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アマデウスの謎  作者: 伊吹 由
第2章 リナの過去
12/147

第11話  初 恋 (2008年)

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  慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2


       「アマデウスの謎」 


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前回までのあらすじ


2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。


霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻ったリナ。誘拐犯からの大胆な電話に、羽鳥邸にいた面々は不安になる。


警視庁から2人の捜査官が訪れるが・・・

捜査官の1人・藤岡は、リナの彼氏を射殺したという。


話は・・・ 4年前の2008年。

リナの新しいピアノ講師、ヒロ・ハーグリーブスはリナの演奏に拍手を送った。


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     第11話  初 恋 (2008年)   


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2008年8月11日(月)。午後7時半。


リナ「ねぇ、パパ・・・ お願いがあるんだけど・・・」


リナは、食卓で向かい合って座る黒縁眼鏡の男に声をかけた。


男「お願い?」


男の名は羽鳥魁斗はどり・かいと、44歳。

リナの父親であり、ソフトウェア会社「羽鳥コーポレーション」(通称WBC)の社長である。


今は会社の社長だが、若い頃には大学教授にまで上り詰めた経歴を持つ。当時は研究のため海外の大学もいくつか転々としており、数学教授としては名前の知れた存在だった。


あるとし一念発起して大学の教授職を退職し、ソフトウェア会社を設立。わずか一代で成功を収め、今や高額納税者の仲間入りをしている。


教授時代、物理学の助教授だった長谷川瞳はせがわひとみと共同研究を行い、量子力学に関する論文を発表。それがきっかけとなり2人は結婚し、2人の娘・・・長女リナと次女雛子を授かった。


魁斗が大学から退いた際、瞳も後を追うように大学を退職。羽鳥コーポレーションの副社長として、経営の中心を担っている。


魁斗「どんなお願いだ?」


黒縁眼鏡をかけなおした魁斗は、白髪がちらほらと見える頭をかきながらリナに聞く。白いYシャツにノーネクタイという出で立ちは、とても金持ちには見えない。


多忙に追われる身なれど、夕食だけは自宅でとるようにしていた。もっとも食事が終われば、車で15分の会社に戻るのだが・・・。


リナ「えぇ。今、夏休みでしょ? その間だけ・・・

    ピアノのレッスンを週2回から3回にできないかしら・・・?」


家政婦の新城美也が作った夕飯をゆっくりと食べながら親子の会話は続く。


魁斗「3回も・・・? そんなに必要か?」


リナ「うん。今、ものすごくピアノの練習したいの!

    こういう時、レッスン受ければ絶対すごくうまくなると思うわ!」


リナは目を輝かせながら力説した。


リナ「ママもひなもしばらくイギリスでしょ?

    パパも仕事で忙しいし、ピアノ弾くぐらいしか楽しみがないの」


魁斗「ふむ・・・」


箸を置いてお茶を飲む魁斗。一息ついた後、再びリナを見つめる。


魁斗「しかし、あちらの都合もあるしな・・・」


リナ「パパからお願いしてよ! 知り合いなんでしょ?

    絶対もっとピアノうまくなるから!!」


懇願するリナの表情に、魁斗は優しくうなずいた。


魁斗「わかった。私から彼に連絡してみよう」


その返事にリナは満面の笑みを浮かべる。


リナ「ありがとう、パパ! 感謝してる!!」


照れ笑いを見せる魁斗。


魁斗「喜ぶのはまだ早いぞ。あちらの都合もあるって言ったろ?  

    週3回も出来るかどうかわからないぞ?」


即座にリナは首を横にふった。


リナ「ううん! 大丈夫! 私にはわかるの! 

