第29話 マスター(2008年)
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナの新しいピアノ講師、そして彼氏となるヒロ・ハーグリーブス。
リナの父親・魁斗は、覆面をつけた男らに誘拐されてしまった。そしてマスターと呼ばれる男に、自らが開発したソフトのアルゴリズムを要求される。
一方ヒロは、羽鳥魁斗誘拐の容疑で逮捕されてしまった。
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第29話 マスター(2008年)
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魁斗「・・・ ・・・」
目の前の男をじっと見つめる魁斗。
マスターと呼ばれる男と、2度目の面会をしていた。男は相変わらず黒い大きなサングラスと、白いマスクをしている。
男は腕時計をちらりと見ると、魁斗に声をかけた。
男「さて・・・今がちょうど24時間だ。返事を聞かせてもらおうか?」
魁斗「・・・ ・・・」
魁斗は無言で男を見つめている。
男「まだ迷っているか? だが今がタイムリミット。
私と手を組み、アルゴリズムを引き渡すか・・・
あるいは家族を失うか・・・その2択だ」
魁斗「・・・ ・・・」
しばらく沈黙の時が流れた。
男「ふん。語る口は持たぬか・・・ よかろう。
ならば24時間後に・・・」
男は小さなため息をつくと、残念そうな声で魁斗に語る。
男「24時間後に、羽鳥リナと面会させてやる。
もっとも死体でだがな」
魁斗「!?」
男「あと1分だけ返事を待つ。返事がなければ、私は言った事を実行する」
しばらくの間の後、魁斗は口を開いた。
魁斗「リナには・・・ リナにはヒロがいる。
彼は、非常に優秀なボディガードだ」
男はサングラスを軽くかけ直すと、マスク越しに笑ってみせた。
男「はっはっは。まぁ監禁されていては分からぬか。
あの男は警察に捕まったよ」
魁斗「何!?」
男「羽鳥魁斗誘拐事件の・・・容疑者としてな」
魁斗「まさか・・・」
男「ふ・・・。今まで私が、教授に嘘をついた事はあるかな?
彼は今頃、警察署で取り調べを受けているか・・・
留置所にいるかのどちらかさ」
魁斗「く・・・」
男「さぁ、どうする? ボディガードがいない娘を守る者は・・・
役にたたない日本の警察だけだぞ?」
魁斗「・・・」
魁斗の顔に脂汗が流れた。
男「ふふ。あなたの考えている事はよくわかる。
私の言ってる事が嘘で、ヒロはリナの側にいる。
仮に本当に捕まっていたとしても、警察がリナを守ってくれる・・・
IQの高い人間は、いい方向で色んな可能性を考えるからな」
魁斗「・・・ ・・・」
男「そういう人間の迷いを、払拭する方法がある」
男は再び腕時計をちらりと見た。
男「1分が過ぎた。教授、あなたのような人間にとって、娘を失う事は・・・
拷問よりも辛い事だろう」
魁斗「本気で・・・ 言ってるのか・・・?」
男「あぁ。今から24時間後、娘の死体と面会させてやる。
その後また、私と組むかをあなたに問う」
魁斗「や・・・ やめろ・・・」
男「あなたの妻と次女は、もうすぐ日本に帰国する事になっている。
もしまた24時間後に、あなたからいい返事がなければ・・・
さらにあなたの家族の死体が増える」
魁斗「や、やめろ! わかった! お前の言う通り手を組もう。
ソフトのアルゴリズムを解読するシステムを提供する!」
男は腕時計を三度、ちらりと見た。
男「残念だがとっくにタイムオーバーだ。あなたのような人間には・・・
こちらが本気で行動するって事を分からせるのが1番いい。
組むと見せかけ、下手な小細工をされないようにな」
魁斗「待て! ちゃんとアルゴリズムを提供すると言っただろう!」
大きな声でまくし立てる魁斗を、男はしばらく凝視する。
魁斗「私の家族に手をかける事は・・・望んでいないんだろう!?」
魁斗の大声と対照的に、男は冷静な声で応えた。
男「あぁ。だが今、私はこう考えている。
そのままあなたに仕事をさせるよりも・・・
娘の死体と面会後に仕事をさせた方が、いい仕事をする・・・とね」
魁斗「やめてくれ!! 娘に手をかけたら私は手を組まんぞ!!」
男「その後、妻と次女を失う事になってもか?」
魁斗「う・・・」
マスクの奥で、男はニヤリと笑った。
男「その躊躇は、私の考えが正しい証明だ。
本来、幸せの象徴である家族がいた事は・・・
教授にとって、不幸なのかもな」
