第19話 応 戦 (2008年)
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナの新しいピアノ講師、そして彼氏となるヒロ・ハーグリーブス。
リナの父親・魁斗が開発したセキュリティソフトを狙ったテロリストがいる。ヒロはイギリスへ帰るフリをして、敵を誘い込もうとするが・・・
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第19話 応 戦 (2008年)
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2008年12月5日(金)。午後8時34分、学習院女子高駐車場。
大柄な、そして明らかに不審な男が、リナに向かって歩いてくる。
リナ「・・・ ・・・」
覆面姿という、明らかに場違いな格好をした男達が視界に入ったリナ。恐怖でその場を動けないどころか、声も出せない。カバンの中にヒロからもらったスタンガンがあるが、その存在すら思い出す余裕はない。
パン! パパパン! パン! パパパパパパン!
リナ「!?」
突然、大きな乾いた音が鳴り響いた。男達は斜め後ろから聞こえたその音の方向を見る。どうやらその音の正体は爆竹のようだ。
瞬間、リナは背後から両腕を掴まれた。あまりの恐怖で、ただ固まる事しか出来なかったが・・・
聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「やぁ、お困りかい?」
リナの目から、涙がこぼれる。
リナ「ヒ、ヒロ先生・・・」
片手で傘をさしたヒロが、いつの間にかリナの背後に立っていた。リナを背中に隠し、3人の男と対峙する。そして小さな声で、背後にいるリナに声をかけた。
ヒロ「校舎まで走って、すぐに110番するんだ」
しかしリナは、ヒロの背後で動く事が出来ない。3人の覆面男達は、警戒しながらゆっくりとヒロに近づいてきた。
ヒロ「俺から離れたくないか。そりゃそうだよな」
言いながら、白いコートの内ポケットに手を突っ込む。覆面男達がそれに反応するよりも早く、ヒロは何かを握りそれを前に投げつけた。
丸みを帯びた黒い物体は、地面に落ちた瞬間
プシューー・・・
乾いた音と共に、たくさんの煙を吐き出した。煙が目に入った覆面男達は、その刺激的な煙で、目を開ける事ができない。
ヒロ「ジャパニーズニンジャァの煙玉さ」
男らの視界を遮ったヒロはリナの腕を掴み、傘を放り出して校舎に向かって走り出した。
(ヒロ「駐車場の出口が1つってのは・・・。逃げるには不向きなんだよな」)
ヒロは頭の中で逃走経路を確認する。駐車場の片隅に止めている自分の車で校外に出たかったが・・・
覆面男らに出入り口を塞がれたらかなり危険な状況になる。今の所、相手は銃を表に出すことはないが・・・おそらく彼等はそれを所持しているだろう。
煙幕で男らがしばらく動きを止めている間・・・ ヒロはリナと共に校舎に向かいつつ、携帯を取り出し110番した。
ところが携帯がつながらない。携帯画面を見ると、アンテナが1本も立っていなかった。
ヒロ「おいおい・・・。こんな時に・・・。
まさか妨害電波じゃないだろうな?」
校舎の玄関前まで来たヒロとリナ。視界の戻った覆面男達が、向こうから追いかけてくるのが見える。
リナ「ね、ねぇ・・・ あの人たち、誰?」
ようやくリナは声を絞り出した。
ヒロ「君のストーカーだ。俺の彼女はかなりモテるらしい」
そう言うとヒロは校舎の玄関であるガラス扉に、思いっきり蹴りを入れた。
ガシャーン!!
