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アイトハ。



葵さんの後についていって、店の中へと入っていく。


さっき話していた話を聞かれていたと思うと、なんだか気まずい・・・。


そう思うとどんどんと歩くスピードが遅くなり、頭が自然と下に向いていく。


とぼとぼ、とぼとぼと歩いていると


「おい、なにやってんだ。」


気づくと葵さんの顔が距離1センチもないところにあった。


「うわあ!!」


びっくりして変な声を出してしまった。


「ぼーっとしてんなよ。」


そう言って頭をぽんぽんとたたかれる。


そのまま、葵さんは少しかがんで目を見て話す。


「知りたいと思うのはしょうがないことだ。だから気にするな。」


そう言うとまた向きを直して歩いて行ってしまった。


「あ、ありがとうございます・・・。」


案外いい人だなと思った。



私たちがそうこうしている間にも、電話は鳴り響いている。


ジリリリ、ジリリリ


昔の黒電話の音だ。



私が初めてこのお店に来た時に、入るなと止められた部屋。


そこから音が聞こえる。


一瞬入っていいかととまどったものの、中から葵さんが入ってこいと言っているので入ることにする。


葵さんは電話をうけていた。


その黒電話をみて、驚く。


なんと電話には本来つながっているであろうはずの電話線がつながっていないのだ。


「はい。もしもし。・・・・ええ。・・・・では、お待ちしています。」


私がそのことに驚いている間に、電話は終わる。


「あの・・・。これ、なんで線がつながってないんですか・・・??」


「ああ、これか?この電話は、つながるべきところにつながるようになっているからだ。」


「つながるべきところには・・・??」


「そう。必要なところには、つながる。」


そう言うと葵さんは電話台の横にある大きな木の棚を開け、掌に収まるほどの透明な石を取り出した。


「おぼえてるか?これがプリズムってやつだ。これに今から来る客の感情をこめてもらう。」


その石は私の手の上にのせられる。


「へえ、これが。結構いびつな形をしているんですね。」


そのプリズムというやつは、私たちがよく知る道端の石のようにごつごつとしていて、とてもいびつだった。


他の石と違うのは、ガラスのように透明で、澄み切っているところくらいだった。


「まあな。それを削り、綺麗な宝石にすることも、俺の仕事なんだよ。」


だからか、と思った。


そのわけは、この部屋に入ったときまず第一に視界に入る大きな木の机。


その上には素人の私にはわからないような、工具のようなものがたくさんおかれている。


さすがはステンドガラス職人。と思ったが、使うのはステンドグラスにだけではないらしい。


思考をはりめぐらしていると、玄関のドアがあく音が聞こえた。


「来たようだな。」


葵さんは玄関に向かう。


一人部屋に残された私は、工具などが置かれている机の横にある、小さな丸い木の椅子に腰かけた。


掌にある、小さな石。


これが人の感情を吸い取るのか。


人の感情とは、こんな小さなものに入りきれるものなのだろうか。


ぼーっと電話台の後ろにある窓から景色をみて考える。


夏の日差しはちりちりと照りつけ、ガラスの向こうには陽炎がみえる。


あるのか、ないのか、わからない、みえないもの。




ドアを開ける音とともに、葵さんに連れられてこないだの男性が入ってきた。


小太りで、すこし背が低く、まあるい顔に、四角い眼鏡をかけているのがなんともバランスの悪さを感じさせる。


印象はなく、どこにでもいる普通の人。


きっと彼にも、私は同じように映るのだろう。


背が低いわけでもなく、高いわけでもない。


スタイルが良いわけでもなく、悪いわけでもない。


髪が長いわけでもなく、短いわけでもない。


顔がいいわけでもなく、悪いわけでもない。


どこにでもいる、ヒト。



男性は葵さんにうながされ、工具の置かれている大きな机の前にある椅子に腰かけた。


「心の準備はできましたか?」


葵さんは、机を挟んで男の真正面にある、ふかふかして気持のよさそうな椅子に座る。


「本当に、消してくれるんですか?感情を。」


