第30話 脱 走(2008年)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナの新しいピアノ講師、そして彼氏となるヒロ・ハーグリーブス。
リナの父親・魁斗は、覆面をつけた男らに誘拐されてしまう。そしてマスターと呼ばれる男に、自らが開発したソフトのアルゴリズムを要求された。返事に躊躇を見せる魁斗に、マスターはリナを殺すと宣言。
一方ヒロは、羽鳥魁斗誘拐の容疑で逮捕されてしまう。チームを組んでいる安田から、金属棒をもらいうけ・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第30話 脱 走(2008年)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2008年12月7日(日)。午後4時33分。湾岸警察署。
捜査官・後藤源治郎は10ある留置室のうち、とある1室の前で足を止めた。コートの中からゴソゴソと留置室の鍵を取りだそうとしながら、鉄格子越しに部屋の中を見る。
後藤「・・・ !?」
瞬間後藤は愕然とした。鉄格子の向こうに・・・留置されているはずのヒロがいない。慌てて留置室の扉を開けようとするが・・・
後藤「な・・・」
鍵がかかっていなかった。
ヒロを留置した時、鍵をかけたのは後藤本人。手順にのっとり、2度も鍵が閉まっている事を確認したはずだ。
後藤「な、何故・・・?」
後藤はすぐに携帯をかける。
後藤「後藤だ。羽鳥魁斗誘拐事件の容疑者ヒロ・ハーグリーブスが逃げた!
緊急配備をしいて、警察署付近を捜索させろ! すぐに!!」
携帯を切った後藤は、誰もいない留置室の中を探ってみた。どこをどう探しても、人の気配はない。
(後藤「何か・・・ 何かないか・・・」)
現場を調べるのは捜査の基本。後藤はベッドの下に落ちていた、白い紙切れを見つける。
【 20:00 浜松町 】
そう書かれていた。
後藤「浜松町・・・」
後藤は再び携帯をかける。
後藤「すまん! 容疑者は浜松町へ逃走した可能性あり。
至急、浜松町へ通じるルートへ警官を配備してくれ!」
携帯をかけながら、その場を走り去った。
・・・ ・・・。
モニター室へ慌てて入ってきた後藤。監視カメラの映像を管理している部屋だ。部屋の中には、警察署内に設置された64台もの監視カメラ映像がある。それらを4人の警察官が、手分けしてチェックしていた。
後藤「おい。3階の留置所だ! ここ1時間の映像を映せ!」
部屋に入ってくるなり、後藤は一人の警察官の肩に手をかけ大声を出した。
「え・・・ っと・・・?」
言われた警察官は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべる。
後藤「急げ! 3階の映像を映すんだよ!! 容疑者が逃走したんだ!」
警察官はあわてて機械を操作し、後藤の要求した映像を映し出した。
カメラは固定映像ではなく、定期的に首をふって全体を見渡す映像だ。後藤は時折警察官に早送りを指示しながら、ヒロの留置された部屋が映る映像を凝視した。
後藤「・・・ ・・・」
10ある留置室。その時間はヒロだけが留置されている。鉄格子の間から両手を出し、廊下の左右を確認しているヒロの映像が斜めから映し出された。
そして一瞬だが、間違いなく監視カメラに視線を合わせた。
後藤「カメラの位置をさぐった・・・? まさかな・・・」
ヒロの両手は何かモゾモゾとしているように見えるが・・・見ている映像だけでは、よくわからない。カメラはいったんヒロの部屋の画像を切り・・・しばらくしてまたヒロの部屋を映した。
その時すでにヒロの姿は見えず、カメラは留置室の奥まで映すことは出来ない。
後藤「部屋の中に入ったか・・・ それともすでに出た後か・・・?」
その後の映像を早送りで見たが・・・ ヒロを迎えに来た後藤が映るまで、特に変わった様子はなかった。監視カメラには、ヒロがいなくて慌てる様子の自分が映っている。10分前の映像だ。
後藤「いったい・・・どうやって・・・・?」
後藤はその場にいたカメラの管理担当警察官4人に、どこかの映像にヒロが映っているはずだとチェックをさせた。しかし・・・
この1時間、留置所付近の映像に現れたのはヒロと、彼を連行する後藤の姿だけ。誰かが留置室の鍵を開けた様子は一切ないどころか、そこに訪れた人物すらいない。
