敏腕カテキョ マダム・エリザベート
マダム・エリザベート
『秩序のエリザベート』――――社交界でその小さくも大きな世界を支配していた時期、マダム・エリザベートはそう呼ばれていた。彼女はあまりにも貴族らしい貴族であった。上下関係に厳しく、貴族としてのプライドを過剰なほどに持って、気にいらない者にはその口で自らご高説を垂れる。
ただし、彼女にとっての気に入らないものとは、社交界という神聖な場所を乱すマナーのなっていない輩達であり、紳士・淑女なるものには厳しい口調ではあるものの、より一層彼らが輝けるようなアドバイスを惜しげも無く行った。
自分自身も常に至高の令嬢でいられるよう毎日のマナーレッスンを欠かさなかった。
だからこそ、彼女は貴族達に尊敬され、その社交界での立ち位置を、万全なるものにしたのだ。
要するに、次期王太子妃の家庭教師役としては申し分ない人選だとは思う。
ただ…
「ため息をつかないで。視線はそんなに下に向けたら、暗い印象になるでしょうが。座るときは指を伸ばした状態から少し力を緩めたくらいの形にしないと不自然に見えるに決まっているでしょう?」
先ほどから、座っているだけで、批判の嵐がやってくるのは勘弁してもらいたい。
お父様が客間でマダム・エリザベートと軽く挨拶をした後、私の部屋でかれこれ30分、少しでも動いたら、何かと難癖をつけられている。
そこに座っていろと言われたから、座ったソファ。その瞬間怒涛のダメ出しをされた。
「座り方がダメ。そんなのウサギが糞をしている姿勢と変わらないわよ」
「そんなに瞬きはするものじゃないわ、瞬きは早く何度もしたら小物感が出てしまうでしょう?だから少し余裕を持って。」
「足が開いてきてるわ!ゴリラにでもなりたいの?!」
「口をそんなに縛るものではないわ。ブスよ。」
あっちを気にすれば、こっちに穴があき…まるで終わりのない修繕作業だ。それに、私も意趣返しのつもりで先ほどから彼女の方を観察しているが、いくら時間が立っても彼女の姿勢も態度も、何もかもが完璧な淑女であった。もはや呼吸の一つ一つまでもが、エレガントを帯びているようであった。
(いつか、呼吸さえもダメ出しを食らって、息するなとか言われそう…)
マダム・エリザベータに倣って私も淑女らしい姿勢と態度を意識したが、何度試しても、ダメ出しを食らうだけだった。
気がつけば、窓の外はオレンジ色に染まっていた。淑女の姿勢を保たないといけないのだから、疲れた顔なんていうのは決して出してはいけないんだけれど(どうせ顔には出ないのだけれど)、体の方が先に悲鳴をあげ始めてしまった。
もともと別邸に住んでいる間は足を開いていようが注意されない、気にされなかったから太ももの筋肉が限界に達していたし、上半身…特に肩の部分も、ずっと慣れない背筋を伸ばしていたからか、違和感を感じた。ふるふると自分でもわかるほどに体が震え始める。
すると、終始私にダメ出しをし続け、顔も姿勢も一切崩れなかったマダム・エリザベートが、すっと立ち上がった。その立ち姿さえも貴族らしく、まるで60代の女性が20代の妖艶な女性に見えてしまうほどだった。
「今日はここまでよ。…明日も同じ時間にくるわ。」
そして理解した。自分がまだこの人と対等に話せるほどの気品を持っていないんだということを。理解した瞬間、家庭教師に自分が優秀であることを示して、お父様に報告してもあろうなどと考えていたことも、何時間も座るだけで勉強は始めないのかと不満に思っていたことも、全てが恥ずかしくなって、思わずうつむいて、自分の新品のドレスをぎゅっと握りしめた。