魁斗「だ・・・ ダメだ!! 家族に手を出すな!!」
男「ふ、安心しろ。娘は楽に死なせてやる」
そう言うと男は、机の横にあるボタンを押した。ブーッという合図で、部屋の外に待機していた覆面男が入ってくる。
覆面男は、椅子に座っていた魁斗の腕をとり、立ち上がらせた。
魁斗「ま、待て・・・ 頼む! リナに・・・
リナに手を出さないでくれ!!」
男「24時間後にまた会おう」
男は冷徹に言い放つ。覆面男は大声をあげ抵抗する魁斗を、三度監禁部屋へと連れて行った。
男「・・・ ・・・」
魁斗が出て行くのを確認した後・・・ 男はサングラスとマスクをはずす。そして携帯電話を取りだし、どこかへかけた。
電話は1コールで繋がった。
男「次の仕事だ。今度はしくじるなよ」
そう言うと男は、2度目の羽鳥リナ誘拐の作戦を指示した。
・・・ ・・・。
2008年12月7日(日)、午後2時17分。湾岸警察署。
すでに3時間以上にもおよぶ後藤の尋問に、辟易していたヒロ。
ヒロ「・・・ ・・・」
終始黙秘を続けていたが、1つの賭けに出る事を決意する。
(ヒロ「このままでは、ラチがあかないしな・・・」)
大声で尋問する後藤に、ヒロは静かに声をかけた。
ヒロ「確か日本には・・・当番弁護士という制度があったはずだが?」
久しぶりに声を発したヒロに、後藤は一瞬戸惑う。日本人でも多くはその存在を知らない当番弁護士だが、イギリス人のヒロが知ってる事に驚きを隠せない。
後藤「た、確かに・・・それは権利だ。当番弁護士を呼べと?」
ヒロ「待ってくれ。知り合いに弁護士が1人いる。
彼を呼んで、今後の事を相談するのは可能か?」
後藤「・・・。 あぁ・・・」
後藤は言いづらそうに応えた。ヒロはメモ用紙とボールペンを借り、そこに1つの電話番号を記す。
ヒロ「山泉という弁護士の番号だ。俺の知り合いでね。電話してくれ」
メモ用紙を渡された後藤は、しぶしぶ取調室を出た。不審な点がないか注意を払いつつ、後藤自ら指定された番号に電話をかける。
2度の呼び出し音の後、電話が繋がった。
男「はい・・・?」
電話の向こうから、男の声が小さく聞こえてきた。
後藤「あぁ、失礼します。こちら湾岸警察署の後藤と申しますが」
男「・・・。警察が何かご用で?」
後藤「はい・・・。えっと・・・
そちらは、山泉弁護士でいらっしゃいますよね?」
男「・・・」
電話の向こうの男はしばらく沈黙した後、声をかけてきた。
男「用件は?」
後藤「はい。ヒロ・ハーグリーブスという男・・・ご存じですね?」
男「・・・。続けてくれ」
後藤「彼は今、とある誘拐事件の容疑者として逮捕されていまして・・・」
男「何!? ヒロが!?」
後藤「えぇ。あなたに相談したいと・・・詳細は本人から聞いてください。
こちらに来ていただけますか?」
男「わかりました。すぐに・・・ で、そちらの場所は?」
後藤「えぇ・・・ 湾岸警察署の場所は・・・」
・・・ ・・・。
午後3時9分。
一人の男が、湾岸警察署へ姿を見せた。スーツにネクタイ、そして度の強そうな眼鏡に7・3分けという見た目からして「弁護士」という男だ。
所定の手続きの後、容疑者のヒロと面会する手はずになっている。法律上、弁護士と容疑者の相談に、警察は立ち会う事が出来ない。
ヒロは取調室とは違う、小さな部屋に移されていた。その部屋には面通しのマジックミラーなどはなく、容疑者と弁護士の相談を第三者が聞くことは出来ない。
ヒロ「・・・ ・・・」
椅子に座ってじっと弁護士を待つヒロ。しばらくすると部屋の扉が開き、その男は入ってきた。ヒロはその男に視線を合わせると、大きなため息をついた。
ヒロ「ふ~。来てくれて安心したよ。ずっと連絡取れなくてどうしたのかと」
男「すまなかった。お互い金曜の夜から大変だったようだな」
男は眼鏡をはずす。弁護士を装ったその男は・・・ ヒロとチームを組んでいる安田だった。
もっとも弁護士の変装をしているため、見た目は全くの別人だが。
安田「まさか、弁護士をやらされるとはな・・・」
ヒロ「見た目はどう見ても弁護士だ。
お前の携帯番号を警察に渡したのは、賭けだったがよく来てくれた。
それより・・・何分話せる?」
安田「30分だ」
ヒロ「OK! まずはお互い情報整理だ」
まずはヒロから。金曜日の夜に、ハイテク機器を扱う覆面男のグループに襲われた事を話し始める。そして土曜の朝に羽鳥魁斗が誘拐された事、さらに羽鳥邸1階が爆破された事や、自分が逮捕された経緯を手短に5分で話し終えた。
安田「なるほどな。それで警察署に・・・」
