屋敷の幽霊
「へえ。それじゃあ、わざわざいらっしゃったのですか」
「あぁ、本物の幽霊が見れるって噂だからな」
観光客の言葉に宿の主は苦笑いをする。
確かにこの土地に古くから建っているあの屋敷は有名な心霊スポットだ。
もう無人となってから百年は経つと聞くが、今もまだこうして観光客が訪れるくらいには。
「幽霊なんてどんな場所でも聞くが、どんな場所でも作り話なんだ。だけど、ここじゃ違うって言うじゃないか」
「ええ。まぁ、そうでございますね」
実際、宿の主もまた数えきれないほど幽霊を目撃している。
いや、目撃していると言ってもいいのか分からないが……。
いずれにせよ、本当に幽霊がいることは知っている。
「きっとがっかりなさいますよ」
「なんだい。やっぱり嘘なのかい?」
「いえいえ。幽霊は確かにいますがね。だけど、きっと何と言いますか――」
「あぁ、それ以上は言わないでおくれ。オチや、オチに近いものは聞きたくないんだ」
さようでございますか。
宿の主は苦い笑みを深める。
さて、今回の観光客は怒鳴るだろうか。
そんなことを考えながら言った。
「うちの宿はいつでも空いております。何日でもご滞在を」
*
「なぁ、聞きたいのだが」
数日後、観光客は宿の主に尋ねた。
「本当に幽霊なんているのか?」
「お客様はあの屋敷に行きましたか?」
「馬鹿にするなよ。知っての通り、毎日行っているじゃないか」
そう。
観光客は朝も昼も夜もあの屋敷に行っている。
それなのに未だに幽霊に会えないと言う。
「屋敷は立派なものだ」
「はい。そうでございましょう。ちり一つないでしょう?」
宿の主の言葉に観光客は頷いた。
「あぁ。もうあの屋敷は空になって久しいのだろう?」
「はい。百年はそのままだと」
「実際、人の気配は何もなかったしな」
ほとんど答えが出ている。
しかし、観光客は気づく様子もない。
無理もないか。
宿の店主は先を促した。
「あの屋敷には幽霊がいるのだろう?」
「はぁ、まぁ、その通りですね」
「歯切れが悪いな。嘘をついているのか?」
「いえいえ。実際に幽霊はいるんですよ。ですがね……これ話してもよろしいですか?」
そう言われてしまうと観光客は意地になる。
「いや。いい。もう少し滞在させてくれ」
「はいはい。もちろん構いませんが……ですが、きっとガッカリなさいますよ」
*
それから十日経った。
観光客はいつの間にかこの土地の目ぼしい施設を回り切ってしまった。
当然ながら幽霊が出るという屋敷に行く回数はすっかりと減っていた。
「もうこっちの負けだ。教えてくれ。真実を。あの屋敷には本当に幽霊は居るのか?」
そう聞くものだから宿の主は苦笑いをしながら頷いた。
「では一緒に屋敷に行ってみましょう。幽霊がおりますから」
「本当か?」
「はい。本当です」
*
屋敷に入って宿の主は中をぐるりと一周する。
「はい。これで全てでございます」
「全てって……何もいないし、なかったじゃないか」
観光客の言葉に宿の主は頷いた。
「さようでございます。この場所には誰もおりません」
「おいおい。幽霊はいるんだろ?」
興覚めと言った様子の観光客に宿の主は最後の問を投げかける。
「一つお聞きしたいんですが、あなたはこの場所で人間を見かけましたか?」
「いや? 見かけていないが」
「では、一体、誰が掃除をしているんでしょうね?」
観光客はぽかんと口を開けて固まる。
そんな様子を見つめながら宿の主は考える。
この屋敷全体が『百年も前に出ていった主を待ち続け、自らを主がいつ帰ってきても良いよう清潔さを保っている幽霊』だと気づいたとき、どんな反応をするだろうか……と。