派手な音と共に扉のガラスが砕け散る。そして割れた箇所から手を入れ、ヒロは内側から鍵を開けた。
ヒロ「さ、入るぞ。雨にうたれすぎると風邪をひくからな」
言うよりも早く、ヒロはリナの腕を掴んで校舎の中に入った。リナはヒロのなすがままだ。
ヒロ「あ・・・ あれ?」
校舎の中に入った瞬間、ヒロは首をかしげた。警報機が作動し、大きな音が鳴り響くはずだった。警報さえ鳴れば、それと同時に警備会社に連絡がいくのだが・・・
ヒロの狙いは、見事にはずれた。
(ヒロ「警報機も遮断してるのか・・・。
こりゃ、思った以上にやっかいな相手かも・・・」)
不安に満ちたリナの顔を、優しく見つめる。
ヒロ「あの男達は、どうしても君を捕まえたいらしい。
だが俺がそんな事は絶対にさせない!」
力強く言い放つと、ヒロはリナに質問した。
ヒロ「家庭科室は!?」
リナ「え・・・? 家庭科室?」
ヒロ「どこにある?」
リナ「えっと・・・ご、5階・・・」
ヒロ「OK。まずその靴を脱ぐんだ。
そして自分のシューズを履いてくれ。急いで」
リナは言う通り、自分の下駄箱から上履きを取り出し履きかえる。校舎内を靴で移動することは、追っ手に居場所を知らせるようなもの。
ヒロはすぐに自分に合う上履きを探そうとするが・・・
ヒロ「女子高生じゃ、俺と同じサイズの上履き探す余裕はないな・・・」
靴と濡れたソックスを脱いで裸足になるヒロ。近くにあった誰かの巾着袋に、それらを入れた。
玄関の向こう、大雨の外を見ると・・・覆面男達がすぐそこにまで迫ってきている。
ヒロ「・・・ 余裕はないな・・・」
リナの手を握るヒロ。
ヒロ「鬼ごっこだ。行くぞ」
そう言うと校舎の奥へと走り出した。
・・・ ・・・。
この日夜警担当の男は、学習院女子高の1階・警備室でテレビを見ていた。突然ガラスが割れ大きな音が聞こえたため、懐中電灯片手に警戒しながら現場へ駆けつける。
1階玄関の前で彼は・・・ 3人の大男と遭遇した。
身長は3人ともゆうに1m80cmは越えているであろう。そして皆、黒いジャケットをつけている。さらには目と鼻のみを露出させた覆面をつけ、見た目はどこかを襲撃する強盗かテロリストである。
見るからに【悪者】の出で立ちに、警備員は思わず懐中電灯を落としてしまった。
警備員に気づいた覆面男の一人が、迷いなく銃のようなものを警備員に向ける。
警備員「ひ・・・」
背中を見せて逃げようとする警備員に、覆面男は迷わず引き金をひいた。
警備員「ぐ!!」
背中にダーツの矢のような物が刺さると、警備員の意識はすぐに遠のき・・・ 前に倒れると、やがて気絶した。
覆面男の一人が、仲間に声をかける。
「本物は使うなよ。こんなところで発砲したら後始末が大変だ」
「わかってる。麻酔銃以外は、なるべく使わない」
「娘は生きて確保。それが最優先だ」
「だがあの男は? ターゲットと一緒にいた」
「この警備員とは違って、やっかいな相手そうだ」
「娘の確保としか聞いていない。
必要なら男は始末しても構わないだろう」
「後始末が面倒にならない程度に・・・な」
「OK」
「確保し次第、すぐに連絡を」
「わかってる。俺は出入り口を見張る。お前達は散って捜索だ」
3人の男達は不気味な会話の後、1人を残して散っていった。残った1人の男がトランシーバーのような小型の通信機を手にする。
「こちらは校舎内だ。ターゲットが逃げて追跡中。
そちらは裏口で待機せよ」
「了解」
通信機の向こうの人物は、一言だけ言葉を返した。
・・・ ・・・。
暗い校舎内。ヒロは迷わずリナの手を握り誘導する。5階へ着く頃、ようやくリナの目も暗闇に慣れて物が見えるようになった。
5階家庭科室の前。ヒロはポケットから細い棒状のようなものを2本取り出し、扉の鍵穴にそれを差し込む。
2本の細い棒を上下左右に動かしていると・・・カチャッという音と共に扉が開いた。
リナ「な・・・ 何? 今の?」
ヒロ「ピッキングってヤツさ。とりあえず中へ」
リナ「あ、あの男達はいったい・・・?」
ヒロ「だから君のストーカーだよ。金持ちのお嬢様は狙われるものさ」
リナ「ヒ、ヒロ先生は何故ここに・・・?」
まだ混乱中のリナは、矢継ぎ早にヒロに質問を浴びせる。
ヒロ「この雷雨だ。飛行機は飛ばなかったのさ」
もちろん嘘だ。
ヒロ「君を迎えに学校まで来てみたら・・・