安田の話はこうだった。
金曜日の夜にリナの電話を受け、学校に迎えに行った。大雨の渋滞に巻き込まれてようやくたどり着くと・・・リナはおらず、ヒロの車と怪しい車が1台駐車場にあった。さらにリナの携帯にも電話が繋がらない。
そして校舎から青白い閃光が放たれたのを見た。
ヒロ「それは俺が起こした、人工の雷だ」
不審に思った安田は、しばらく駐車場近辺を調べる。ヒロの車と、もう1台、不審な車を見かけたが・・・調べてる途中、常に受信状態にしてあるはずの、魁斗の携帯GPS-DATAが途切れた。
リナを気にしつつも、本来の警護対象である魁斗の身を案じ、安田は急いで羽鳥コーポレーションに戻る。しかし・・・
羽鳥魁斗はすでに行方不明だった。
安田「敵は完全にこちらの動きを掌握していたようだ・・・」
ヒロ「あぁ。江口の件もそうだが・・・完全に俺たちは裏をかかれている」
安田「すまない。社長を奪われてしまったのは、自分の責任だ」
ヒロ「いや・・・ 俺の作戦の甘さのせいだ。
相手にしている連中のボスは、非常に頭がキレる人物だ。
だが、ミスターカイトはまだ生きているはず・・・
何か他に情報はないか?」
安田「ある!」
行方不明になった魁斗を捜すため、会社付近を調べた安田だが・・・魁斗に繋がる物は掴めなかった。しかし安田は学校を離れる時、不審な車に発信機をつけていた。
魁斗を捜索中、午前3時過ぎにその発信機が動きを見せる。安田は魁斗に繋がればと思い、その発信機を追う事にした。
発信器を元に不審車を尾行した安田は、1時間後にその車を発見。
安田「体格のいい男が1人で運転していた」
ヒロ「・・・。仲間もいたはずだが、すでに散った後か・・・?」
運転していた男に悟られぬよう、安田は尾行を続ける。男はとあるホテルの1室に戻ったため、安田はその隣の部屋を確保。
24時間張り込みをしたが、誘拐犯と繋がるような情報は得られなかった。
安田「だが今から2時間前、その男が携帯電話をかけたのを聞いた。
【次こそ娘を確保します】と話したのを、壁越しだが確かに聞いた」
ヒロ「何だと!? 【次こそ】って事は・・・
またリナを誘拐するつもりか!?」
安田「あぁ、そう考えるのが妥当だ。
そして作戦決行は、今日の午後9時だとも言っていた」
ヒロは安田の腕を掴み、彼の腕時計を見る。
ヒロ「もうすぐ3時半か・・・。どうにかしてここを出ないと」
安田「法的に即釈放というのは無理だ。警察はあんたを留置する権利がある」
ヒロ「・・・ ・・・」
ヒロはしばらく考える。
安田「自分が羽鳥リナを守ろう。今度は片時も側を離れず・・・」
ヒロ「いや。捜査官はお前にも疑いを持っている。
羽鳥家の運転手にも関わらず、ずっと連絡を取れないんだからな」
安田「男を追っていたんだ・・・ 仕方あるまい・・・」
ヒロ「それにリナは・・・俺以外だと簡単には動いてくれないはず・・・」
しばらく迷った表情を見せたヒロは、静かに変装した安田に視線を移した。
ヒロ「ヘアピンを2つ欲しい。持っているか?」
安田「・・・ ・・・」
しばらくヒロを見た安田は、首を縦にふる。
安田「ヘアピンよりいいのがある」
そう言うと安田は胸元からボールペンを取り出し、手際よく分解した。そして細長い銀色に光る棒を2本抜き出し、ヒロに渡す。
10cm程度のその棒は・・・先の片方はフック状になっていて、反対側は細いギザギザになっていた。両端を持ち、力を入れるとぐにゃりと湾曲する。
ヒロ「これなら・・・十分だ」
ヒロはその棒を、口の中に入れた。
安田「出るつもりか・・・?」
ヒロ「もちろん。彼女を守るのは彼氏の義務だ」
安田「危険だぞ? 警察署から脱出するのは・・・」
ヒロ「な~に、危険は慣れている。それより、あの男に関して他に情報は?」
安田「あぁ、顔は割れている」
安田は、携帯で隠し撮りした男の写真をヒロに見せた。覆面はしておらず、写真からでも十分伝わるほどの筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)だ。
ヒロ「この筋肉のつき具合・・・間違いなく、学校でリナを襲撃したヤツだ」
安田「見覚えはあるか?」
ヒロ「いや・・・ 日本人にも見えるが・・・
中国か韓国、あるいは北朝鮮かもしれんな。
日本語の発音は訛りや、変なアクセントはなかったが」
安田「データを照合中だが、まだ結果は出ていない」
ヒロ「そうか・・・ そちらはその男をマークしてくれ。俺はリナの元へ行く」
安田「待て待て。羽鳥邸は警察数名が待機している状態だろ?
