第18話 忍び寄る影(2008年)
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナの新しいピアノ講師、そして彼氏となるヒロ・ハーグリーブス。
リナの父親・魁斗が開発したセキュリティソフトを狙ったテロリストがいる。ヒロはイギリスへ帰るフリをして、敵を誘い込もうとするが・・・
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第18話 忍び寄る影(2008年)
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2008年12月3日(水)、午後9時半。羽鳥邸、ピアノ室。
ヒロ「よし! じゃぁ今日のレッスンはこれで終わり!」
リナ「ありがとう・・・ ございました・・・」
レッスン終了後、リナは寂しい挨拶をした。
ヒロ「前から言ってた通り、俺は明日からイギリスに戻るんで・・・。
帰ったらまた連絡入れるから」
リナ「うん・・・ でも、寂しいな~。
1週間もヒロ先生と会えないなんて・・・」
ヒロは優しい目でリナを見つめる。
ヒロ「あぁ・・・ 俺も寂しいよ・・・。でもたった1週間だ」
リナ「うん・・・」
ヒロ「そうそう、リナにお土産があるんだ」
リナ「お土産? まだイギリスにも行ってないのに?」
いつも手ぶらで羽鳥邸を訪れるヒロだが、この日はカバンを持参していた。カバンの中に手を突っ込むと、何かを探し始める。
ヒロ「えっと・・・ あった。コレ!」
カバンの中から取り出したのは直方体の箱。ティッシュ箱より若干大きめの箱だ。
ヒロ「はい、どうぞ。開けてみて」
リナは手渡された箱の包みを開け、中を覗き込む。
リナ「こ、これ・・・」
ヒロ「わかる? 秋葉原で買ってきたんだ」
リナはTVなどで見覚えのある、電子機器を手にした。
リナ「スタンガン・・・」
ニコッと笑ってみせるヒロ。
ヒロ「そ。使い方は簡単だ。シェイバーと同じだからな。ははは」
相変わらず、くだらない事を言うヒロ。そのくだらない事さえもしばらく聞けなくなるかと思うと、寂しさが募るリナ。
リナ「彼氏からのプレゼントがスタンガン・・・?」
複雑な表情を浮かべたリナは、眉をひそめたままスタンガンを握りしめた。
ヒロ「はは。俺がいない間、もし何か怪しいヤツが襲ってきたら・・・
迷わずスタンガンを突き刺せよ」
リナ「う、うん・・・」
元気ない言葉の後、リナは大きなため息をついた。
ヒロ「おいおい・・・ そんな顔するなよ。
イギリスに帰れないじゃないか」
リナ「 ・・・ 」
相変わらず沈みがちなリナの表情を見て、ヒロは心が締め付けられる。しばらくリナを見つめた後、静かに頬にキスをした。
ヒロ「さ。玄関まで送ってくれ。しばらく会えないんだ。笑顔で送ってくれよ」
キスされた頬を触りながら、静かにリナはヒロの目を見つめた。
リナ「ヒロ先生・・・ 私ね・・・」
ヒロ「うん?」
リナ「私ね・・・ ヒロ先生の事が好きなの・・・」
ヒロ「・・・ ・・・」
ヒロの胸を何かが突き刺す。
ヒロがリナの彼氏になる前・・・ リナはこれでもかというぐらい、積極的に迫ってくる女の子だった。しかし彼氏になってからは(ヒロにとっては名目だけだが)、完全にその積極性は消え・・・
ヒロ「・・・ ・・・」
リナの女性としての魅力が日を追う事に増している・・・ヒロはそう感じていた。そしてそのリナの変化は、ヒロの心の変化も・・・もたらしていた。
玄関先でヒロは再びリナの頬にキスをする。
ヒロ「じゃぁ・・・ 元気でな」
リナにつられて、ヒロも少しばかり寂しい表情を浮かべていた。
リナ「うん。早く帰ってきてね」
ヒロ「あぁ。すぐリナに会いに戻るさ」
ふとリナの頬からこぼれる一筋の涙。
ヒロ「・・・ ・・・」
リナの涙をぬぐったヒロは、笑顔のまま羽鳥邸を後にした。夜空を見上げると、雨が蕭々(しょうしょう)と降っている。