それに64台のカメラ全てに、ヒロの姿は全く確認出来なかった。
警察署の外では、パトカーのサイレンが鳴り響き、逃亡者のヒロの行方を追っている。
後藤「な、何が起こった・・・? 神隠しか・・・?」
後藤は呆然としながらも携帯を取り出し・・・羽鳥邸で待機している同僚の藤岡に連絡した。
後藤「後藤だ。ハーグリーブスが逃げた!」
電話の向こうから、驚いた声が聞こえてくる。
後藤「あぁ。今から私は、逃走先と推測される浜松町まで行く。
仲間と合流して高飛びするのかもしれん。あるいは・・・
容疑者はそちらにも現れる可能性はある。
周辺の警備を強化しておくんだ!」
携帯を切ると、後藤は羽田・成田にヒロの写真を手配させた。
後藤「署から容疑者を逃がしたとあっては・・・」
唇をかみしめながら後藤は警察署を後にした。
・・・ ・・・。
後藤が警察署を出たちょうどその頃。ヒロが留置された部屋の、2つ隣の部屋。こちらも鉄格子つきの留置室だ。その中にはむきだしの洋式トイレと、簡易ベッドの上に布団一式がある。
パトカーのサイレンが警察署の外・・・そこかしこで鳴り響いている。
それを聞きながら・・・
ヒロはゆっくりと、布団の中から姿を現した。
(ヒロ「半分ぐらいは、外に出ていったかな?」)
1人でも多くの警察が、署の外に出てくれと願うヒロ。大きく深呼吸をすると
(ヒロ「さて・・・ お姫様の元へ行きますか」)
両手で顔をパンと叩き、気合いを入れる。タイミングを見計らい・・・鍵のかかってない留置室を出て行った。
・・・ ・・・。
監視カメラをチェックしていた警察官の1人は、思わず声をあげた。
「ん!?」
2台のカメラ映像が突然真っ暗になった。4階の一部を映しているカメラだ。
「おかしいな・・・」
機器を操作するが、画面は黒いまま。操作しながら警察官は受話器を取り、内線をかける。
「こちらモニター室だが・・・
4階Bフロアの監視カメラ2台の映像が途絶えた。
接続不良かもしれない。ちょっと見てくれないか?」
受話器の向こうから「了解」という声が聞こえたその時・・・
さらに4台のカメラ映像が黒くなった。いや・・・ 続けざまに3台、さらに3台、4台と画面が黒くなっていく。
「な・・・ 何だ!? 何が起こってるんだ!?」
1分後、64台のカメラ映像は全て真っ暗になった。その場にいた4人の警察官は混乱に陥る。いくら機器を操作しても画面は黒いまま。
4人は一斉に各部署に内線を入れ、各階の監視カメラをチェックするように指示した。
「何かがおかしい! 各階とも仕事を一時ストップ!
すぐに異変の原因を調べてくれ!」
警察署内がちょっとした混乱に陥っている時・・・
ヒロは監視カメラを避けて、地下にある配電盤の前に立っていた。
ヒロ「1箇所に署内のブレーカーを全て配置するって・・・
設計ミスだよな・・・」
独り言を呟きながら、タイミング良くいくつかのブレーカーを落としていく。
(ヒロ「さて・・・ 問題は外に出る時だが・・・
パトカーを盗むわけにはいかないし。
かといって、そのまま出るのも危険だし・・・
どうしたものか」)
その時、背後からヒロの肩を掴む人物がいた。
男「おい!」
・・・ ・・・。
後藤からの電話を受け取った捜査官の藤岡は、羽鳥邸の1階で待機していた。電話を切って20分ほど経った頃・・・2階のリナの部屋に足を運ぶ。
コンコンコン・・・
リナの部屋の前に立ち止まりノックした。しばらくすると、目を真っ赤に腫らしたリナがドアを開ける。
リナ「な、何か・・・・?」
藤岡は2、3秒ほどリナを見つめた後、静かに声をかけた。
藤岡「あなたのピアノ講師、ヒロ・ハーグリーブスについてだが・・・」
ヒロの名前が耳に入るとリナは・・・ 目から枯れることのない涙をあふれさせる。
藤岡「・・・ ・・・」
藤岡は言葉を止め、しばらくリナを見つめた。
藤岡「いや、失礼。話はまた後ほど」
そういうと藤岡はリナに背を向け、静かに部屋を離れていった。
(藤岡「あの娘は、ハーグリーブスが逃げた事を知らない・・・」)
リナの様子から、逃亡したヒロとの接触がない事を確信する。未だ、ヒロを捕らえたという連絡は入ってこない。
藤岡「・・・ ・・・」
藤岡はこの誘拐事件が、まだまだ一波乱ありそうだと感じていた。
・・・ ・・・。