逮捕されたはずのあんたが顔を出したら、すぐまた逮捕されるぞ」
ヒロ「全て承知さ。
しかし相手は、警察に守られているリナを誘拐しようとしている。
何かしらの行動を起こすはずだ。
羽鳥邸付近を張り込んで、リナを守ってみせる」
しばらく安田はヒロを見ていた。
安田「まぁ・・・ あんたはやると言ったらやる男だからな。
ただ万が一しくじった場合は、自分がリナの警護に回るからな」
ヒロ「これ以上しくじらない! 俺もプロだからな」
安田「わかった。他に何か出来る事はあるか?」
ヒロ「いや。後は俺自身でやる。そちらは、男の情報を急いで洗ってくれ。
相手は予想以上に手強いという事を・・・忘れないでくれ」
安田「了解」
そう言うと安田は眼鏡をかけ直し、部屋を出て行った。直後、捜査官の後藤が入ってくる。後藤は念のため、ヒロの身体検査をする。
口の中もチェックしたが・・・何も見つかる事はなかった。ヒロは上の歯茎と上唇で、また舌の歯茎と下唇で2本の金属棒を隠していた。
身体検査の後、ヒロは後藤に声をかけた。
ヒロ「弁護士から色々アドバイスを受けた。1時間休みが欲しい。
その後、もう1度取り調べを受ける」
後藤「・・・ ・・・」
後藤は無言でヒロを見つめる。
ヒロ「日本の警察は最近、容疑者を長時間取り調べる事が問題になっているとか?
休みのない取り調べで疲弊させ・・・
自白を強要させると弁護士が言っていた。
もし裁判になれば、その事実は検察側の不利になると・・・」
ヒロは後藤を見つめ、軽く笑う。
後藤「・・・ っち!」
後藤は舌打ちした後、口を開いた。
後藤「全く・・・弁護士さんも余計な事を。わかった。
1時間休憩をとらせる。
4時半にまた取り調べを再開しよう」
腕時計を見ながら言うと、後藤はヒロを連れて部屋を出る。そして警察署3階にある留置所へ、ヒロを連れて行った。
そこには10部屋の留置室がある。その1室にヒロは押し込まれ、鉄格子にものものしい鍵がかけられた。
ヒロ「・・・ ・・・」
留置室の中を見渡すヒロ。簡易ベッドの上に毛布が2枚、洋式トイレがむき出しであるだけの部屋だ。
ヒロはベッドで横になった。
後藤「いいな。1時間だぞ」
鍵をかけた後藤が、中のヒロに声をかける。
ヒロ「OK」
ヒロは目を閉じ、5分程体を楽にした。再び体を起こすと背伸びをする。入ってきた場所まで歩いていき、鍵のかかった鉄格子を両手で握った。
ヒロ「・・・ ・・・」
鉄格子越しに、湾岸署3階の廊下の確認する。
(ヒロ「さて・・・ 脱獄はまだ経験ないんだよな・・・」)
そう言うと、口の中から2本の細い金属棒を取りだした。
(第30話へ続く)
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次回予告
リナを守るため、ヒロは警察署からの脱出を試みる。
いたる所、警察官が歩き回る警察署から脱出するためヒロは・・・
後藤はヒロを留置したはずの部屋が空っぽになり、扉の鍵が開いているのを見て驚く。すぐに緊急配備をしき、脱走したヒロの確保を指示した。
次回 「 第30話 脱 走(2008年) 」
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