第20話 閃 光(2008年)
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナの新しいピアノ講師、そして彼氏となるヒロ・ハーグリーブス。
リナの父親・魁斗が開発したセキュリティソフトを狙ったテロリストがいる。
リナは学校で、謎の覆面男達の襲撃を受けるが・・・イギリスに発ったはずのヒロが現れ、リナの窮地を救う。
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第20話 閃 光(2008年)
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2008年12月5日(金)、午後9時1分。学習院女子高、校舎内。
「おい、そちらはどうなっている!? 報告せよ!」
つい先ほどヒロが倒した覆面男・・・その男から奪った通信機から、声が聞こえてきた。
(ヒロ「誘拐犯の一味か・・・」)
映画の主人公なら、ここで一言気の利いたセリフを言って相手を挑発するだろうが・・・実際はそう言うことをするのは危険だ。
相手には情報を一切与えない。これが最も効果的だと言う事を・・・ ヒロはよく知っている。
ヒロ「さぁリナ。とっとと、ストーカー達から逃げよう」
言うとヒロは、不安に満ちた表情のリナの手を握り、倒した男が来た階段を下りていった。
ヒロ「・・・ ・・・」
ヒロが直接見た覆面男達は3人。うち1人は倒した。倒した男がいた側とは、反対の階段にもう1人いるはずだ。
ならばこの階段を使う方が安全・・・ヒロはそう考えていた。
しかし・・・
ヒロ「う・・・」
3階から2階へ降りようとした時、下の階から何者かが上に上がってくる足音が聞こえた。ヒロはリナの手をひいて、すぐに3階の廊下へと走り出す。
「3階だ! 両サイドから挟み込むぞ!」
通信機から声が聞こえた。
(ヒロ「そ、そうか!」)
手にしていた通信機・・・倒した男から奪ったその機械が、自分の位置も知らせる電波を送っている事に気づいた。
(ヒロ「しまったな・・・予想以上にハイテク機を使ってやがる・・・」)
廊下の窓を開けたヒロは、通信機を外に投げ捨てる。
(ヒロ「これで俺たちは窓から飛び降りた・・・とは思わないよな」)
3階の中央。ヒロは目の前の教室の鍵をピッキングし、すぐに中に入った。内側から鍵を閉め、リナを抱きしめる。
ヒロ「大丈夫だから。俺が必ず守ってやる」
(ヒロ「ここが2階なら、飛び降りる事もできるんだが・・・」)
ふと周りを見ると・・・
ヒロ「ここは・・・」
学園祭で訪れた教室・・・理科室に2人はいた。
ヒロ「・・・ ・・・」
3階の長い廊下。ヒロの耳は、左右から足音が近づいていくるのを察知する。
(ヒロ「はさみ打ちか・・・ ちょっとヤバいな・・・」)
リナを見ながら左懐に右手を入れた。
(ヒロ「出来れば銃は使いたくないが・・・」)
リナに見えぬよう、銃を握りしめたヒロは何かを思い出す。
(ヒロ「待てよ・・・」)
理科室の奥。学園祭でリナと楽しんだあの装置・・・【ヴァンデグラフ】装置を、ヒロは見つめた。
ヒロ「なぁ、リナ・・・ 俺があげたスタンガン、今持ってる?」
リナの顔を覗き込みながらヒロが聞く。
リナ「え? あ・・ あるわ・・・」
リナはずっと手にしていたカバンの中から、そのスタンガンを取りだした。
ヒロ「Good!」
久しぶりに笑顔になったヒロは、それを手にする。
リナ「な、何するの・・・?」
スタンガンを見つめたヒロは、さらに笑顔を見せた。
ヒロ「ふふ・・・ 文字通りイギリス人の英知を見せてやろう」
リナ「 ? 」