警視庁から1km離れた道路を1台の車が走っていた。
ヒロ「いや、助かったよ」
車の助手席に乗るヒロは、運転手の安田に声をかける。
安田「さすがのあんたでも・・・
1人であそこから抜け出るのは、厳しいかと思ってね」
運転しながら軽い笑顔を見せた。
ヒロ「まぁ、俺1人でも逃げ出せたが・・・
時間を考えると、車を盗むところだったからな」
ヒロも笑いながら声をかけたが、すぐに真剣な表情になる。
ヒロ「で、覆面男の方は?」
安田「大丈夫。男の靴に発信器をつけるのに成功した。
足取りはすぐ掴める。それより、あんたに渡す物があってね」
安田は胸ポケットからプリペイド携帯を取り出し、ヒロに手渡す。
ヒロ「助かる。自分の携帯が手元に戻るまで、これでお前に連絡できる」
安田「それともう1つ。あの男の身元が、ついさっきわかった。
人民解放軍特殊部隊に所属していたようだ。
名前は珍」
ヒロ「中国人か!?」
安田「いや・・・何せPLAの特殊部隊は、国家の最高機密事項扱い。
外国人部隊もあるらいしいからな。
コードネームの可能性もある」
※ PLA = 人民解放軍
ヒロ「どうやって調べた?」
安田「中国当局の極秘データーバンクを、知人に洗ってもらった。
くわしい内容は、その携帯でアクセスできるよう設定してある」
ヒロ「そうか。俺はSISにあいつらが使った機器の照合を依頼してある。
最先端のハイテク機器を使っていたから・・・
そこからあいつらに繋がる情報を・・・期待しているんだが」
安田「お互い、情報に進展があればまた連絡するという事で」
ヒロ「あぁ・・・少しずつ近づいている。黒幕までもう少しだ・・・」
黒幕の正体さえ掴めれば・・・ この事件は全て解決する。そう信じてヒロは、気合いを入れ直した。
ひばりヶ丘駅の近くでヒロは車を降りる。
安田「今、6時半だ。俺は覆面男の所へ向かう」
ヒロ「Thank you! 必ず・・・テロリストを捕まえるぞ」
安田「もちろん!」
そういうと安田は、ウィンドウを閉めて車を走らせていった。
ヒロ「さて・・・」
ヒロはリナの自宅の方を見つめながら、リナを守るための作戦を考え始めた。
・・・ ・・・。
午後8時57分。羽鳥邸。
羽鳥邸の1階にいた藤岡は腕時計を見る。午後10時には後藤と交代の予定だ。現時点で逃げ出したヒロが捕まったという連絡はない。
羽鳥邸の中には藤岡以外に2人、庭先に3人の警官が巡回しているが・・・誘拐犯からの連絡もなければ、ヒロが羽鳥邸に現れる気配もない。
藤岡「・・・ ・・・」
ちらりと2階の奥の部屋を見た。
ヴィーン・・・
部屋からは、先ほど風呂からあがったリナがドライヤーを使用している音が聞こえてくる。
藤岡はスタスタと窓際まで歩いて行った。大きな窓から庭先をぐるっと見渡す。
その時だった。
ド・・・
ッッッッゴーーォォッォォオオンン!!!
突然の爆音が鳴り響いた。藤岡の視線の先では・・・羽鳥邸の庭と公道を隔てるブロック塀が粉々に砕け散り、煙が上がっている。
そして庭先の灯りに照らされた覆面男が・・・数名侵入するのが見えた。
庭先にいた警官は突然の爆音に、混乱する。
覆面男らは狼狽する警官に銃を向けると、迷わず引き金をひいた。発砲音はしなかったが、3人の警官は次次に倒れていく。麻酔銃による攻撃だ。
それを見た藤岡は、すぐに2階のリナの部屋に向かっていた。しばらくして、覆面男らは窓ガラスを割って中に侵入してくる。
バタン!
藤岡はノックをせず、リナの部屋のドアを勢いよく開けた。
藤岡「覆面男が侵入! すぐに逃走・・を・・・」
その声は尻すぼみに小さくなっていった。
藤岡「・・・ ・・・」
部屋の中にリナの姿はなく・・・
ヴィーン・・・
スイッチがオン状態のドライヤーだけが、鏡の前に置かれてあった。
(第31話へ続く)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回予告
侵入した覆面男らの狙いは、羽鳥魁斗の娘・リナ。
しかし藤岡がリナの部屋に入った時、リナの姿はなかった。
リナの部屋に残されたのはスイッチが入ったドライヤー・・・
それは、ヒロとリナが再会を果たすためのものだった。
次回 「 第31話 月 光 (2008年) 」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~