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アマデウスの謎  作者: 伊吹 由
第1章 始まり
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第8話  ピアノ

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 慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2


      「アマデウスの謎」 


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前回までのあらすじ


2012年12月。

リナの携帯に、妹を誘拐したという電話が届く。1つ年下の後輩・慎吾と共に、実家に戻るリナ。


羽鳥家に関わる面々が集まる中、【誘拐犯】から連絡が入り、1週間以内に1億を用意しろという。


警視庁から2人の捜査官が訪れ、羽鳥邸にいた連中に事情聴取をする。そんな中、リナは母親が不審なメールを受け取った事を知る。リナも捜査官の藤岡も、このメールが事件の鍵を握っているとよむが・・・。


慎吾は羽鳥家家政婦の新城から、リナの前の彼氏が藤岡に射殺された事を聞いた。


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     第8話  ピアノ   


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2012年12月13日(木)、午前7時。羽鳥邸。


リナの携帯に「妹を誘拐した」という電話が届いて、12時間が経過した。


慎吾は羽鳥邸の2階・・・とある一室のベッドに腰掛けていた。

リナの母親は【客用の部屋】と言っていたが、20畳はある広さだ。


2時間は眠れただろうか・・・ 


慎吾「・・・ ・・・」


前日、リナと共にラーメンを食べていた時から今までの事を振り返る。

あまりにも多くのことが起こった。


体は疲労困憊ひろうこんぱいだが、眠気は全くない。

慎吾はゆっくりと立ち上がり、窓のカーテンを開いて太陽の光を浴びた。


ふと羽鳥邸の広い庭を見ると、警視庁から配備された警察官が歩いている。時折、羽鳥家警備主任の井上、それに警備担当の安田の姿も見えた。


12月の中頃・・・寒いであろう庭先で、時折手をこすり合わせながら巡回している。


寒そうな庭先と違って、部屋の中は暖房が効きすぎて暑い。窓を開けると12月のひんやりとした空気が体に吹き付け、それが心地よく感じられた。


しばらく冷たい風にあたっていたが、体が冷え始めると再び窓を閉める。


パンツとランニングという姿で寝た慎吾は背伸びをした後、昨日と同じ服を着けて部屋を出た。


慎吾「わ・・・ 部屋の外も暑い・・・」


羽鳥邸内は全て暖房完備。昨夜初めて訪れた時は、寒い外から来たこともあって暖かいと感じたが・・・ずっと中にいると汗が出るぐらい暑く感じる。


部屋を出ると、2階の廊下から1階を見渡すことが出来た。

窓際のソファーに座った藤岡捜査官が、パソコンをうっている姿が見える。


奥から出てきた家政婦の新城が、藤岡にコーヒーを出した。


(慎吾「みんな早いな・・・」)


昨夜は午前2時まで事情聴取を受けていたのに、朝7時にはみなテキパキと動いている。慎吾はコーヒーを飲む藤岡を見ながら、昨夜新城から聞いた事を思い出した。


(慎吾「彼が・・・ リナ先輩の彼氏を撃ち殺した・・・」)


新城はそれ以上の事を喋る事は無く、どういう経緯があったのかは全くわからない。しばらく藤岡捜査官の様子を見ていた慎吾。


慎吾「 ? 」


ふと心地よいメロディーが耳に入ってきた。

さすがはお金持ちの羽鳥邸。朝から優雅にクラシックのCDが家に流れている。


と、思っていたが・・・


(慎吾「生のピアノ演奏だ・・・」)


慎吾は綺麗な音色が聞こえてくる場所を探しながら、階段を下りていった。

1階の奥の部屋からその音色は聞こえてくる。


部屋の扉が開いていたので、慎吾はそーっと中を覗いてみた。


(慎吾「リ、リナ先輩・・・」)


その部屋はちょうど学校にある音楽室のような広さで、真ん中には大きなグランドピアノがある。そしてオレンジ色のTシャツに白いショートパンツというラフな格好をしたリナが、優雅にグランドピアノを弾いていた。