ヒロ「・・・ ・・・」
傘もささず、雨にうたれるヒロ。
ヒロ「女の涙・・・ か・・・」
・・・ ・・・。
2008年12月4日(木)、午後2時45分。
先日からの雨は大降りになり、時折雷鳴が轟く。
リナ「え!? 補講・・・ですか!?」
江口「あぁ。明日の放課後だ」
午後の英語の授業終了後、リナは江口に呼び出されていた。
リナ「そんな、急に・・・」
江口「君は中間テストで、英語の成績がすこぶる悪かった。
来週から始まる期末テストに向けての補講だ。
むしろ感謝してほしいぐらいだぞ」
リナ「・・・ ・・・」
確かに英語の成績は悪い。文句を言える立場ではない事も、よくわかっている。
前日は彼氏としばしの別れで落ち込んだばかり・・・
その上嫌いな英語の、嫌いな先生の補講を受けろと言われれば・・・
沈んでいた心が、さらに沈んでしまうというもの。
リナ「わかりました・・・」
うまくいかないときは何をやってもうまくいかない・・・。そう自分に言い聞かせ、翌日の補講に出席する事をしぶしぶと返事した。
・・・ ・・・。
リナ「そう言うわけで安田さん。明日は英語の補講があるから・・・。
終わったら連絡するね」
学校から自宅へ戻る車の中で、リナは浮かない顔をしながら安田に告げていた。安田はバックミラー越しにリナの暗い表情を見る。
安田「かしこまりました。
では、明日はリナお嬢様の連絡をお待ちしております」
静かにアクセルを踏み込み、2人の乗る車は羽鳥邸へと向かって行った。
車の中から、外の大雨を覗き込むリナ。
(リナ「ヒロ先生・・・ 今、どこらへんにいるのかな・・・?」)
・・・ ・・・。
2008年12月5日(金)、午後7時。
リナの父親・魁斗は自宅のキッチンで、食卓についていた。
魁斗はほぼ毎日、深夜近くまで自社で働いている。しかし午後7時~8時の間は自宅に戻り、娘と夕食をとることにしていた。
魁斗「なんだ? 今日はリナはいないのか?」
暖かいスープ皿を食卓に置きながら、家政婦の新城が口を開く。
新城「えぇ。なんでも今日は英語の補講で・・・。
何時に終わるかわからないと・・・」
魁斗「そうか・・・今日は寂しいな」
リナを気にしながら、魁斗は静かにスープを口にした。
同日、午後8時10分。
14名の補講対象者に対して、江口は3時間にも及ぶ長い授業を終えた。もっとも電話の男に指示された通り、リナを8時まで学校に足止めしておくための補講だが。
江口「はい、今日はお疲れさん。
土日は休みだが、もちろんテスト勉強を怠らないように。
英語の成績が悪かったらまた残すからな」
ようやく苦手な英語の補講を終えたリナは、思いっきり背伸びをして帰り支度をする。江口は疲れた表情を見せるリナに声をかけてきた。
江口「今日の授業は理解出来たかな?」
江口の顔が視界に入った瞬間、反射的に眉をひそめるリナ。
リナ「あ、はい・・・来週のテスト、頑張りますので・・・」
江口「帰りはどうするんだ? 送ろうか?」
その言葉に、リナの眉間にさらにしわがよった。
リナ「え? あ、今から迎えが来ますので・・・」
江口「そうか・・・。じゃぁ、まぁ・・気をつけて帰ってくれ」
電話の男が指示した通り・・・江口はリナを8時まで学校に留めた。その後の事を全く聞いてないため、少しばかり不安になる。
江口「・・・ ・・・」
江口はリナが教室から出て行くのを、静かに見守っていた。
数ヶ月前、男は江口に電話をかけてきた。
虐待防止センターの者だと名乗ったその男は、当初羽鳥家の家庭内問題について話してきた。リナの親に虐待疑惑があるという内容だ。
男は江口に学校関係者として、隠密に羽鳥家を調査して欲しいという依頼をした。
虐待された生徒がいる・・・
連絡を受けた江口は男の依頼を受け、羽鳥リナに関して少しずつ情報を集める。自分の力で、生徒を救うことが出来れば・・・そういう思いだった。