男性は警戒心を隠そうとはしないまま、尋ねる。


「ええ。消せますとも。だけれども、あなたが将来その感情をもつことがなくなるわけではありません。なぜなら、人間とは学習し、成長していく生き物ですから。」


葵さんは笑顔で答える。


とびきりの営業スマイルだ。


「彼女を忘れることができるのなら、なんだって構いはしない。」


男はうつむく。


「彼女への感情をなくす前に・・・・・少しだけ、僕の話をしてもいいでしょうか・・・・・?」


男は遠慮がちにつぶやく。


「これは僕のわがままなので、嫌と言われればそれでおしまいなのですが・・・何分、今、すごく誰かに話しを聞いてもらいたい気分なのです。」


小さな口からぽつぽつと紡がれた言葉の後半は、消え入りそうなものだった。


いったいどのような反応をするのだろうかと葵さんをみると、その表情はどこか悲しいものであるようにみえた。


「ええ。構いませんよ。私とあなたは同じ世界を何一つとして共有していない。どうぞ思うがままに、話してください。」


心なしか声音が優しいような気がした。



男は、ぽつぽつと、ぽつぽつと、語りだす。




僕はこの通り見た目もこんなんで、性格もひっこみじあんで人見知り。


人づきあいがとにかく苦手で、会社にもどこにも友達のような友達もおりません。


そんなとき、会社の接待だからと仕方がなくいったクラブで、彼女と出会ったのです。


彼女は美しい人でした。


それが仕事とはわかってはいるのですが、彼女は僕に優しく接してくれました。


僕の醜さがわからなくなるほど、優しい人でした。


優しく、美しい彼女をほしがる男はたくさんいました。


そんな男の内の一人になることなど、少し前の僕なら馬鹿げたことだと軽蔑していたと思います。


でも僕は、彼女の虜になっていた。


優しく、美しい彼女に。


僕は彼女に自分の全てをつぎこみました。


彼女のためならと思うと仕事もつらくありませんでした。


そして全てをつぎこみ、僕には彼女だけとなったのです。


彼女だけがいればいい。


この世に彼女さえいれば、いい。


そう思う日々でした。


でもそんな日々にも別れが訪れます。


彼女がそのクラブから姿を消したのです。


表向きには実家に帰ったことになっていましたが、よく調べてみると


結婚 したそうでした。


僕は彼女を失いました。


ということは全てを失ったも同じでした。


今まで彼女に向けていた、感情の全てを、どこに向かわせたらいいのかがわからなくなりました。


なにも手に付かない。


なにも感じない。


だからなくしたいのです。


彼女への感情を・・・・・・。





男がうつむきながら紡ぎだす言葉。


表情はよくうかがえないが、きっと泣いているのだろう。


しばらく沈黙が訪れる。


葵さんは急かすでもなく、慰めるでもなく、ただただじっと、男性を見ていた。



しばらくたった後、ふいに男性が顔あげた。


「聞いてくれて、ありがとうございました。・・・・では、お願いします。」


そう言って力なく微笑む。


「わかりました。おい、あの石貸せ。」


「あ、どうぞ。」


私は葵さんの手に、さっきまで握っていたプリズムを乗せる。


「では、これに先ほどお話していたように、その時の彼女への感情をこめてください。」


男の手に、葵さんが石を乗せる。


「これに・・・・ですか・・・??」


「ええ。心配しなくても大丈夫ですよ。お電話でもお話したように、われわれは一切現金等は受け取りませんから。」


またもや営業スマイル。


男は半ば半信半疑のまま、石を強く両手でにぎりしめ、目をきつく閉じた。



すると、30秒ほどたつと、石がほのかに光はじめた。


「な、なんだこれは・・・・?!!」


男が驚いて手を離そうとするとのを葵さんは片手で静止し、


「そのまま、つづけてください。」


男は言われるがまま、石をきつく握りなおし、目を閉じる。


光はどんどん強まり、目を開けているのが少しつらくなるほどになった後、消えた。


すると男は突然目をあけ、あたりをきょろきょろと見回す。


「・・・・・あれ、僕はなぜここに・・・・・??」


え・・・・?


どうして・・・??


