顔無し令嬢セレーネ・パルソン
「セレーネ。この王子と結婚すれば、まだお前には価値がある。」
王宮へ向かう馬車の中で、お父様がそう言った。会うのは2年、3年ぶりだろうか。昔と同じように私に目を向けることはなく、外をただひたすらに眺めている。
けれど、私は彼らに認めてもらうため、『愛』を得るために彼らの期待に応えなければならない。
新品のドレスを強く握りしめ、私は返事をする。
「…はい。」
私の名前はセレーネ・パルソン。大陸に佇む小さな小国、アスファルテ王国の公爵令嬢だ。
ただし、公爵令嬢とは名ばかりで、実際は古びた離れに隔離された役立たずである。
「またその表情…あなたは公爵令嬢なのよ?それでは周りの者達に示しがつかないわ!いい?あなたのお兄様のイリオスはね…」
…私の兄は俗に言う天才だった。語学・魔法学・馬術どれをやらせても一流以上。おまけに類い稀なる美貌と、それを驕らない性格を持っていた。私の生まれる前、つまり8年前に、隣の大国の王女に気に入られて隣国へと婿入りをした。
つまり、公爵家の次期公爵の席が空席になってしまったのだ。そこで、もうすでに年を取っていた両親が体に鞭を打って子供をこさえたが、その赤ん坊は後継となれる男児ではなかった。
私はいらない子供なのだ。
静かな馬車の中で、お父様が私の顔を一瞥して大きなため息をついた。
「こんな日でも、お前の顔はぴくりとも動かんのだな。」
馬車の中の空気がさらに冷える。
政略結婚の駒にしか使い道のない女というだけではなく、私にはもう1つ、大きな欠陥があったのだ。
私には、表情が無い。心の動きが表情に現れないのだ。生まれた瞬間でさえも、真顔で泣いていたそうだ。
たまたま(盗み)聞いた使用人の話によると、顔の筋肉ひとつも動かさず一筋の涙を流す私の姿はまるで全てを悟った賢人のようであったとか…。
そして公爵家の後継になれない女+まるで仮面を被ったように同じ表情しかできない欠陥品=放置という定義がある。(私論であるが。)
この世に生を受けてはや8年。公爵家の遠く離れた山奥のさびれた旧邸宅で、衣食住の最低限の世話はあるものの、まるで空気のように扱われてきた。1日3回、使用人が食事を持ってくる時以外、人と関わる機会など一切なかった。けれど、どこからか私が表情の動かない欠陥令嬢であるという噂が流れ始めた。真実ではあるのだけれど。
そんなこんなで友達といえば、埃を被った本棚に並ぶ物語たちだけ。
『ーーそして、彼らは彼らの帰りを心から待っている家族たちの元へ、戻ることができましたとさ。』
めでたし、めでたしーーー
本の中に出てくる、そんな『愛』。どんな苦難が待ち受けていようが、最後には『愛』の待っている紙の束を時間が立つのも忘れて読みふけっていた。読み終わった後は、ただひたすら両親の顔を思い出す。自分に笑顔が向けられた記憶など一切ないけれども、そこらへんは捏造だ。読んだ本の物語を自分たちに置き換えて、自分が愛されているんだと妄想した。
時折、別邸の外から馬車の音がすれば急いで窓の外を見た。今までのものは全部ただの食料を持ってきた商人たちだったけれど。
とにかく、自分がお荷物だという事実など心の奥底に閉じ込めて、いつかきっと両親が笑顔で迎えにきてくれると信じていた。
そして、今日の朝。両親が突然やってきて、新品のドレスを私に着せて、馬車へと押し込んだ。感動の再会とは程遠かったが、自分が彼らに必要とされる時が来たのかと思うと胸が高鳴った。
なんでも、私に婚約者ができたというのだ。しかも相手はこの国の次期国王、つまり皇太子だという。
初めは、心にちくりとするものがあった。私なんかが皇太子などという立派な人間の妻になるのに引け目を感じたのだと思う。
そんな私にお父様が言ったのだ。
「お前が、役に立つ時が来たんだ。」
初めて、お父様の目が私と同じ緑色をしている事を知った。
その言葉で、私の不安は宙へ飛び、世界が輝いた。頭の中でお父様の声が何度も繰り返される。
そして気づいた。
王子と結婚さえすれば、私は両親に認められて、『愛』を作ることができる!
私は、未来を、『愛』をこの手で掴み取ると決めた。
こんな私に期待してくれている家族を、絶対に失望させない。




