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プロローグ






 るんるん、と鼻歌を歌って、リューンは鍋を火にかける。





「昨日貰った白パンとシチューで、朝ごはんにしましょう!」




 普段の朝ごはんは黒パンだ。

 黒パンは安くて保存が効くが、カチカチに固い。そのままだと歯茎に刺さって痛いので、普段はスープに浸してふやかして食べている。

 対する白パンはやわらかくて美味しいが、値段が高い。その上、数日すると悪くなってしまうので、リューンからすると貰った時くらいしか食べることはない贅沢品だった。

「朝から豪勢ですねぇ」と、ふくふくした白パンを眺めるリューンはご機嫌に笑みをこぼす。





 リューンの日々の暮らしは、質素倹約。

 年金暮らしで、生活費に余裕がないためだ。





 まだ二十代と、年若いリューン。

 年金暮らしをしているのには、理由があった。

 リューンは二年前まで軍人で、魔物討伐をしていたのだが、ある日クビになってしまった。しかも寮暮らしをしていたので、職と同時に住処を失うことに。

 両親とは幼少期に死別し、親戚をたらいまわしにされて育ったため、頼る先もなかったリューン。

 

 『とりあえず住む場所がないと!』と、わずかばかりの退職金でド田舎に古民家を買い、そこで細々と生活を始めて、今に至るわけである。



 

 家は隙間風が吹く上に、雨漏りする場所さえあるが、リューンは今の生活が気に入っていた。




「ふふふ、朝ごはんから贅沢しちゃうなんて! 今日はいい日になりそうです」




 幼少期に親戚の家では常に人の顔色を窺い、軍寮でも周囲に気を遣い、知らずに神経をすり減らしていたリューン。

 好きな時間に起きて、ひとりで洗面所を使うことができ、自分だけの空間がある。そしてお腹がすいたら好きなものを食べることができる今の生活が、リューンにはたまらなく幸せであった。


 るんるん、と白パンを丁寧に皿に盛りつけて、シチューの皿を用意する。

 リューンはゆっくりと鍋をかきまわし、ぷかぷかと白い波に浮かぶ芋や肉を見て、思わず口の中でよだれをあふれさせた。




「でも、ちょーっと魔法を使っただけなのに。こんな豪華なお肉たっぷりのシチューを貰ってしまって……お鍋を返す時にまた、なにかお返ししないとですかね」




 これは昨日、畑を耕していたご近所の奥さんへと補助魔法(バフ)をかけたお礼で貰ったのだ。彼女は『十歳若返った動きができる!』と大変喜びでクワをブンブン振り回し、夜にわざわざリューンへとお礼をしに来てくれた。



『あ、いいのいいの気にしないで、お鍋返すのはいつでもいいからね! ……リューンちゃんがかけてくれるまで、魔法なんて縁がなかったの。ホントすごい効果ねぇ。おばちゃんびっくりしちゃった! ほんとにほんとに、リューンちゃんってすごいのねぇ!』



 魔力を感知できるのは人口の十パーセント未満と言われ、さらに魔法が使える人間といえば五パーセントにも満たない。そのため田舎に住む人が魔法に縁がないというのも、珍しいことではない。

 しかしリューンは魔法が当たり前の世界で生きていたので、ちょっとした魔法で人が大変喜んでくれることが不思議でたまらず、感謝されるとむずがゆく、いまだに少し慣れないでいた。




「私なんて、全然ダメダメなのに」




 言いながら、リューンは魔法で氷を作り出して、ガラガラとコップに入れる。さらに魔法で水を作り出して満たすと、これまた貰い物のレモンを絞って果汁を足した。


 リューンが()()()()()でできるのは、この程度が限界だ。氷の塊で敵を押し潰すことも、水で包んで窒息させることもできない、弱い魔法。



 リューンは普通の魔法使いとしては、実は大変な落ちこぼれであった。



 軍で所属していたのは、魔道部隊。

 魔法が使える人間で構成された、攻撃専門の部隊である。しかしリューンは攻撃魔法が弱すぎるために、部隊では『お荷物』『邪魔者』『永遠の初心者』など、不名誉なあだ名が付けられていた。


『……なんでアンタを守りつつ戦わなきゃいけないの。邪魔なんだけど』


 昔、同僚に言われた言葉だ。

 確かにそうですよね、とリューンは謝ることしかできなかった。





 しかしリューンは〝聖女〟だった。

 