ヒロはスタンガンのカバーを外し、中の電気回路を露出させる。ヴァンデグラフ装置の前に立つと、それを覆うカバーも外した。
ヒロ「・・・ ・・・」
スタンガンとヴァンデグラフのの配線を、慎重に絡ませていく。
リナ「な、何・・・してるの?」
ヒロはニコッと笑うと、時折稲光のする窓の外を指さした。
ヒロ「この部屋に雷を落とすのさ」
リナ「え!?」
驚いたリナは聞き返す。
リナ「雷を落とす?」
ヒロ「あぁ・・・」
リナ「でも変な連中がすぐ・・・」
ヒロ「大丈夫。ここは3階の中央の教室だ。
相手は端から1つずつ教室を調べていくよ」
配線をいじりながら、ヒロは言った。
リナ「で、でも・・・」
不安そうなリナの表情とは対照的に、ヒロは落ち着いた様子だ。しばらく敵が来ない事を確信しているからだ。
逃走者が端の教室に身を潜めた場合、追跡者が中央の教室から調べる事はまず無い。
(ヒロ「プロなら端から追い詰め、逃走者を逃がさないはずだ・・・」)
泣きそうな表情のリナを、ヒロは優しく見つめて口を開いた。
ヒロ「コッククロフトという名前を?」
リナ「え・・・?」
ヒロ「コッククロフトって名前を知ってる?」
リナは首を横に振る。
ヒロ「イギリスでは誰もが知ってる有名な人物でね。
彼はウォルトンと一緒に陽子の加速実験で、原子核の変換・・・
いわゆる核反応を、人工的に初めて成功させたんだ。
彼等はこれでノーベル物理学賞をとっている」
突然のヒロの意味不明な語りに、リナはどう反応していいかわからない。逆にヒロはあえて難しい事を言うことで、リナの恐怖心をそらせようという魂胆だった。
ヒロ「その実験で使われたのが、コッククロフト-ウォルトン回路。
高電圧を発生させる回路なんだ。
TVやパソコンのディスプレイなんかにも使われている」
言いながらヒロは、スタンガンをリナの目の前に見せた。
ヒロ「そしてこのスタンガンにもね」
リナ「こっくろふと・・・おるとん回路?」
ヒロ「あぁ。ヴァンデグラフも高電圧装置。
で、そいつにコッククロフト-ウォルトン回路を繋げると・・・
ちょっとした雷を起こせる」
リナ「え? スタンガンとヴァンデグラフで雷を作るの!?」
ヒロ「そうだ。リナ、窓を静かに開けて」
リナ「ま、窓?」
ヒロ「教室に雨水を浸す。
雷はその雨水を通して、あの覆面男を感電させ、倒してくれる」
リナ「ヒロ先生・・・ なんでそんな事を知ってるの?
ピアニストなのに?」
ヒロは幾度となく笑顔を見せ、リナに応える。
ヒロ「君を守るため・・・ ただそれだけさ」
頼りになる彼氏だが・・・ リナはヒロに対して、不思議な印象を持ちつつあった。
リナ「・・・」
ヒロに言われた通り、静かに理科室の窓を開けていく。横殴りの雨は容赦なく理科室内に侵入し、床をビショビショにしてゆく。
ヒロはヴァンデグラフの大きい球体と小さな球体を3m程離して置いた。
ヒロ「これでよし。
スタンガンのスイッチを入れれば、ちょっとした雷が発生する。
球体間で雷が発生し、その雷は雨に濡れた床に落ちる」
リナに人差し指を1本立てて見せるヒロ。
ヒロ「ただしチャンスは1回。高電圧で回路はショートしちゃうからね。
床に落ちた雷は雨水を通り・・・敵を感電させる」
リナ「そんな・・・私達も感電しちゃう」
笑いながら首を横に振るヒロ。
ヒロ「イギリスの物理学者、ファラデーをご存じかな?」
オウム返しのように、首を横に振るリナ。
ヒロ「高校じゃ数学と理科はしっかり勉強するんだな。役に立つぜ」
ヒロは窓際にある掃除用具入れのロッカーまで歩いて行き、扉を開いた。
ヒロ「これに入るのさ。
飛行機や車の中にいる人間は、雷で感電することはけしてない。
それがファラデーの法則だ」