慎吾は静かに扉にもたれかかり、その美しい音色に聞き耳をたてる。

リナが優しく鍵盤上に手を滑らせる姿もまた美しい・・・


大きなポニーテールが左右に揺れ、上下に跳ねる。

リナの白い手は白鍵と黒鍵の上を優しく、そして力強く踊っているようだ。


慎吾の耳はただ演奏に聴き惚れ、そして目はただリナに見とれている。


しばらくして演奏を終えたリナが小さくため息をつき、天井を見上げた。気配に気づくと、扉の方へ視線を移す。


リナ「やだ・・・ 見てたの?」


しばし現実から遠ざかった慎吾が我に返った。


慎吾「あ・・・ いや・・・ す、すいません」


リナは小さく笑ってみせる。


リナ「何謝ってんのよ。彼氏なんでしょ、あんた?」


慎吾はリナの露出度の高い姿を見て、頬を染めた。リナは気にせず慎吾に声をかける。


リナ「今の曲はね・・・ ひなが大好きな曲なの。

    大学行く前は、よく弾いてあげたんだけどね・・・


    必ずまた聴かせてあげようと思ってさ・・・」


妹の事を思い眼を細めるリナ。


慎吾「ベートーベンの悲愴、第2楽章。僕もこの曲、大好きですよ」


リナは慎吾の発言に目を丸くした。


リナ「あら・・・ この曲知ってるの? 驚いたわ」


慎吾は笑顔で口を開く。


慎吾「僕、クラシック大好きですよ。

    高校の時、毎週CDがついてくる雑誌を集めて聴いてましたから」


リナ「はー・・・ 絶対私と同じ趣味はないと思っていたのに・・・」


慎吾「僕の方こそ驚きですよ。

    まさかリナ先輩がこんなにピアノが上手いなんて・・・」


リナは小さく首を横に振りながら応える。


リナ「だって私、昔はし・・・」


ふとリナは何かを思い出したような表情を浮かべ、言葉を止めた。


リナ「・・・ ・・・」


じっと慎吾を見つめたリナは、トレードマークである大きなポニーテールを右手で握り、上に持ち上げる。そして片方の眉をつり上げ、しかめっ面をしながら慎吾に


リナ「だって私。ベートーベンだもの」


と言った。


慎吾「え・・・?」


慎吾の目は点になり口は半開き。ポカンとした表情で、ただリナを見つめている。その様子を見たリナは


リナ「なるほどね。あーゆー顔してたのね、私」


と言いながら、いつもの表情に戻った。


慎吾「あ、あの・・・ 今のは・・・?」


ようやく声を絞り出す慎吾。


リナ「あー、気にしないで。こっちの事だから」


リナは小さく笑い、右手を軽く横に振った。


リナ「私ね、昔はシンガーソングライター目指そうかな~って・・・。

    そう思ってた頃があってね・・・」


しばし反応の鈍っていた慎吾は【シンガーソングライター】という単語に反応する。


慎吾「すごい! うわ~、僕、楽器とか全然ダメだから憧れます!」


リナ「うん・・・ まぁ思っていただけだけどね・・・。

    今はただのパソコンオタクだけど・・・」


だんだんとリナの表情が暗くなっていく。


リナ「・・・ ・・・」


首を強く横にふったリナは慎吾と視線を合わせた。


リナ「何かリクエストある? 弾けるのなら弾いてあげるわよ」


慎吾「わ! ホントですか!」


慎吾は無邪気に嬉しそうな表情を浮かべる。


リナ「えぇ。一応恋人という設定なんだから。

    それっぽい事もしとかないとね」


言いながら、小さく笑った。


慎吾「じゃ、じゃぁこの時間だし・・・。

    グリーグの組曲【ペールギュント】の・・・」


リナは一瞬ドキッとする。


慎吾「【朝】をお願いします!」


数秒の沈黙の後、リナは笑いながら応えた。


リナ「OK」


リナは目を閉じ、深呼吸をして静かに両手を鍵盤に置く。

目をゆっくり開くと、しなやかな手は鍵盤の上を優雅に滑り始めた。


慎吾は再び至福の時の中に吸い込まれる。リナのピアノを弾く姿だけでも美しくて目が離せないのに、その手が奏でる音はまた幸せを感じずにはいられない。


演奏しながらリナは、小さな声を慎吾にかけた。


リナ「絶対私の彼氏になれないわね・・・ふふ」


慎吾「え? 今、何か言いました?」


リナは笑いながら、何事も無かったかのように演奏を続けた。



・・・ ・・・。


リナ「ふ~」


演奏を終えたリナは、再び目を閉じ深呼吸をする。


慎吾「最高です。うわ~、ホントにリナ先輩って多才だな~」


拍手をしながら、演奏の余韻に浸っている慎吾。


リナ「ありがと。

    あんたに弾いてあげる最初で最後の曲、喜んで頂けて光栄よ」


いたずらっ子のように笑って見せるリナ。


慎吾「えぇ!? 最後の曲って・・・ そんな~」


リナ「一応プロ目指してたんだから。身内以外は金とるわよ、金!」


ふと慎吾はリナの足下にあるノートパソコンに気づいた。


慎吾「リナ先輩の側には、いっつもノートパソコンがありますよね?