怪しい男達が、俺の彼女を睨み付けていた。
彼氏としてリナを守らなきゃって話さ」
リナの頭はまだ混乱している。覆面の男達、そしてイギリスにいるはずの彼氏・・・。
ヒロ「他に質問はあるかい?」
リナに声をかけつつ、広い家庭科室を見渡す。キッチンが10箇所あり、ヒロはその1つへやってきた。
コンロに火を付け、棚にあったフライパンを熱し始める。
ヒロ「リナ、そこにあるタオルを水で濡らして」
リナ「え?」
ヒロ「タオルを水に濡らす! わかった?」
リナ「あ・・・ う、うん・・・」
リナは言われた通り、目の前にあったタオルをキッチンの水道水で濡らし始めた。
リナ「冷た・・・」
ヒロ「簡単にしぼって、そこに置いて」
言われた通りにする。するとヒロは、濡れタオルの上に熱したフライパンを置いた。ジュー・・・という音と共に、湯気が上がる。
ヒロ「カイロがわりだ」
そういうとヒロは熱したタオルで、優しくリナの顔を拭いた。
リナ「温かい・・・」
ヒロはタオルをリナに渡し、巾着袋から自分の靴を取り出す。靴底についた泥を水道水で洗い流し、タオルで拭いた。
ソックスにはフライパンを押しつけ、簡易アイロン代わりにする。
ヒロ「焦げないように・・・ミディアムレアで・・・」
こんな状況でもくだらない事を言うのは忘れない。乾かしたソックスを履き、そして靴を履く。
ヒロ「よし。ここをとりあえず逃げ出さないとな・・・」
窓ガラスから外の様子を覗き込む。男の1人が出入り口付近をウロウロしているのが見えた。
ヒロ「・・・ ・・・」
ヒロは相手がプロだと確信していた。
駐車場では出入り口を背にして、リナを捕まえようとしていたし、今は学校から出ようと思った時の経路をしっかり抑えている。
頬に赤みの戻ったリナを見て、ヒロは声をかけた。
ヒロ「裏口はどこかな?」
リナ「え・・・ あ、非常階段降りてから運動場を横切れば・・・」
(ヒロ「グラウンドを横断か・・・。
俺1人ならともかく、リナを連れてとなると危険だな。
裏口にも待機してるヤツがいる・・・そう考えるのが妥当だ」)
しばらく考えたヒロは、再びリナに質問した。
ヒロ「OK。とりあえず・・・リナも携帯はつながらないかな?」
言われたリナは自分の携帯電話を取り出す。アンテナが1本も立っていない。
リナ「な、なんで?」
必死にボタンを押すが、全くつながる気配はなかった。
ヒロ「この雷雨で、電波中継機器がイカれたのかもな・・・」
リナに対する答えとは裏腹に、ヒロは少し困った表情を浮かべる。
(ヒロ「間違いなく、妨害電波装置を持っている。
となると・・・ かなりやっかいな相手だ」)
学園祭の時にヒロは建物の状況はチェックしている。この校舎は6階建てで、階段が両端に2つある。
敵がプロなら間違いなく・・・
(ヒロ「両端の階段に1人ずつ配置するはずだ・・・」)
ヒロは冷静に相手の動きをよみ始めた。もう1つ非常階段はあるが・・・そこは1本道。
(ヒロ「敵に遭遇したら危険すぎる」)
窓の外を見ると、大雨はやむ気配はない。
ヒロ「大雨さえ降ってなければ・・・」
突如ヒロは目の前にあったヤカンに水を入れコンロに置き、火を付けた。そして戸棚にあったいくつかの調味料とサラダ油を手にして、リナに声をかける。
ヒロ「移動だ」
リナの手を取り、静かに廊下に出た。左右に注意を払いながら、ヒロは廊下の窓を開けた。横殴りの雨が容赦なく校舎内に侵入してくる。
リナ「な、何してるの・・・?」
ヒロはリナを見てニコッと笑った。
ヒロ「君を守るだけさ」
そう言うとヒロは、隣の部屋にピッキングして忍び込む。そして内側から鍵をかけた。
ヒロ「ここは・・・」
家庭科室とは違い、普通の教室だ。
リナ「3年生の教室よ」
ヒロ「そうか・・・ あのロッカーは?」
教室の後ろにある、2m程の金属製ロッカーを指さす。
リナ「あれは掃除用具入れ。どの教室にもあるわ」
ヒロ「OK!」
ヒロはニヤリと笑って、そのロッカーに向かった。
・・・ ・・・。
4階を歩いていた覆面男が変な音を耳にした。
ピィィィィィーーーー
雨の音にかき消されがちだが、間違いなく聞こえる。どうやら1つ上の階からのようだ。小型通信機を片手に、男が声を出す。
「5階で物音がする。確かめる」
「了解」