さっきまで、話していたのに。


「店頭に飾ってあるステンドグラスを気に行ってくださったようで、店内へとお招きしたのですが。」


葵さんはしれっと嘘をつく。


「え・・・・?そうだったんですか・・・??・・・・いやあ、困ったな。暑さにやられているのかなあ。」


男は少し困ったように笑う。


「今年は特に暑さが厳しいようですからねえ。」


どこまでも白々しい。


「はは。困ったなあ。おや、これは・・・・??」


男が先ほどまで握っていた石は透明ではなく、血のような赤になっていた。


どこかくすみがかったような、アカ。


「お客様が一番気に入ったガラスの色ですよ。モデルとしていくつかおいてあるんです。」


葵さんは涼しい顔だ。


「・・・・そうでしたか。ではこれは、・・・・お返ししなければなりませんね。・・・・たしかに綺麗だ・・・・。」


男はうっとりとした目で石を見つめる。


「ステンドグラスをご注文の際には、このガラスでご用意しますよ。」


ここでも営業スマイル。


「・・・・いや。なにせお金がないもんで。」


男は悲しそうに笑う。


「・・・では。僕は失礼させてもらいます。」


男は葵さんにお辞儀をし、なぜか私にまでお辞儀をしてから、部屋を出て行った。


真面目な人なのだな、と思った。


真面目すぎるから、まっすぐすぎるから、つらかったのだろう。



男がでていって、しばらくしてから真っ赤な石を手にとって葵さんはつぶやく。


「お前は、この色をみて、あの男の感情になんて名前をつける?」


「名前、ですか・・・?」


先ほどの男の話を思い返す。


男が女に抱いていた感情、それはやはり


「やはり。愛。じゃないですか・・・?」


そういうと葵さんは私から目をそらし、赤い石を左手の親指と人指し指で持ちながら言う。


「俺はな、あいつの感情は、 憧れ に見えた。」


葵さんの目は、赤い石をぼーっとみつめている。


「自分にはないと、思うものをほしがる。手に入れたいと思う。そんな、憧れに見えた。だって男は、その女をストーカーだとか、無理やり別れさせる、だとかそういう方法は選ばずに、忘れることを選んだだろ?それはさ、きっと、その女自身がほしかったわけじゃないんだよ。その女が持っているものがほしかったんだよ。」


赤い石が、葵さんの手の中で転がる。


「失くしていい、ものだったのかねえ。」


そうつぶやく葵さんの横顔はどこかさびしげで、儚げだった。


触ったら壊れてしまうような、儚さ。


その儚さを、遠くから見つめる。


まるで、雪のようだなと思った。


私の夢に繰り返し出てくる、白い、雪。


雪のような、ヒト。



「おい。あんまり見つめんなよ。」


考え事に集中していたせいか、じっと見ていることに気付かなかったようだ。


「べ、べつに見つめてなんかいませんよ。」


「へーえ?」


そう言って葵さんは不敵に微笑む。


「な、なんなんですか・・・??」


「嘘つく弟子には、ここの部屋の掃除をまかせようかなーと思ってな。」


「え?!!」


「まずは工具の手入れからお願いするかなー。」


工具の数、ざっとみること・・・


た、たくさんある・・・・。


どうやら前途多難のようです・・・。








「んじゃ、明日もよろしくな!」


≪明日は散歩に行ってほしいのう。≫


「ちょっとは自分たちも手伝ってくださいよ!!」


時刻は夕方6時。


まだ暗くはなっていないが、少し肌寒くなってきた。


「俺らはなんせいそがしいからな~。な、蒼さん?」


≪そうじゃな!≫


しっぽがふりふりと揺れている。


絶対にうそだ・・・。


「とりあえず今日は、帰らせていただきます・・・・。」


「おう。気をつけろな。」


≪転ぶなよ。≫


「転びません!」



自電車を勢いよく蹴り、スピードをだす。


風が、心地よい。


夕焼けを横目にみながら、走る。


あの男の色を、思い出す。


真っ赤。


くすみがかった赤。


あれはなんの感情なのだろうか。


愛 か 憧れ か





愛とは


なんなのだろうか。




自電車は、走る、走る。


夕日から、遠ざかるように。






















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