    TV局行った時も、埋蔵金探しに行った時も・・・。


    いつもパソコンと一緒でしたし」


リナは小さく鼻で笑う。


リナ「まあね。これが近くにないと安心できないのよ」


慎吾も小さく笑った。


リナ「・・・ ・・・」


何でもない2人のかけ合い。笑いながらリナは、この何でもない時間がいかに貴重であるかを感じる。


・・・ ・・・。


午前7時半。羽鳥家に関わる面々は応接間に集合していた。現在現場の指揮を執っているのは、警視庁の特別捜査官藤岡である。


藤岡はまず、母親の瞳に仕事を休むよう指示。そして慎吾とリナにも自宅待機を命じた。


警備員の安田と井上は自宅に戻ってよいと伝えたが、安田は自ら羽鳥邸内に残ることを志願。58歳の井上は徹夜でその疲労が隠せず、瞳に申し訳ないと何度も頭を下げ自宅に戻った。


瞳は犯人からの電話を待ちつつも、社長を務めるWBCに何度も電話をして仕事を指示する。


※ WBC = 羽鳥コーポレーション


いつ犯人からのコンタクトがあるかもしれないと緊張する面々の期待を裏切り・・・


犯人からの電話はなく、ゆっくりと時間だけが過ぎていった。


藤岡「・・・ ・・・」


藤岡は腕時計を見ながら、小さなあくびをする。そして自分のノートパソコンのキーボードをカタカタと打ち続けた。



・・・ ・・・。



午前10時ちょうど。もう1人の捜査官・後藤が訪れ藤岡と情報交換をする。


誘拐された羽鳥雛子の携帯からは本人のものと思われる指紋、そして母親の瞳の指紋以外には何も検出されなかった。母親の瞳に届いた文字化けしたメールについても、まだ解析結果は出ていないと後藤は伝える。


藤岡は昨夜の無言電話以降、何もない事を後藤に伝えた。


藤岡「では・・俺は仮眠をとった後、署に戻ります。

    午後10時にまた来ますので」


後藤「睡眠だけはとっておけよ。いざという時、動けなければ捜査官失格だぞ」


後藤はポンと藤岡の肩を叩きながら、声をかける。


藤岡「ふっ。心配無用ですよ。知ってるでしょ? 

    俺は3時間も寝れば十分だって事を。


    少し寝て、またすぐに署に戻ります。必ずホシをあげますよ」


後藤は苦笑いをしながら、もう1度藤岡の肩を強めに叩いた。


後藤「あぁ。お前の実力は俺が1番知っている。頼りにしているさ」


藤岡は右手に電子機器の入ったアタッシュケースを持ち、瞳にあいさつをして玄関へ向かう。


玄関の手前で視線を感じた藤岡が歩みを止めた。


藤岡「何か?」


横を振り向いた藤岡の視線の先には、慎吾が立っている。


慎吾「あ、いえ・・・・お疲れ様です。

    昨日から寝てないのにすごいなって・・・」


慎吾は思った事を素直に言った。


藤岡「聞こえたろ? 俺はショートスリーパーなんだよ。

    意味はわかるか?」


小馬鹿にしたように笑う藤岡。


慎吾「えぇ。短時間睡眠者ですよね。でもショートスリーパーの人って・・・

    寿命が短いって統計で出てるそうです。気をつけてくださいね」


ニコッと笑う慎吾とは対照的に、藤岡は無表情になる。


藤岡「本気で俺に言ってるのか?」


その冷徹な視線に慎吾は背筋がヒヤリとした。


慎吾「あ・・・す、すいません。余計な事を。最近ニュースで聞いたもので・・・。

    悪気はないんです、ホントです!」


鋭い視線の藤岡は一転して笑い出す。


藤岡「ははは。君は面白いな。

    昨日もそうだったが、実に面白いキャラクターだよ!」


ひとしきり笑った藤岡はさらに続ける。


藤岡「2つわかった事がある」


藤岡は慎吾にVサインを見せた。


藤岡「1つ。君は羽鳥リナの彼氏ではない」


その言葉に、慎吾は目を丸くする。


慎吾「え!? えぇ!? い、いや・・彼氏ですよ! 

    れ、れっきとしたリナ先輩の彼氏です。


    2人でTV局行ったり、山に冒険に行ったりとか・・・」


藤岡「ふ・・・言い訳してるみたいだぞ。

    仮面夫婦・・・ならぬ仮面恋人と俺はみているがね」


そう言うと藤岡は玄関のドアノブに手をかけた。


慎吾「あ、あの・・・ もう1つわかったって事は?」


藤岡の背中越しに慎吾が声をかける。開いたドアの向こうから冷気が室内に流れてきた。


ちらっと慎吾を見た藤岡は、一言だけ言葉を残し出て行く。


藤岡「君に犯人は捕まえられない」


開け放たれたドアの向こう・・・藤岡の背中を見ながら、慎吾は冷たい外気を頬に受けていた。



             (第9話へ続く)

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次回予告


リナはセキュリティウォールをくぐり抜けてきたメールを慎吾に見せ、何かわかる事がないかを尋ねる。


慎吾はそのメールが、何かの暗号だと口にする。


そして慎吾とリナの知らないところで・・・

犯人による恐ろしい殺人事件が展開されていた。



次回 「 第9話  暗  号 」

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