 〝聖女〟という称号は、補助魔法を極めた者に神殿から贈られる。軍部にはリューン以外にも、何人かの聖女が存在した。〝業火の聖女〟〝雷の聖女〟〝地鳴りの聖女〟などなど。皆一様に、補助魔法だけでなく攻撃魔法も極めた魔法のエキスパートたちばかり。

 普通は補助魔法が上手いなら、攻撃魔法も上手いのだ。


 そう、普通は。




『攻撃に使える魔法がない⁈ あなた、弱すぎるわ……! もう二つ名は〝最弱”でいいんじゃないかしら』



 大仰な称号を賜ったのは、幸か不幸か。

 称号持ちを普通の歩兵にすることはできなかったのだろう。リューンは〝最弱聖女〟という二つ名で呼ばれながら、魔道部隊に『お荷物だ』と言われつつも、置かれ続けたのだった。





「あんなところ、自分からやめちゃえばよかったのに。……なんて、今になったから思えるんですよねぇ」








 ぐつぐつと煮立った鍋の火を消すと、リューンは軍を辞めさせられた当日のことを思い出した。







 リューンが前線でケガを負った後に運び込まれたのは、基地に待機した軍医のところだった。あの日、医療班の天幕にはケガをした一般兵とリューンしかおらず、看護師は不在。医師は『僕は医師であって看護はしない』と、負傷者を床に転がしたまま放置。脚を組み、だらりと机に体をあずけて目線だけで診察を行っていた。

 ケガ人に触りもせず、気怠そうにカルテに書き込みをするだけの彼に、リューンは食って掛かった。


『どうして治癒してくれないんですか⁈』

『だって、王都の神殿じゃないとそんな大ケガ治せないし。腕ちぎれかけてるじゃん』

『ならっ、せめて応急処置を……!』

『血は自分で止めたんでしょ。あとは腐らないように冷やしとけば? いくら弱いっていっても、氷くらい出せるよね?』

『出せますけど、せめて一度診てもらえませんか⁈ 治癒魔法もかけてください、できるだけでいいんです!』

『……治せないって。君、上官の意に反することばっかりするって聞いてるけど、ホントうるさいね』

『してません!』



 抗議するリューンに、医師は『いやぁ、ほら、少将の娘さんとさぁ、()をめぐってさぁ~』と、迷惑そうな顔をした。



 少将とは軍で上から三番目に位置する階級で、リューンの同僚には、そのお偉いさんの娘がいた。が、その娘さんから、リューンは蛇蝎のごとく嫌われていたのである。

 原因は、リューンがペアを組んで作戦行動をしていた、ある男。

 よくある話かもしれない。



 そのお偉方の娘さんは彼に恋をしていて、ペアのリューンを邪魔に思っていた。



『彼から離すようにって上官たちも言ってたし……もういっそ、ね? 辞めさせちゃえば早いかなって! 君、いくら補助魔法が優秀っていっても、現場で弱すぎるしさぁ』

『そんな乱暴な⁈』

『それに彼だって、少将の娘さんとうまくいったほうが出世早いよぉ? 相手の将来、つぶしていいわけぇ?』


 憧れとも恋心ともつかぬ、ほんのりとした淡い気持ちを抱いていたリューンは、下心を見透かされたようなその台詞(セリフ)に言葉を一瞬詰まらせた。


『……だったら! 私は一般兵に配置転換していただいてかまいませんので! 治してください!』



 しかし、相手の医師はリューンの言葉を鼻で笑った。



『いや、もう復帰不可能で報告しちゃったし。面倒なこと言わないでよ。……それにここじゃ無理だって。早く神殿行かないと、腕の神経戻らなくなるかもよ? グダグダ言ってないで、王都に帰りな~』



―――リューン・セルバンテスは復帰不可能

―――前線から即座に帰還せよ



 文句を言い続けたリューンに、医師は最後にこう言い捨てた。




『あ、ねえ! 退職金と、傷痍軍人として年金が出るってさ! ボクに感謝してよね~』





 


 そうして前線基地から追い出されたリューンは、軍部の気配を避け、王都からほど近いがド田舎すぎて軍人は誰もやってこない、このアルド村に移住したのだった。

















「ほんっと、あの医者……まあ、腕も無事に治ってよかったですけど」







 リューンはそこまで回想したところで、飛んでいた意識を取り戻し、シチューを皿にたっぷりとよそった。スプーンと皿、グラスを手にテーブルへと移動し、手を合わせ、食前の祈りを捧げる。




「感謝を」




 そしてシチューを口に含み「んーっ、おいしいー!」と、盛大に顔をほころばせるのだった。














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