    絶対週3回ピアノレッスンしてもらえるって!」


リナは笑顔のまま、新城の作った料理を胃袋に流し込む。


リナ「ごちそうさま!」


魁斗「おいおい、そんなに慌てなくても・・・」


リナは食べた後、すぐ1階奥にあるピアノ室に向かった。防音扉を閉めた後、思いっきりグランドピアノを演奏し始める。


ピアノを弾きたくて仕方がない衝動に任せ、鍵盤の上に指を滑らせていった。


まだ食事を終えてない魁斗は、ピアノ室からかすかに漏れる音を聞きながらほくそ笑む。


魁斗「バダジェフスカ・・・  か・・・」


リナの演奏する【乙女の祈り】は、聴いている魁斗も幸せな気持ちにしてくれた。



・・・ ・・・。



翌日、午前8時半。


公園で携帯電話をかける魁斗の姿があった。


魁斗「やぁ、ヒロ。すまんな、ちょっと話があって」


携帯の向こうから透き通るような声が聞こえてくる。


ヒロ「外からかけてますか?」


魁斗「あぁ。会社の近くの公園だ」


ヒロ「OK。ご用件は?」


魁斗「いや、実はリナの件だが・・・

    レッスンを週3回にして欲しいと頼まれてな。


    どうすればいいかと思って電話したんだ」


しばらくのの後、ヒロの声が返ってきた。


ヒロ「なるほど。こちらとしてはかえって好都合です。

    喜んで引き受けますよ」


魁斗「そうか。では、よろしく頼むよ。それともう1つ・・・」


ヒロ「どうぞ」


魁斗「ロンドンにいる妻と次女なんだが・・・」


ヒロ「えぇ。万が一に備えて、我々のメンバーが密かに警護しています。

    2人の安全は保障します」


魁斗「そうか・・・  わかった、安心したよ。

    全ては君に任せる。これからもよろしく頼むぞ」


ヒロ「任せてください。今年のクリスマスまで必ず守り抜いて見せます。

     是非、ニューイヤーパーティーに俺も呼んでください」


電話の向こうでヒロの笑い声が聞こえた。

    

魁斗「あぁ・・・ 今しばらく・・・ の、我慢だな」


電話を切った魁斗は、またすぐ別のところへ電話をかけた。



・・・ ・・・。



イギリスはロンドン。その女性は電話に出た。


魁斗「やぁ瞳、元気か?」


瞳「あら、あなた・・・ もうすぐ寝る所だったわ」


魁斗「寝る前でよかったよ。日本はいま朝だ。そちらは?」


瞳「こちらはもうすぐ夜の12時ってとこね」


魁斗「そうか。何か変わった様子は?」


瞳「特にないわ。雛子も元気だし」


魁斗「雛子は・・・もう寝たかな?」


瞳「えぇ。こちらの食事はまずいって毎日言ってるわ」


瞳の笑い声は魁斗に癒しを与える。


魁斗「そうかそうか。でも半年留学だからな。

    帰国の12月まで、持つかな? ははは」


瞳「確かにロンドンの食事は日本人の口に合わないかも。

   昨日炊飯器売ってる店を見かけたから買おうかしら」


魁斗「ははは。ところで、仕事の方はどうなっている?」


瞳「えぇ、今のところ特に問題はないわ。

   今年のクリスマス、世界同時販売できそうよ。あなたのソフト」


魁斗「私のソフトじゃない。我々のソフトだよ」


瞳「日々の打ち合わせも順調だし、各国とも楽しみにしてるって。

   あ。でも、中国代表の方は難色をしめしてるようだけどね。ふふ」


羽鳥コーポレーションはこの年のクリスマスに、自社の開発したセキュリティソフトを世界同時販売する事になっている。副社長であり魁斗の妻である瞳は、その最終調整に向けてイギリスで各国代表らと協議していた。


魁斗は日本に残り、自らプログラムしたソフトの最終調整を行っている。


また、次女の雛子は母に付き添う形でロンドンに半年留学をしていた。


魁斗「早く12月になって君たちを抱きしめたいよ」


瞳「あらあら。男は寂しがり屋さんね。リナは元気?」


魁斗「もちろん。君たちが帰ってくる頃には、すごいピアニストになってるかもね」



・・・ ・・・ 。



毎週、月・水・金曜日の午後1時から2時まで。


ヒロ「違うよ。ここは【rit.】(リタルダンド)ついてるだろ?