ところが実際羽鳥家を調べてみると、リナの両親は誰に聞いても評判がよく、リナ本人ですら自慢の父親だと語っていた。
「羽鳥家は問題なし。調査を終える」
と報告したが・・・その男は、今しばらくの調査を要求。
男が言うには・・・リナの父親は非常に頭がよく、世間体を何よりも気にする人物。だから家庭内暴力については簡単には公にならないよう、用意周到に秘密を隠し続けているという。
男は調査の一環として、羽鳥邸の間取りや部屋数などのチェックを依頼。報酬として男は金を振り込むことを約束した。
実際江口が報告をする度に、自身の口座に数万円の振り込みがあった。そしてその振り込み金額は徐々に増えていき、江口はいつしか【生徒の心配】より【金の振り込み】が気になるようになっていた。
この日江口は、リナを学校に足止めした。男の言葉を信じれば、最後の依頼のはずだ。何故男は、リナの足止めを指示したのか・・・理由はわからない。
リナの身に、何か悪い事が起こりはしないか・・・?
そう案じた時もあったが・・・
それよりも江口の関心は、振り込まれるであろうお金の方にあった。
・・・ ・・・。
リナ「あ、安田さん? 今、どこ?」
校舎を出たところでリナは携帯をかけていた。
安田「今、お父様を会社に送り届けたところです」
羽鳥コーポレーションの駐車場に車を止め、リナからの電話に応じる安田。
リナ「今、補講終わったのよ。長かったわ・・・お迎えお願いね」
安田「かしこまりました。この雨ですので・・・
渋滞が予想されます。今から40分程で着くと思います」
リナ「うん、待ってる。よろしくね」
リナは携帯を切った後、冬の夜空を見上げた。昨日からの大雨はまだ続いている。
リナ「ヤな天気・・・ 晴れればいいのに・・・」
・・・ ・・・。
午後8時半。
校舎内の電源は全て落とされ、真っ暗となった。今、学校で電気がついているのは校舎内1階の警備室、そして校舎外の外灯だけ。校舎の出入り口も全て施錠され、何者かが外から侵入すると警報がなるようセットされている。
補講を受けていた生徒、それに授業担当の江口もすでに学校から離れていた。学校に残っているのは校舎内の夜警と、校舎の外にいるリナの2人だけ。
夜警担当の警備員は、警備室の中で1人、TVを見ていた。
リナは校舎の外で雨宿りをしながら、寒さに耐えつつ安田を待っている。
数分後、校舎から40m程離れた駐車場に1台の車が止まった。大雨のせいで、リナはその車がよく見えない。
しかし校内に残っていた生徒は自分だけ。安田の車だろうと判断し、傘をさしながら車に向かって歩いて行った。
車に近づくと・・・いつもの白いハイブリッドカーではなく、真っ黒な車が止まっていた。ブラックウィンドウで、中の様子さえ見えない車だ。
(リナ「あれ? 安田さんかと思ったのに・・・」)
リナが勘違いを悟った時だった。
ガチャリ。
車のドアが開き、3人の男が出てきた。雨でよく見えないが、みな長身で体格がよさそうだ。
瞬間、ビカッと雷が光った。
そしてリナの目に、はっきりと男達の姿が映る。
男達はみな・・・
黒い覆面をしていた。目と口の所だけに小さな穴を開け露出させている。
よくドラマや映画で、銀行強盗がする格好だ。
リナ「な・・・・ なに・・・?」
男達は傘もささず、降りしきる雨の中、リナに向かって歩き出した。
(第19話へ続く)
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次回予告
覆面男達がリナに手をかけようとした時・・・
ヒロが現れた。リナの手をひき、怪しい連中から逃げようとする。
しかし覆面男達は・・・武器を持って2人を校舎内に追い込んでゆく。
次回 「 第19話 応 戦 (2008年) 」
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