授業
「さぁ、では今日は魔導具の勉強を始めるといたしましょう」
「はい!先生!」
「え…これ俺もそのノリで行かないといけない感じ?」
マダムの先ほどのものすごい剣幕とのギャップに困惑しているようで、殿下はこの場のノリについていけないようだ。
そんなことはお構いなしに、マダムの授業は続いていく。
「まず魔導具というものは――」
やはり、マダムの授業は面白い。ただ情報をつらつら述べるのではなくて、豊富な知識を所々に挟んで実生活とも結びつけてしまう。
そしてそれは彼にも有効だったようだ。初めお母様からいただいた殿下の報告書には殿下の家庭教師の授業完遂率は驚異の1%。つまるところ、大体の授業を逃亡・爆睡・破壊で乗り切ってきている彼だが、心なしか目を輝かせて授業を聞いているような。この場面だけ見れば、知らない者はいない国一番の問題児だとは思えない。
そういえば、4歳になるまで、殿下はとても心優しい真面目な王子だったそうだ。4歳といえば、国王の側室ができた時。もしかしたら、これが今の殿下の問題行動に繋がっているのかも…。
「――ということです。では、セレーネ様。この魔印について分かるところまででいいですから説明していただけますか?」
いけない。思考に集中し過ぎてしまっていた。とにかく、考える傍らに耳に入っていた情報を元に、目の前に提示された魔印の情報を読み取る。
「はい。…まず、この魔印は火を用いる魔道具に付与されているものですね。色を見ればわかります。それから、この魔印の中心部分に書かれている模様は風の魔道具に用いられるものと酷似していますし、他の模様の意味も合わせて考察するに…おそらく、遠距離型の魔道銃ではないでしょうか?」
「…なるほど」
「あぁ…でも使われているインクが相当高価なものですね。魔道銃は装填された魔力が切れればゴミになる消耗品ですからそれにしてはあまりにも…であれば魔道銃は魔道銃でも自分の魔力を吸収させて使うタイプのものでしょうか?」
慌てて有り合わせの情報だけで考察したから、確信はない…どうしよう全く違ったら。超安眠枕とかだったら恥ずかしすぎる。
恐る恐るマダムの方を見てみると、ひどく呆気に取られた顔をしていた。ハッと我にかえり、私に尋ねた。
「私の記憶が正しければ、セレーネ様は今8歳でいらっしゃりますよね?」
「はい。今年で8歳になりました」
マダムは口に手を当て、信じられないというような顔を私に向ける。ちなみに王子は私のことなど全く興味がないようで、テキストの新しい章を、楽しそうに読んでいた。ちょっとは助けてくれてもいいじゃん!?こっちを振り向きもしない!
「完璧な回答です…は、8歳でその考察をされたのですか…?いや、初めて家庭教師に来た時からつくづく思っていましたが、あなたはまるで大人のように物事を考えていらっしゃいますね」
「そうなのですか?」
私は幼少期からずっと私を空気として扱う使用人数名しかいない別邸で暮らしてきて、人と交流する機会は本当の本当にゼロだったから、自分がそこまで達観して物事を考えているのかどうかは比較対象がいないものだからわかりようがなかったんだけど…。でも確かに、…隣に座って、魔道剣の写真ばかりをじーっと凝視している彼よりは精神年齢は高いかもしれない。
それとも、これがもしかして世にいう『お世辞』というものなのだろうか??小説の中でしか出てこなかった、あの『お世辞』?!
「先生!それは、いわゆる『お世辞』というやつですか!」
「「……?」」
マダムが、そして殿下までもが私を困惑した表情で見ている。何かおかしいことを言ったのだろうか。特に殿下は『何言ってるんだこのバカは』と顔に書いてある。本当に表情がわかりやすい。
「この言葉は、お世辞ではありません!それにセレーネ様??もし社交の場で自分がお世辞に聞こえるようなことを言われても決して言い返してはなりませんよ!そういう時は、逆にあなたも相手に身の丈に合わないような大層な褒め言葉を使うのですよ」
マダムの羽扇子に30の文字。なるほど、マダムの鬼レッスンでかなり処世術なるものも身についてきたと思っていたが、まだまだ未熟だったらしい。
「先生!これからも処世術をどうか私にご教授ください!」
「あらまぁ!なんて勉強熱心な生徒なのでしょう!よろしい…明日は貴族の処世術についてお教えいたしましょう!」
「先生!」
「セレーネ!」
私たちはがっしりとハグをする。そして、殿下がその様子を見て、
「なんだこれは」
と奇怪なものを見る目を向けた後、すぐにテキストへと目を移していった。
なんとでも思うがいい。家庭教師とここまで親密になっているのも、わざわざ怒りを抑え込んで殿下を授業に連れてきたのも、全ては私が第一王子の妃をより盤石なものにするには必要な駒だ。
自我を捨て、プライドを捨てようと目的を必ず達成させる。
それもこれも全ては、愛するお父様、お母様のために__。