覆面男が5階に上がると・・・廊下中央の窓が開いていて、雨が廊下をビショビショに濡らしているのが見えた。そして先ほどの音は、開いた窓の向かい側の教室から聞こえる。
覆面男は麻酔銃をセットして、静かに教室に近づいていく。
(ヒロ「来たな・・・」)
ヒロはリナを掃除用具のロッカーに一時身を隠させ、ロッカーから2つのバケツを取り出していた。
静かに目を閉じ、意識を集中する。ヒロの耳は覆面男の足音に集中していた。
覆面男は家庭科室の前の扉に背中をつけ、静かに顔だけで中を覗き込む。中には誰もおらず、沸騰したヤカンだけが「ピィィィィィーー」という甲高い音を出し続けていた。
男は警戒し、麻酔銃を構えながら中に入って行く。前後左右に注意を払いながら、ゆっくりとヤカンに近づき、火を止めた。
甲高いヤカンの沸騰音が止まった瞬間、隣の教室にいたヒロの目が見開く。ゆっくりと教室の扉を開け・・・
隣の家庭科室の入り口の前に向かって、バケツに満たした2リットルの液体をさーっと流し込んだ。
そしてヒロはもう1つのバケツに入った、濁った液体にモップの先を浸す。
(ヒロ「I’m ready!」) ( 用意は出来た! )
覆面男はヤカンの火を止めた後、麻酔銃を構えながらゆっくりと出口に向かった。出口に貼り付くと、入ってきた時と同じように顔だけ出して廊下の左右を確認する。
覆面男「!?」
左側・・・ 廊下の真ん中に、白いコートの男がモップ片手に堂々と仁王立ちしている姿が見えた。
すぐに覆面男は右足を廊下に出し、麻酔銃を構え・・・
ようとした瞬間、右足は見事に滑り、派手に転倒する。態勢を立て直す暇を与えずヒロが間合いを詰めた。
ヒロ「雨に混じって、大量のサラダ油には気づかないよな?」
そう言うとヒロは、モップの先を倒れた覆面男の顔に押しつける。
覆面男「ぐあー!!!」
男は麻酔銃を手放し、両手で顔面をかきむしりだした。
ヒロ「色んな調味料を混ぜてある。特に唐辛子を大量にな」
ヒロは悶える男の手を足で蹴っ飛ばし、さらにモップを押しつける。男は顔中の皮膚から、表現しがたい何かが侵入してくる感覚に襲われた。
ヒロ「カプサイシンは、目と鼻から摂取するとそうなるんだよ」
覆面男は右手を左胸の懐に入れようとした。すかさずヒロは右手を蹴り上げ、モップで押さえつける。
ヒロ「ふん。その位置の銃は左手で取れまい」
言いながら男の左胸をまさぐり、懐から銃を取り出した。
ヒロ「銃は持ち物検査でひっかかるぞ。没収だな」
安全装置でロックされている事を確認し、ヒロは銃を家庭科室の奥へと投げ飛ばした。そして床に転がった、もう1つの銃・・・男が最初に手にしていた銃を取り上げた。
ヒロ「ほう・・・ こっちは麻酔銃か。だがこれも没収だ」
男をモップで抑えつつ、手にした麻酔銃を確認する。
(ヒロ「強力そうな麻酔銃。リナを狙ったのは、誘拐目的って事か」)
ヒロは麻酔銃から、ダーツの形をした弾を取り出す。そのまま悶える男の太ももに向け、針の先を下にして落とした。
重力に従ったダーツ弾は、男の太ももに音も無く突き刺さる。男は顔面をかきむしりながら・・・5秒後にはそのまま気絶した。
ヒロは気絶した男の体中をまさぐる。
ヒロ「銃と、通信機と・・・ 麻酔銃。
財布ぐらい持てよ・・・」
男につながる情報が欲しかったが・・・見つける事は出来なかった。
本物の銃は家庭科室のキッチンの排水溝に隠し、麻酔銃と通信機を奪ってヒロはリナの元に戻る。
大きめの掃除用具入れロッカーに隠れていたリナは、自分のカバンを抱きしめ怯えていた。突然扉が開かれ驚くも、ヒロの笑顔を見てすぐに抱きついた。
リナ「怖かった・・・」
力の限りヒロを抱きしめ、涙を流す。
ヒロ「大丈夫さ。もう少し抱きしめていたいけど・・・
別の覆面野郎が向かってくる。急いで移動だ」
リナは涙を流しながらも「うん、うん」と頷いた。
(第20話へ続く)
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次回予告
ヒロとリナは、2人の覆面男にはさみ打ちされた。
追い込まれたヒロは、とある教室である機械と再会する。
ヴァンデグラフ装置、そしてリナにプレゼントしたスタンガンで・・・
次回 「 第20話 閃 光(2008年) 」
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