嫉妬
「カイン王子に、夢はありますか?」
「…はぁ?」
思わず、開いてしまった口。目の前には目を点にした馬鹿王子。その後ろには、急に何を言い出すのかという顔をしている側近と王宮メイド。
そして…私の後ろには、…大層ご立腹のお父様とお母様が座っていた。
馬車の中でも、何を言われようとも自分は王子のサンドバックになったつもりで、何も言い返さないようにとキツく言われていたというのに。喋ってしまった。サンドバックが。
特にお父様は王族の手前、一応笑ってはいるけれども、雰囲気からして不機嫌な気分が伺えた。
(…ん?もしかしてこれ不敬罪?)
気付くのが遅かった。せめて、言葉を発する寸前で言葉を飲み込めていたどれだけ良かったことか。
王子を諭そうだとか、そんなことは何も考えていなかった。ただ、彼に聞きたかっただけなのだ。気づけばポロリと口の中からこぼれ出てしまっていた。
どうにか軌道修正できないものかと、頭の中で練ろうとするのも束の間、王子が『なんだこの芋女、この次期国王の俺に向かって生意気だな』とか絶対考えていそうな顔で言った。
「俺は次期国王なんだぞ?夢なんてないね!どんなものもすぐに手に入れられるんだから!」
その言葉で気づいた。私は彼のことが嫌いなのだと。お父様に王子との婚約話を持って来られた時にもうっすら感じていた気持ち。本当は皇太子妃なんて恐れ多いとかいう気持ちなんてなくて、ただただ酷い嫉妬心を抱いていたのだ。『王国の光』と言う地位に生まれてきただけで皆から愛される。認めてもらえる。私の両親にだって。だから、婚約話に遅刻しても怒られないし、丁寧に拭かれた床を泥まみれにしても誰も何も言わないんだろう。私の拳ほどもある紙束いっぱいに記されるほどの悪行をこなしてもなお、彼は皇太子という特等席に座っている。私が喉から手が出るほど欲しかったものを、彼は生まれた時から持っていたのだ。
私の中の何かが、ぷつりと切れた。
「寂しい人なんですね」
床に広げていた体を起き上がらせ、心底不機嫌そうな顔をして王子は言った。
「何を言ってるんだよ!俺は…」
「『次期国王だぞ』…ですか?」
両親の冷たい視線が背中に刺さっているような感覚がするが、私の口から言葉が止まることをしらない。
「もうそれは聞き飽きました。結局のところ貴方は未来に背を向け、今だけで満足してしまう可哀想な人。今は何もかも手に入れられようと、このままではいつか全てを失ってしまうことにも気づかない人。」
「そんな事はない!俺は…」
「それに、そもそも今与えられているものだけで満足するなんて、国王の器ではないんじゃないでしょうか?」
「……父上…」
最後に何か言葉をこぼしたようだが、震えるように小さな声で聞き取ることが出来なかった。王子は顔を真っ赤にしながら、海のように碧い瞳を震わせてこちらを睨みつけてくる。側近達も下手に公爵令嬢を制止すれば何が起こるか分かったものじゃないので動けない。
(絶対、私の方が王子よりも『愛』を受け取れるはずなのに。ただ皇太子ってだけで、あんなにも愛されるなんて。本当に大っ嫌い。)
「…セレーネ?」
その低く冷たい声にはっと我に返った。後ろを振り向くと、目を細めながらこちらを見ているお父様。表情的には笑っているのだが、全く笑っている雰囲気を纏っていない。お母様も私の方を見て小さくため息をついた。
違うんです。お父様。お母様。
杖をついて、お父様が席を立った。真っ赤になった王子の方へと近寄りハンカチを差し出した。
「カイン王子。娘が無礼な物言いをしてしまい誠に申し訳ありません。全ては私の落ち度でございます。もう一度、娘を再度教育し直しますので、どうか私に免じて許していただけないでしょうか?」
そう言って深く頭を下げた。ほんの少し高圧的に、最高位の貴族としてのプライドをその声色に載せながらも、あくまで姿勢は低く。王子が断りにくい雰囲気へと持っていく。
「なんでハンカチをこちらに寄越す!!泣いてない!!」
王子も、先程まで私の言葉に何も返せず、報復を試みている目をしていたというのに、お父様が謝罪をした途端そんな様子が全くなくなった。謝罪されているのは王子だというのに、なぜかお父様の方が上の立場に見えた。
お父様はすごい。
その後、王族への形式的な帰りの挨拶も行ってから、私達は馬車へと戻ってきた。
お母様がと私が馬車に乗り込んだ後、お父様は乗り込もうとする足をピタと止めた。そして先程までの笑顔を消して、光のない目で私を見た。




