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ちょっと豪華な朝ごはんを堪能したリューン。
家事炊事を終わらせた後、村のとある老婆の家を訪問していた。
「ドンおばあちゃん、外玄関の電球も切れてます」
「あらぁ。気が付かなかったわぁ、さすがリューンちゃんねぇ」
「換えましょう。倉庫見てきます」
背中に「たぶんあったと思うわぁ」という声を受けながら、リューンは手慣れた様子で倉庫の中から電球を探し出し、ささっと交換した。古い電球はいらぬ布でくるみ、まるで自分の家であるかのように迷うことなくゴミの分別をして、あとで老婆が困らないように始末をつけてやる。
「いつもありがとうねぇ」
「こちらこそ! いつもお裾分けを頂いて、ありがとうございます」
お互いに頭を下げ合う二人。
リューンは何かとお裾分けを貰うことが多いのだが、自分は畑も狩りもできない。なのでせめても……という思いで、村の人々の手伝いを買って出ていた。村には老人が多く、細々したことを請け負うリューンは、それなりに重宝されている。
ふぅ、とドンと呼ばれた老婆が力を抜いた様子で、「そろそろさぁ」と、リューンを伺うように見た。
「王都に引っ越しすると、楽しいんじゃなぁい?」
「この村の生活が気に入っていますので」
しゃがれた声が、何度目になろうかという移住を勧める言葉を口にし、そして同じく、何度目になろうかという断り文句をリューンが即座に告げる。
「でもぉ、ここ限界集落じゃない? 若い人が住むには、未来がないわよぉ」
「……私はあの家しかないんです。行く当てがありません」
「あーんな古い家、よく買ったよねぇ。あっちこっちボロボロでしょぉ」
老女は「雨漏りでしょぉ」「西角は隙間風ぇ」「脱衣所の床はギシギシ言ぅ」「南壁に穴ぁ」と、家の欠点を羅列した。何を隠そう、その古い家を売ったのはこのドンなのだ。かつては彼女の姉が住んでいたらしい。
「住めば都、ってやつですね」
「せめて家電くらいは新しいやつ買えばよかったのにぃ」
リューンは古民家を買い取った際に、中にあった家具家電、食器さえも、そっくりそのまま譲り受けた。
そのため古い冷蔵庫は『そろそろ限界だぜ?』と囁くように、ヴーンと妙に響く低い音を常に出している。が、今のところ買い替える予定はなかった。
お金がないのだ。
「みなさんが食べ物をたくさんくださるので、なんとか暮らせていますけど。王都に行ったら、私、餓死するかも」
「アハハ、うそよぉ。だってリューンちゃんの〝神のご加護〟すっごいじゃないのぉ! お仕事になるでしょぉ!」
〝神のご加護〟とは、魔法に馴染みのない一般人が言う補助魔法のことだ。
これはかつて勇者一行が魔王を滅ぼした際『補助魔法で勇者を助けたのは聖女だった』という伝説に由来するらしい。『彼女の神への祈りが、勇者を守った』というのだ。ただの補助魔法なのだが。
たしかに、王都で補助魔法を使った仕事は探せばきっと見つかるだろう。一番に思いつくのは神殿勤めだ。しかし、神殿は完全に寮生活となる。
リューンはもう、窮屈な暮らしをするのはこりごりだった。
「この村が好きなんです」
のんびりと自由に生きることができる、この村に居たい。
まぎれもないリューンの本心だ。
「それに、私の〝神のご加護〟がなくなったら、村のみなさんが困るでしょう?」
「たしかに! 困るねぇ」
リューンの補助魔法は、一般的な『筋力増強』『柔軟性の向上』などには留まらない。自然治癒力を高め、血液やリンパの流れをよくして新陳代謝を上げる。しかも自律神経を整え、患者をリラックスした状態にするため『お湯に浸かったみたい』『気持ちがいい』と、大変評判が良いのだ。
「でもね、リューンちゃんの将来が心配なのも本当よぉ。アナタはこの村みんなの、孫みたいなものだからねぇ」
言いながら、ドンはそっとリューンの頭を撫でた。
「若いんだからねぇ、私たちのことは気にしないで、いつでも出てっていいのよぉ。こんな田舎で年金暮らしするのはね、もうすることがなくなってからでいいの」
その優しさに、リューンは口元を緩める。
数年前、村に突然やってきた、明らかにワケアリだったリューン。村人たちは暖かく迎え入れて、ドンにいたっては、身元引受人もいないリューンに家を売ってくれたのだ。できるだけ、リューンは村人たちに恩返しがしたかった。
「こーんな田舎で〝神のご加護〟をタダ同然で使ってないでさぁ、王都ならガッポガッポでしょぉ」
「でも私は、この生活が気に入っているんです」
「頑固なんだからぁ」
村の老人たちは皆、リューンに王都に戻れと言う。
それは過疎化の一途をたどるこの村を捨てて、未来を生きろ、という意味だ。
困ったように笑うドンは、リューンの頭から手を放すと「そうだわ」と、何かを思いついたように声を上げた。
「リューンちゃんのね、お小遣い稼ぎにでもなればと思ってね。王都の店にね、チラシを張ってもらってたのよぉ」
「え?」
「それでねぇ、〝神のご加護〟をかけてほしいお客さんが来るよってね、息子から連絡があったのぉ。……いつだったかねぇ」
「ドン店長からですか⁈ それは思い出してください!」
老婆はかつてやり手の商人だったらしく、実は王都の人気雑貨店の創業者だ。いまだにその影響力は大きいようで、店を引き継いだ息子さんはたびたび帰省しては、彼女に助言を求めにやってくる。
息子さんのことは、老婆と区別するために『店長』と、リューンは呼んでいた。
「うーん、思い出せないわぁ。でもチラシにはね、いつもリューンちゃんがしてる価格の十倍の値段をね、ちゃぁんと書いておいたからねぇ」
ぱちん、とウインクをする老女。
リューンは望まれれば補助魔法を村人たちにかけており、わずかばかりの対価を貰っていた。しかしそれは王都の価格の十分の一程度のものだったので、さすが元商人だな、とリューンは感心する。
適正価格ではあるが、補助魔法は長くもたない。
聖女であるリューンがかけても、長くて半日程度が限界だ。
それなのにわざわざ王都から二時間かけてやってくる客とは、どんな補助魔法を求めているのだろうか。
「お客様が来る日、もしも分かったら教えてくださいね」
できれば準備をしておきたいリューンは念を押すが、ついぞドンがそれを思い出すことはないのだった。
*
数日後。
扉がこん、こんとノックされて、リューンは立ち上がる。
「はーい! ……誰でしょう」
よく訪ねてくる女性陣はノックなどせずに『リューンちゃぁん、ちょっといい~?』などと言いながらドアを開けてくるので、男性だろうか。そうなると、野菜を差し入れてくれるトム爺さんか、猪でも捕ったアンソニーさんか……と、リューンが出てくる顔を想像しながらドアを半分ほど開けると、そこにはドンが立っていた。
「あれ、ドンばあちゃん。どうしました? お困りごとですか? 体調が悪い?」
「調子はとってもいいわよぉ。あのねぇ、言っていたお客さんが来たからねぇ、連れてきたのよぉ」
「ああ、例の! 今日だったんですね」
ドンの横に誰かが立っているのに気がついて、リューンはドアを全開にした。
そして思わず「げ」と、喉から声を出して固まる。
そこには、つい先日思い出していた、懐かしい顔が立っていた。