リナ「フ、フレミングの左手の法則は知ってるけど・・・」
ヒロ「はは。ファラデーもフレミングもイギリス人だ。
イギリス人は優秀って事さ。
とはいえ、さすがに金属部分に直接触るのはダメだ。
ゴム底の上履き以外、ロッカーのどこにも触れないように」
ヒロは教室の半分が、大雨の侵入による水浸しになっている事を確認。
(ヒロ「これだけ濡れてれば十分だ・・・」)
窓を閉め、窓際の床にスタンガンを縦にして置く。そしてロッカーの中の掃除用具を全て外に出し、狭いロッカーの中にリナと2人で入った。
扉を少しだけ開け、縦に置いたスタンガンを見えるようにする。瞬間、ヒロはリナを抱きしめた。リナは目をつむり、ヒロの胸に顔を埋める。
リナ「こ、この後は・・・?」
ヒロ「しばらくしたら敵が教室に入ってくる。
奴らが教室の真ん中を過ぎる所まで来たら・・・スタンガンを倒す。
スタンガンはスイッチのバネをとって、むき出しにしてある。
倒れれば自動的にスイッチが入り・・・ヴァンデグラフが雷を起こす」
リナ「その雷が水を伝って、相手を感電させるの?」
ヒロ「水ってのは電気を通すと思われがちだが・・実際は通さない」
リナ「え・・・? そ、そうなの?」
ヒロ「水に含まれる不純物が電気を通すのさ。
もっと正確に言えば、水に溶け込んでいるイオンが電気を通す。
高校生だろ? 化学の授業で習ってないのか?」
リナは小刻みに首を横に振った。
ヒロ「雨水はいろんな成分が溶け込んで、まさに不純物だらけ。
雷が落ちた後、雨で濡れた地面を通して多くの人が感電する・・・
そんな事故が、世界中には結構あるんだぜ」
リナ「相手・・・、感電死したりしない?」
ヒロ「まさか。本物の雷と違ってこの程度の電圧じゃ死なないよ。
しばらく動けなくなる程度さ。
その間に逃げる。OK?」
リナには言わなかったが・・・
ヒロは感電して痺れた相手に麻酔銃を撃ちこみ、その間に逃げる予定だ。
リナ「うん・・・わかった。ヒロ先生、信じてるから・・・」
リナはぎゅっとヒロにしがみつく。ヒロもリナを抱く腕に力を入れた。
・・・ ・・・。
土砂降りの駐車場に、白いハイブリッドカーが止まった。運転手の安田はリナに携帯をかける。
安田「 ・・・ ? 」
リナに繋がらない。再びかけ直してみるも、呼び出し音すら鳴らず、全く反応すらしない。
安田「・・・ ・・・」
不審に思った安田は、傘をさして車を降りた。
駐車場には・・・他に2台の車が見える。1台は見覚えがある・・・チームを組んでいるヒロの車だ。
もう1台の車に警戒しながら近づき、中を覗いてみる。しかし誰もいなかった。
安田は再び携帯をかけてみるが、通じない。そこで今度は、別の場所へかけてみた。
トゥルルルルル・・・ トゥルルルルル・・・
今度はちゃんと呼び出し音が鳴る。
安田「・・・ ・・・」
何かしら、嫌な予感がした瞬間
ガチャッ
電話が通じた。
安田「あ、安田ですが・・・」
リナには通じないが、別の場所には通じる。
パリーン!!
突然校舎の方向から、ガラスが割れる音が聞こえた。
安田「!?」
校舎に視線を移すと・・・
ある教室から、青白い閃光が放たれるのが見えた。
(第21話へ続く)
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次回予告
覆面男2人が、リナとヒロのいる教室に侵入してきた。
ヒロの予定では・・・あっという間に男達を片付けるはずだった。
しかし予想外の事が起き、2人は危機的状況に陥ってしまう。
次回 「 第21話 絶体絶命(2008年) 」
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