叶うことはないのだ。

 自覚と同時に希望の潰えた恋情は、リューンの胸をギチギチと締め付けた。


「あれ?」


 しかし、リューンはふと気が付いた。



「あれ、なんか、揺れてます?」



 なんだか小刻みに揺れている気がするのは自分自身の震えだろうかと、リューンは青年の方を向いた。彼もまた、リューンを見ながら「揺れてる?」とオウムのように返す。

 パッと視線を落とすと、足もとの石ころがカタカタと小刻みに揺れていた。


「気のせいじゃ、ない!」


 リューンは耳を塞いでいた手を放して、顔を上げた。

 同時にかすかな地鳴りのような音が、空から近づいてくる。リューンが急いで空を見上げれば、そこには空高く旋回するドラゴンの姿と、落とされる炎の塊が。




「敵襲ッ⁈ 上! 上ぇえええ!!!」




 力の限り叫ぶリューンの声と同時に、青年は素早く身を起こすと走り出す。リューンも炎の爆心地から離れるべく必死に足を動かすが、このままでは間に合いそうになかった。

 


 瞬間、リューンの体が浮き上がる。



「しがみついてろ!」


 イオルドだった。リューンを抱え上げた瞬間に、彼は飛ぶように加速する。

 ぐん、と腹部に圧がかかり、視界が一気に流れる。イオルドの速度に生身の体でついて行くのは負荷が大きいが、リューンは必死にしがみついてその健脚に頼った。


 ドゴォンドゴォンと爆発音が響き、炎が地面に着弾したことを知らせてくる。次いでやってきた熱風と衝撃波を浴びながら、リューンはドラゴンが地面に降り立つのをイオルド越しに見た。中型といっても、それほど大きくないサイズであった。

 ドラゴンの巣に奇襲をかけるのであれば、イオルドであればじゅうぶんに討伐可能なサイズだったはずだ。


「ちっ、運が悪いな」


 イオルドが小さく舌打ちをしたのも当然。

 奇襲をするつもりが、されたのである。


 おそらくドラゴンはエサを求めて森を巡回していたのだろう。

 動物を探していたのだろうが、人間もまた、ドラゴンにとっては柔らかい肉である。

 ドラゴンが大きく長く息を吸うゴォオオという風のような音が響き、イオルドはリューンを下ろした。


「リューン、このまま始めるぞ」

「はい!」


 リューンは詠唱を早口で繰り返し、できる限りの補助魔法をイオルドに重ねた。

 補助魔法を受けながらイオルドもまた、長い詠唱を唱え強力な魔法を蓄えている。そして彼はだんだんと膨れ上がったような威圧を放つようになり、リューンが「終わりました」と言うや否や、一足飛びでドラゴンの元へと駆けながらその手を振り上げ魔法を放った。


 ドラゴンに直撃したのは刃のような風だった。ドラゴンの硬い鱗が裂け、その肉を覗かせる。

 そこにマリベルが追撃の魔法を打ち込もうと飛躍するが、彼女の詠唱が終わるよりも先に、ドラゴンがブレスを放った。熱風と共に吹き飛んだ小柄な体躯。


 追いかけて、リューンも走りだした。


「大丈夫ですか⁈」

「大丈夫そうに見える……ってこと⁈ 目ェついてんのアンタ……!」


 そう遠くない場所に落下していたマリベルは、何の荷物も持っていなかったことが幸いし、着地をできたようだった。

 ダメージも皮肉を言える程度のようだったが、かなりの高さから落下している。リューンが手持ちの回復薬を投げて渡すと、彼女はそれをラッパ飲みした。

 普段はお嬢様然とした彼女の、その意外な姿に驚きつつ「補助魔法を」と申し出るが、眼光鋭く首を横に振られる。


「……そんな暇ない。邪魔よゴミクズ」


 戦闘の興奮もあるのだろうが、いつもより暴言がひどい。


「あなたはイオルド様の補助でしょ……あの人が死んだら殺すから」

「私がいると邪魔になるので、今は離れておくのがベストなんです。もう少ししたら、補助魔法を重ね掛けするために彼の方からこっちに戻ってきます」

「は? なにそれ……作戦会議なんてしなくても、通じ合ってるってアピール……ってこと? 気分わる……」


 空の薬瓶をリューンに向かって投げつけたマリベルは、そのままドラゴンへと戻るつもりなのだろう、大きく跳躍して駆けだした。

 手で顔をかばったリューンは出遅れつつ、その背中を追いかけて走る。


「ちょっと待ってください!」


 止まる様子のない彼女の背へ、補助魔法を唱えた。一度目、二度目、と魔法を飛ばしていると、ようやくマリベルが立ち止まる。

 魔法をかけさせてくれる気になったのか、と彼女のそばまで駆け寄って「はっ、はっ」と息を整えるリューン。



「す、すぐにかけますからっ、はっ、はっ、ちょっと、だけ、まって」



 息切れしながらマリベルの顔を覗き込めば、マリベルの右目だけが、真上を向いていた。

 まるで焦点のあっていない眼球がぎょろりと回る。それは状態異常で、おそらく〝錯乱〟もしくは〝混乱〟であった。

 ドラゴンの毒は時差で出るものもある。気づいてリューンが逃げようとするも、すでに彼女の手が届くところまで来てしまっていた。


「〇▲×※※※§!!!」


 声ではない、奇妙な鳴き声を上げて、マリベルはリューンに襲い掛かる。

 マリベルはものすごい力でリューンの腕をひねり上げると、再び奇声を上げて走り出す。リューンは必死にもがくがどうにもならない。

 「すみませんッ」と言いつつ全力でマリベルに攻撃をするが、異常状態の彼女は痛みを感じないようで、奮闘虚しくリューンは地面を引きずられ続けた。






「止まって! お願いします! その先は崖ですよ!!」







 しかしリューンは懇願虚しく、狂ったマリベルと崖から落ちてしまうのだった。





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