近寄るな危険!変態メイド シア
別邸の壁の端から端までの距離より幅のある門を潜って庭園をまたいで本邸へと続く道のりを越えると、大きな扉をくぐって2本の階段が並ぶエントランスへと案内された。正面には、お父様とお母様…そして私と同じくらいの年齢の男の子の3人の肖像画が大きく飾られている。おそらく私の兄だろう。兄の肩に両親の手が優しく乗せられているところを見るとほんの少し心がチクリとした。
私がその場で足を止めている間に、「自分の部屋に戻るわ。」と近くの使用人に言って、お母様は足早に去っていった。
シアは肖像画をじっと見つめる私に、なぜか少し申し訳がなさそうにしていた。肖像画に私が描かれていないことに気を揉んでいるのだろうか。けれど、この肖像画が描かれたのは、私の生まれるずっと前、20年以上前のものだろうから、それから一切肖像画の時が進んでいないということは好き好んで私を仲間外れにしたわけではないのだろう。
周りにいた使用人の誰かの声がポツリと聞こえた。
「セレーネ様は公爵様と同じ綺麗な緑色の瞳をしていらっしゃいますね」
今朝、私もお父様の瞳を見た。私と同じ緑色。けれど――
「私の瞳より…お兄様の瞳との方が似ているようだけれどね」
それに、髪の色も、お母様譲りの美しい金髪。対して私の髪の色は、2人のどちらにも似ていない、無機質な銀色。
周りは静寂に包まれた。
「そろそろ、セレーネ様のお部屋へご案内いたしますね!」
それをかき消すかのようにシアが明るい笑顔を浮かべて私の手を引いた。
シアが部屋へ案内するまでの道のりで、さっきの出来事を忘れさせるかのように今の私の状況を事細かにマシンガントークのように説明してくれた。
どうやら殿下の妻として正式に発表される16歳までに、公爵令嬢として恥じない程度の教養を身につけさせるようお父様からの指示があったらしい。そして本邸に家庭教師を呼んで授業を受けさせるために、私を本邸へ行かせ、奉仕に慣れさせるため専属のメイドがついたそうだ。
実際、私は生まれてから8年、覚えている限りではずっと別邸で放置され続けてきたから、教養と言える程の教養を持っていなかったし、洗濯、掃除、裁縫は基本的に自分でしていたからメイドに任せる方法なんて知らなかった。考えもしなかった。
それにしても不思議だ。あれほど私に失望した様子だったお父様が、そんなことを言っていたなんて。それに、王子はあんなに顔を真っ赤にして今にも火を吐きそうな顔をしていたのに、婚約を続けるの…?
私は恐る恐る、説明をしてくれるシアに聞いた。
「王室から婚約破棄の話とかは出ていないの?」
「国王陛下の方から直々に今後もよろしくと公爵様にお伝えがあったようです」
「そうなのね。良かったわ…」
帰り際にお父様が呼び戻されていたのはそれだったのか。だとすれば、私が王子をあそこまで怒らしたにも関わらず、本邸に呼んだのも合点がいく。
まだ私は見放されていない、まだ愛される可能性はゼロじゃないのだ。
思わず安堵の息を漏らすが、もう絶対に失敗はできないという気持ちが私の心の中に沸々と湧いてきていた。
一通りの説明を終えた後、シアが思い出したようにつけくわえた。
「ひとまず、お嬢様が目標にすべきは王立学園への主席合格ですね!」
「なるほど。王立魔法学園ね」
やっと知っている単語が出てきて、勢いよく頷く。別邸にあった本の中に、王立魔法学園の歴史を記した書物があった。
王立魔法学園とは。アスファルテ王国によって公営される、国内最高峰の教師陣と学習環境の良さから毎年国中の天才たちが入学を希望するエリート学園だ。
「あれ?ちょっと待って…?しゅ、主席合格…?」
…情報を整理してより一層戸惑う。今現在、私は文字の読み書きができて、ほんの少し呼んでいた本の知識や言葉を知っているだけで、学力レベルで言えば少し頭のいい平民と同じレベル。学園に入学できるのは15歳でまだ7年あるとはいえ、同世代に確実に遅れをとっている私が主席合格など可能なのだろうか。
それに、もし、主席合格できなければ?私はまたお父様に落胆されて、次こそ本当に見放されてしまう?
「お嬢様なら…大丈夫です」
シアは突然歩みを止めて、私の不安をまるで見透かしたかのように、私の頬にそっと手を置いた。数十分前に会ったばかりだというのにシアの体温が頬で伝わるとどことなく安心感が湧いてくる。思わずその暖かな手に、私の頭を任せてしまう。
さすさすさすさすさす…さーーすさすさすさす
それはそうと…私の頬をいつまで摩っているつもりなのだろうか。体温だと思っていた彼女の手は、ただ私の頬と高速移動するシアの手によって発生したただの熱であった。シアの荒い息が当たっているのを顔全体に感じる。
「ハァーハァー!お嬢様のぷにぷにほっぺ…すんべすべだわ…」という声が聞こえて、流石にシアの手を止める。
「…シア?一体何をしているの?」
すると、さも当たり前かのように私の腕を引っぺがしてまた私の頬をさすり続ける。
「これが摩擦熱です。お嬢様!」
また一つ、主席合格に近づきましたねと、ガッツポーズを見せるシア…いや不審者を私は冷たい目で見ていた。
私は…何か間違えてしまったんだろうか…?