    だんだん遅くしなきゃ」


リナはヒロのピアノレッスンを週3回受ける事になり、心から喜んでいた。


ヒロ「ペダルはただ踏めばいいってもんじゃない。

    踏み方にもテクニックはたくさんあるんだぜ。


    レガートペダルのタイミングが掴めてない。

    いいかい、和音の後に・・・」


普通に技術的な事も教えれば・・・


ヒロ「【悲愴】は【月光】と違って・・・

    ベートーベンがタイトルをつけた、数少ない楽曲の1つなんだ。


    なぜ、本人が自ら曲にタイトルをつけたかをもっと考えなきゃ。

    音楽家としては致命的な難聴を自覚した時期。


    彼は深い悲しみを表す【悲愴】という言葉を、この曲につけた。

    そのベートーベンの魂に触れる事でもっと、音に深みを持たせるんだ」


技術以外の事も彼は熱心に教えた。ヒロは【作曲家の魂に触れる】という言葉をよく用いたが、リナはよくわからないままうなずいていた。


リナにとって1時間のレッスンはあっという間。そして物足りなかった。ある日のレッスン修了後、リナはヒロに聞いてみた。


リナ「ね? ヒロ先生は、普段なにしてるの?」


楽譜をカバンに片付けながらヒロは応える。


ヒロ「う~ん。そだね~。今は曲作りに専念してるかな」


リナ「わ! すごい! でもヒロ先生、自称有名なピアニストなんでしょ?

    どっかで演奏してないの?」


ヒロ「まぁ、日本じゃピアニストとして活動してないからな。


    来年はヨーロッパでコンサートもいくつか予定してるけどね。

    今は新曲を作りながらの充電期間ってヤツさ」


リナ「私以外に教えてる生徒っていないの?」


矢継早やつぎばやに質問するリナ。


ヒロ「今はリナだけだよ」


その言葉を聞いて、リナはとても嬉しそうな表情を見せた。


リナ「ね! ね! ヒロ先生! 明日の土曜日は!? 何してる?

    あ、わかった! デートしてるんでしょ! 彼女と!」


内心ドキドキしながら聞いてみる。


ヒロ「うん。その通り」


即答するヒロ。


リナ「あ・・・」


リナの心に大きな穴があいた瞬間だった。


リナ「そう・・・ 」


魂の抜けた表情を見せるリナに、笑いながらヒロが声をかける。


ヒロ「ジョークだよ。彼女ってのは、俺の家にあるピアノの事さ。

    正直、人間の彼女はいないんだ。はは。


    土曜日は朝、曲作りで彼女ピアノと過ごし、午後は図書館にいる。

    色々調べなきゃいけないのがあってね」


直後リナの表情は、ひまわりが太陽に向かって花開くような笑顔になった。


リナ「え~! ホント! 彼女いないんだ~!!」


ヒロ「なんで嬉しそうに言うんだよ。なんかムカツくね・・・」


リナ「え~! だって・・・ 彼女いないなんて~、あはは~」


屈託のないリナの笑顔を見たヒロ。反射的に小さく言葉を漏らしてしまう。


ヒロ「So cute・・・」


リナ「え? 何?」


ヒロ「いや・・・。じゃ、今日はこれで」


ヒロは立ち上がり、リナの頭を軽くなでるとピアノ室を出て行った。リナはすぐに、ヒロのあとについていく。玄関先でヒロの姿が見えなくなるまで、手を振って送り出したリナは


(リナ「他に生徒いないんなら・・・ 

     週5回でもレッスンできないかしら?」)


と、半ば本気で思っていた。




翌日。



自宅で昼食を終えた後、図書館に姿を現したリナは、キョロキョロと誰かを探すそぶりを見せた。


そして・・・


リナ「いた!」


広い市立図書館の2階、自由に使えるパソコンが10台ほど並べられている。その1番奥で、真剣な表情でパソコンのディスプレイを見ているヒロを見つけた。


青と白のストライプ柄のTシャツに、ブルージーンズ。週末の図書館、多くの人々に溶け込み、目立たないはずだが・・・リナはピンポイントで探し当て、思わず顔がほころぶ。


そしてヒロに気づかれないよう、静かに2階に続く階段を上っていった。




             (第12話へ続く)

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次回予告


リナの猛烈なアタックが始まった。


昔ヒロは、大学で魁斗の授業を受けた事がある。その話を父親から聞いたリナは、ピアニストのヒロが何故、数学教授の父親の授業を受けたのかを不思議に思った。


そして・・・魁斗のソフトを狙うテロリストの情報が明らかになる。



次回 「 第12話  ヒロと魁斗の関係(2008年) 」

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