謝罪
謝罪
「…で?なんでお前がいるんだ?」
「…この度は、第一王子に先日の私の愚行について謝罪をしに参りました。」
開いた足、こちらをあからさまに馬鹿にしている間の抜けた表情。首は90度曲がっていて、耳をほじくっている。
一国の王子、しかも次期国王だなんて信じられない振る舞いだ。
私の心の中のマダム・エリザベートは冷たい表情で0点の羽扇子を仰ぎ、『やっておしまい』と囁いてきている。
(何を…?!)
若干ツッコミを入れたくなったものの、私は深呼吸をして周りをチラリと見た。先日の顔合わせの時にいた側仕えと、メイド数人。どちらも。私に対していい印象は持っていないようで、険しい表情を向けてくる。対してこちらの使用人は、シア一人。ただでさえ王宮メイドはエリートだから、今頃私の後ろで怯えているだろう。…本当に申し訳ないことをした。お父様はご多忙で来られなかったから、専属メイドのシアまで大変な目に会うことに…。
「ひっ!お、鬼…!」
メイドの一人が私の後ろを指して、怯えた顔をしていた。けれど後ろにいるのは、いつも通りのお日様のような笑みを浮かべたシア。過労で何か見間違えたのだろうか。大変だな。王宮メイドって。おかしな空気を変えるために軽く咳払いをしてから話を始めた。
「まずは、偉大なるアスファルテ王国の第一王子殿下に対し、私めより不穏当な発言を申し上げましたこと、心より深くお詫び申し上げます。…申し訳ありませんでした。」
私は深々と頭を下げた。…正直、私は彼のことが大嫌いだ。自分の恵まれた地位をあたかも当然のように享受しているから。けれど、私が好きか嫌いかは関係ない。お父様に認めてもらうためには私は彼と結婚しなければならない。そのためにこの謝罪は相手と和解するために必ず必要なのだ。第一王子のことだ。どうせ一度謝罪するだけでは謝罪を受け入れてはくれないだろう。だから私は、何十回、何百回でも第一王子に謝罪をする…!(※一ミリも心はこもっていません)
「ハァ。まぁ。いいや…もう。」
「本当に申し訳…え?」
予想外の呆気なさに、肩すかしをくらった。あの自分のことが一番可愛いと思ってる第一王子が、あれほど自分を辱めた女をこうもあっさり許すものか?それに、話し方にも覇気がなくてどこか投げやりになっているような。
「…許す。ただし、婚約の話は無しにする」
「…で、ですが、国王陛下よりこの婚約は継続されるように言われ…」
「あぁ。私から父上に言いでもすれば、また昨日みたいに…」
「…昨日みたいに?」
第一王子ははっと我に帰ったかと思うと、自分の弱点を見られたように顔を青くして叫んだ。
「っなんでもない!そんなことどうでもいいから!お前の方から破棄しろ!!」
『昨日みたいに…』国王陛下に何か言われたのだろうか。それでずっと上の空になっているとか。だが、だからといって婚約破棄されるのはまずい。どうにかして、婚約続行の方向に持っていかないと。
「いやです」
「…んなっ!?」
「申し訳ありません。なぜ、婚約破棄されるのでしょうか。理由が見当たりません。」
…わかっている。そもそもこの謝罪の場が与えられたのが私が第一王子に不敬な行いをしたからなのだから。第一王子の後ろの使用人が『おまそれいう…?』という顔で呆然と立ち尽くしている。もちろん第一王子もソファにかけていた肘がずり落ちるくらいには驚いていた。
「お前…お前、さっきの謝罪はなんだったんだ?」
「第一王子殿下へ不敬な働きをしたからでございます。」
「…それが婚約破棄の理由だとは思わなかったのか?」
「それとこれでは別でしょう」
我ながら白々しい演技だ。けれど、私の『離れでずっと放置されてきた女』という情報。王都から離れた場所で暮らすマダム・エリザベートさえ知っていた情報を、第一王子たちが知らない訳がない。ここではあくまで『まともな理屈が通じない女』として認識してもらい、そのあと自分の皇太子妃になることへの強みをプレゼンすれば『ヤバい女だけど、置いとくと使えるお飾り』として、婚約破棄はされないだろう。ただ、相手がそれよりいい妃候補を見つけていれば終わり。行けるか――?
――――(30分後)―――――
「婚約継続しましょう!王子!こんな都合のいいこm…令嬢他にいません!」
「パルソン家とその傘下の貴族が全員第一王子陣営に入れば、第二王子とより差をつけられます!」
(余裕だったなぁ…)
10分も経たぬうちに、婚約破棄に異議がなかったはずの側近とメイドが王子に婚約継続を催促していた。どうやらよっぽど第一王子陣営は勢力に困っているらしい。さっきから突如としてこちらを見る目が駒をする方向へと転換していた。そして、あとは王子の根負けを待つだけなのだが、これがしぶとい。いつまで経ってもこちらを見ようともせず、使用人たちの声にも返事の一つもない。
メイドの一人が、痺れを切ったのか甲高い声で叫んだ。
「そうですよ!王子!それに好きな女性ができても愛人にして囲えばいいですから!」
それ、私の前で言うの…?と思ったけれども、正直第一王子と結婚さえすれば、王子が愛人の1人や10人持ったところで私は支障がないし、まぁいいかと聞き流す。
…けれど第一王子はお気に召さなかったようだ。体が一瞬ぴくりと動いたかと思うと、今までの無邪気な乱暴者の雰囲気とは比べ物にならない冷たい顔で、
「私は愛人など持たない。」と言い放った。
部屋中に沈黙が走る。
「もういい。今はまだ婚約を継続してやる」
「…っ!ありがとうございます」
「ただし今日はもう帰れ…気分が悪い。」
そういって顔に影を落としている第一王子を見て、いつもと違う憂鬱そうな姿に違和感を覚えた。あのうつけのような傍若無人な第一王子も嫌いだが、こうも静かだと後味が悪い気がしてならなかった。
元気の出るおまじない…でもしてやろう。そう思ってしまった。
私は、部屋を後にする前に、暗い顔をしている王子の左頬に唇をつけた。一瞬石のように固まったと思った王子はすぐに耳まで赤くさせて口を魚のようにパクパクさせる。
「ぇっ?は?な、なにして…」
「元気の出るおまじない、です」
私は、なぜか鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている、シアも含めたメイド全員に凝視されながらも、その部屋を後にした。
「あ、あのー、セレーネ様?さっきの元気の出るおまじない、私にもしていただけたり…?」
「?別に構わないけれど」
確かに、シアもあのピリピリ張り詰めた空間で、頑張って私のメイドとしてそばにいてくれた。元気になってもらうためにも元気になるおまじないを…
「ウッヒョー!じゃ、じゃあそれはもう濃厚に!私の顔に傷をつけてしまうほど強く!はぁはぁはぁ!お願いいたしまぁす!」
「…」
なんでお父様は私の専属メイドを彼女にしたのだろうか。お父様の素晴らしい能力を持ってしても、この変質者の正体を見破ることができなかったのかもしれない。
とりあえず…
「やっぱり、ナシで」




