訪問
「…は?」
第一王子が鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。けれど、状況が理解できていない殿下を放っておいて、そのまま挨拶を続ける。
「三日ぶりですね。殿下。今日から私も殿下と一緒にお勉強をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
三日前、私は殿下との婚約破棄の危機をどうにか乗り越えた。正直私はこんな王国で知らないものはいないの問題児と結婚するのは、精神的負担がえげつなそうなので死んでも嫌だが、私は両親に失望されるなら(精神が)死んだ方がマシだった。
…それに、第一王子にも何か抱えているものがあるらしい。別に可哀想だから助けてやりたいとかいうのではないけれど、その問題を解決すれば、私との結婚を前向きに考えてくれるかもしれない。
だから私は今夜うに積極的な意欲を持っている令嬢として、王室に花嫁修行に行きたいという旨を、王子に謝罪した時の帰り際に国王に話して許可をもらった。先日の殿下は、国王にどこか恐怖を持っていたらしいし、あの問題児が恐れ慄く生みの親はどんなに性格がひん曲がったやつなのかとあってみれば、想像以上にまとも。それどころか世間一般で呼ばれる賢王そのものだった。
『息子を、頼んだぞ』
帰り際に言われた言葉には、息子への愛情が確かにこもっていた。
どうして、殿下があそこまで国王に萎縮しているのか。
『私は愛人など持たない。』
…おそらくそれは今の側室、エラにあるのだろう。早く殿下と自分の悩み事を打ち明けられる程度の仲になって、さっさと問題を解決したいところだ。
「な、なんでお前と一緒に授業を受けねぇといけねぇんだよ!大体な!俺の家庭教師はちょっと前ににオカピ…オウム?いや、オオアリクイだったか?いやそれは3つ前の家庭教師な気が…」
いや、何人ヤってんだよ…
ツッコミを入れたくても我慢する。そんなこと言ったらただでさえ悪い仲がもっと悪化しそうだから。私は成長したのだ。
「…?なんでそんなドヤってんだよ。きも。」
「…早く授業へ参りましょう」
「…は?嫌だから教師がいねぇ…って…てて、手を握るなー!一人で歩けるに決まってるだろう!このブス!」
私は成長した私は成長した…こいつは王子、殴ったら地下牢行き…婚約は勿論破棄、私の人生お先まっしぐら…
溢れ出る殺意をどうにか押さえ込みながら、使用人が案内してくれた部屋に行く。
それに、教師なら新しい家庭教師を私が推薦した。
私は、王宮の新しい家庭教師にマダムエリザベートを推薦していたのだ。彼女の授業を1ヶ月受けてきた私ならわかるが、彼女は人に教える才能がある。それでいて、王族に必要な能力のほとんどをマスターしている彼女は私の最高の教師以前に、王宮での王子の調教役として完璧な人材だったと感じたのだ。実際、王室側も、あの『秩序のエリザベート』が家庭教師に推薦すると、二つ返事で了承された。
「ご機嫌よう」
聞き慣れた声だ。私はいつものように彼女に教えてもらった一級品のカーテシーで挨拶を返す。
「ご機嫌よう。マダムエリザベート」
「……」
殿下はそっぽを向いて口をきこうともしない。しかも仁王立ちで構えている。どれだけ偉そうなんだ。実際偉いけれども。
けれど、そんな無作法なことをマダム・エリザベートの前でやってしまったら…
「きぃぃぃえぇぇぇ!悪霊退散!悪霊退散!」
甲高い叫び声と共に、ものすごい勢いで持っていた羽扇子を振り回す。
「はぁ?この、じ、次期国王の俺のことを悪霊呼ばわりか?このババァ」
「違うんです殿下。マダムは一定基準以下の作法の相手には悪霊がついていると考えていらっしゃって…このように悪霊を追い払おうとしているのです…」
あれは思っていたよりマダムとの授業が延長されて、いつのまにか時計の針が11を指してしまっていた時の話だ。帰り際にたまたま、お酒に酔っ払ってフラフラになった使用人がいて、鼻歌を歌いながら上半身裸で広間を駆け巡っていた。それを見たマダムが、今のように悪霊退散の儀を行っていた。マダムの儀式の効果があったのか、その使用人が我に返ると、マダムは何事もなかったかのように優雅に帰りの馬車へと乗り込んでいったのだ。
「…やばいやつじゃん。俺、逃げよっと…ってうわぁ!」
殿下の周りに空中を浮遊し、殿下の進む道を阻むボールが5体ほど。進もうとするとその攻撃力の高そうな針のついたボールがその道を閉ざし、まるで監獄のように、動けなくなってしまう。
「マダムが製作したキャッチです。申し訳ありません。殿下逃げることは不可能ですので、早くそれなりの礼儀のある挨拶をしてください。でないと…」
「で、でないと…?」
「最悪死にます」
「し、死ぬだと!?許されないからな!この次期国王たる私を殺してみろ!国家反逆罪で…」
「あ、いえ。マダムが」
「は?」
「あまり暴れすぎると、脳卒中になる可能性があります」
マダムは、綺麗な老い方をしているものの、健康面ではやはり普通の老人と大差ない。悪霊退散の儀のように、頭を振り回しながら叫んでしまうと、いつか必ず脳の血管が切れて死んでしまう。けれどもマダムにとってこの儀式は脊髄反射のようなものなので止めようにも止められない。
「俺が死ぬんじゃねぇのかよ!ふざけんなボケェ!」
「いいから早く。止めないとずっとこの部屋に捕まったままになってしまいますよ」
「クッソ…」
流石に死ぬまでこの針のついたボールに囲まれて過ごすのは嫌だったのか、殿下は深呼吸をして、胸元のスカーフを整えて暴れ回るマダムの方を向いて、クソガキの陰もないような好青年の笑みを浮かべて言った。
「マダム・・エリザベート。お目にかかれて光栄だ。未熟な身だが、ご指導を願いたい」
やればできるのか。完璧な仕草。しかも王族らしい言い方だけれども、きちんと相手への敬意も払っている。マダムも納得したようで、あの奇行は収まった。
当の本人の好青年スマイルをよく見てみると、口端がピクついていたので、あまり慣れてはいないんだろうが少なくとも彼が全く次期国王の器ではないと言うのは取り消したほうがいいかもしれない、そう思った。
「さあ!では授業を始めましょう!」




